フィンランドのNATO加盟はプーチンに大打撃
ウクライナ侵略も無駄骨に
<ウクライナを取りに行ったせいでフ
ィンランドがNATOに加盟するのは完全な誤算、
プーチンの立場も危うくなるが、
米ロ対立の新たな火種にもなりかねない>
NATOに加盟申請するかどうか早急に決めると言ったフィンランドのサンナ・マリン首相 Ludovic Marin/ REUTERS
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナ東部への大攻勢を準備するなか、西側の戦略家は一貫して、停戦交渉の落としどころはウクライナの「フィンランド化」、言い換えれば「強いられた中立化」になる可能性があると見てきた。
ところが、そのフィンランドが中立の立場を捨てて、西側の軍事同盟に加わる動きを見せ、プーチン大統領に手痛い失点をくらわそうとしている。【マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌上級特派員)】
フィンランドのサンナ・マリン首相は4月13日、スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相との共同記者会見で、冷戦終結後一貫して維持してきた中立政策を転換し、NATOに加盟申請をするかどうかを「数カ月ではなく数週間」で決めると明言した。
同じ日にNATO加盟の見通しを詳述した新たな防衛白書がフィンランド議会に提出され、同国のアンティ・カイッコネン国防相は首都ヘルシンキで行なった記者会見で、フィンランド軍は既に「NATO軍との相互運用の基準を完全に満たしている」と述べた。 スウェーデン政府もフィンランドと共同歩調を取り、NATO加盟を早急に検討すると発表した。
「ロシア包囲網」が完成 NATO加盟には現在の加盟国30カ国の全会一致の承認が必要なため、申請が受理されるには最長で1年程度かかる。それでも伝統的に防衛協力を2国間に限定してきたフィンランドとスウェーデンがそろってNATOの集団安全保障体制に入れば、地域全体のパワーバランスが一気に激変するのは確実だ。
ロシアのウクライナ侵攻から2カ月近く、西側の戦略家の間ではプーチンの暴挙は止められないとの見方が広がりつつある。ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊からのロシア軍の撤収に続き、プーチンは今週、東部ドンバス地域で新たな、そしておそらくは極めて残虐な攻撃を開始するとの警告を発し、停戦協議は「行き詰まっている」と述べて、ウクライナを力ずくで屈服させる決意を見せた。
一方、アメリカからドイツまで西側各国は今一つ腰が定まらない。さらなる制裁でロシアを締め上げ、ウクライナにさらに強力な攻撃兵器を提供する必要があることは明らかだが、それに伴う政治的なリスクをどこまで受け入れるかは容易に結論が出ないからだ。
そうした状況下で、ウクライナ侵攻を正当化するためにプーチンが力説する「NATOの脅威」が、軍事力と地政学上で急拡大しようとしている。トルコがNATOの勢力圏の南を、バルト諸国がロシアとNATOの東の境界線の中央を守り、さらにフィンランドとスウェーデンが北を固めるとなると、プーチンとその取り巻きが警戒し続けてきた「西側のロシア包囲網」が完成することになる。
「フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟すれば、北欧の安全保障環境が根本的に変わるのは確実だ」と、米シンクタンク・戦略国際問題研究所のショーン・モナハンは断言する。
これ以上ないダメージ
過去1世紀フィンランドに中立を保つよう圧力をかけ続けてきたロシアにとって、これ以上に壊滅的なダメージはまず考えられないと、専門家は言う。あるとしたら、目下プーチンが必死で避けようとしているウクライナにおける全面的な敗北だけだろう。
フィンランドの首都ヘルシンキはプーチンの出身地サンクトペテルブルクから約300キロしか離れていない。フィンランドがNATOに加盟すれば、「ウクライナのNATO加盟とNATOの拡大政策を止めることを口実に」ウクライナ侵攻に踏み切ったプーチンに「正義の鉄槌」が下った格好になると、モナハンは言う。
「プーチンはさらに追い詰められる」と見るのは、かつて米政府の北朝鮮担当特使を務め、現在はシンクタンク・ランド研究所に所属するジェームズ・ドビンズだ。「たとえウクライナの中立化に成功しても、フィンランドを失えば、大した成果を挙げられなかったことになる。
ウクライナ、フィンランドの両方を失ったら、下手な侵攻作戦で事態をこじらせ、国境の向こうにNATOの圧倒的な兵力が展開するという悪夢のシナリオを招いた責任を問われかねない」
フィンランドはロシアと1300キロ余りにわたって国境を接している。これが加われば、NATO陣営とロシアとの境界線は今の倍に延び、EUとロシアがにらみ合う前線の距離は史上最長に延長されることになる。「それにより軍事面だけでなく、文化的、経済的にも厄介な問題が生じる」と、ドビンズは指摘する。
自らの挑発行為で包囲網を完成させたとなると、プーチンは壊滅的な戦略上のミスを犯したことになると、プリンストン大学の政治学者で元米政府高官のアーロン・フリードバーグはメール取材に応えて述べた。
ドイツはロシアのウクライナ侵攻を見て、軍備拡大に転じたが、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は「少なくともそれと同等か、ことによるとそれ以上に」ロシアにとっては手痛い誤算だと、フリードマンは見る。
米ロ一触即発の危機 「フィンランドとスウェーデンはNATOにただ乗りするのではなく、NATOの戦闘能力を実質的に拡大するだろう」と、フリードマンは述べ、この2国の加盟申請はほぼ確実に受理されるとみて、こう付け加えている。
「それにより、ロシアが長年警戒し続けてきた恒久的な変化が起きる」 しかし、そうした変化は「重大な危険性」を伴うと、ドビンズは警告する。「無防備に歓迎すべきではない」
フィンランドにNATOの基地ができて、兵士と武器が送り込まれれば、ウクライナ侵攻で一気に高まったアメリカとロシアの一触即発の危機はさらにエスカレートする。ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は先週、フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するなら、ロシアも国境地帯に配備する兵力を増強し、「(この地域の軍事力の)均衡を回復させる」必要があると警告した。
ジョー・バイデン米大統領はNATOの新たな拡大の可能性について今のところ直接的な発言を控えている。NATOはアメリカ主導で創設され、今でも名目上はアメリカが主導権を持つにもかかわらず、米政府関係者は同盟国に先んじてこの件に言及することを慎重に避けている。
「NATOへの加盟申請はそれを求める国が選択し、受理の是非は加盟国全てが決定する」と、米国家安全保障会議(NSC)の広報担当者はメールで問い合わせに回答した。 それでもジュリアン・スミス米NATO大使は5日の記者会見で、アメリカが他の29カ国と同様に、両国のNATO加盟を歓迎する考えであることを示唆した。
「NATOの扉は今後も開かれている」とスミスは述べ、さらにこう続けた。「アメリカとしては、2カ国の加盟を歓迎するだろう。両国は既に、NATOに大きな価値をもたらしていると考えている」
NATOのイエンス・ストルテンベルグ事務総長は6日、NATOはフィンランドを「温かく歓迎する」つもりだと発言。「彼らを加盟国として迎える決断は、迅速に下すことができる」とつけ加えた。
フィンランドがNATOに加盟した場合、「ノルウェー方式」を選ぶ可能性もある。ノルウェーはNATOの創設メンバーだが、外国の軍の駐留を認めず、NATOの軍事演習にも制限を課すことで、ロシアを刺激しないようにしてきた。それでも近年では、NATOの防衛措置に、これまでよりもずっと積極的に参加するようになっている。
フィンランドのある当局者(匿名)は、フォーリン・ポリシー誌に対して、「ノルウェー方式」が検討されていると語った。第2次世界大戦中にソ連の侵略を受けながらも独立を守り抜くなど、ロシア撃退の長い歴史を持つフィンランドは、徴兵制を採用するなど、防衛力の強化に力を入れてきた。
「ヨーロッパ最強」の軍
「我々は、外国の軍の駐留を切実に必要としてはいない。自分たちの軍隊があるからだ」とこの当局者は述べた。「我が国の軍は、数の面でも兵器の面でも、ヨーロッパで最強の部類に入る」
フィンランド軍は、イギリス、フランスやドイツなどのNATO主要加盟国に比べれば小規模だが、長年にわたって独自にロシアの侵略に抵抗する備えをしてきたことから、砲撃能力や対空監視、サイバーおよびミサイル攻撃への備えにおいて、最も手ごわい軍のひとつだ。
この当局者によれば、フィンランド軍は28万人の兵士を「迅速に動員」することができ、「最大で90万人」を動員できるという。 またフィンランドは、人口は560万人でドイツに比べればかなり少ないが、ドイツよりも多くの戦闘戦車を保有している。
公表されている数字によれば、フィンランドはアメリカから供給を受けた高度な「スマート」ミサイルを搭載したF18戦闘機を64機、保有しており、さらにF35戦闘機64機を発注。これらのF35は2026年から納入が始まる予定だ。
前述の当局者によれば、加盟国がNATOにもたらす主な「付加価値」は、北大西洋条約第5条の下でロシア政府に対抗する集団安全保障への参加だ。第5条は、一つの加盟国に対する攻撃は「全ての加盟国に対する攻撃と見なす」と定めており、各加盟国に対して「北大西洋地域の安全保障を回復および維持するために、武力行使を含む必要と思われる行動を取る」よう求めている。
NATOの73年の歴史の中で、これまでに第5条が発動されたのは、アメリカが9・11同時テロ攻撃を受けた後だけだ。
「フィンランド化」と揶揄も
フィンランドのペッカ・ハービスト外相は、ヘルシンキでの記者会見の中で、フィンランドはこれまで、ロシアを挑発しないよう慎重な調整を行ってきたが、プーチンがウクライナ侵攻を決定したことで、その方針は大きく変わったと説明。
フィンランドとして、ロシアが今後「これまで以上に高いリスクを取り」、より大規模な部隊を集結させる意欲を見せていることや、核の脅威をほのめかしていることを懸念していると述べ、NATOに加盟申請を行うかどうか、6月後半までに政府が決断を下す見通しだと語った。
スウェーデンもまた、非同盟政策の再検討を迫られている。アンデションが率いる与党・社会民主労働党は伝統的に、同国のNATO加盟には反対してきたが、13日のマリンとの共同会見で彼女は「これは歴史における重要な時期だ。安全保障環境が一変した」と述べた。
特にフィンランドにとっては、NATOへの加盟申請は、ロシアに対するこれまでの慎重なアプローチの大きな転換を意味する。フィンランドは冷戦の際、表向きはロシアに服従するという屈辱的な立場に耐え(その姿勢は「フィンランド化」揶揄された)、西側諸国やNATOと距離を置くことで、ソ連中心のワルシャワ条約機構に加盟せよという圧力をなんとかかわした。
世論もNATO支持に しかし冷戦終結後は、長年貫いてきた中立主義政策を捨て、徐々に西側諸国に同調。EUに加盟し、アメリカとの防衛協力関係を強化してきた。F18とF35の購入もその一環だ。
ロシアによるウクライナへの本格侵攻が始まった2月24日前までは、フィンランド国民は大半がNATO加盟に反対だった。しかし3月にシンクタンク「フィンランド・ビジネス政策フォーラム(通称EVA)」が実施した世論調査では、回答者の60%(2021年の調査から34ポイント増加)がNATO加盟を支持した。そのほかの複数の調査でも、同じような結果が示された。
過去100年の間に2度にわたってロシアと戦い、第2次世界大戦の際には勇敢にもその侵略を撃退したフィンランドがNATOに加盟すれば、プーチンから見ても歴史的な勢力転換であり、大きな打撃となるだろう。
From Foreign Policy Magazine