年末年始を叔母の家で過ごした私に
叔父がこんなことを言いだした
「絵里子ちゃん、せっかくだから
明日の新年のパーティへ一緒に行かないかい?」
叔父は、仕事がらいろんな方からお呼びがかかり
年に何度かパーティへ招かれる
新年のパーティということは、
それなりの人が集まる
服装もきちんとしたものでなければならない
「おじちゃん とても嬉しいけど、
私そんな場所へ着てゆく服持ってへんわ」
と言うと
にこやかな顔で見ていた叔母が
「そしたら、私の振り袖着たらええよ
もしも私たちに女の子が生まれたら
着せようと思って置いてあったのがあるから、
ちょっとこっちに来て」
嬉しそうな叔母は、
私をクローゼットへ連れてゆき
タンスから振り袖やら帯やら必要なものを取り出すと
鏡の前で簡単に着せてくれた
「ええわぁ~よぅ似合うてるわ、
そうそう そうや、この振り袖 絵里ちゃんにあげる
着てくれへん?
どうせうちには必要ないものやし、
そやわ、ええ考えやわ」
そう言って叔母はとても嬉しそうであった
来年は成人式だったが、
どうせお姉ちゃんのお古を着るものだと思っていた
我が家は仕事がら
着物を着る機会が多くあったが、
大抵は姉のお古で、そんなものだと思っていた。
「叔母ちゃんのお古で悪いけど・・・」と、
少しさみしそうに言った叔母に
「いや、そんなことないよぉ
加奈子叔母ちゃんの大切なものやし
大事に着させてもらいます
ありがとう~嬉しいわぁ~」 と伝えた
そんなわけで、次の日私は
とても華やかな場所へ行くことになった。
久しぶりに来た着物に最初は
“ああ苦しぃ~”と思っていた私だが
ホテルの会場へ入った途端
背筋がシャンとなるのがわかった
まだ子供の私にも
ちゃんと大人の女性と同じように
接してくれるホテルの人達
恭しく頭を下げられて、
なんだか本当の大人になった気分だった
会場内ではずっと
叔母のそばから離れられず
後をついて回り あちこちで声をかけられた
「まぁ~かわいらしいお嬢さんね、おいくつ?
原田さんの娘さん? ぜひうちの息子のお嫁に」
などと、縁談話を持ちかける人までいた
愛想笑いを方々でしていた私も、
さすがに疲れたので
壁際の椅子へ“よいしょ”といいながら腰かけた
小さな声で言ったつもりだったのに、
その声が聞こえたようで
椅子ひとつはさんだ 向こう側に座っていた男性が
“くくっ”と笑いをこらえながら
肩を揺らしながら俯いていた
私は “失礼なヤツ!”と思い
無視していたが
しばらくすると隣の椅子へやってきて
「あけましておめでとう、これ美味しいよ」
と、綺麗に盛り付けたオードブルと
オレンジジュースを差し出してくれた
突然の声掛けに驚いた私は
“はぁ”と
とぼけたような返事しか出来ず
とりあえず渡されたものを
隣りのサイドテーブルへ置いて頭だけ下げた
そういえば、会場に入ってから
ずっと緊張して
叔母の後ばかりついてあるいていたので
何も食べていなかった
帯が少し苦しくて
お腹の虫も也を潜めていたが
さすがに小さく鳴りだしたので
私はあわてて
持って来てくれたオレンジジュースを
ひとくち飲んだ
「ああぁ美味しい、生き返ったわ」と、
小さくつぶやいて皿の料理にも手をつけた
少しずつ乗せてあった料理は
どれもとても美味しくて
気がつくと皿は空っぽだった
その様子を黙って見ていた男性は
「うん、なかなかいい食べっぷりだね
見ていて気持ちがよかったよ」
そう言って楽しそうに笑った。
その声に少し驚いた
というのか、
一生懸命に食べていた私は
隣人の存在を忘れていた
そういえば
この人が持って来てくれたのだった。
私は今度は立ちあがって、
丁寧に手をそろえてお辞儀をし
「ありがとうございました
とっても美味しかったです。」
とお礼も言った
口先では礼を言ったが、
初対面にその人の印象は
はっきり言ってあまりいいものではなかった
その礼に気を良くしたのか、
その人は勝手に話しだした。
“若いのに
どうしてこんな場所に来ているのか?”とか、
自分は父親の代わりに
仕方なく出席したのだとか、
聞きもしないのに一人で
好きなことを話していた。
こちらへ来て男性といえば、
啓太やその友達たち
マスターくらいしか話す人がなかった私は
若い年上の男性への免疫がなかったせいもあり、
また言葉のコンプレックスも甦り
ただただ、だまって聞いていた。
きっとおとなしい女性に見えただろう
“僕、森下 総一郎と言います。
君は?”
話が早く終わらないかな
と考えていた私は
自己紹介を受けても ピンとこず
「ああそうですか」と生返事を返した。
“ねぇ、君の名前も教えてよ”
と言われて ハッとした
私は、慌てて
「ごめんなさい
私、野村 絵里子と申します」
と大きな声でそう言った。
再び “威勢のいい声だね”と言われ
そうだった
こういう場所では落ち着いて
丁寧に話さなければ
大人ばかりの集まりなんだから、
と一度深呼吸して
もう一度その人の方へにっこりほほ笑んだ
つもりだった
“顔引きつってるよ
あのね無理に笑わなくてもいいよ
僕もこういう席は苦手でね
でも慣れてくると
自然に自分が出せるようになる。
慌てなくてもいいよ”
“場所が苦手なんじゃなくて
あなたが苦手やねん”
と言いたかったが、口には出せず
私はもう一度
にっこりと笑って見せた
初対面の男性に声をかけられること自体
初めてだったし
始終ぼぉっとしていた私は、
その人が本当はどんな人なのか知らなかったし
知りたいとも思わなかった。