ずいぶん昔のことになるけれど、リモコン付きのテレビが発売された時に
私は、日本の狭い家で、どうしてこんなものが必要なのか?・・っと広告を見乍ら文句を言った事がある。
テレビの置いてある部屋が20畳以上あるとか、体を動かすのが大変な人ならともかく、殆どの人はチャンネルを変えるのにも5~6歩歩けば用が足りる家に住んでいるはずだからである。
「こんなものがあるから、人々は無精になり、段々、足腰が弱ってくるのだ」
・・・と家族を相手に演説をしていたのを覚えている。
ところがそれから何年もたった今、あれほどリモコンを、ののしったにもかかわらず、私の周りにはテレビ、ビデオ、CDプレーヤー、エアコン、照明などのリモコンがある。
機械を買うとリモコンがついてくるので、それを要らない!っと拒否するほど、私の意志は固くなかったのだ。ここにも自分の言ったことはコロっと忘れ、楽な方へ、楽な方へと流れてしまう私のテキトーな性格が表れている。
こんな風に喜んでリモコンを使っていたものの、数が増えてくると、段々、どれがどの機械のリモコンなのか?とっさにはわからなくなってきた。
先日もCDが聞きたいと思い、作動させようとしたが、いくらやってもスイッチが入らない。
変だなぁと思いながら、電池を点検したり、ボタンをメチャクチャに押しまくっているうちに、手にしていたのがテレビ用のリモコンだったと、やっと気がついたりする。これでも相当、恥ずかしいことなのに、この間は電卓を手にして必死になってテレビをつけようとしているのを息子に見られてしまった( ;∀;)
まわりが、リモコンだらけなのに、いざ必要になった時に見つからないのがリモコンである。そうなると床の上の雑誌やらチラシをひっくり返して探さなければならない。
まるでリモコンに私はリモートコントロールされていると思えてならない。
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