「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

6、愛想よさ

2022年02月20日 09時18分36秒 | 田辺聖子・エッセー集










・人生を長く生きてくると、お愛想を言ったり、
お愛想がよかったりすることが、
どれだけ大切なものかわかってくる。

<挨拶に女は無駄な笑いあり>と、
川柳ではおとしめられているけれど、
これが潤滑油にならなければ、
すぐにまさつ熱が生じて、エンジンが焼けてしまう。

男でも女でも、愛想のいい人は社会の宝物である。

これは、そうしようと思うと、とってつけたようになり、
習練してその才を磨くのは難しい。

天賦の才、というものはあるもので、
子供のうちからその才能の片りんが見える子もいて、
人なつこく、ニッコリしたり、大人の顔を覚えて回らぬ舌で、
話しかけようとしたりする。

その反対の無愛想な子がいるのも無論、
引っ込み思案だったり、笑顔を見せなかったり、
ぶっきらぼうな言葉使いだったりするが、
大人は特別関心も払わない。

日本人は大体、無愛想な民族ではあるまいか。
欧米へ行かれたことのある人はそれを痛感されると思う。

顔を見せた時、まず、にっこりし合う。
帰りの飛行機が日本へ着く。
と、そこに氾濫しているのは無愛想な顔とつんけんした態度。
人はこの時(う~む、日本へ帰って来たなあ・・・)と思う。

人によっては、
「外国人の愛想よさはうわべだけのもんで、
利害が対立してみなはれ、そら冷たいもんでっせ。
そこへくると日本人はうわべは無愛想でも内へ入れば心情が暖かで、
やっぱり仏教文化圏の人のぬくみは違います」
と言われる。

向きもあるが、内が暖かければ、うわべもそうあって欲しい。

それから、あまりに愛想をふりまきすぎるのも、
本人も無理をして疲れ、
必ず周囲にも疲労感をふりまいているものである。

何かの集まりで、あまり話が弾まない時、
愛想のよい人は懸命にしゃべって人々を和ませ、座を弾ませる。

そういうのを見ると、愛想のよい人はこの世になくてはならぬもの、
と、私などは思うが、人によっては、
「一人でひっかきまわして!」と言ったりする人もいて、
与える印象はさまざま。

愛想よさの程度が、どこまで人に好感を与えるかは難しい。


~~~


・「愛想よさ」というのは大切だ、と思うのは、
私は大阪の商家に生まれ、商店に勤めたので、
商人が「愛想よさ」を尊敬するのを聞いて育った。

しかし、全く違うものがこの世にあると発見した。

まず、エリート意識がある人。
自分は他の人間と違う、という信念、
一般人を下に見る、という習慣が身についていて、
こういう人は「愛想よさは宝物」という考えに無縁である。

それから、幸福な人。
家庭円満、健康仕事順調な人、
幸福な人は自慢屋であり、教訓家になることが多い。

偶然の結果、恵まれたに過ぎないのに、
自分の能力のせい、と過信する。

大阪では「商売人だ」というのは大変な賛辞で、
これは物品販売業を指すのではなく、
愛想よく、物越しが練れて、先のことが読めて、
目前の小利にこだわらない。

それでいて、相手の意向とこちらの思惑をうまく調節できる。
こういう能力のある人間のことを言うのである。

尤も、現代では「商売人」という読みに、
やや「油断ならぬ」という語感が添っているようであるが、
大阪の商家で、まず教えられるのは「愛想よさ」である。

ソロバンはじいて、
儲けだけ勘定しているのは「金貸し」のすること。

愛想がいいと人に好かれ、人が心を許してくれる。
そうなると商いの道は向こうからついてくる。

政治も一種の商売だから、
外交にもその感覚がなくてはかなわない。
愛想よさがないと、エンジン焼け切れて戦争になってしまう。

「にっこり笑って金を取る」が商売人のカルタなら、
外交カルタは「にっこり笑って国救う」である。

先天的に無愛想に生まれついてる私のような人もいるから、
そのセンスを身につけることは難しいが、
愛想よさの「よさ」に開眼するのとしないとのでは、
人生の楽しみがずいぶん違う。

愛想よさにいちばん必要なのは家族である。
家族というのは社会の縮図で、
女にとってはどうも好きになれない、義理の縁辺縁者やら、
血肉を分けても肌の合わない人間がいて、
こんなのと、顔つき合わせて日々暮らしていかなければならぬ、
女の苦労は大変なものである。

そんな中でも、女も男も「愛想よくし合う」
というのは私の夢に過ぎないのだろうか。






          

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