「真理子お疲れさま」
イチロ兄に声をかけられて思わず涙が出そうになった
「おいおい、どうした?今日は調子が悪かったようだけど
そんなに落ち込まなくてもいいじゃないか」
あまりにも調子が悪かった私を励まそうとして
おどけた顔で私をのぞきこんできた
何も知らないおにいちゃまは、「このあと家で飲まないか?」
と誘ってきた
家に行くのは久しぶりだったので少し戸惑ったが
総太郎おにいちゃまも、佐藤さんも一緒だと聞いて
楽しそうだと心が動いた
「お兄ちゃまありがとう、私そんなにひどい顔をしていたかしら?」
と、気を使わせまいと笑顔を作り少し無理に笑った
「ひどく疲れた様子だったからね、無理につき会わせちゃったのかなとちょっと思っただけさ」
「ごめんなさい、自分が情けなくてちょっと落ち込んでただけ
もう大丈夫よ、久しぶりにお邪魔させていただくわ」
とうなずいた
イチロ兄の奥さま“志穂さん”は、突然の訪問にも嫌な顔せず
とても美味しいお酒のあてを出してくれた
見習いたいお料理の数々に感心していた
私は、じっとしていることができずキッチンへと入った
「まぁまぁ、真理子さん!いいのよ、座ってらして
私こういうもの作るのが好きなのよ
どうぞ気になさらないで、ゆっくりなさってね」と美しい顔で微笑んだ
小柄でかわいらしいという印象、
それでいてその身体からは想像できない程の根性の持ち主だ
総一郎、総太郎兄弟の母・・・叔母である八重さんに長男の嫁として
しっかりと仕えているのだから、あの気の強い叔母に・・・
想像しただけで恐ろしい・・・親戚の中で一番苦手な人だった
そう言われてしまっては、うろつくのも逆に失礼だと思い
「ではお言葉に甘えて・・・ごめんなさい、何かあれば声をかけてくださいね」
と、言って席に着いた
イチロ兄には聞きたいことがあったのだが、どう切り出そうか思案していた
ひと回りほど違う男性とは縁があるのかもしれない
達也もこの三人の人たちと同世代
バブルの頃の武勇伝を語るときの目はいつになく輝いていた
バブル・・・勿論私も知っているがまだ学生だった
周りの男の子達は、高収入のバイトに明け暮れ
普通なら、到底手のでないようなアクセサリーをプレゼントしてくれたものだった
当然私は亮介からもらったものしか身に付けなかったが
そのバブルと言う華やかな時代
私は何より大切だった人を失った悲しみで
周りの事などどうでもよかった
そんな時、ふと佐藤さんが興味深い話をしだしたのだった
「なぁ、そう言えば どうして今日は小西来なかったんだ?
もとはといえばこのコンペって アイツが言いだしっぺだろ?
アイツ・・・今日みたいな場は、自分の独壇場になるからって
嬉しそうに、毎年かかさず来てただろう」
「ああ、何でも旦那がどうのこうのと言って先週断りの電話をしてきたんだよ
で、ゴルフのできる子ってことで真理子に声をかけたんだが・・・」
私は“ふぅぅぅんなるほどそういうことか・・・”と思って少し気分を損ねたが
そんなことは顔には出さず慎重に話を聞いていた。
「でもさ、僕は真理子との方が絶対楽しくて良かったよ あの人ちょっと苦手なんだよな」
と、同組だった総太郎おにいちゃまがそう言ったとき
佐藤さんも横で大きくうなずいて、「アイツとじゃ楽しめないよな、人のボールは探さないし
人をキャディ扱いしやがる
自分のことだけはちゃんと見てて欲しいってタイプで・・・」
と、ため息をついたのだった
“それはまぁいいじゃないか、それよりも・・・”と言いながらイチロ兄が口を開いた
そういや、小西のやつ“自分の代わりの子は見つかったのか?”って
聞いてきたんで、“真理子を誘った”って言ったら なぜか機嫌が悪くなってさ
きっと可愛い真理子に嫉妬したんだろうな
それともう一つ・・・
その次の日だったか・・・欠席だって言ってたはずの三宅が来るって言い出して
ビックリしたよ
「三宅って方はどの方?」私の問いには、総太郎おにいちゃまが答えてくれた
「三宅は僕たちの後ろの組にいて、真理子覚えてないかな?
ちょっと目付きの鋭い奴だよ、体格は大柄じゃないけどカチッとした感じで・・・」
私は首をかしげて思い出すふりをしていたけれど
それが、あの時ぶつかった男性だと言うことにすぐ気がついた
「そういや、アイツ今何やってんだ?」
佐藤さんの問に総太郎おにいちゃまは続けた
「あぁ今は、探偵みたいなことやってるらしいよ
浮気調査とか、人探しとか・・・ちょっとヤバイことにも手出してるみたいで心配だな
以前のアイツとはちょっと違うって言うのか
顔つきも、変わった感じだよな」
私はその話を聞いて怖くなってきた、寒くないはずなのに寒気がしていた
“探偵?なにそれ、なんでそんな人がお兄ちゃま達と知り合いなんだろう?”
疑問が多すぎて頭がパニック寸前だった
「おい?真理子?大丈夫か?酔うほど飲んだっけかな?」
私の顔色が変わっていたのかもしれない心配そうなイチロ兄の言葉に
私は、なんとか「ううん大丈夫、探偵なんて・・・そんなのテレビの中だけかと思っていたのに
少し怖いなって思っただけ」と答えた
大丈夫だよ、元々は僕の同僚なんだよ、組織に支配されるのは嫌だとかなんとかいって
二年ほど前退職したんだ、ヤバいといってもちゃんと心得ているはずだし
怖がらなくてもいいよ
もとはとっても気の優しい良いやつなんだから
そんなことで、私は自分から聞かずともあの男性の素性を知ることとなったのだった