「安いニッポン」インバウンドはいいが…貧しい国、人権も尊重しない国に外国人は住みたいか
AERAdot より 231024 小塚かおる
緊急経済対策を閣議決定、記者会見に応じる安倍元首相(2013年1月、ロイター/アフロ)
長きにわたる日本経済の低迷で、物やサービスの内外価格差が拡大し、外国人にとっては「安いニッポン」。円安は日本の「貧しさ」をより際立たせた。経済成長がなければ、賃金は上がらない。外国人労働者は今後もやってくるのだろうか。小塚かおる氏の新著『安倍晋三 VS. 日刊ゲンダイ 「強権政治」との10年戦争』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して解説する。(肩書は原則として当時のもの)
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■安いニッポンに訪日客大挙
“やってる感重視”の安倍晋三政権は、毎年のように様々な目標数値を掲げた。しかし、金融緩和とバラマキ偏重、1年単位でくるくる変わる経済政策の看板掛け替えに終始したため、数値目標は未達成のオンパレードだ。
おもな目標と結果を少し挙げてみると……。
【名目GDP 2020年に600兆円】
→2019年558兆円、2020年537兆円
※算出方法を2016年に変更して「数値かさ上げ」をしても達成ならず。
【消費者物価指数 2015年春に上昇率2%】
→2018年0.9%が最大(消費税増税の影響を除く)
【出生率 2025年に希望出生率1.8】
→2020年の合計特殊出生率1.34、2022年は過去最低の1.26
【女性活躍 2020年に管理職の女性比率30%】
→2020年13.3%
※達成年限を「2030年までの可能な限り早期」へ先送り。
【訪日外国人観光客 2020年に4000万人】
→2019年3188万人(2020年はコロナ禍で411万人)
これほど未達成だと、民間企業の社長なら株主が黙っていない。
もっとも、安倍首相が最初から強い決意で達成しようと掲げた目標だったのかは疑わしい。安倍首相にとっては「言ったもん勝ち、あとは野となれ山となれ」で、耳目を集め、支持率アップにつなげられれば成功だったのだろう。
結果的にとはいえ憲政史上最長の7年8カ月もあったのだから、中長期的な視野を持って成長の種を蒔き、腰を落ち着けてじっくり育てることだってできたはずなのに残念だ。
ただ、インバウンド(訪日外国人観光客)については、2020年からのコロナ禍がなければ、4000万人の目標数値を達成できていたかもしれない。2030年6000万人の目標は今も継続されている。
「観光立国で稼ぐ」というビジョンは、2003年の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を経て、08年10月に国土交通省の外局として観光庁が発足した時には政府内にあり、09年9月からの民主党政権で本格化していたから、正確に言えば安倍政権の成果ではないが、着実に実行に移したという意味では、デタラメなアベノミクスの中で数少ない成功例ではある。
官邸で力を入れていたのは菅義偉官房長官だ。中国と東南アジア諸国からの旅行者に対するビザ発給要件を緩和し、アジアの中産階級の新たな旅行先として、日本への関心を高め、需要を掘り起こした。同時に、民泊を解禁するなど国内の受け入れ態勢も強化し、小売業は訪日客の爆買いに沸いた。2012年に1兆円だったインバウンド消費額は、2019年の4.8兆円にまでに拡大した。
コロナ禍の大打撃を経て、水際対策が完全解除された2023年はインバウンドが急激に回復してきている。23年8月の訪日客数(日本政府観光局の推計値)は19年の同月比85.6%の215万人まで戻ってきた。
和食が世界に浸透したことや、アニメやマンガなど日本のコンテンツ人気も背景にあるだろうが、インバウンドの急回復の最大のプッシュ材料は超のつく「円安」だ。
世界の物価比較で用いられる「ビッグマック指数」は、マクドナルドのビッグマック価格(1個)をドル換算し、各国の貨幣価値を測るもの。英誌「エコノミスト」が毎年発表している。
2023年1月時点(1ドル=130円前後)で日本は3.15ドルだ。これに対し、最も高いのはスイスの7.26ドル、ユーロ圏では5.29ドル、米国は5.15ドル。アジア圏ではシンガポール4.47ドル、韓国3.97ドルである。
日本のビッグマックは23年1月時点で日本円では410円だ。これでも原材料の高騰で日本人にとってはかなり値上がりしているが、世界の国々から見れば「日本は安い!」ということになる。
インバウンドの急回復で、外国人に人気の高い京都ではホテルの予約が取りにくくなっているうえ、宿泊料金も上昇。都市部だけでなく地方でもコロナ後を狙ったホテル開業ラッシュが続いている。全国的に新規開業はラグジュアリー系の外資系超高級ホテルが多く、23年4月に東京駅前にオープンした「ブルガリ ホテル 東京」は1泊25万円から。メインターゲットは外国人で、一握りの日本人富裕層なら泊まれるかもしれないが、普通の日本人はお呼びじゃない。
インバウンドはいいけれど……。
円安による内外価格差が続く限り、インバウンド頼みの経済成長を追求すれば、「安いニッポン」「貧しい国ニッポン」と裏表の関係だ。
■移民の議論なし。もう日本に労働者は来ない
こんな「安いニッポン」に、果たして外国人労働者は今後もやってくるのだろうか。ネックは上がらない賃金だ。
日本の経済成長を阻む要因には、アベノミクスの失敗など政府の経済政策のマズさ以前に、少子高齢化で労働力不足という構造的問題が立ちはだかる。
それを補うため、安倍政権は2018年秋の臨時国会でバタバタと出入国管理法を改正し、翌年4月にスピード施行した。「特定技能(1号、2号)」と呼ばれる2つの在留資格を新設して14業種で外国人労働者の受け入れを拡大し、従来認めていなかった単純労働も合法化するものだった。
ここでより明確になったのは、1993年から導入されている「外国人技能実習制度」の破綻だ。
途上国への「国際貢献」の名の下に、外国人を日本人以下の低賃金で「労働力」として使ってきたことはもはや否定しようがない。劣悪な労働環境、イジメや暴力に耐えかねて、実習先から失踪する実習生が続出していることも広く知られるようになった。
コロナの水際対策が解除され、23年5月に政府の有識者会議が技能実習制度を廃止し、「人材確保」を目的に加えた新制度創設を提案する中間報告をまとめた。批判された制度をようやく廃止する方向に舵を切ったのは、人手不足の尻に火がついているからで、日本側の勝手な事情だ。外国人労働者の人権侵害の問題は今も解消していない。そのうえ、日本の賃金は韓国やシンガポールより安い。出稼ぎ目的なら、わざわざ日本を選ぶだろうか。
公益社団法人「日本経済研究センター」が22年11月に発表したアジア経済予測によれば、日本に多く出稼ぎに来ている東南アジア各国(ベトナム、インドネシア、タイ)の現地給与は2030~32年に日本の給与水準の50%を超える。日本に来るうまみが薄れるため、2032年には来日する外国人労働者が頭打ちになるという。
2018年の入管法改正時、国会では「これは移民政策を曖昧化したもの」という批判があった。自民党内の保守派を中心に「移民解禁」には反対が根強い。それで、「家族は連れてこられない」などの規制をかけて、永住につながらないようなハードルを作ったわけだが、あの時、移民の是非についてもっと国民的な議論になっていたら、と思う。人口減少社会で、どうやって日本が外国人とともに生活し、働く社会を作るか、どういう負担をするかなど、総合的なグランドデザインを描くべきだったのだ。
安倍首相は当時国会で、「国民の多くの方々が懸念を持っているような移民政策を取る考えはない」と答弁していたが、改正法施行前後に実施された読売新聞(2019年5月5日付)の外国人材に関する世論調査では、外国人が定住を前提に日本に移り住む「移民」の受け入れについて、賛成が51%で、反対の42%を上回った。
国民的な議論の素地はあった。安倍政権時代に移民や外国人労働者の待遇などについて、人権面も含め深い検討が行われなかったことが悔やまれる。
2023年の今になって政府が、無期限の滞在が可能で家族の帯同も許される、熟練者のための「特定技能2号」を大幅に拡大しようとしているのを見ると、相変わらずの後手に呆れるしかない。無期限滞在は永住を意味し、事実上の移民政策だ。ところが、なし崩しに広げようとしながら、岸田文雄政権は依然、「移民にあたらず」(松野博一官房長官)と強弁し、相変わらず外国人との共生のグランドデザインを描こうとはしていない。
安い賃金で人権も尊重しない国に、たとえ移民を受け入れようとなっても、外国人が住みたがるのか。もはや手遅れではないか。
エコノミストなどに取材すると、「それでも日本は治安がいいし、賃金のわりに生活水準が高いので、住みたい外国人はいるだろう」とのことだが、さて。
いずれにしても、外国人労働者と移民政策については、逃げずに真正面から国会で徹底的な議論をしなければならない時期に来ている。
結局、アベノミクスによってもたらされた「失われた10年」で何が残ったのか──。庶民は超のつく円安が招く物価高に苦しめられ、グローバル比較で安すぎる給料に甘んじ、経済成長への明るい見通しが持てないまま、訪日外国人が「安い」「安い」と買い物するのを眺めている。
失敗が明確なアベノミクスを「道半ば」と言い続け、国民生活よりも政権維持とメンツを優先した安倍氏の責任は重い。
●小塚かおる(こづか・かおる)
日刊現代第一編集局長。1968年、名古屋市生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。関西テレビ放送、東京MXテレビを経て2002年、「日刊ゲンダイ」記者に。19年から現職。激動政局に肉薄する取材力や冷静な分析力に定評があり、「安倍一強政治」の弊害を追及してきた。著書に『小沢一郎の権力論』(朝日新書)などがある。
💋観光立国って、見せかけ。観光で栄える国無し。ただ円安での賑わいがでまかし。
政治もだが、マスゴミもジャーナリストではなく、江戸期と変わらぬ瓦版屋程度。
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