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数学界の最高栄誉「フィールズ賞」受賞者の頭脳と胸中、日本人数学者と賞の歴史 202207

2022-07-14 18:29:00 | 気になる モノ・コト

数学界の最高栄誉「フィールズ賞」受賞者の頭脳と胸中、日本人数学者と賞の歴史
  NewsWeek より 220714  茜 灯里 サイエンス・ナビゲーター


 2人目の女性受賞者となったマリーナ・ビャゾウスカ教授(7月5日、ヘルシンキ)

<フィールズ賞について概観するとともに、4人の受賞者の業績と人柄、数学に向き合うスタンスを紹介する。過去には3人の日本人が受賞>

 国際数学連合(IMU)は5日、数学界で最も歴史と権威を持つ賞である「フィールズ賞」の4人の受賞者を発表しました。

「数学界のノーベル賞」とも呼ばれるフィールズ賞は、カナダの数学者ジョン・チャールズ・フィールズの提唱で、1936年に作られました。40歳までの数学者が対象で、4年に1度開かれる国際数学者会議で2~4名に授与されます。

 今回は、ウクライナ出身の女性数学者(女性の受賞は2人目)や韓国初の受賞者がいることなどで、例年にもまして話題になりました。
 会議は当初、ロシアで開かれ、ウラジーミル・プーチン大統領が開会する予定でした。けれどロシアがウクライナに侵攻したため、数百人の数学者が抗議の署名をし、オンライン方式に変更になりました。
 授賞式はフィンランドで開かれ、受賞者にはそれぞれ1万5000カナダドルの賞金が与えられました。
 4人の受賞者のインタビューから業績や人柄をうかがい、フィールズ賞についても概観しましょう。

⚫︎算数嫌いな人たちに共通する「苦手な単元」にこそ、数学の神髄があった
「人生の最高点に達したとは考えたくない」
スイス連邦工科大ローザンヌ校のマリーナ・ビャゾウスカ教授(37)は、球体をなるべく高い密度で並べて空間を埋め尽くす「球充填問題」を8次元と24次元で解決したことへの貢献が評価されました。以前は3次元以下までしか解決されていませんでした。

 化学者の両親のもとに生まれたビャゾウスカ教授は、12歳のときに物理と数学の専門学校に入り、数学オリンピックにも参加し始めて、数学者になりたいと思うようになりました。
 大学院ではコンピュータ分野に進みましたが、曲線の不変量に関するプログラムを書いている時に「プログラマーではなく数学者になりたい」と考えました。

 フィールズ賞受賞の知らせを聞いて、ビャゾウスカ教授は「残りの人生をどう過ごせばいいのか分からない。私の人生は始まったばかりなのに、もう最高点に達してしまったと考えるのは嫌だ」と感じたといいます。

⚫︎数学的発見の源は「多くの人と関わること」
 韓国科学技術院(KAIST)付属高等科学院と米プリンストン大の両方に所属するホ・ジュニ(許埈珥)教授(39)は、代数幾何学を利用して組合せ論の分野で多数の難問を解決したことで受賞しました。
 子供時代のホ教授は、数学が苦手でした。高校に入ったものの詩を書くために中退するなど、異色の経歴をたどります。
 大学時代も初めは数学に関心がなかったそうですが、フィールズ賞受賞者の広中平祐教授がソウル大学で行った授業を聞いたことが転機となりました。「そのとき、私は初めて『数学を本当にやっている人』を見た」と語ります。
 50年近く解けなかった難題「リード予想」を大学院時代に証明するなど輝かしい業績を持つホ教授ですが、数学的発見の源は多くの人と関わることであるといい「自分が巨大な菌類ネットワークにつながれたキノコのような存在に感じる」と語ります。

 オックスフォード大のジェームズ・メイナード教授(35)は、素数の出現パターンに関する業績が評価されました。
 メイナード教授は「私の生き方は、物事を1歩ずつ進めること。選択肢が示されたときは、最も魅力的なものを選んできた」と語ります。単純な整数を扱う「数論」は、一見簡単に見えても、解き明かすためには現代数学のあらゆる分野の情報が必要になるところが特に魅力的だといいます。
 まず問題の一部を理解することから始めて、次に技術的な面で改善できるかを調べるというメイナード教授は、「有名な難問でも、迂回することで実現可能な方法を見つけることができる」と語ります。
「数学を学生に教えることは、自分が分かっていると思っていたことを見直す機会になる」と教育にも力を注ぎ、「数学は計算ではなくアイディアであることを理解してもらうことが重要」と強調します。


⚫︎「役に立つから」ではなく「数学は楽しいから」と子供たちを誘導すべき
 ジュネーブ大とフランス高等科学研究所の両方に所属するユーゴー・ドゥミニユ=コパン教授(36)の受賞理由は、相転移の確率論に関する長年の議論を解明したことです。
 はじめは天文学に興味があり、大学院になってから数学研究の面白さを実感して数学者になろうと思ったコパン教授は、研究対象に「美しさと段階を踏めること」を求めます。「美しさを感じることは創造性を発揮するために、段階を経ることは長期的な目標を達成するために必須だから」と説明します。
 コパン教授は、子供時代に国語が嫌いでも大人になって文学が好きになる人がいる一方で、かつて数学が嫌いだった人は大人になっても嫌いなままであることを憂慮します。原因は数学が実用的なツールとして考えられている点にあると分析し、「文学の美しさや楽しさが多くの人々に共有されているように、数学の美しさや楽しさも多くの人々が触れられるようにすべきだ」と力を込めます。
そのためには、大人たちは子供に「数学は役に立つから」と言って学ぶように説得するのではなく、「数学は楽しいから」と言って自発的に学びたくなるように誘導すべきだと語ります。

⚫︎ノーベル賞との違い
 フィールズ賞はアーベル賞とともに、数学者が獲得できる最高の栄誉とされています。ノーベル賞と比較されることが多いですが、①受賞年の1月1日より前に40歳の誕生日を迎えたものは候補となれない、②人物に対して送られるため生涯に一回しか受賞できない、③賞金はノーベル賞の約1億円に対しフィールズ賞は約200万円、などの違いがあります。
 ただし、年齢制限については、過去に一例だけ例外があります。

 オックスフォード大のアンドリュー・ワイルズ教授は、1998年に「特別表彰」という異色の形で受賞しました。ピエール・ド・フェルマーの死後、約330年も未解決だった「フェルマーの最終定理」を完全に証明したという業績があまりにも偉大だったからです。

 ワイルズ教授は10歳の時にフェルマーの最終定理に出会って,数学の道を進み始めました。証明が正しいと確認されたのは42歳の時で,45歳でフィールズ賞特別表彰を受けました。

⚫︎日本人数学者では、過去に3人がフィールズ賞を受賞しています。
 プリンストン高等研究所や東京大で研究した小平邦彦教授は、調和積分論や二次元代数多様体(代数曲面)の分類などによる功績で1954年に受賞しました。「複素多様体」という研究分野を切り開き、数学だけでなく物理学の素粒子論などにも大きな影響を与えました。

 ハーバード大や京都大に所属した広中平祐教授は、代数幾何学が専門です。「代数多様体の特異点の解消」および「解析多様体の特異点の解消」を発表し、4次元以上の一般解を与えた業績により1970年に受賞しました。

 同じくハーバード大や京都大に所属した森重文教授は、広中教授の弟弟子にもあたります。代数幾何学が専門で、「3次元代数多様体の極小モデルの存在証明」によって1990年に受賞しました。2015~18年には、国際数学連合の総裁をアジア人として初めて務めました。

⚫︎考えられる日本人4人目の受賞者は?
 次回の2026年には、36年ぶりとなる4人目の日本人受賞者が現れるでしょうか。4年後なので若手数学者を予想することは難しいですが、例外的な特別表彰があるとしたら可能性がある人物がいます。

 京都大学数理解析研究所の望月新一教授は、数論の未解決の難問「ABC予想」の証明を2012年に成し遂げたと発表しました。

 2021年には8年半もの査読期間を経て、『PRIMS』誌に論文が掲載されました。PRIMSは京都大数理解析研究所が編集する論文誌だったこと、証明には望月教授自身の構築した「宇宙際タイヒミュラー理論」という独自性の高い方法を用いられたことより懐疑的な意見もありますが、「反論は出尽くした」という見方が強まっています。

 望月教授は2012年の時点で43歳、現在は53歳ですが、「完全に証明された」と認められればフィールズ賞特別表彰の可能性は十分に高いと言えます。

 4年に1度なこと、若手が主な対象でありながら偉大な業績に対しては年齢に関係なく評価されることなどを鑑みると、フィールズ賞はノーベル賞よりもオリンピックに似ているのかもしれません。
 近年、日本人選手はオリンピックで目覚ましい活躍をしています。数学の分野でも、日本発で世界を変えるような研究が現れることを期待しましょう。


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