タツノヒノエ

神仏への道-神社仏閣巡りから、古代の神々との出会い

神魂神社 (かもすじんじゃ)・・・

2021-12-16 20:15:15 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

5社寺目です。

神魂神社 (かもすじんじゃ)。

画像はウィキより、

神魂神社本殿

〒690-0033 島根県松江市大庭町563。

現在は、伊弉冊大神(いざなみのおおかみ)を主祭神とし、伊弉諾大神(いざなきのおおかみ)を合祀しています。

ものすごい「気」が出ている神社です。

出雲方面の神社は、昔はこういう風だったのですかね?

・・・間違えて、御朱印の画像2枚同じの掲載してしまいました。

平成6年4月29日参拝しております。

ではまた。

・・・・・


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神使 (しんし)・・・金鵄 (きんし) ・・・

2021-12-16 17:41:06 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

昨日のついでに・・・

日本の神々の神使 (しんし) には、様々な鳥獣や昆虫がいますが・・・(最近は、お猫も)。

彼らの能力のすごさは、今まで無数に体験して知っています。

ハシボソガラスとトンビは呼ばなくても来る感じと書きましたが、

本当に、精神的にまいっていた時は、ハシブトガラスよりも、トンビの方が先に来てくれたことがあります。

(トンビ来てくれ今すぐ)・・・10秒以内に、私と仲の良いトンビの「ニュー (オス) 」が家の仏間の横にある電柱に来てくれて、「ぴるるるるる~」と鳴きました。

ニューは、おっとりしたトンビで、ハシボソガラスのコテツが後ろから頭突きをしても、何事もなかったように、「す~っ」と飛んで行ったりする子です。

ニューと、もう一羽私と仲が良いトンビに「金若」がいます。この子は、相方の姫と同じく、陽に当たると全身の羽が「見事な金色」になります。

神武天皇を助けた「金鵄 (きんし) 」は、こういう金色に見えるトンビではないかと思います。いつか書きますが、同一説があるけど、「ヤタガラス」と「金鵄」は別だと思います。

金鵄は、神使と言うよりも、トンビだけど、「神」に名を連ねています。日本は元々、「八百万 (やおよろず) の神々」の国ですから、「人」以外の神がいても普通です。クマタカも、「熊鷹大神」として祀られている所もあるみたいです。

私は、うちの周りのトンビは、だいたい名前つけています。

「始まりのお嬢 (一番大きい。翼開長170センチ以上ありそう) 」「大殿 (お嬢より小さいけど大きい) 」・・この二羽が電柱に止まると、ハシブトガラスのリキたちも「し~ん」となります。 「二代目お嬢」「殿」「金若と、姫」「ニュー」「ニュニュ」「海老尾」「小海老」「九頭竜」「小トンビ」ほか。私は彼らの鳴きまねが、カケス並みにうまいので、よく彼らと鳴き合いをしています。

「ぴるるる~♪」「ぴるるる~♪」「ぴぃ~るるる♪」「ぴぃ~るるる♪」「ぴい~~~るる♪」「ぴい~~~るる♪」

ハシボソガラスは人懐っこく、メスの「あー太郎」と、オスの「テツ」、「コテツ」がうちの勝手口のドアノブに止まって、クッキーを催促します。ドアを「コツコツコツ」とつつくと、私がクッキーを置く。彼らは、「いただきます」と言う意味で、またドアを「コツコツコツ」とつついて、食べます。食べ終えたら、「ごちそうさま」の意味で、再度ドアを「コツコツコツ」と、つつき、飛んでいきます。

ハシブトガラスは、メスの「カー太郎」と、オスの「リキ」ともに、人間に対しては、少し奥ゆかしいところがあります。が・・・こっちが何かピンチになった時は、馳せ参じてくれるところもあります。知能は、ハシボソガラスと同じくらい高いです。でもどちらかと言えば、直感型です。2、3年前の夏、庭の敷石の上に小さな子カラスが羽を広げて「ぺにゃあ~」となっていました。「うわっ、子カラスがケガでもしたか? 保護しなければ」と思った瞬間・・・気絶していたように見えた子カラスは、「むくっ」と立ち上がり、「すたすたすた」と歩き・・「ふわっ」と少し飛びました。

(親の所まで飛んで帰れるだろうか?) と心配した瞬間、「ふっ」と飛びあがり、電柱に止まりました。私は以後、そのカラス「コリキ」と呼んでいます。

親カラスには容赦なく攻撃する、ハシボソガラスの「あー太郎 (メス) 」も、子供のハシブトガラスには・・・別種とは言え、何か守っているようなところがあったのを見たことがあります。

自然界と言うものは、よくできたもので、何一つ無駄が無い世界だなと感じます。

半面、我々現代人類は、戦争はするわ、乱開発や無駄な経済活動やらで自然は破壊しまくるわ、他の生物は「駆除」と言う名の殺生を繰り返すわで、

「天上の神々から見れば、我々人間は、どのように見えるだろう」とよく考えてしまいます。私の経験から言えば、「天上の神々」の前では、我々人間の「頭の中」など、「すべてお見通し」だと思います。

神仏は、人の「正直」「まじめ」「純粋」な心が好きなようで、

「うそ」「詐欺」「強欲」「我執」「傲慢 (ごうまん) 」な心が嫌いなようです・・・。

ではまた。

・・


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