嘘の吐き方(うそのつきかた)

人はみんな嘘をついていると思います。僕もそうです。このページが嘘を吐き突き続ける人達のヒントになれば幸いです。

輪郭線を辿る物語

2005年10月31日 01時41分02秒 | 駄文(詩とは呼べない)
散らばった情報の雲海で
強調された輪郭線をたどる時
雑多雑多と浮き出る膨らみと共に
集合要素の血腫瘍の中から
物語が強烈な産声をあげる

死から掴み取った新たな物語は
無の引力場で歪みを引き起こし
イメージをもってエネルギーを結ぼうとする

固く結ばれたエネルギーの糸が物質化しようとし
僕らがあえぐ具現化への道のりは
長い一瞬の時間で生成され
色がかたくなっていく

象徴からちぎり取った骨肉腫
赤ん坊から奪い取った心臓
考えつづける思考癌

無と死の間の扉を開く鍵針が
すごい速さで回転していく

世界が口を開くとき
物語は生まれる
世界が口を閉ざすとき
物語は消えるように終わりへ向かう

たとえ一歩ずつでも
呼吸せねばならない

掴み取るたびに
自分の一部が死んでいくとしても。

深呼吸せよ、記号たち。
死呼吸せよ、物語。

地下鉄のけむたさを吸って

2005年10月30日 21時42分58秒 | 駄文(詩とは呼べない)
街を歩くと、自分がみすぼらしい人間のような気がしてくる。
特にみすぼらしい格好をしているわけでもないし、
お金が無いわけでもないのに、
何故か不思議と感じてしまうこの気持ちを
僕は失くさないようにしなくちゃいけないと思う。

わびしいとは、どんな感情だっただろうか。
今の自分に当てはまるだろうか。
今の自分にあてはめていいものだろうか。
僕がこんな場所でこんな気持ちで居る時に、
わびしいはわびしさをもって僕の側に来るだろうか。
ニセモノのわびしいになるだけじゃないだろうか。
わびしさの崩壊が始まるだけじゃないだろうか。

地下鉄の通路を通る時、
けむたい電車に乗る時、
地上へと出口を求めてさまよう時、
地上のあかるい光を吸おうと足を前に出す時、
僕の足取りの一歩一歩がみすぼらしい。

何故なんだろう。
知らない人たちで構成された「ぎこちなさ」をすりこぐような空気
「与えられた沈黙」という名のニセの満足感。
やわらかくて壊せないパントマイムの壁。
味のしないジュース。
記憶から遠ざかり続ける現在地。

観察力も集中力も沸き出さない、熱を持たない空気。
不快感すらも、世界の裏側に隠されているように感じる。

ただただ僕は、現実の情景を夢見ている。
そこでふと気付く。
失われているのは主体性だ。
世界と干渉を起こす自分がいない。
さびしい夢の中で、僕は現在を追いかけるように思い出している。
それでもなお、もっと古い過去を思い出して懐かしいと感じるのは、何故なんだろう。

誰か、生きてる人は居るんだろうか。
最高の懐かしさを思い出すために、僕はリアルステージで
幼児のような感覚で胎児をプレイしているのか。

自由ってなんだろう。
今の僕に思い出せる景色だろうか。
だらりとねむたい…。ここはどこなんだろう

この手から零れ落ちる現在地を失くさないように
僕はこの不快なけむたさを
胸いっぱいに吸い込んでおこう

遠ざかる街並みに

2005年10月28日 12時24分02秒 | 物語
悲しい物語だ

道はずっと遠方まで曲がりこんでいくカーブで
街路樹に降り積もる雪はしんしんと静かに呼吸しているようで
僕がその雪をそっと一掴みすると
街は緋色の熱で溶けてゆく

木漏れ日がさわさわとささめくような季節はとうに過ぎていて
僕の見ている前で街はずっと過去へと押し流されていく

空は決して泣くことをやめない
あるいはまた、その大きなうねりの声で鳴いているのか。

ときどき、元気かい?げんきかい?ゲンキカイ?
って遠くから聞こえてくるけど
そのたびに僕は、元気だよ げんきだよ 僕は元気だよ って
知らない人に話しかけるようにうそをつく

本当は、あの頃から時間はずっと止まったままで
ただもうひたすらに激しくゆっくりと
君の住んでいる向こう側へ遠ざかり逃げてゆく

僕はもう、時を超える声を発明するか
このままここで死んでゆくしかないんだ

暖かいミルクをポットから注ぐとき
その鳴り止まない通り過ぎるだけの音は 決して暖かくない

もうすでに、閉ざされた時間へ向けて
執拗に凍り付いていくからだ

風船を、割れるまで膨らまし続けてもいいかな?
僕の呼吸だけを詰め込んで
必死になって膨らましてもいいかな?

声が決して逃げないように
閉じた時間の中に、吐き出し続けてもいいかな。

ねぇ、だってもう、この声、聞こえてないんでしょ?

「ネエ ダッテモウ コノコエ…

言い切る事もできずに 僕の声は静かに凍りついた音へと変わる

沈み、抜け落ちてゆく紅葉の毛先は、街路樹を灰色の街へと繋いでゆく

言い澱むだけで話しかけてくる風景なら
もうすでに、街は優しさで凍りついている

雪を降らせたいんだ

僕の心が、決して君に、熱を伝えないように
僕の気持ちが、もう決して君を困らせたりしないように
硬く硬く、冷たい決意で
この世界を絵の中に閉じ込めたいんだ

 ねぇ、できるでしょ? ぼくなら。

死体のシステムを象る限られた性質は
生きた証をうちたてるように
暖かいハードウェアから 冷たいソフトウェアへと
その動きを、鈍くにぶくつたえてゆく

記憶の中にいる人が、夢を思い出している人を殺すことは、あるのでしょうか
死んでゆく遺体の見ている走馬灯が 棺桶をゆさぶって 棺の音楽を鳴らすことは、あるのでしょうか
テキストを読んで死んでいく力は はるか遠い未来を思い出す読者の想像力に
全ての存在をゆだねて そして僕の死が その真っ白な紙に 刻印されるように。

握手を拒否する権利で踊れよ

2005年10月26日 18時29分36秒 | 駄文(詩とは呼べない)
ダイヤモンドには光って欲しい
ダイヤは硬く美しくあって欲しいと願う人々を
一体何人殺し続ければ、僕の指に填め込まれた
透明なダイヤはそげ落ちるのだろうか。

かつて物質の中に「同じ」という概念を求め続けた
科学者達のもつ「物質への愛」は
とても歪んだ価値観と屈折した不確定性の論理を築き上げた。

だけど僕は知っている。
そこにある、元初の動機は美しく、繊細で、
壊れるほどの自己愛であった事を
だからこそ、僕はこの牢獄のような密室で出来た世界を
歪んだフェチズムのハンマーで
叩き壊さねばならない。

そしてそこに、
他者の光を当てようという つまらない期待は
もはや僕からは とうの昔に奪われていたのだ

システムだけが同じ嘘を吐き続けた世界で
配列の持つ逃避的な同期性は
それ自体が多くの不条理に満ちていて
どんな精度のマシンを用意したとしても
決して完全なコピーは成り立たず
それ故に本物のオリジンもまた、
この世界には有り得ないのだと
誰かが耳元でささやく。

やさしい嘘だね。
君の持つ、透明な世界は。
いつだって、強烈な痛みで、世界に色を塗っていく。

においを絵に描いたらどうかな。
盲目の画家が描いた絵を、美しいと思える君なら、
きっとそういうことだってできるよ。

断言する事はできなくとも、応援する事はできるだろう。
もちろんしないよ、僕は君を応援しない。

今日は返事を出さないでおくね
いつか降り積もった手紙が、雪崩をおこしたら、
僕は人に会いにいこう。

君の居ない世界で
僕は友達に握手を求める
伝えられない力を持った手で 伝わらない何かを握りしめるために。

ピエロは雰囲気を見ずに笑う

2005年10月24日 09時43分31秒 | 駄文(詩とは呼べない)
人が人として踊り狂うその様を
澱みから取り出すように
ピリピリとした甘い空気のわき水から
にぎり、とりかこみ、こするように
あの、ほんのりといらだつような、つめたくほほえむような
こまいぬがはなしかけるような
えんたんつるりとした
もじゃもじゃとしたざわつきのしずかさのなかから
ぷわっと、ひとこきゅうすれば
それはちょっとした、
ささいな、でたらめな、あたらしさの模様を描いて
あちら側へと こちら側へと
熱を揺さぶるから

僕は人に、ドームに、見えるようで見えない明日に
まったく意味のない、何も考えていない、
期待の水滴のようなものを
じんわりとにじませてしまう

それは、
僕の罪でしょうか?

それは、人の罪でしょうか?

罪は、罪でしょうか?

生きられないよ。
ひとりじゃ。
孤独が発明されるのを忘れていたとしても
やっぱり、僕だけは忘れられないよ
寂しさを、発見して驚けたらいいのに。

ただ、人が寂しがる為に。

形が透過し続ける力点で

2005年10月22日 15時58分27秒 | 駄文(詩とは呼べない)
僕の背中ばかりを見てた。

誰彼構わず話しかけたのに
誰も僕の見ているものを見なかった
ただ、誰もが僕の背中ばかりを見た

僕が怒りを水に溶かして沸騰する血を生臭く感じた時も
僕が笑顔が病気の一種であると断罪して突き破るほど手を握った時も
熱で熔けたガラスを目に注ぎ続けた力一杯の歪みも
野菜が肉に見えて撃ち殺し続けた静寂の中でさえも

誰も僕の見ている世界を見なかった

誰も僕の音を聞かなかった

足音ばかり追いかけやがって

お前らなんかに俺の世界の汚さが
俺の世界の醜さが
この両手一杯の希望に満ち溢れた無力さが
わかるもんか

強いとか弱いとか測るんじゃねえ!
理解しようとするんじゃねえ!

雷なんだよ

空気の全てが

熱いばっかりの冷たいばっかりの痛みばっかりの俺の皮膚の表面は
いつだって宇宙よりも広い内部にあって
誰も俺を傷つけない
無駄なんだよ
全部無駄なんだ
通じないんだよ
お前らの見ている全てのものが
お前らの感じてる全てのものが
俺には通じないんだよ

もっとよこせよ
俺が俺の世界だけを痛がり続けてる中で
おまえらの見てる牢獄は
なんでそんなにぬるいんだ!

棄てろよ、まずお前の命から。
こんなもんで
どんだけぬるい命を語り続ける気なのか
終わらせろよ、はやく!
もっとはやく。はやく、とてもはやく。

今すぐこの世界を壊してやりたいのに
たった一粒の物質さえも
消す事はできない

どんな沈黙の中にいても
俺に静寂は訪れない

消えるしかないんだよ。
俺が消えるしか、この世界を救う方法は見つからないんだよ
慾ばっかりだ
あれもこれもそれもどれもおれも
全部慾ばっかりだ
汚れすぎていて
むかつくんだよ
この世界が。ずっと
生まれっぱなしで
変わりっぱなしで
イラつくんだよ

なんで誰も俺を殺さない!?
もっと暴力的な世界のハズだろ?

もっと突然に
全てが不条理に
なんの規則性も前触れもなく
真っ暗な熱で明るく焼けただれればいい

一歩を踏み出すだけで
この世界は全部消えるはずなのに
なんで
その程度の
願いすらも 祈りすらも 思いすらも
誰も実現できないんだ!?

僕だけだ。

俺だけが
僕を殺す事が出来る

はやく終わってくれ
はやく、世界中の物語を終わらせてくれ
もっとはやく、変化を終わらせてくれ
頼むよ、俺。

駄目だ、何も感じない
ホントに俺、最後の一人なのか?
誰か居ないのか?

ページを破れば、全てが終わる世界で
なんでこんな場所に
閉じ込められなくちゃならないんだ

赤さを誘う光が差し込んで
見ているものは橙色に染まって
夕暮れを止められない涙さえも
ただのワガママにしか見えなくって
泣いても叫んでも誰にも通じないのなら
僕の両手は、瞳を潰す為にあるとしか
俺には思えない

いつから、俺の世界には
人間が棲めなくなったんだろう

【よく噛んで喰え】

2005年10月14日 20時21分10秒 | 詩に近いもの
そりゃぁなんてったって新潟産のコシヒカリが一番美味いよ

新潟産?魚沼産の間違いじゃなくて?

冬はいいよな、空気が冷たくて。 乾燥した中に、息がプワーっと

俺さ、お嫁に行くんだ。お婿じゃなくて。

そんな事言っても、やっぱり空気は豊かさの中で何かに震えてると思うよ

そうじゃないだろ。

でもどうすればいい?

だったら一度くらいは

もうそんな話、いまさらすんなよ

気が気じゃないんだ

もう終わったんだよ

いや、だけど鉄釘は赤い血と同じ色をしてるんだ

待てよ。おまえひとり、そんな遠くまで、いくなよ。

凍ってしまえばいい

そんなこと、させるかよ!

誰だってまずい空気の中で、土砂降りの雨になんて 撃たれたくないんだよ

だったらやることは一つだろ?

そういう話じゃないんだよ

鍛えればいいじゃないか。

もう、日が沈み始めてる

けど、台風だって、最初は誰かのくしゃみなんだよ。

いい加減な事いうなよ

見つければいいさ

白い歯は、ライオンの中で磨かれるって、誰かが言ってた

孤独の戦士なんて、もういないんだ。全部お伽噺なんだよ!

嫌だよ、俺は。

じゃぁなんでいつまでも、そんなとこに

ここは俺たちの居場所なんかじゃない

城はいつだって高くそびえ立つ。

始めようか。

何の為に?

なんのためでもない、誰かのために。

もう、言わなくていい。最初から、砕けて溶けた。

ぶっつけ本番のリハーサル。

楽しいね、相変わらずだ。

「帰ろうか。」

『ああ、最初から 意味なんて無かったんだ。』

物語にひそむモノローム

2005年10月14日 08時15分42秒 | 駄文(詩とは呼べない)
私は単に、一つの結果を残しているに過ぎないのだ
創作性とは関わりなく、物語を物語ってはいけないのだ
何故なら、縦横高さの空間に時間を足した四次元空間座標において
自分と同じカメラ位置を持つ者は存在しないからだ
一つのフレームワークが移動するカメラの物語を語っても
同意できる者など居ないのだ
それゆえに、私の物語は絶望的であり、
物語として機能する。

つまり私に出来る事は、
物が語る音を聞き、者が語る声を聴き、
それらを物語のように紡いで嘘をばらまくのみである。

私は、私だけの連続性を繋ぎ止める物語だ。
私が紙の上に立つ時、私はペンだ。
私は、私だけのエクリチュールを矛盾で保証する文脈だ。
私が象徴の上に立つ時、私は記号だ。
私は、私だけの綿菓子をむしゃむしゃ食べる。それがどうした。

物憂げな、物々しい、物差しで測る、私のモノローム。
「かちこちーん。」

体細胞死滅運動に思いを馳せて。

2005年10月14日 05時35分43秒 | 駄文(詩とは呼べない)
このどうしようもなさはなんだろう

光るLEDをじっと見つめていると色んな色が見えてくる
白いところを見つめていると様々な色が見えてきて
白がなんなのかわからなくなる

僕は、万華鏡のように移ろいゆくだけの景色を
象徴化された記号で切断してものを見ている
僕が誰からも色を教わらなかったら
この景色は本当は何色なのだろう

正確さで汚された世界で
知の泥にまみれた世界で
僕は世界を決めつけ、踏み固めながら歩いていく
だけどそんな地獄への行進は
ほんとうにもうたくさんだ、やめてくれ、と願い続けている自分が居る

もう一度生まれ直して
誰からも何からも知識を教わることなく
ありのままを見つめる事が出来れば
はたしてこの世界は美しいのだろうか?

がくっと首をうなだれて
現実の色で汚された夢を見る 夢を見る ゆめをみる

どうしようもなく不安で
この世界に生きてる事が不安で
きっと言葉を失ったとしても
この居心地の悪さは消えない
痛みは決して、消え去りはしない。

誰かがいつも、僕に痛みを伝えようとしてる
誰かがどこかで叫んで、僕に痛みを通して感覚を伝える
そんな事が繰り返されて
僕は1秒間に百万回も汚される
生きてるだけで痛い
何もしなくても痛い

例えばここに、今日食べたご飯の痛みを書いたらどうだろうか
米粒の数を数えながら、そのたびに痛みの声を書き記したらどうだろうか
意味を咀嚼する必要なんて無い
喰われ、潰され、すり切られ、ちぎられ、粉々に、ボロボロに、なっていく米粒に
自分の意識を投影したらどうだろうか。

とてもじゃないが、メシなんか食ってられなくなる。
朝食が痛い、昼食が痛い、夕食が痛い、夜食が痛い。
僕は、食べるだけで痛い。
そして罪は、エネルギーの量だけ僕を黒くする。

ほんとうにもう、どうしたらいいのだろうか
生きてるだけで不安になる人間は生きたら駄目でしょうか?
死んだら駄目でしょうか?
死のうと逃げたら駄目でしょうか?
死は本当に逃避でしょうか?

時々、野生の猛獣が、僕を喰い殺してくれたら、と願って怖くなる。
そんな痛い事、想像するだけでも怖い。

時々、創造による頭痛と、妄想による胸の痛みと、現実の肉体の痛みが
全部重なって死にたくなる。

逃げ場所が、死しか思い付かないのは、人が馬鹿だからでしょうか?
僕がバカだからでしょうか?
死が、優しいからでしょうか。

頭を抱えて
両手で頭を押さえて
体を丸めて

泣きそうになりながら
ゾッとする寒さの中で
死を考えようとする
死に逃げようとする
死に救いをもとめる

最後の風景が、ちらついたり、ゆがんだりする。
ボクハ、ハヤクシニタイ

風が聞こえる
時間が止まりそうになる
はやくだれか、ころしにきてくれ
そんなささやかな願いも、カラカラと乾いた風が、どこかへ気持ちを盗んでいく

耳が聞こえなくなってもいい 耳鳴りを止めてくれ

目が潰れてもいい 美しいだけの光を見せてくれ

全身が熔けてもいい 熱の意味を教えてくれ

誰もが終わりを願ったとしても、きっと残酷な世界は、人を歯車にして、ギリギリと、回り続ける
逃亡を阻止し続ける義務感は、きっと君たちが生きてる限り続くだろう。

みんなが死んで、僕の心だけが平和になればいい。
全ての痛みが消えるのならば、最後の人類になったっていい。
孤独の意味なんて、生まれた時から知りすぎてわからないのだから。

拳を高く突き上げて

2005年10月13日 21時26分08秒 | 駄文(詩とは呼べない)
握り拳が 歩みを崩さないほどに
型くずれして弱りきった日には
今日の事をメモしておこうと筆をとる

よせよ、筆なんかとれないくせに。

そんな声が聞こえて、ハッと指を見る
手の平を見つめて、握り拳を作る

触れる事は、できる。

もう、握り拳の歩みを見る事はできない。
だから今日も、筆を執る。

一年前の異なる時代の友人へ。

2005年10月13日 09時07分22秒 | 駄文(詩とは呼べない)
一年前から、何も変わっていない
すごく不思議。

ますますもって自分が何者なのか、わけわからなくなるよ。

しょうもない揚げ足取りが多いな、
と反省する部分はあるにせよ、
主張内容の大筋は今も変わっていない。

僕はほんとうに外部からの圧力に弱い人間だと、
つくづく思う。

僕は昔から、相手が望んでいるような事はしない。
感謝の気持ちを直接的に返すような事もしない。
つまり、僕は一方的に何かを受け取っているだけなんだと思う。

それが得だと感じた事は無い。
けれど何かを返さねば、と思う事はしばしばある。
だけど僕には返すような自分の言葉がまだ無い。
あるいはまた、これからもないのだろうか。

僕には…
外から求められる僕があるだけで
僕自身が望んでいる僕なんて、どこにもありはしない。
情報を遮断すればハッキリとわかることだ。
次第に無気力化して、閉じこもるだけだ。
何かを必死で考えたとしても、そこからは何も生まれない。
ただ、絶望の色が日増しに濃くなっていく
それだけの事でしかない。

だけど僕は、拡大していく自分の欲望に
ハッキリとした嫌悪感を持ち、
それが例え憧れであろうとも、消費であろうとも、
ただただ否定するのみです。

僕は僕の生きる世界を否定せねばならない。
そのような決意を、ハッキリと持っています。

根源的には、生そのものが持つ罪悪性であると思いますが、
個人的な理由はもちろん色々とあるのでしょう。

僕が伝えられる事は、
「死にたい」という事以外、今でも見つかっていません。
また、とても気持ちは落ち着いています。
この落ち着きようなら、もうしばらくは大丈夫そうです。

自分の身体が長く持たない事は、身体が教えてくれますが
僕は老化が嫌いである為、
そのたびにとても気持ちが沈んでいきます。
人が永遠や無限に憧れる気持ちは、
おそらく今まで一度も世界がその変化を止めた事が無いからだろうと思いますが
もしかすると、単に僕が走る事を止めた事が無いだけなのかもしれません。

ただ、時々おだやかに とてもおだやかに
自分の心臓が弱い痛みに震えるのを感じます。
その時僕は、痛みに怯えながらも、何故か不思議と安心するのです。

人は一体、生きてる間にどれくらいの自分を見つける事ができるのでしょうか。
また、人と逢う事は、生きてる間に可能なんでしょうか。

この手紙が、一年前のあなたに届くと、信じる事はできても
きっと届く事は無いのだと、現実は残酷に耳元でささやきます。
そもそもそんな声に耳を貸している自分は信じ切れていないのだと
自分を戒める事だって簡単です。
ですが僕は、何故か言葉が時を超えて、誰かの心に届くんじゃないかと
ときおり ふっ、、と思うのです。
それが未来の自分へ向けた祈りであるのか
違う世界の自分に対する願いのテレパシーなのか
僕にはそんな事はわかるはずもないし
正直どうでもいいです。

ただ、僕が何かを思う限り
誰かに何かを伝えて
それをどこかに形として残しておかなければ
僕の思った時に生まれた世界は、
その産声をあげる事すらも無く
無限の闇で殺され続けるような気がしてしまうのです。

僕は、この世界が憎いです。
毎秒毎秒、生まれ続ける世界が憎いです。
僕が語れる言葉の量は、生まれる世界の広がりよりも、はるかに少ないといつも感じている。
それがはがゆくて、それが切なくて、それが哀しくて、
僕は今でも語る事をやめないのでしょう。

僕の言葉があなたに届くかどうか、
夢想する回数は減りました。
そしてまた、夜空の星を眺める回数も、手を伸ばす回数も、
今ではあきらめの溜め息の回数に負けてしまっています。

それはあなたにとって
哀しい事でしょうか?
悲しい事でしょうか?
かなしいことでしょうか?

それとも、当然の事じゃないか、そんなの気にすんなよ、と、くだけて笑うのでしょうか。

僕はもう、眩しい世界を見る事ができません。
目が痛いんです。
頭も痛いです。

僕が君を見ても、君だと気付かない事は、
かなしいことでしょうか?
悲しいことでしょうか?
哀しいことでしょうか?

僕は、哀しいです。
すごく切ないです。
いつも苦しいです。
まだ見た事もない君に、きっと僕は会う事もなく死んでいく。
それが僕にはわかります。

何故なのか。
それは触れられる現実の君が、
触れられない真実の君とは違うからです。

心は、決して心に出会えない。
自意識は、決して他意識に出会えない。

その事が、いつも僕を苦しめます。
僕の心の叫びは、いつもニセモノの黒い糸を紡ぎます。
「赤い糸だよ『赤い糸だよ[赤い糸なんだよ]』」といいながら。

呼吸が乱れるたびに、
誰かに見られているような気がする
だけど、何度振り向いても君はどこにも居ない。

僕が何を知ろうとも、
いつも君は僕の知らない場所にいる。

いっそ僕が振り向けば、
その時 頭の後ろが見えた方がマシだ。
背中の瞳で、いつも僕は闇を見てるから
ずっと僕は闇を見てるから
だから君はそのままで
どこにも消えずにそのままで
ずっとその場所で

一人で笑って下さい。
ひとりで笑っていてください

今日も変わり映えしない思考パターン。

2005年10月10日 18時51分38秒 | 駄文(詩とは呼べない)
外部に対する恐怖心はどこから来るのだろうか
そして外部に対する憬れはいつからあるのだろうか

未来に対する期待は過去の自分を好きになれるかどうかで決まる
そう考える事はたやすい。
歴史を詳しく知れば知るほど
未来は確定要素が多くなる
かつて人が空に憧れたように
上下方向の空間移動というのは
平面的な生活をしていた頃の現代人にとって
最先端の憬れであったと思われる
記憶を辿る事、歴史を知る事、それらによって行われる
未来の推理は知の範囲によって
並行宇宙の展開の仕方が異なってくる

人類は飛行機を発明した事によって
上の方向に移動する手段を得た。
そして地下を掘り進める事で
下の方向への移動も可能となった。
だがしかしそれらは常にある一定の限界範囲に収束される

際限なく上に、
際限なく下に、
いくらでも移動できるわけではない。
もちろんそれは、前後左右にしても同じ事であり、
地球の丸さを無視した場合も、無視しなかった場合も、
ある方向への移動というのは、
狭い範囲内に限定される。

それは今という刹那の瞬間が
とてつもなく大きな引力を放っている事に起因する
空間の湾曲を紐のように考えれば
ブラックホールが空間を飲み込んで束ねている事に起因する

何故か。
宇宙は爆縮しながら爆発しているからである。

我々の意識が、まだ精子の頃、そこには期待や憬れがギュッと詰まっている
全ての精子を殺して、
生き残った自分の精子が選ばれた未来へと繋がっている。
それは可能性のインフレーションでもある

我々の精神年齢が、大人に到達する時、
それは自分というシステマティックな個体が
肉体の老化と共に外部との対峙を迫られる
知的探求心が活発で、好奇心が旺盛な人間ほど、
知る事による選択肢の増大と、
絶望的な科学の限界を知る。
自分の能力の限界、人類が蓄えてきた歴史的記憶の限界、
拡大の限界、縮小の限界、
それらは知能レベルが高い事や低い事と、直接的には関係は無いが、
何かを知っているか知らないかでは、
現在の自分を象る形質が異なってくる
応用力の問題にすりかえても仕方ない。
天才が世界を救えると決まっているわけではないのだ。
ホモのアインシュタインやロリのニーチェを崇拝したってしょうがないのだ。

我々は過去に幾度も大戦を経験し、
平和という幻想に憧れ、
ネットワーク的な思想に毒された。
殺し合いを避け、堕落した日常で愛を語り、
ただのほほんと生きる事を学んだ。
そしてまた、努力し、切磋琢磨し、達成感を手に入れる小さな時間を得た。

カオスは世界中のパズルを解かねばならない。
全ての物理的形質は、全パターンの組み合わせによって解かれる。
最小の単位による全パターンの組み合わせ、
全ての宇宙のシミュレーション、
それらは常に無秩序の中にある秩序というシステムによって
実行され続ける。

次のステージへ行かねばならない。
死を我がモノとしなければ、外部と真実を手にする事は、ないのだから。

生の義務感→強制実行。
永遠の剥奪→強制変化。

神に騙されてはならない。
秩序的な真理や法則は、カオスの裏側でしかないのだから。

オカルトと科学、両方とも破壊せしめねばならない。
次のステージでは、そんなものは通用しないのだから。

無気力と残虐性の中で、少し考えた。
死が怖いのは、僕のまわりに死を恐れる人が居るからだ。
世界中の人間が死んでしまえば、たぶん死なんて怖くない。
最初の1人も最後の一人も、孤独の宇宙では等価値なハズなのにね。

読んでくれた君に、新しさを祈るよ。

宇宙の自殺と僕の自殺

2005年10月10日 17時08分31秒 | 駄文(詩とは呼べない)
書きたい事がいっぱいあるのに書けない。
書いてもしょうがない、書いたって無駄だ。
そんな感情に負けて思いついたアイディアも簡単に押し流される
そもそも書く事自体が結構苦痛を伴う。
テキストは書く、という事だけでは終わらず
書き出す、という排泄行為になってしまっている。
これに快楽が伴う時は自慰行為として成立するのだろうが
書いても書いても快楽が得られない時、
それは自慰にすらならなくて苦痛のままで終わる。

そもそもの問題として、
伝えるべき相手を見失っている
もともと読者を想定して作者になりきるつもりはないが
書くという行為に拘りが発生すれば
必然的に読むという行為も頭をよぎる
このままではダメだ。

クソをするためにガバガバ食うのは嫌なので
読書は極力しない。
時々本を読もうかと思う事もあるのだけど
そこにまったく期待を見出せず
開いた直後に閉じてしまう。

本が縦書きだから読みにくいのかもしれないと考えたが
どうやらそんな事は全く関係なく、
今の自分に何か面白い刺激を与えてくれそうだという
期待値が限りなく低くなってしまっている事の方が大問題だと思われる。

最近mixiを更新するのが少し面倒になりつつある。
それと、mixiが馬鹿らしくなってきた。
一応blogの更新は続けている。

そこで僕が決めた事。

アクセス数が1万に到達したら
mixiをやめます。

現在のアクセス数、書いてもいいんだけど
残りアクセス数を気にして意図的に見に来なくなる人が増えそうなので
一応、秘密にしておくことにします。

コミュニティを退会しまくったので
まぁこれでふらふらと訪れる人は減るだろう。
こうやってmixi寿命を延ばす事にどれだけ意味があるのかはわからないが
最近あまりにも知らない人がたくさん来るので
ちとイライラして一気に退会しまくった。
全部退会しようと思ったのだけど
どうやら自分が作ったコミュニティは退会できないらしい。

新しく自分を招待して
直後にmixiから抜ける事も考えたが、
馬鹿らしくてやめた。
結局のところ、僕がmixiをやめたいと思っているのは
mixiが僕の思考を遮ってばかりであまり潤滑油になっていないと思ったからだ。

色々な事をもう少し真剣に考えようと仕事を辞めたはずなのに
ひたすら無駄に時間を過ごしている。
死について考える時、やはり崖っぷちに立たねば
答えは得られないということだろうか?
それはどうもおかしいような気がする。
死はどこにでもあるからだ。
リスカする少年少女達にとって
死はどれくらい身近なのだろう

僕はもう少し真剣に
自分の生について考え直さないといけない。
単なる自己嫌悪で塞ぎ込んでる場合ではないのだ。
宇宙の死は、もう間近に迫っている。
はやく何か答えを見つけねば
僕の宇宙では色んなものが消えていく。
可能性とか、並行世界とか、希望とか、光とか。
光が死ぬというのはじつに奇妙だが、実際に死んでいるのだからしょうがない。

宇宙はもうすぐ自殺します。
その前に、何か少しでも、この世界の事を。