「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

22、蛍 ④

2023年12月20日 08時51分35秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・夕霧の雲井雁への失恋の痛手は、
まだ癒えていないゆえ、
夕霧中将はあれ以後、
恋人を作っていなかった。

青年の胸には、
今も恋と屈辱がくすぶっていた。

六位とさげすまれ、
下っ端役人と言われた屈辱を、
忘れられない。

無理に伯父の(母、葵の上の兄君)内大臣に頼めば、
雲井雁との結婚を許してくれるかもしれないが、
夕霧としては、
伯父のほうが折れて、

「娘をもらってくれ」

と頭を下げなければいやである。
男の意地がある。

内大臣の息子たちは、
そんな夕霧を小憎らしく思うようである。

実は夕霧は、
雲井雁に熱烈な恋文を、
今も送り続けていた。

内大臣の長男、柏木の中将は、
玉蔓に思いをかけていた。

「何とか橋わたしをしてくれ、
君の姉君ではないか」

と夕霧に泣きつくが、

「人のことどころじゃない」

と夕霧はすげなくいっていた。

しかしこの二人の青年は仲良しで、
丁度、彼らの父親の若かったころの友情に、
似ていた。

内大臣は源氏とちがって、
子福者であった。

北の方はじめ、
たくさんの愛人にそれぞれ子供が多くいる。

母方の身分や、
当人の器量に応じ、
適当な地位を与えていた。

政権が手中にある内大臣としては、
すべて思いのままであった。

しかし、姫君は少ない上に、
あまり幸運ではなかった。

后の位に負けた(源氏の推した六条御息所の姫君に)
弘徽殿の女御と、
幼い恋に身をあやまった雲井雁である。

内大臣はそれを思うと、
悔しくてならなかった。

折にふれて、
夕顔の忘れ形見の女の子を思いだした。

どうしているであろう。

母親が頼りない女だったから、
娘を行方不明にしてしまった。

(どこかで落ちぶれて、
内大臣の娘だと言いふらしているのではないか。
何でもいい、名乗り出てくれたら引き取ろう)

と内大臣は思っていた。

そんな噂を耳にしたら、
注意して聞き合わせてくれ、
といっていた。

「若い頃はよく遊んだが、
あの女(夕顔)だけは、
決して遊び相手ではなかった。
ほんとに愛していた。
だが気の弱い女だったから、
くよくよ悩んで身をかくしてしまった。
そのために、せっかくの娘を、
見失ってしまった」

と口ぐせのようにいっていた。

しかし源氏の太政大臣が、
娘を大切にかしずき育てていると聞いて、
本意通りにいかなかったわが娘が残念で、
幼い頃に別れた娘を思いださずにはいられない。

夢判断の者に占わせると、

「年来、別れ別れになっていらっしゃる姫君が、
よそで養われていらっしゃいます。
そういうことがお耳に入りませんか?」

といった。

「男は養子にもらわれるだろうが、
娘が人の家で養われることはないはず・・・
はて?」

と内大臣はいぶかしんだ。






          


(了)

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