貧乏石好き

つれづれなるままに石をめぐりてよしなきことを

ラズライト:ラピスラズリの謎

2022-12-10 22:24:31 | 単品

変な石を買ってしまった。



ミネラルクエストさんより、「ラズライト」。
マットな質感で、深い青のパステルの塊みたいでなかなか美しい。三千円ちょい。産地は Koksha Valley, Kuran wa Munjan District, Badakhchan, Afganistan とある。
Rラズライト(Lazurite)、青金石であって、Lラズライト(Lazulite)、天藍石ではない。めんどいですね。西洋人も間違えるらしい。

で、首を突っ込みたくなかった話に鼻先を突っ込まざるを得なくなった。
「ラピスラズリ」。
また話が長くなりますよ。(やれやれ)

     *     *     *

ラピスラズリ(Lapis lazuli)は装飾品や顔料原料として古来有名な青い石。アフガニスタンのバダクシャンが歴史的な産地だが、現在はいろいろなところで採れる。
で、これをめぐってはいろいろな説がある。

mindat によると、どうもこういうことらしい。
①「ラピスラズリ」という名前は、アフガニスタン産で、「青い鉱物」とカルサイトやパイライトなどからなる深く美しい青の混合岩石を指すものだったが、Dana, 1868 はその岩石中の「青い鉱物」を指す名前としても「ラピスラズリ」を用いた。
その「青い鉱物」は1891年に「ラズライト」と改名された。たぶん岩石のラピスラズリとの混同を避けるためでしょう。
③しかしこの「ラズライト」は詳しく分析してみると「アウイン」の一変種であるとされた。
④2021年に(去年じゃないか)再定義が行われ、「ラズライト」は「アウイン」とは異なる独立鉱物として認められた。この再定義はとても難しいので省略。
  一応組成式。
   ラズライト Na7Ca(Al6Si6O24)(SO4)(S3)・H2O
   アウイン  (Na,Ca)4-8[Al6Si6(O,S)24](SO4,Cl)1-2
⑤しかし、世界各地で産出する「ラピスラズリ」の多くは「アウイン」を主成分としており、「ラズライト」を主成分とするものはきわめて少ない。
《世界中で、事実上すべてのラピスラズリ産出物には、アウイン、ウラジミリバノバイト、アフガナイトなどがあります。ラズライト種は実際には超希少であり、真のラズライトを含む有効な標本はほとんど知られていません。圧倒的に多くのラピスラズリの標本が、深い青色の成分としてアウインを含んでいます。》

何とも変な話で、「ラピスラズリ」=「ラズライト」=「アウイン」というごちゃごちゃが起こっている。
ともかく、現在は
・「ラピスラズリ」は混合岩石。
・「ラズライト」と「アウイン」は一応別種の鉱物で、それぞれ「ラピスラズリ」の主成分をなす。
・ただしほとんどの「ラピスラズリ」は「アウイン」を主成分とする。
ということらしい。

アウインというのは、例のドイツ産の非常に美しくまた非常に小さい石を思い浮かべるので、希少鉱物かと思いきや、どうもそうではないらしい。世に溢れているラピスラズリの多くはこれによってあの深い青を見せているのだから。……ふうむ。にわかには信じがたい。

ラズライトとアウインの違いとして、素人にもわかりやすいものがある。
アウインは蛍光するが、ラズライトは蛍光しない」cf: mindat, lazurite
まあ微妙な成分の違いですから、全部が全部そうかというとそうではないでしょうけど。
実際やってみると、うちのアウインは赤く蛍光します。今回買ったラズライトは蛍光しません。
で、AAとされているこのラピス、赤く蛍光するんですねえ。



やっぱりアウインなのでしょうか。

一方、GIAによると、
ラピスラズリは岩石、つまり複数の鉱物の凝集体です。 この古代の宝石には様々な量の次の3つの鉱物が含まれています:ラズライト、カルサイト、およびパイライト。さらに次の1つ以上が含まれることもあります:透輝石、角閃石、長石、雲母。》
ここで言う「ラズライト」はアウインと別立される前の、つまり1891年時点の「ラズライト」なのでしょう。

つまり「ラズライト=ラピスの青の成分」→「アウインの変種」→「やっぱ違う種類」→「ラピスの青い成分は多くはアウイン」と、紆余曲折の歴史をたどっているようです。

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ところが、日本語の文献では別の説が飛び交っている。こちら参照。中には青金石と天藍石を混同しているものもある。ちょっとそれはひどい。
日本語版ウィキペディアでは
《[ラピスラズリは]方ソーダ石グループの数種類の鉱物間の固溶体である。青金石・方ソーダ石・藍方石・黝方石の4つに限っては、同じ方ソーダ石鉱物グループであり、類質同像の多結晶体をなしうる。方解石、黄鉄鉱は「混合」または「混入」するのみである。
時折ラピスラズリが、複数の鉱物の混合物(岩石)であるとの説明を見かけることがあるが、あくまでラピスラズリは固溶体(solid solution)であって混合物/集合体(mixture)ではない。もしラピスラズリが混合物(岩石)であれば結晶が出来るはずはないが、ラピスラズリは十二面体の結晶でしばしば産出する。》

前にもちょっと触れた「ラピスラズリは混合岩石か固溶体鉱物か」という論争だけれど、これ、要するに Dana,1868 の「ラピスラズリ=青い鉱物」を基にしているのか、1891年の「ラズライト」定立後の「ラピスラズリ=岩石」について述べているのかの違いでしょう。まあ mindat やGIAを見る限り、現在の趨勢は「ラピスラズリ=混合岩石」となっていると思いますけれど。IMAの鉱物名としても認定されていないし。
《ラピスラズリという名前は、以前はラズライトとして知られていた青い鉱物と、この鉱物と方解石、黄鉄鉱、その他の鉱物で主に構成されている岩石の両方を表すために使用されてきました。 一般的に今日、ラピスラズリという名前は、鉱物成分ではなく、装飾的な石 (つまり、岩) として使用される素材を表すために使用されます。》mindat, lapis lazuli

また日本版ウィキは
《ラピスラズリは、方ソーダ石グループの鉱物である青金石(ラズライト)を主成分とし、同グループの方ソーダ石・藍方石・黝方石など複数の鉱物が加わった類質同像の固溶体の半貴石である。》
と述べていますけれど、そういう説は mindat には出てきません。ソーダライトは他とは生成プロセスが違うので、ラピスラズリには含まれないと思われます。
この「ラピスラズリ=ソーダライトグループの複数鉱物の固溶体」説は、どこから出ているのでしょう。

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ところで、ラピスラズリがこれほど貴重な石とされるのは、そこから天然顔料の「ウルトラマリン」が得られるからでもある。古来有名で、フェルメールがこの顔料のために家族を飢えさせたという逸話もある。美しい発色だがとにかく高価。
なぜ高価かというと、「ラピスラズリを砕いてもそのままウルトラマリンになるわけではない」から。
「ラピスラズリから取れるウルトラマリンは数%」。砕いて、雲母やらヘマタイトやら長石やらを取り除いて、さらにその中の純粋な青を取り出さなければならない。「金より高い」と言われるのは「そもそも高いラピスラズリからほんのわずかしか抽出できない」からである。
で、この「純粋な青」が、ラズライトである。
アウインは、条痕色、つまり細かく砕いた時の色は、「ごく薄い青ないし白」。ソーダライトなんかは「白」。ノゼアンはそもそも青色のものは稀。
ところがラズライトの条痕色は「明るい青」。砕いても白くはならないんですね。
つまり「ウルトラマリンはラズライト」であってアウインではない。ウルトラマリンを抽出できたラピスラズリはアウイン主成分のものではない。

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ごちゃごちゃと書いてきましたが、改めてまとめると。

①ラピスラズリは岩石名で、鉱物名ではない。岩石である以上厳密な定義はない。
②ラピスラズリ中の青い鉱物は多くはアウイン、稀にラズライトである。
③ラピスラズリから採れるウルトラマリンはラズライトである。従ってウルトラマリンが採れるラピスラズリは超稀少である。
④アウインは蛍光するが、ラズライトは蛍光しない。

ということになると思います。鉱物学者ではないので間違っているかもしれません。ありましたらご指摘のほどを。

しかし変なところに入り込んでしまったなあ。疲れた。「ラ」の文字が頭の中を飛び回っている。

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で、ラズライトがウルトラマリンだとすると……
この「ラズライト」はほぼウルトラマリンそのもの?
結晶っぽい格好してるから純度高そう。
だとすると「金より高い」希少品? 三千円でそんなことある?

ううむ。こいつは一体何者でしょう。
鑑別に出してみたいですな。砕いてみるわけにも行かないし。
「ラピスラズリです」とか言われたりして。

【注記】最初の投稿で値段を間違えていました。千円台ってことはないわな。

【追記】
日本鉱物科学会編集『鉱物・宝石の科学事典』(朝倉書店)にはこうあります。
《通称ラピス・ラズリとよばれるが、鉱物名はラズライト、るりあるいは青金石(lazurite)である。》
ラピスラズリは「通称」という扱いです。固溶体うんぬんの話はありません。
ううむ。鉱物学界にはラピスラズリの確定した定義すらないのですか。
タブーか何かでもあるんですかね。


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