各地散策と歴史

写真付き

自粛と運動バランス

2021-05-05 19:12:42 | 広島市内
お医者様・看護師・臨検技師等の医療関係に勤められている方及び患者さんの搬送に日夜問わず勤務されておられる方々に敬意と感謝の意を表したい。平時には何も感じられない生活・事象が異常時・有事になると本質が露わになる。社会、人間心理も同様で各国、国内、県・市行政・個人資質に係る国柄、体制、行政能力等も露呈化される。旧藩時代、戦中・戦後も幾度となく感染パンデミックは発生しているが、皆さんは無関心状態である。私のブログは政治色は出さない事を基本としているが、異常時になると一般的に国民性・県民性・行政対応が表面化して来る。私個人の指針としては医学者、医師の専門家のアドバイスに耳を傾け自粛生活を基本としているが一方では、自分自身の健康維持を考えると自宅での食、ビデオ鑑賞、睡眠・起床のゴロゴロ生活が良い訳はないと考える。マスク掛け・手洗い消毒・密状況を避けた適度な運動にも心掛けている。
広島市の隣、呉市は昔の話になるが祖母の縁戚が呉海軍工廠で働いており、年末の餅つき、冠婚葬祭時に呉(屋号感として受け止めていたクレ)の話は良く出ており、親近感を持っている。呉市は現在、観光行政にも力を入れておられヘリテイジ「主に軍・歴史遺産、関わる旧藩から明治に至る近代史」を有形・無形資源として観光地域づくりをされている。民間人の方で地道に町起こしに頑張られている方の主催〖くれ・ひと・町情報団〗にマスク掛け、ハンドジェル持参で参加した。流石、人数制限を掛けられており万一に備えて、参加者の名前・連絡先は把握されておられる姿勢に安堵感を覚える。
言うまでもなく呉市は、軍施設が多い事から戦中、特に終戦間際1945年の大空襲は記憶に新しい。多くの市民が犠牲になった場所を供養を兼て散策した。一方、広島方の川原石地区は、呉市街空襲に合ったにも関わらず被害が少なかった地区で、昭和の痕跡を多く残している。

両城の二百階段(地元の方からは232段あったと聞いた)·············きつかった。


映画「海猿」のロケ地になった。


市内に残る防空壕


戦史に詳しい方は御存知だろうが、沖縄守備軍司令官「太田 実中将」(千葉県出身・海兵卒)家族が住んでおられた住居が残っている。現在は払い下げられ民間の方の居住家屋となつているらしい。太田中将は人望厚く謙虚だったとの評が高い。


現役当時のボンネットバスに乗車された方々は定年前後以上のお人と思うが今回、体験乗車の機会を得た。


小さなイベントでありながら市長さんがお見送りに来られた。首長リ-ダ-としてのお人柄が偲ばれ好感を抱いた。


前部の運転席が懐かしい。当時はエンジンの匂いが客席まで漂っていた。


鉄道のレトロな乗り物はSL、公共交通はボンネットバス~~落ち着く昭和レトロ。


市内に住む知人がある主催で「吉田 松陰先生に学ぶ人間学」について、講演された。アクリル板で仕切られた会場で手洗い・消毒して、マスク掛けで会場に入った。
松陰先生は御承知の方が多いと思うが旧 長門国阿武郡萩町(△△ ⇢ 松本村 ⇢ 萩町) 〖一村限明細絵図(防長地下上申) 村勢概要〗の出身の武家≪ 明治初頭 行政官達 武家比率8.6%≫ の出ではあるが、石高は低かった。当時の武家・武士は超エリ-ト集団で庶民とは一角を成す存在であり、教育についても藩士(厳密に言えば士分)の子弟は基本的に藩校、庶民(農・商家などの極一部の町・村役人、自作家の子弟)は寺子屋・塾で勉強していた。松陰先生は身分に関係なく【士雇、足軽・中間等の軽率、武家奉公人の小者・下男等、村役人の出自の林 利助 ⇢ 中間 伊藤 俊輔(武家株による)】、分け隔てなく公平に偏りしないで入塾を受け入れている。山口県萩市では今でも(松陰)では無く〖松陰先生〗と敬意の意を表して呼ばれていると言う。知られている明治の政治家・行政人で名のある著名人を多く輩出している背景もあるが、県民性が浮かび揚がる。
彼の講演は客観的構成・説明、教育に対する思いを熱く語っており、最後の項では有名な ≪ 親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん≫ を説明された時は感動した。また、現在の世情を彷彿させられる〖大学の八条目〗の項、誰しも人生で順境と逆境に遭遇するが、これも天から試されていると心得て人生を大事にすること。今一つ、〖論語〗≪ 子曰く、朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり ≫は衝撃的な人生訓を聞いたように感じた。私達の時代は、戦中の訓導・教諭・教師に成るべく教員養成教育機関である「県立師範学校・青年師範学校」官立「(国立)等師範学校」卒の先生がおられた。有名な小豆島を舞台にした映画の主人公である先生がそれである。教育は < 知育> < 体育> < 徳育 > と言われるが、果たして成人した現在の若者、社会人は···········~~。時代は流れ世代も変わって行く~永遠に。
 彼の講義は偏った思考、政治色の無い講義であって、我々受講者は素直に習得し勉強になった。素晴らしい講演でした。有難う御座いました。


変異コロナも感染拡大している中、収束は今年いっぱいは油断出来ないことを肝に命じ生活したい。

広島市南区にあるパワ-スポット