嘘の吐き方(うそのつきかた)

人はみんな嘘をついていると思います。僕もそうです。このページが嘘を吐き突き続ける人達のヒントになれば幸いです。

これから僕は現実を離れる

2010年05月19日 04時11分25秒 | 物語
後悔しているわけではないんだけど。
これから僕は、しばらくの間げんじつを見れなくなる。
それは次第に病気に蝕まれていく不治の病にかかった人の見ているものに近いと思うんだけど、
僕自身が病魔に侵されているということではない。
蝕まれているものがあるとすれば、それは僕の現実感だ。
例えば運命的な出会いをして、恋心ゆえに盲目的になる10代の若者と似ている。

それの半分は、僕自身が決めたものだ。
あるいは別の言い回しを用いれば、僕自身が選んだものだ、
望んだものでもあるし、欲しかったものでもある。
僕は、もう一度、胸の奥で、生き生きと感じられる何か、
大切な使命のようなもの、心のエンジンに火をつける潤滑油のようなもの、
生を守るために他者を殺そうとする母親の霊のようなもの、
湧き上がる業のようなもの、
溢れ出るパトスのようなもの、
そういった運命に対する言いがかりのような、
呆れるほど暴力的な欲望の到来を待っていたのだ。

願わくば、それが歯車になることを祈っている。
世界の運命を僕の力で回すための、
小さく振るえて巨大なエネルギーを震い立てる
存在のハートビートになることを願っている。
それがもし、ほんの少しでも正確な位置の確結(かっけつ)と
原点への回帰と回顧を願う引力のようなものになるなら、
僕の物語は、君たちを惹きつけるだろう。

誰しもが、投影を行う意識の鏡において、
物語は正確に、君の中でこそ語られるのだから。

悟りは気づきを統合するほど死に近づく。

2007年01月19日 10時42分28秒 | 物語
最も具体的なものは心であり、アナログであるが
最も抽象的なものは記号であり、デジタルである

というのも、
僕は普段から心が宇宙の外にあるのだが、
同時に光で星の声を聴く

【きみ】について考える。

それはある種の対象であるが
具体でも無ければ抽象でもない。

というのも、それはあまりにも遠すぎるために
景色とほとんど溶け合っていて、
そして存在が疑わしいが故に美化される思い出とちかしいものだから。

ことばよりも記号が抽象的であるように
 こえよりも音楽は具体的である

感覚から放出される糸は、とても空間に対して粘り着く、
ある種の牢獄の鎖として、引力として機能する。

空間を、ぎゅっとぎゅっとしわくちゃにして、引き固めて、
そして有として物質が物質化として出現するように。

どんな物質の固い結び目も、ほどけばエネルギーとして消えてしまうように
その、閉じられかたによって、世界は区分けされているのだけど。
もっと言えば、閉じられているのではなく、結ばれているがゆえに、
結び方を理解しなければ、世界は感覚できるほどには開かない。

音楽が、人の心をくすぐるのは、
それは人の脳がどんな風に機能しているかということを
いちいち医学的に説明する必要はない。

音楽はアナログに近い物であり、
具体的に心に作用する。

というのは、世界を階層説明的に区切ると、
ハードウェアとしての心は心臓であり、
存在としての宇宙は鼓動によって20億の時間分割がなされ、
アナログであったはずの感覚的メロディーは表現者によって音楽として分割され、
音楽から声として立脚分割され、
そしてまた言葉によって量子化され、
記号によってソフトウェア化されるからである。

五官を全て【君】と[私]に関するチャンネルだと捉えれば
それは結局対話でしかなく、糸を手繰り寄せたり解いたり、固く結んだりするちゃんねる

――でしかない。

もっとも純粋に、神格化されるような純血の対象は、
いつもいつも宇宙の外にあり、心臓の中にある。
空間は全て中心に向けて歪んでおり、
光はいつもブラックホールを通り抜けてこそ心臓に届くものだから。

だから僕等は、本当に存在するかどうか疑わしいぼくらは、
神と対話するように、光の他者と対話せねばならない。

そうしなければ、いつか消されて忘れられてしまうのは、
いつもいつも僕の方だから、この世界の方だから、
僕と君のあいだにある、宇宙の境目のほうだから。

いつも、手繰り寄せたり、固めたりしよう。
ありもしない万有引力を、信じる事を忘れない神の科学のように。

まるで例えられた、存在しない物語のように。

小さなゴミが風に流されてゆく

2006年09月30日 04時06分14秒 | 物語
今更気付いたけど、
地球が綺麗な奇跡の星だってのが幻想で
じつはなんでもないもっとでかい天体のゴミみたいなもんで
地球を綺麗な星だと信じ込んでるから、
人間は地球を汚してるかのような錯覚に囚われるんだな。
地球はもっと色んな星々のゴミの集まりで出来てて、
そこに寄生して毒を吸い込んで生きてるウィルスみたいなのが俺たちなんだな。

最初から、ゴミ溜めの廃液ん中で生まれたカスや塵みたいなのが生物だから
今更汚すとか汚さないとか、あんまし関係ないんだな。

地球が醜いってことに、気付くのが遅すぎたのかもしれない。
けれどまぁ、なんとかかんとかやっていくんだろう。

俺は遠くからじゃなくて、外から見守ってるよ。
宇宙の外から。

宇宙を吸い込み続けて、カメラは宇宙の外で、
もう全てが断ち切られた糸だから
寂しいとか、苦しいとか、そんなの関係ないけど。

けどまぁ、宇宙が亡くなる前に
宇宙が死ぬ前に、
宇宙がちっぽけだって気付けてよかったよ。

そうじゃなければ大切な何かを失うって勘違いしっぱなしだったから。

価値なんて、なかったんだな。
ここにも、あそこにも。
永遠にも、未来にも。

約束が待ってる。
俺は還るよ。

はじまったあそこに。

失われた手がかりを求めて。

2006年07月29日 02時47分52秒 | 物語
多分、中学生の頃だったと思う。
手塚治虫の「ネオ・ファウスト」を読んだのは。
小学生だったのかもしれない。

それまで僕は、漫画が突然終わるなんて、考えた事も無かった。
物語はいつも、始まりから終わりへ向けて流れるものだと思っていた。

ネオ・ファウストはMW(ムウ)と同じような悪意を魅せながらも
それでいて何かを知ろうとする薄明かりのような、
人生にとって重大なヒントを与えてくれる物語の一端を担っていたように思う。
当時の僕は、本を読んでいる最中に、残りのページ数なんて、
きっとほとんど見てなかったんだと思う。

唐突に終わったその物語は、
あるセリフを強烈に僕に印象づけた。
「あの子に救いをーーーっ!」

それは誰かの声だったけど
誰の声だったのかはわからない。
主人公の声だったのか、手塚治虫の声だったのか、
あるいは未来を知りたいと願う、当時の僕の心の声だったのか。

僕は手がかりを探して手塚治虫の末期作品を特に注意深く読んだ。
そこに彼の何かが残されている事を探して。

ある日姉貴から、奇妙な朗報を聞いた。
ネオ・ファウストの描きかけの原稿が載せられている本があるという話。
下書きの鉛筆スケッチのような状態でそのまま載せられている珍しい本があるという話。

僕はあちこちの本屋を探した。
それはネオ・ファウストの文庫版だった。
僕が読んだ愛蔵版(ハードカバー)とは違っていて、
そこには死にそうな彼がネームのまま
机にかじりついて残した構想が曖昧な輪郭のまま、
ただ空想を掻き立てるヒントのように、
破壊された化石のように、
死んだ遺跡のようにそこに散乱しているだけだった。

そこに書かれている冷静さも欲望も
知への挑戦も、失われた若さも
全てが断片化された風景でしか無かった。

僕はドキドキしながら読んだ。
焼き付けるように、貪るように、
そしてまた全てを忘れるように。

今、彼の遺した世界で、
僕は物語だけを追っている
いつまでもいつまでも、終わるばかりの物語を読んでいる

劇場版ファウストの原稿からNHKが予想して作ったアニメも
どこか遠く虚しく僕には響いた。

「殺せ。殺せ。殺せ!」
「努力した魂の輝きを奪うことだけは出来ない」

それらは僕にとって
どれくらいのヒントになったのだろう。
犯人が自分だとわかるほどには
僕は何も事件を理解していない。

僕にとって物語は、いつも断片化された奇蹟でしかない。
遠く遠く終わりを告げる星座の、
死にたがる最後の光でしかない。

それでも僕は、何かを書くんだろうか?

遠ざかる街並みに

2005年10月28日 12時24分02秒 | 物語
悲しい物語だ

道はずっと遠方まで曲がりこんでいくカーブで
街路樹に降り積もる雪はしんしんと静かに呼吸しているようで
僕がその雪をそっと一掴みすると
街は緋色の熱で溶けてゆく

木漏れ日がさわさわとささめくような季節はとうに過ぎていて
僕の見ている前で街はずっと過去へと押し流されていく

空は決して泣くことをやめない
あるいはまた、その大きなうねりの声で鳴いているのか。

ときどき、元気かい?げんきかい?ゲンキカイ?
って遠くから聞こえてくるけど
そのたびに僕は、元気だよ げんきだよ 僕は元気だよ って
知らない人に話しかけるようにうそをつく

本当は、あの頃から時間はずっと止まったままで
ただもうひたすらに激しくゆっくりと
君の住んでいる向こう側へ遠ざかり逃げてゆく

僕はもう、時を超える声を発明するか
このままここで死んでゆくしかないんだ

暖かいミルクをポットから注ぐとき
その鳴り止まない通り過ぎるだけの音は 決して暖かくない

もうすでに、閉ざされた時間へ向けて
執拗に凍り付いていくからだ

風船を、割れるまで膨らまし続けてもいいかな?
僕の呼吸だけを詰め込んで
必死になって膨らましてもいいかな?

声が決して逃げないように
閉じた時間の中に、吐き出し続けてもいいかな。

ねぇ、だってもう、この声、聞こえてないんでしょ?

「ネエ ダッテモウ コノコエ…

言い切る事もできずに 僕の声は静かに凍りついた音へと変わる

沈み、抜け落ちてゆく紅葉の毛先は、街路樹を灰色の街へと繋いでゆく

言い澱むだけで話しかけてくる風景なら
もうすでに、街は優しさで凍りついている

雪を降らせたいんだ

僕の心が、決して君に、熱を伝えないように
僕の気持ちが、もう決して君を困らせたりしないように
硬く硬く、冷たい決意で
この世界を絵の中に閉じ込めたいんだ

 ねぇ、できるでしょ? ぼくなら。

死体のシステムを象る限られた性質は
生きた証をうちたてるように
暖かいハードウェアから 冷たいソフトウェアへと
その動きを、鈍くにぶくつたえてゆく

記憶の中にいる人が、夢を思い出している人を殺すことは、あるのでしょうか
死んでゆく遺体の見ている走馬灯が 棺桶をゆさぶって 棺の音楽を鳴らすことは、あるのでしょうか
テキストを読んで死んでいく力は はるか遠い未来を思い出す読者の想像力に
全ての存在をゆだねて そして僕の死が その真っ白な紙に 刻印されるように。

99%の絶望の海で

2005年06月16日 00時57分20秒 | 物語
最初に君に聞いておきたいんだけど、
君はどうしてこの本を手に取った?

それがどんな理由でもいい。
理由になってなくてもいい。
曖昧なままでいい。
はっきりさせなくていい。
それでも、ほんのかすかな気持ちでいいから
この本を手に取った時、心の奥にあったその気持ちを、
どこかへ、心の隅へ、とっておいて欲しいんだ。
そしてこの本を読み終わった時、その気持ちと読後感を、少しだけ比べて欲しい。
もう二度と手にすることはないだろうこの本を、
君のどこかへしまうために、僕はこれからこの白い紙を真っ黒に塗りつぶしていく。

この本は君のために書いている
そしてもちろん、僕のために書いている
これは矛盾していない話だ。
そしてもちろん矛盾だらけのおかしな話だ。
何故なら君は今も、昨日も、明日も、いつだって一人きりで
僕はいつも一人きりで、
そのたった一人の読者こそが
この本の作者になるための、唯一の、可能性の一欠片だから。

この本は多分、君にとって何の役にも立たない
君の人生を良くするための材料は何一つ含まれていないし
生きるためのヒントは何一つとして書くつもりは無い。
そして何よりも、全く面白くない。

それでも僕は、君の心を真っ暗闇に誘い出すために、
僕の話を聞いてもらうために、
君が君の中にある声を聞くために、
これを書かざるを得ない。
それしか今は、思いつかない。

どうにも、ならないんだ。
僕はこれを書くことでしか、僕自身の罪を滅ぼすことも、
僕を書き残すことも、生きることも、死ぬことも、
そして今を伝える事も、できはしないのだから。

本当に書かなければならないこと、
それがなんなのか、
そして僕が本当にすべきこと、
それがなんなのか、
ずっと考えているんだけど、
じつは考えているつもりになっているだけで
全く考えてなかったのかもしれない。
ずっとわからないんだ。
だからきっとここにも書けない。
だからこの本の始まりは、この文章の始まりは、この言葉の始まりは、
この物語の始まりは、
まず、君への謝罪から始まるべきだと、そう思ったんだ。

僕はね、正直に言って、君のことがわからないんだ。
君に会ったこともないし、
自分の事もわからないし、
もし会ったことがあったとしても、
僕は君が君だと気付くことは決してないだろう。
そしてまた、僕は自分が、どこかの誰かであることに、決して気付きはしないだろう。

全部僕の中で、終わった出来事なんだ。
全部終わってるんだ。
僕にはいつも、終わりが見えてるんだ。
僕はいつも、自分が死んだ場所から、ずっと遠くの、生きているかもしれないという、
わずかな希望のようなもの、
希望に似た色をしたもの、
光のようにかすかに瞬くもの、
そういうものをジッと見下ろして
そして自分が死んでいる事を嘆いているんだ。

ここに書かれているものは全て、輝きを失っている言葉たちだ。
ここに書かれているものは全て、死んだ魂の、抜け殻からはみ出した、わずかな祈りだ。
だからここに書かれているものは全て、君を騙すために用意された、言葉の罠ばかりだ。

君がもし、何か美しいものをみたいと思うなら
君がもし、何か輝く奇跡を見つけたいと思うなら
果てしない理想の果てにある、最後の光を見たいと思うなら、
決してこの先を読まないことが大事だ。
進めば進むほど、この道は真っ暗闇に繋がっている
そしてどこまでも続いている。
この世界には地獄しかない。
この世界には痛みしかない。
この先の道には、光なんてない。
だから君は、迷わずこの本を焼き捨てるべきなんだ。
そうする事が、君の救いなんだと、僕は今、そう思うよ。
今、思うんだよ。
書いた時に思ったんじゃないんだよ。
今、思ってるんだよ。
君がこの本を読んだ時、僕は既にこの世にいない。
ここにある、最後の欠片が燃え尽きた時、
君が僕を忘れた時、
僕は本当の意味で、安らかな死を迎える事が、できるのかもしれない。

人が書いた事がもしも誰かに伝わるのなら
僕が書いた言葉がもしもどこかの誰かに伝わるのなら
僕が書いている事はもう、既に誰かがどこかへ伝えて、
僕を通過して君を通過するだけだ。
僕が考えている事は、僕が思っていることは、僕が感じている気持ちは、
決して誰にも、伝わりは、しない。
今まで一度も、伝わったことが、無い。
これからも、無い。
だから僕はこれを書いている。
だから僕は必死でこれを書いている。
伝わらないことを知りながら。
誰にもつたわらない気持ちを精一杯吐き出して隠しながら、
誰にも届かない小さな声で、
精一杯の嘘で、泣き叫んで、壊れるんだ。
誰か僕を見てくれ!と、
既に居ないことを知りながら、
既に死んだことを理解しながら、
もうここにはいないと嘆きながら、
叫ぶんだ
叫ぶんだ、、
叫ぶんだ!

ぼくはいない!

ここにいない!

僕は死んだ!

ここには誰もいない!
作者が居ない!
読者も居ない!
誰も読まない!

うちすてられた言葉!
記号・羅列・配列
意味はない、意味は死んだ、僕は壊れた、僕がない
僕は誰だ
君は誰だ

誰かいないのか

どこかにいないのか

死んだのか
死ぬのか
死んでいるのか

死だ



死だけが

死だけがある

死しかない

死は無いと同じ

僕は、いない。

君に…、伝えたいんだ。
僕が死んでしまったという事実を
もう、死んでしまったということを

こんなにも必死で叫んでいるのに

僕はもうこの世界にいない

こんな怖いことが
この世界では日常的に起きている

怖いんだよ
言葉が
嘘が
僕が

生きているっていう死が
死の連続が
痛いんだ

君も死ぬよ
間違いなく。

ふるえる寒さの中で
絶望しながら 歯ぎしりして
がちがちおかしな物音をたてて
だれもいない空間で
一人でこっそり
死んでいくんだよ

だってさ
僕は伝えられなかったんだもの
僕には何も伝わらなかったんだもの
この世界にあるなにもかもが
僕を疎ましくおもい
この世界にある全ての僕が
僕を呪い続けて
僕は引きはがされるように
崩壊して
引力が無くなるんだ

君のせいだよ
君は何もしなかった
君は生きている間、何もしなかった
生きようとも、しなかった
死のうとも、しなかった

ただ、生きるんだと思った
そしてまた、思いもしなかった
遅すぎたんだよ
何もかもが
人と人は出会うことも無かったし
世界と世界はバラバラでどこにもあってなかった
あることがないことはへいきであったし
ないことがあることもまたにちじょうてきだったんだよ

だから僕は諦めたんだ
生きることを諦めた
死んでもいいやと思っただけで
たった一度思っただけで
僕はもう、終わっていたんだ
もう、僕には死しかなかった

色んなものが消えていくよ
壊れることもあったけど
これからは消えていくんだ
何もかも忘れていく
何もかもなかったことになる
あったとしても、なかったことになるから
あったことはなかったことと同じになる

君の人生は無駄だ
僕の人生はもっと無駄だ
だから僕は最後に叫んで
その音が反響する様子を想像しながら
バラバラに…

僕は多分、生まれつき頭がおかしかったんだろう
ふつうの人は、言葉で何か伝わるらしいんだ
言葉が無くても、色んな仕草や表情や、なんやかやと、伝わる何かがあるらしいんだ
だけど僕にはそんなもの何もなかった

光が見えないなら目を閉じればいい
声が聞こえないなら耳を塞げばいい

だけどもう
だけどもう
嘆きの波紋は
広がっているよ
誰も居ない密室で
僕の声だけが聞こえる
僕の声だけがこだまする

こわいんじゃなくて
いたいんじゃなくて
僕しか。
いない。

だからそこには僕が、いない。


――…。

僕は

僕を

語ろうかと思う


最初に僕が死のうと思ったのは、4歳の時だった

誰かのために、そして誰かのために

2005年03月09日 10時38分35秒 | 物語
「…逃げるなら今のうちだよ」

彼はこちらを斜めに見て こともなげにそう言った。
だけどどこへ逃げたらいいのだろう。

予感の色は明らかに黒ずんだどんより曇を呼び寄せていて
あたりの静けさはあとほんの少しの引き金がひかれるだけで
全てが崩壊してバラバラになるようなアンバランスさを醸し出していた。

それでも僕はそこに立ち止まって
こう一言告げるしかなかった

「僕はここにいるよ」

閉じられた空気はドアの隙間から流れ出ていく
目元や口元にかすかに窺い知ることの出来るわずかばかりのミクロな表情さえも
先入観や予感や偏見を持ってすれば
どう見たってそれは悪魔に近い微笑みだったと思う。

「…あんまり賢くないんだな」

それがどういう意味で発せられたのかは不透明なままだ
あるいは一つの断りの象徴として何かの一呼吸だったのだろうか

僕は後ずさる事も踏み込む事も許されず
ただその場に立ち尽くして寂しさに飲まれないように
強く強く立ち止まって
目の前にいるかどうかも疑わしい相手にこう言った

「僕は、、、まだわからないんだ」

彼はその言葉の輪郭をうっすらなぞるように確かめて
そして僕の眼前に、覗き込むような格好で顔を近づけてきた

「…それが君の理由?」

一瞬、キスされたのかと思った。
彼は唇の2ミリ手前の空気を切り裂いて静電気を起こしただけだった
そしてあらかじめ、何かを間違うことが無いように、吐き出すはずの何かを反芻し口をもにゃもにゃとやった。
やがて強い口調で言葉のナイフを突き刺した。

「君はいつだって何かを誤解している。だがそれは僕とて同じことだ。だけど僕は今何かを焦らず怒りながら確かめようと思う。
 それは君の態度と関係がある。そしてそれは君に一つの大きな責任という枷を嵌め込む事にもなるかもしれない、
 だが人というのはいつだって無責任である事は僕も承知している。それらを踏まえた上で、君を、君自身を確かめたいと思う。
 …話を続けても、いいかな?」

僕には選択の余地はない。
話をする以外に、いったい今の僕に何が出来ると言うのだろう。
逃げる場所も無い、進む場所も無い、そして何よりも僕には知りたい事がある。

「たぶん、いいと思う」

彼は首を振って、ため息を漏らした。

「やっぱり君はわかってない。何もわかってない。君の瞳は人に何かを期待させる。それは君の罪だ。
 その罪の源泉がどこにあるのかは僕にもわからない。だが、僕はどうしても君に聞いておきたい事がある。
 それを確かめたい。今から聞く。君の言葉は信用できない、だから君の瞳に聞くことにする。
 いいか、目線の動きだけは、嘘を吐けないぞ?」

鼓動が激しく時を刻み始めた。リズムを刻み始めた、いや、メロディーを奏で始めた。
今から死の狂想曲が始まる。命がけの追いかけっこが始まる。大運動会が始まる。
僕は捕まるのか、僕は捕まるのか、僕は捕まるのか――?

「君は本当に――が好きなのか?」

聞こえない、聴こえない、キコエナイ、何も聞かない、何も聴きたくない、ナニモキキタクナイ
僕は耳をふさいで、目を閉じて、口をつぐんで、息を止めて、じっと自分を押し殺して、そして――
――??

暗黙のルール

2005年01月17日 17時36分19秒 | 物語
僕がその発音を知ったのは、6歳の時だった
甘美な言葉だとは、全く思わなかった。
無機質な、新しい表情とセットでしか憶えられない言葉だった。

田舎は空気が美味いって事、僕は別に認めてないわけじゃない
だけど、だからと言って都会の空気が不味いとは思わない
ただ、都会で生きてる事を、恥ずかしいと思う事はある。

都会に潜む輝きの一つ{久徳星雲}そのちぎれ雲の一つ一つを
僕は痛みによって、まさに時計の針が突き刺さる痛みによって
認識として切り分けていった

僕の朝は6つの鐘で始まる
腹筋百回、背筋百回、腕立て百回、柔軟運動
そして公園にジョギングに行く
「運動するのは良い事だ」
「うんどうするのは良い事だ」
「うんどうするのはよいことだ」
「ウンドウスルノはよいことだ」
「ウンドウスルノワヨイコトダ」
君が今読んでる事に、僕は吐き気がしそうだよ。
こんな文章で伝えられるものなんか、何もない。

わかってるから、わかってるけど、わかることなんかなにもないって
わかってるけど
それでも僕は、何かをわかって欲しくて
しかたなく書いてる。
他に方法を知らないほど馬鹿なんだ、しょうがないさ。

日課の準備運動が終わると僕は
栄養価が計算されたご飯と、味噌汁と、魚と、漬け物と、海苔と卵
この中で卵が一番新鮮で美味しい。
を、食べる
生まれたばかりの卵にボールペンで日付を書いた。
卵の殻に字が書けるってすごい発見だ。
インクの匂いには、嫌悪感を感じるけど。
染みたインクも、食べる事になるのだろうか

朝食が終わると大量の薬を渡される
もちろん飲めという命令なのだけど
「これ飲んでね」とお姉さんに優しく言われて受け取る
飲まなかったら、フェルトペンで日付が書かれて廊下の掲示板に張り出される。
掲示板はちろりんとこちらに目をやって「悪い子成績表だよー」と呟く。
たぶん、僕にしか聞こえてない。

長い事この星雲に住んでる宇宙人と話をする機会があったので
ここに当時の記録を載せておく

「クワガタ飼ってるんだね」
「そうだよ、もう死んでるけどね」
「動かないね、ところでこの切り屑みたいなのは何?」
「樹を削って入れるんだよ、蜜が塗ってある」
「鉛筆削りの削りカスに似てる!」

僕は手回しの鉛筆削りでじょりじょりと削りまくった
大量のゴミが出来たので
二人で喜んでクワガタの透明な虫かごに入れた。
死んだクワガタがこれを食って元気になるといいんだけど。
木で出来たスポンジのような、わたあめのようなものを見ていた

いくつかの他愛のないやりとりがあって、
そして宇宙人はげらげら笑いながら僕にこう聞いた。
「せっくすって知ってる?オレこないだ岩谷くんに体で教えられた。」
と奇妙な話を始めた

アルファベッドのSで始まる事もXで終わる事も
僕にはきっと想像もつかなかった。
カタカナで憶えたのかどうかもわからない
きっと、ひらがなが彼の表情にやらしく貼り付いていたんだ。
それがどんな事なのかは、もちろん今でもわからない
わかりたくもない
わかろうとしない
そんなこと、わかってる

自由時間が終わって会議室に全員集合する
机の上に洗面器が人数分並べられ
一人は時計係になる。
洗面器に水をはって誰かが時計を秒読みする
「10秒経過…20秒経過…30秒経過…40秒経過…」
僕は水で満たされた洗面器に顔を浸して、必死に息を止める
息を止める事なんか出来ないから、呼吸を我慢するって書くべきなのだろうか
気が遠くなって
「ぶわっ!」って顔を上げる
「50秒!」って誰かが言う
これをみんなで何度か繰り返す
タオルで顔を拭いて次は発声練習。
「あいうえお、あお、かきくけこ、かこ、さしすせそ、さそ、たちつてと、たと、なにぬねの、なの、はひふへほ、はほ、まみむめも、まも、やいゆえよ、やよ、らりるれろ、らろ、わいうえを、わを、ん、
あかさたな、はまやらわ、いきしちに、ひみいりい、うくすつぬ、ふむゆるう、えけせてね、へめえれえ、おこそとの、ほもよろを、ん」
この発声練習も結構馬鹿馬鹿しい。
紙に書かれた地図がカッターで縦横に切り裂かれただけだ。

公園に行って缶蹴りをやった。
どこに隠れても発見されてしまう。
缶を蹴っ飛ばすんならすぐ近くに隠れて鬼より早くダッシュした方がいいと知った
僕は、誰にも見つからないように自分を透明化しようと試みた。
だけど出来なかった。
僕はきっと隠れながら叫んでる。
「誰か見て!誰か見つけて!」って赤い心臓が喋ってしまう。
息を殺すなんて、できっこない。

ドッチボールをやった
僕は小刻みにチョロチョロ動いて最後までコートを逃げ回っていたけど
僕の投球力では相手チームの誰も倒す事が出来なかったから、
結局僕のチームは負けた。
相手チームの岩谷くんに「インベーダーみたいな奴だな」
と言われた僕はケラケラ笑って喜んでた
喜んだら、駄目だったのかもしれない

月曜日の夕食はカレーライスだった
お茶が無くなって、僕は醤油を水道水で薄めた。
お茶と同じ色にすれば、同じ味になると思った。
醤油を薄めて透明化すればお茶になる
それは僕の発見でもあったが、発見とは呼べないかもしれない
何故なら、「お茶の味がするよね?」と聞いてみても頷いた人は一人も居なかったから。
夕食後、風呂に入って体を洗った
あるいは、洗おうとしていた?
よく思い出せない。

何人かの男に風呂場で取り囲まれた
仰向けに寝かせられた
足を押さえられた
腕を掴まれた
人工呼吸をされた
腕を引っ張られて、上半身を起こされたり倒されたりした
視界がぐねぐねと揺れた

僕の世界は揺れながら…幼稚園のブランコを思い出していた
僕は右のブランコを漕ぎながら
何かをぽそぽそと途切れ途切れに話していたのを思い出す。
左のブランコには同じ梅組の女の子が座っていて
彼女はブランコを漕がずに鎖と板をゆらゆらと揺らしていた
外は寒かったのに彼女のほっぺただけは丸っぽい暖かみを帯びていた。
その時僕は、彼女の目を見ていたような気がする
いや、マツゲを見ていたのかもしれないし
黒い髪の毛を見ていたのかもしれなかった
たぶん、吸い込まれそうな赤い場所は見なかった
そんな気がする

気が付いたら、風呂場には誰も居なかった
僕は何故か、その日だけはどうしてもいつもと違う場所を通りたくて
緑のライトが灯された非常階段を駆け上った
クリーム色の階段だった
わくわくするような、どうでもいいような、不思議な気持ちだった。

最上階まで上がったら大人に見つかった
耳を掴まれて鼓膜が破れるほどでかい声で何かを怒鳴られた
何を叱られたのかはもう思い出せないが
ルールを破った事だけは憶えている

あれからざっと数えて6万秒以上経っている
こんなに時間がたっているはずなのに、まだまったく思い出せない事が山ほどある
それはきっと、僕が大事な大事なルールを知らず知らずのうちに破っているからだと思う
例えばみんなが急に静かになったら息を潜めて周りの様子をジッと窺うとか
僕だけが、誰からも教わってない、秘密のルールがまだまだある

娑婆の空気は美味い。
都会の空気は不味い。
まったく意味が解らない

きっと、そういう難しいことがわからないと
殺されるように出来てるんだろう

「アイツラに殺されるくらいなら死んでやる」
多分これが、誰にも言えない僕のルール

今はただ、口をつぐんで静かに目をつぶる。

       西暦2005年1月17日、午後5時25分57秒の僕。

ブルーマインツの透明度

2005年01月09日 01時17分35秒 | 物語
「しょうがないなぁ」
と彼は言った
一体何がしょうがないの…

だけど私は彼にそれを問えなかった
まだ行ってない所もしてないことも私達にはたくさん、たくさんあるのだから。

「ねえ、あたしのどこが好きなの?」
「んー、全部。」
彼はいつもそんな事を言う
だから私はいつも彼を見張り続けなければならなかった
疲れてもやりきれなくても、ジッと見張り続けなければならない
あの時、そう心に誓った。

12月から冬が始まる
けれど11月から街はすでにクリスマスの準備にとりかかる
ウキウキしている人もいるけど寂しそうな人もいる
彼と一緒に街を歩く時、彼は落ち着かなさそうにキョロキョロしている
私は彼に話しかけた
「みんな、何を勘違いしているのかしら?」
「勘違いって?」
彼はすぐさま聞き返す
私は彼の疑問に答えるというよりは私の家の間取りを説明するように私の話をする
「だって、サンタクロースはみんなのものじゃないのよ。私のサンタクロースなの。」
「そうなの?じゃぁ僕の夢も希望もサンタさんも全部君の物?」
「でも、それも終わり。クリスマスは今年で最後よ。」
「なにか、あった?」
「何も。何も無いわよ。なんにも、無いの。」
「…そっか。」
彼はそれっきり黙ってしまった。
多分彼は何もわかってない、いや、わかるどころか本当は話を聞く気も無いんだって私にはわかってる。
でもいいの。彼、とっても背が高いから。私と並んで歩けば凄く絵になるから──

私はサンタクロースに思いを馳せる
小さかった頃の、私だけのサンタクロースに。

私が小さかった頃
私はよくいじめられていた。
クラスメートの黒岩さんが事あるごとに私に絡んできたのを思い出す

ある日近所のスーパーに買い物に出かけようと
坂道を下っていたら下から偶然黒岩さんが歩いてきた
彼女は会うなり私にコーラを頭から浴びせてきて
満足そうに嫌味っぽく笑った
私はびっくりするとともに
一体私の何がいけなかったのだろう、と反省した
私が上から歩いてきて彼女が下からだったから
見下されていると感じたのだろうか
あるいは私の髪の毛がいつも黒かったから
茶髪の彼女は私の髪を茶髪にするためにコーラをかけたのだろうか
なにがなんだかわからないけれど
きっと私が悪いのだろう
私の髪から流れ落ち、排水溝に流れていったコーラを見て
なんだか私は自分はゴミなんだと言われてるような気がした

誰かに助けて欲しかった
だけど誰も私の話なんか聞いてはくれない
私はいつだって私しか話し相手がいないのだから。

それでも私はやっぱり誰かに私の話を聞いて欲しかった
だから私は国語の授業で作文が課題に出た時
密かにいじめ問題を題材にしたのだった
国語の吉川先生はその作文をとてもとても褒めてくれたけど
その後で困った事が起きた
こっそり先生に提出するだけではなく
作文コンクールに出せと言うのだ

そんな事をしたら黒岩さんにバレてしまう
そもそもあの作文の内容がいじめられっこの立場で書いてある事
吉川先生なら解っていると思ったのに
この先生は一体あの作文から何を読み取ったのだろう
私はただ、大人にがっかりしただけだった
大人は生徒の気持ちなんかわかってくれない
大人はたぶんきっと、大人の世界で大人の事情で大人のために
私をおだてているだけなんだ
だから私の価値なんて排水溝に流れていくコーラのように低く汚く
そして私の心はいつまでもドロドロと醜いままなんだ

だけど私は吉川先生の申し出を断れなかった
「お前がこの作文をみんなの前で読む事で新しい道が開けるんだ」
なんだかよくわからないけど必死な剣幕で
私には断るなんて選択肢は無かったし
そんな権利も余裕も自由も何もかも
私には一切何も与えられてはいなかった

作文コンクールの日が来た
壇上に向かう私の足取りは重く、
身体はブルブルと震えていた
駄目だ、とても勇気が足りない
私には荷が重すぎる
こんなこと絶対できっこない
私は回れ右をして保健室へ行こうとした
振り返ったすぐ側に、吉川先生が居た
私が驚いて立ちつくしていると
先生は私の頭をそっと撫でて
「大丈夫だ、俺が守ってやる」
と小さく耳元で言った
その言葉がなんだかとてもこそばゆくて
私はポワーっとしたまま、壇上へ上がってしまい
夢遊病のようにフラフラしながら
何も考えず無我夢中で棒読みし続けた

その日の帰り、黒岩さんに見つからないように
私はそっと非常口から帰ろうとした
非常口の戸を開けたらそこに誰かの足が見えた
私は瞬間的に(逃げなくちゃ!)と思ったけど
その人影は立ち止まったままで
よく通る低いしっかりした声で
「今日はよく頑張ったな、家まで送っていくよ」
と静かに告げたのだった

顔を上げれば吉川先生がこっちを見つめていた

吉川先生の車に乗り
とりあえず今日だけは安心して家に帰れるんだと思っていたら
なんだか見慣れない繁華街に着いた

ネオンが眩しい繁華街だった
見た事も無い夢の国のようでもあり
思い出さなくちゃいけない誰かの名前のようでもあった

「ネバーランド」
と書かれた建物に二人で入った
ハート型の回転ベッドやテレビやシャワー室がある
小綺麗な、薄暗い部屋に入った
何の物音もしない代わりに、私と吉川先生の心臓の音だけが
大きく大きく鳴り響いている気がした
この広い世界には狭い狭い二人だけの秘密の場所があり
その場所を通して世界を見渡せば
私と吉川先生の心臓だけが世界の全てだった

長い熱いシャワーを浴びて
二人で抱き合ってベッドに寝た
先生は私に「羽音、俺を信じろ。俺だけを信じろ。今はそれだけでいい。」
とがっちりと固い声で言った
私は先生の目を見て
「ねぇ、サンタクロースって居るのかしら?」
と聞いた
その問いがあまりにも突拍子もなかったのか
先生は噴き出して
しばらく笑い続けた後、
「羽音、俺がサンタクロースだよ。」
と優しい目をして言った

私はなんだか熱い物が込み上げてきて
その想いに耐えきれず、
近くにあった電気スタンドを掴んで
目の前の男を何度も殴った

「返して!返して!私のサンタクロース!
返してぇぇぇええええええええええええええ!!」

ぐったりと動かなくなった男の財布を抜き取り
私は走って逃げた

ネバーランドから泣きながら走り続けたら
外は真っ白な世界だった
この白い世界で私の周りだけ、赤い点がポツポツと垂れていた
その赤い点を見ていたら
どうしようもなく自分が惨めに思えて
その場にへたりこんだ
そして赤い回転灯の車が来るのを待った

何時間待っても赤い回転灯の車は来なかった
私は世界の全てから置いてけぼりで
もうどうでもいいやと思いながら
遠い記憶の父の事を思い出していた
「パパー、パパはどうしていつもお家に居るの?」
「パパー、健太君ん家はお肉屋さんだけど、うちは何屋さんなの?」
「パパー、どうしてクリスマスの時だけおうちに居ないの?」
父はいつも優しげな目をしてにっこり笑っていた。
一度だけ、無口な父が私に何かを教えてくれた事があった
「羽音、この広い世界に伝わるとっておきの秘密を教えてあげよう。いいか羽音、
誰にも言ったら駄目だぞ。誰かに漏らせば消える世界があるんだ。だから羽音、約束だぞ。」
「うん、約束!羽音ぜったいぜぇーったい誰にも言わないよ。」

お願い、誰か私を犯して…

その声は降り積もる雪にかき消され、誰にも届かなかった。
何もない静寂の銀世界で雪だけが彼女を暖かく包み続けていた。

飢えた狼と我が侭な猫

2004年12月29日 16時23分43秒 | 物語
あるところに
いや、もうよそうか。
それともはじめようか。
どっちだっていい。

猫の毛があんまり伸びて痒さを増してゆくものだから
ゴミ箱を漁る狼が あんまり臭いものだから
狼は猫に近づいてリンゴを囓ろうとする

そしてリンゴの丸さを囓るたびに
狼は解けて溶けて味を知る

猫はライオンを見ながら
狼の毛を鋭い爪で引っ掻く
狼は 猫に気付きもしない
そしてまた ライオンの事なんか知りたくもない
やせ細り 衰えて 死んでいくだけ

猫は狼にニャーンとだけ 泣くことがある
猫はリンゴに気付きもしない
だからきっと狼は遠くを見て長い夜を走ろうとする
白い荒野を 思い出して走るのだろうか
狼は猫に気付かない
だけど狼は花を見て 側にいる猫をペロリと舐める
猫の瞳は縦に赤く細く光る

毒のリンゴ
妖しの林檎
腐ったりんご

その舐め方が あまりにも丁寧で優しく優しく舐めるものだから
ライオンはそれを見て満足したかのようにガオウと吼える
獰猛さも勇敢さも何もかも勘違いして
きっと地上に雷が落ちる

雷が落ちれば麒麟が現れる
麒麟はただ、時を疾走するだけ
そしてただ、動物を見るだけ
何も話さない、角が伸びるだけ

狼は猫が知りたくて
猫を舐め続け
甘い甘い果実の猫を舐め続け
そして何もかも失ってゆく

猫はまた 誰よりも側にいる狼に舐められて
ライオンの夢を見続け果てる
そしてまた ライオンはガオゥウオゥと二回吼える

どこにいる
どこにいる
麒麟はどこにいる
麒麟はなにをみる
麒麟はなぜはしる

ただ それだけの冷たい話

ロラン・バルトを一文だけ読んだ

2004年12月23日 15時27分05秒 | 物語
私が現実についてもっとも好むのは現実が優しいところである。

私は私を見ない
私は私を考えない
私は鏡を見ない
私は私を知らない
じつは私はいない
私は透明

光も闇も音も帽子も本なく
なにもないところを見つめる事は困難を要する
なにもない真理を知ればとたんに観測者は崩壊を余儀なくされる
無は無を映し出し
そして私の崩壊が始まる──

現実はいつも真理から遠く遠く離れ
私に嘘を教え続けてくれる
痛みの衝撃で私に嘘を吐き続ける
こんなカラッポの私にさえ、痛みを与え、あなたはそこにいるのよ、
と優しく微笑みかけるのである

こんにちは、現実さま、お噂はかねがね拝聴しております
あなたの事は存じ上げております
どうかこのわたくしに嘘をお与え下さいますよう、、。

私は私を見れない
私は私を考えられない
私は私の鏡を見れない
私は私を知り得ない
私は私がどこにいるのか発見できない
私の私はとっても透明

こんな私の事を人は嘘吐きだと言うのです
私は嘘吐き
私は嘘吐き
私も嘘吐きになれる?

では私の私は嘘吐きなのかしら

私は嘘吐きを見ない
私は嘘吐きを考えない
私の鏡は嘘吐き
鏡よ鏡、世界で一番嘘吐きなのはだあれ?
それはアナタです。
まぁ本当?なぁんて嘘吐きなのかしら

もはや嘘吐きは居ない
嘘吐きは透明

現実のもっとも美しい魅力は現実が現実を見せ続けてくれる事である

私は現実を見る
私は現実を考える
私は現実で鏡を見る
私は現実で私を知る
じつは私が現実
現実は真っ黒

ともすれば現実は私を突き放し、私に私を見せようとするのである

私はどこ?
私はだれ?
ここはだれ?
わたしはどこ?

変化の真理は私に変化を強要し、私に圧力を加え、私を変化させる

私は進化する
私は退化する
私は変化する
私は変化した私になる
私は変化したつもりになる
変化は私を変化させたと思わせる
そして私は私自身が変化なのだと思い込む
私は変化
変化が変化
何か変かしら…

現実のめまぐるしい変化は私を常に崩壊させ、変化すれば私が現実になれると教える
君も変化すれば私になれるんだよ、と語る現実はどこか甘い囁きを持っている

あなたは誰
あなたはどこにいるの
あなたは何故あなたなの
あなたはどうして現実なの

白い白い、透明な現実を探している
涙が出るほど透明な現実感を探している
私は現実を探している
私は私の中に現実が無い事をしっている
私はもはや私たりえない
現実だけが私を私にしてくれる
現実だけが私を私にする衝撃の痛みを持っている
白い白い、透明な現実感で私を現実の虜にしてください
現実の中で透明になっていく私を想像して
私は想像の中でむせび泣くのです

ああ、私は現実の中に居る
私は現実になれるかもしれない
現実にワタシは居るんだ…

存在者が思考によって現実の存在者たらしめる時代が終わる時
私の中にいる透明なワタシはどうやって私を私たらしめるのか
透明でカラッポの支配者を透明によって打ち砕く物語は
まだ生まれきってはいない
透明の透明による透明な透明のための革命で
ようやく透明なワタシは透明な物語の中に身を置く事を許されるのである

わどさん、あなたは白いエクリチュールを探して下さい
僕はきっと、僕の物語の中にあなたの影を見る事ができるでしょう
僕の中であなたはまだ、冷たく光っているのだから。

電話が壊れる音が聞きたかった

2004年12月20日 23時29分45秒 | 物語
残された電話は僕を酷く不愉快な気分にさせた
留守電メッセージが 0件だった事に怒ってるわけじゃない
それは日常的に当たり前の事だし、どうだっていいと思う

僕がその場に残された電話を見つめて
立ちつくしていたわけは
それが僕の電話かどうかという事とは、直接は関係がない
むしろ、僕の電話だった方が良かったのかもしれない

レインコートからぽたぽたと何かが垂れる音がした
たぶん、雨が降っていたんだろう

机の上には赤い水滴がいくつも散らばっていた
状況から考えて携帯電話は午前五時からずっと不通のままだ

僕は携帯電話を綺麗に拭いてポケットにしまった
赤い水滴を指でなぞって、少しだけ舐めてみた

突然携帯が鳴り出して、僕はビクっとなった

僕はイライラする原因をハンマーで叩き壊した

僕は携帯を取り出して、電源を切った
静かな方がいい
壊す音だけを聞きたい

バラバラの破片になった電話を見ていても
僕の気分はずっと複雑なままだ

携帯を取り出して、警察に電話する
110なら、タダで話せるんだっけ?違ったっけ?

「もしもし、こちら湾岸署です。」
ブツ。

やめた。馬鹿馬鹿しい。

外へ出て、水たまりに石を投げ入れる
何度も何度も投げ入れる

6年前の事を思い出していた
冷静に考えれば告白する必要性なんかどこにもなかった
だけど僕は、恋愛の成就や彼女の笑顔なんかよりも
振られる事自体を必要としていたのか。

ポケットに手を突っ込んで、ぶらぶら歩いて
ゆっくりゆっくり家に帰った

玄関のドアを開けて、真っ先に壁に目がいった

電話線が最初から繋がっていなかった事に気付いた。

たった一本の、スプーンの話をしようか。

2004年12月20日 14時20分21秒 | 物語
好きだとか嫌いだとか
そんな事についてぐだぐだ言うのはもう嫌なんだ

例えばそう、
僕はスプーンの話がしたいんだ
いや、したいかどうかハッキリしてるわけじゃなくて
例えば僕はスプーンの話がしたいと言う事だって出来ちゃうんだ
そんな事もできちゃうんだ

僕が言いたいのはスプーンの丸さよりは
そう、あのまんまるな丸さが丸いかどうかって話ではなく、
むしろとりあえず丸い事にしておいて楕円の歪み率とか
スプーン曲げとかそんな話をしてみたいんだ
だけどスプーンを何度も何度も折り曲げるような
そんな話はもうたくさんなんだ
スプーンの銀色が変な風に僕の顔を映し出す感じとか
磁石をごしごし擦って砂鉄を付けたりとか
そんな遊びみたいな事をしたいのに
何故だか丸いとか丸くないとか
そんな話が堂々巡りする事だってあるんだ

スプーンが映し出す僕の顔が、あまり歪んでいたから
もしかして、その事を怒っているのかもしれないな
だけどね、僕はスプーンが必要だったんじゃないかって思うんだ
もちろん手づかみでスープを飲んだっていい
そのまま口に流し込んだっていいんだ
だけど僕にとってスプーンってのは
すごく自然な道具だったんだ

わかるかな?そういう話。

僕は今だって本当に自分がスプーンの話をしたいのか、
すごく疑わしいんだ
すごくすっごく疑わしいんだ

いや、むしろこれは違う話なんだ
僕は本当はスプーンの話なんかしてないんだ
そう言う事だって出来ちゃうんだ
ねぇ、わかるかな
わかってくれるかな?

わかってくれるかどうか
そのことを一番大事にしたいわけじゃないと思うんだけど
すごく大事な事だと思うんだ

スプーンを右手で使うか、左で使うか、
グーでがしっと上から握るのか
斜めにかるくそっとつまむように三本指で支えるように持つのか
そういう事が大事な時だってあるんだ

わかるかな、僕の言いたい事
僕が何か言ってるって事くらいは、気付いてくれてるんだろ?

僕は、スプーンの話をしたいんだろうか
というか僕は、もうスプーンそのものなんじゃないだろうか
そんな気だってしてくるんだ

あるいはもう、スプーンの話なんかうんざりなんだ
だけど僕はさっきからスプーンに騙され続けていて
スプーンの話をしなくちゃいけないような気がしてくるんだ

怖いんだよ
スプーンの話を思い付いたのに
スプーンの話をしない僕が
誰もスプーンの話なんか、聞きたくないのかもしれないのに
僕はスプーンの話を延々とし続ける
頭が壊れてると思われたっていいんだ
僕は壊れたレコードみたいだって言い放たれて
3人の大人ぶった人達に大笑いされた事があるんだ

僕はその3人が嫌いだったんじゃない
むしろ好きだったと思うよ

ほら、うかうかしてると、
僕は人を好きだとか、好きじゃないとか
そんな話をしてしまう

僕はスプーンの話がしたいんだ!
OK、認めるよ
今日はもう、スプーンの話をしたかったんだって事にするよ
本当は違うんだけどな
絶対そんな話がしたかったわけじゃないんだけどな

だけどもうスプーンは僕の頭にぐっさりと突き刺さっていて
固く固くもうどうしようもなく固く
溶け込んでいるんだ

ああもう僕はスプーンだ
僕はスプーンになりたい
僕はスプーンになってスプーンの事を考えない僕になりたい

うわあ
なんだこれ
こんなところに

スプーンがあるじゃないか!

最後の天気

2004年12月15日 00時18分42秒 | 物語
インターネット最後の日


インターネットが使えなくなってからずいぶん経つ。
インターネットを使う事は、国際条約で禁止された。
組織や社会といった全体という名のシステムは
あまりにも個人のシステムをないがしろにし過ぎた。
誰かが世界平和を唱えた。
三度目の世界大戦はあまりにも残酷で
みんな戦争という行為に疲れ切っていたからだろうか。
じつにあっけなく、世界は平和になった。
誰も世界の事を知らないからだ。
ネットワークが禁止され、
ネットワーク性を持つものは全て禁止された。

大戦中に開発されたシェルターは自給自足が可能で
一人の人間が一生を過ごすくらいのエネルギーは充分まかなえた
もうみんな、考えるのはやめた。
殺し合うのもやめた。
一人で生きていく事が出来るようになったし
誰かを傷つける必要なんか無くなってしまった。

僕は端末を起動し
隠されたケーブルに接続する
最後のインターネット、ウェザーチャンネル。
ここには世界の天気が載っている
世界の天気しかわからない。

僕はおぼろげな記憶で端末を操作し
世界の天気を調べた。
なんの意味も無い。

アメリカは晴れ、ロシアは曇り、ドイツは雪、中国は雨、
アメリカという言葉に意味はない。他の国名も同じように意味はない。
もはや国家は機能していない。ただの、名残だ。
アメリカがアメリカなのかどうか、誰も一人じゃ確かめる事なんか出来はしない。

世界の天気を眺めながら
僕は物思いに耽る。

僕は何かを間違えただろうか。
あるいは、何かを間違えなさ過ぎただろうか。
僕は一体インターネットのために何が出来ただろう。
僕はインターネットの事を知ろうとしなかった。
インターネットはインターネットだと思っていた。
だから今日、インターネットは無くなるんだと思う。
きっともう、誰もインターネットの事など憶えてはいないだろう。
そんなこと、知らなくてもみんな生きていける。

僕はウェザーチャンネルのデータベース
に項目を一つ追加した。
「日本の天気」

追加して、なんだかとても奇妙な感情に襲われた。
もうずいぶんと、使ってない言葉だ。
僕は日本を見た事があるだろうか。
一度も、見た事がない。
おもえば世界大戦が、本当にあったのかどうかも僕にはわからない。
思い出してみれば僕の日常は昔からあまりにも平和だった。
泥棒にすら、会った事なんか一度も無いじゃないか。
本当の戦争は、一体いつが最後だったのだろう。
日本は、一体いつから無くなっていたのだろう。

僕は多分、きっと最後の日本人だ。
日本の天気を入力する。
「日本の天気、晴れ時々曇り」

シェルターの外に出て、天気を確認する。
空は青々と晴れ渡り、誰も居ない砂漠だけが世界中に広がる。
世界は本当に平和なんだと思う。

僕はもう一度天気を入力し、
キーボードを画面に向けて力一杯叩きつけた。

「日本の天気、雷雨ののち、大洪水」

能面の笑顔で君は

2004年12月09日 03時23分54秒 | 物語
伏し目がち

たくさんの流れる能面の中で君は

うなづき

かわされる笑顔の雑踏の中で君は

迷い

走り続けた屋根瓦の驚きの上で君は

戦い

逃げまどう聴衆の祭壇の上で君は

嘆き

うつろう轟きと雷鳴の闇の奥で君は

煌めき

破り続けた約束の牢獄の奥で君は

僕を笑うだろう
僕を憎むだろう
僕に近づくだろう
僕から遠ざかるだろう

だから
そして
いつも
ときには

やがて

君は

君になっていく

ありがとう
力一杯
なけなしの
空元気の
届かない
僕たちの
門出のような
優しすぎた時間は

今日
今日を限りに
今日を頼りに

何かに
何かに
何かに
何かに変わる


長い雨が降って
ずっとずっと長い雨が降って
僕たちは顔も上げずに
傘の中でうつむいてすれ違う

それだけが僕に残された
約束の選択肢で

僕は選ばなかった見捨てられた時間だけを追って
とぐろを巻いた思い出は
何もしなかった僕だけを呑み続けて

あそこで何かを知っていた
見当違いのコンパスだけが
僕らの時間を巻き戻し続けてゆく

僕は間違え忘れた砂時計を拾って
何度も値段を付けて
店先に並べる

これはいくらですか?
あれはいくらですか?
それはいくらですか?

仕方ないよね
君は大人になるんだよね
恨んでないよ
約束の時間だから

もう、電話を切るね

「このメッセージは2004年12月9日に記録されました。」

僕には、電子音の、耳鳴りが聞こえた。