「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

14、関屋 ①

2023年10月23日 09時04分43秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・かつて、伊予の介といった男は、
源氏の実父・桐壺院がおかくれになった翌年、
常陸の介になって任国へ下っていた。

妻の空蝉も伴われて行った。

源氏の君が須磨へ流されたことを、
はるかに聞いて、
空蝉は人知れず悲しく思っていた。

しかしその思いを源氏に告げるよすがもなく、
筑波山を吹く風に便りをことづけたいと思っても、
それを今さら、人妻の身でとはばかられ、
消息も絶えた日を重ねていた。

流された身であれば、
やがて許されて源氏は京へ戻った。

その翌年の秋、
常陸の介も任果てて都へ上がってきた。

常陸の介一行が逢坂の関に入る日は、
ちょうど源氏が石山寺に御願果たしに、
参詣する日だった。

石山の観世音に、
無事帰京のお礼まいりにきたのである。

京からは常陸の介の子で、
紀伊の守が迎えにきて、
源氏の石山詣でにぶつかったことを知らせた。

常陸の介一行は、
道中の混乱を恐れて、
まだ明け方に宿所を出た。

かなり急いだつもりだが、
一行は女車が多く、
道いっぱいになって進むので、
手間取って、日が高くなってしまった。

打出の浜へ来たころ、
源氏の前駆の者が道いっぱいになって、
たてこんで大変な騒ぎである。

これでは通るわけにはいかない。

常陸の介一行は逢坂の関山で皆おりて、
源氏の行列に道を譲り、
やりすごすことにした。

ここかしこの杉の木の下に、
車を据え、木隠れに待つのである。

やはり一族が多いので、
源氏の供人たちもみな目を奪われた。

「誰の一行だ」

と問うと、

「常陸の介が任果てて、
上洛したのでございます」

(さてこそ空蝉がいるのだ、
あの中に・・・)

源氏の胸の底に、
いまも忘れられぬ美しい人妻への思慕が、
くすぶっていた。

「そうか、空蝉が」

源氏がつぶやくと、惟光は、

「衛門の佐をお召しになりますか」

衛門の佐は、かつての小君。

空蝉と源氏の間を取り持った、
空蝉の弟である。

可憐な少年だった小君も、
今は青年となり衛門の佐であった。

空蝉も、さまざまな物思いが胸にあふれた。

九月末のことなので、
紅葉は濃く淡くこきまぜ、
霜枯れの草が黄ばんで美しい。

野山の秋気は冴え冴えとし、
関屋の建物から源氏の供の男たちが、
出てくる。

再び権勢を得た源氏は、
昔にまさる勢いで、供人も多かった。

空蝉は源氏の運命の好転を喜びながら、
ますます離れて遠くなってゆく人に、
思いは深く心乱れる。

長い長い源氏の一行の行列が過ぎたあと、
弟の衛門の佐が空蝉の車に近づき、
ささやいた。

「おことづけがありました、姉上。
『今日、こうして関までお迎えにあがった、
私の心をよもやお忘れになるまい』と」

空蝉は返事はしなかったが、
心は追憶に濡れていた。

都を去って常陸へ下ったときも、
都へ上ってきたときも、
せきとめがたい涙が出たが、
人はそれを逢坂の関の清水と見るであろう。

人こそ知らね、
空蝉の涙は源氏のために流れる。

源氏の心には、
あの夜の空蝉のしぐさがとどめられている。

そして彼女は二度と再び、
恋の夜を重ねようとはしなかった。

それゆえに源氏は、
その思い出に溺れて、
ついに抜け出すことはできないでいた。






          


(次回へ)

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