高騰する輸入小麦を米粉や国産小麦へ切り替え「それ、緊急対策じゃない」と商社マン
Newsポストセブン より 220505
クリミア地方の小麦畑。2022年は収穫ができるのか流通するのかも不明
日本最大の製パン企業、山崎製パンが食パンと菓子パンを7月1日から平均7%値上げすると発表した。
今年になって二度目の値上げは、原料となる輸入小麦の政府売り渡し価格の引き上げだけが原因ではなく、油脂類、砂糖、包装資材などあらゆるものの価格が上がり企業努力だけではどうにもならなくなったからだ。同じ4月28日に東京外国為替市場では、円相場が1ドル130円台後半に急落、20年ぶりの円安水準を更新した。俳人で著作家の日野百草氏が、輸入小麦をめぐる政府の政策が緊急の対応にならないだろう理由を探った。
* * *
「価格の据え置きとか、輸入小麦を米粉やら国産小麦への切り替えなんて今すぐには無理です。これを緊急対策として言ってるとしたら、何を今更です。わかってて言ってるのでしょうが、ちょっとどうかと」
4月26日、政府が物価高騰に関して6兆2000億円規模の緊急対策を決定した。この決定は、生活困窮者への支援を拡大し、原油価格高騰を防ぎ、中小企業対策も拡充、輸入小麦や国産木材、家畜のエサなど原材料やエネルギーへの支援を盛り込んでいる。それを受けての専門商社に務める旧知の商社マンから疑問の電話。
「輸入小麦はすでに政府売渡価格の引き上げが決まってました。17%です。海上運賃の高騰と円安、それに戦争ですからね、上がるのは仕方ない」
詳細かつ専門的な部分は本旨ではないため割愛するが、日本の小麦の90%近くは輸入に頼っている。輸入小麦はそのほとんどを政府が一括して買い上げているが3月、価格が17.3%引き上げられて1tあたり7万2530円と発表された。
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「価格の据え置きとか、輸入小麦を米粉やら国産小麦への切り替えなんて今すぐには無理です。これを緊急対策として言ってるとしたら、何を今更です。わかってて言ってるのでしょうが、ちょっとどうかと」
4月26日、政府が物価高騰に関して6兆2000億円規模の緊急対策を決定した。この決定は、生活困窮者への支援を拡大し、原油価格高騰を防ぎ、中小企業対策も拡充、輸入小麦や国産木材、家畜のエサなど原材料やエネルギーへの支援を盛り込んでいる。それを受けての専門商社に務める旧知の商社マンから疑問の電話。
「輸入小麦はすでに政府売渡価格の引き上げが決まってました。17%です。海上運賃の高騰と円安、それに戦争ですからね、上がるのは仕方ない」
詳細かつ専門的な部分は本旨ではないため割愛するが、日本の小麦の90%近くは輸入に頼っている。輸入小麦はそのほとんどを政府が一括して買い上げているが3月、価格が17.3%引き上げられて1tあたり7万2530円と発表された。
これは過去2番目の高値で、すでに4月から各製粉会社は業務用小麦粉の価格を改定した。しかし政府は今回の緊急対策で9月まで販売価格を据え置くとした。それはありがたい話だが、極めて限定的だ。
「直近でもさらに1割以上、上がってます。7月の選挙のために据え置くだけでしょう」
今年は7月(予定)に参議院選挙がある。選挙までもう2ヶ月くらいしかない。今回の緊急対策とやらも同じく発表されたバラマキ(後述)と同様、露骨な選挙目当てということか。そんなことを言っている場合じゃないと思うのだが。
「ロシアとウクライナの小麦を頼ってきたEU諸国が日本の分も手を出し始めてます。ただでさえ北米が不作なのに、さらに奪い合いになる」
⚫︎日本中で必要な量なんて賄えない
日本の小麦はアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国で90%以上を占める。日本はこの30年間上がることのなかった平均賃金と国力の衰退、超大国となった中国の台頭により資源の買い負けと海上貿易の弱体化、そして出遅れた脱コロナ禍、円安、戦争と悪状況の重なり続けたあげくに今回の緊急対策発表となった。
「直近でもさらに1割以上、上がってます。7月の選挙のために据え置くだけでしょう」
今年は7月(予定)に参議院選挙がある。選挙までもう2ヶ月くらいしかない。今回の緊急対策とやらも同じく発表されたバラマキ(後述)と同様、露骨な選挙目当てということか。そんなことを言っている場合じゃないと思うのだが。
「ロシアとウクライナの小麦を頼ってきたEU諸国が日本の分も手を出し始めてます。ただでさえ北米が不作なのに、さらに奪い合いになる」
⚫︎日本中で必要な量なんて賄えない
日本の小麦はアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国で90%以上を占める。日本はこの30年間上がることのなかった平均賃金と国力の衰退、超大国となった中国の台頭により資源の買い負けと海上貿易の弱体化、そして出遅れた脱コロナ禍、円安、戦争と悪状況の重なり続けたあげくに今回の緊急対策発表となった。
筆者はこの半年の間『憂国の商社マンが明かす「日本、買い負け」の現実 肉も魚も油も豆も中国に流れる』『商社マンが明かす世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も』『ウクライナ侵攻の裏で進む世界食料争奪戦 激安を賛美する日本の危うさ』『悪しき円安と値上げの春 日本の「買い負け」はどこまで続くのか』と一貫して取り上げて来たが、残念ながらすべて現実となってしまった。
「たとえばですけど、日本の気候で強力粉は難しい。日本中で必要な量なんて賄えない。科学の進歩に期待という悠長な話なら、それは緊急対策じゃありません」
小麦粉はたんぱく質の含有量によって、パンの原料になる強力粉、うどんや即席麺になる中力粉、お菓子の材料になる薄力粉などに分類される。
「たとえばですけど、日本の気候で強力粉は難しい。日本中で必要な量なんて賄えない。科学の進歩に期待という悠長な話なら、それは緊急対策じゃありません」
小麦粉はたんぱく質の含有量によって、パンの原料になる強力粉、うどんや即席麺になる中力粉、お菓子の材料になる薄力粉などに分類される。
日本国内で生産される小麦の生産量は増えているが、ほとんどが中力粉で、もっぱら日本麺に使用されているのが現状だ。国産小麦と書かれて販売されているパンも、イメージされる100%国産小麦ではなく、ほとんどが外国産とのブレンドだ。
「それなのに輸入小麦を米粉や国産小麦への切り替えを進めるなんて、いや無理でしょ、できたとしても遠い未来ですよ」
日本は気候も面積も小麦の生産にすこぶる向いてない。向いていたらとうの昔に米のように作っているはずで、国内生産は10%強しかない。そもそも農地がまったく足りない。
「それなのに輸入小麦を米粉や国産小麦への切り替えを進めるなんて、いや無理でしょ、できたとしても遠い未来ですよ」
日本は気候も面積も小麦の生産にすこぶる向いてない。向いていたらとうの昔に米のように作っているはずで、国内生産は10%強しかない。そもそも農地がまったく足りない。
もちろん米農家を小麦農家にしろ、なんて簡単な話でもない。後述するが農家、農業従事者そのものが急速に減っている。現状は国内需要を満たすほどの「国産小麦への切り替え」なんて無理だ。
「できたとしても遠い未来ですよ、現場からすれば絶対無理です。少なくともそれ、緊急対策ではありませんよね」
高騰する小麦に関して、政府は輸入小麦を米粉や国産小麦への切り替えを目指すとした。また小麦から米へ、とも。筆者も思う。本気で言ってるのかと。なんだか「やってるふり」のために付け足したみたいだ。
「日本の小麦のほとんどは5銘柄が占めています。これを日本が国内需要分、作るって話なんですかね、穀物に関わってる人ならわかる話ですが無理です。ましてすぐになんて、これまでにない農業技術の革新、とか必要なレベルの話です」
国策研究所である理化学研究所すら600人削減する日本でそれができるかはともかく、日本の輸入小麦は主にアメリカのDNS、HRW、WW、カナダの1CW、オーストラリアのASWの5銘柄に集約される。飲食、調理関係の仕事をしている方には馴染みがあるかもしれない。とくにカナダの1CW(ウェスタン・レッド・スプリング)は日本の食パンといえばこの強力粉、というほどに馴染み深い。
「先ほども言いましたが、強力粉を日本で作るのは難しいので、国内需要のほとんどは全面的に輸入に頼ってます」
小麦は品質とその安定、そして生産性が大事。先の3カ国のような良質の小麦が豊富に穫れる地域もあれば、生産力はあってもロシアのように品質が低いとされる地域もあるし、日本のように小麦栽培そのものが難しい地域もある。また地域によって強力粉(パン)、準強力粉(ラーメン)、中力粉(うどん)、薄力粉(ケーキ)、デュラム・セモリナ(パスタ)といった特徴もある。※カッコ内はあくまで代表的なものを挙げた。
「日本にもあるにはありますが、作付面積からしたら産業と呼べるレベルではありません。関係者は努力してますが、作付面積も小さく、質も安定しませんね」
日本はわずかながら中力粉はつくられている。国産うどんなどはまさにそれ、そのほとんどは雨の少ない瀬戸内の一部や北海道を中心に生産されている。
「日本のような高温多湿で雨が多く平地の少ない地域は一番向いてません。米農家からの転作も進めてますが、国民全体の食を支えるにはほど遠いですね」
⚫︎7月の参院選が終わったら市場価格を反映するでしょう
小麦の国内消費量は約640万トン、国産小麦の収穫量は約94万トン、意外と作っているように思えるが日本の気候ではとにかく安定せず、2020年は約8万トン減少している。
「できたとしても遠い未来ですよ、現場からすれば絶対無理です。少なくともそれ、緊急対策ではありませんよね」
高騰する小麦に関して、政府は輸入小麦を米粉や国産小麦への切り替えを目指すとした。また小麦から米へ、とも。筆者も思う。本気で言ってるのかと。なんだか「やってるふり」のために付け足したみたいだ。
「日本の小麦のほとんどは5銘柄が占めています。これを日本が国内需要分、作るって話なんですかね、穀物に関わってる人ならわかる話ですが無理です。ましてすぐになんて、これまでにない農業技術の革新、とか必要なレベルの話です」
国策研究所である理化学研究所すら600人削減する日本でそれができるかはともかく、日本の輸入小麦は主にアメリカのDNS、HRW、WW、カナダの1CW、オーストラリアのASWの5銘柄に集約される。飲食、調理関係の仕事をしている方には馴染みがあるかもしれない。とくにカナダの1CW(ウェスタン・レッド・スプリング)は日本の食パンといえばこの強力粉、というほどに馴染み深い。
「先ほども言いましたが、強力粉を日本で作るのは難しいので、国内需要のほとんどは全面的に輸入に頼ってます」
小麦は品質とその安定、そして生産性が大事。先の3カ国のような良質の小麦が豊富に穫れる地域もあれば、生産力はあってもロシアのように品質が低いとされる地域もあるし、日本のように小麦栽培そのものが難しい地域もある。また地域によって強力粉(パン)、準強力粉(ラーメン)、中力粉(うどん)、薄力粉(ケーキ)、デュラム・セモリナ(パスタ)といった特徴もある。※カッコ内はあくまで代表的なものを挙げた。
「日本にもあるにはありますが、作付面積からしたら産業と呼べるレベルではありません。関係者は努力してますが、作付面積も小さく、質も安定しませんね」
日本はわずかながら中力粉はつくられている。国産うどんなどはまさにそれ、そのほとんどは雨の少ない瀬戸内の一部や北海道を中心に生産されている。
「日本のような高温多湿で雨が多く平地の少ない地域は一番向いてません。米農家からの転作も進めてますが、国民全体の食を支えるにはほど遠いですね」
⚫︎7月の参院選が終わったら市場価格を反映するでしょう
小麦の国内消費量は約640万トン、国産小麦の収穫量は約94万トン、意外と作っているように思えるが日本の気候ではとにかく安定せず、2020年は約8万トン減少している。
また一番問題なのが離農や労働力不足により作付面積が増えないことにある。小麦がないなら米を食えばいい、なんて1960年の半分(一人当たり)しか消費していない現代人が言えた話ではない。そもそも農業就業人口そのものが1960年から6分の1に減っている。2000年から現在でも半分以上の農業従事者が消えた。
「転作で稼いでいる国内小麦農家もありますが、あくまで小規模農業の話です。素晴らしいことですが、食料安全保障の問題とは別ですね。小麦に限った話ではないですが」
主要穀物(大豆、小麦、トウモロコシ)の90%、主要エネルギー資源(石油、石炭、天然ガス)および鉱物資源(銅、亜鉛、ニッケル、ベースメタル、レアメタル)のほぼ100%を輸入に頼る日本、食料自給率は生産額ベースで67%、カロリーベースで37%(ともに2020年度)、飼料自給率に至っては25%と実のところ、江戸時代にでも戻らなければ日本単独で生きていけないほどに「他人様に売ってもらう」「他人様に食べさせていただく」国になってしまっている。
「転作で稼いでいる国内小麦農家もありますが、あくまで小規模農業の話です。素晴らしいことですが、食料安全保障の問題とは別ですね。小麦に限った話ではないですが」
主要穀物(大豆、小麦、トウモロコシ)の90%、主要エネルギー資源(石油、石炭、天然ガス)および鉱物資源(銅、亜鉛、ニッケル、ベースメタル、レアメタル)のほぼ100%を輸入に頼る日本、食料自給率は生産額ベースで67%、カロリーベースで37%(ともに2020年度)、飼料自給率に至っては25%と実のところ、江戸時代にでも戻らなければ日本単独で生きていけないほどに「他人様に売ってもらう」「他人様に食べさせていただく」国になってしまっている。
すべては食料安保を蔑ろにしてきた政府の責任だが、今回の緊急対策に小麦をピンポイントに加えたことは、まさに政府の危機感の現れだが、彼は納得いかないと語る。
「輸入小麦を米粉、国産小麦への切り替えなんて緊急でできることではありません。何十年かかるかわからない。国内自給率を上げることは大賛成ですが、そういうことじゃないでしょう、政府は9月まで(急騰前の)価格を据え置くと言ってますが、7月の参院選が過ぎたら市場価格を反映するでしょう。小麦は半年ごとの価格改定、どのみち9月には改定なのですから」
まったくその通りで「そういうことじゃない」。緊急に対策しなければならない物価高に対して長期的なビジョンを語るのも変な話だ。
「輸入小麦を米粉、国産小麦への切り替えなんて緊急でできることではありません。何十年かかるかわからない。国内自給率を上げることは大賛成ですが、そういうことじゃないでしょう、政府は9月まで(急騰前の)価格を据え置くと言ってますが、7月の参院選が過ぎたら市場価格を反映するでしょう。小麦は半年ごとの価格改定、どのみち9月には改定なのですから」
まったくその通りで「そういうことじゃない」。緊急に対策しなければならない物価高に対して長期的なビジョンを語るのも変な話だ。
現時点で小麦の安定した品質で需要を満たすほどの国内生産は厳しい。米粉に至っては個々人が健康志向で少量使うならともかく、産業として米粉転換などいつの話になるのやら。可能性や技術革新を否定しているのではなく、緊急対策だからこその話をしている。
「やはり悪いのは円安なんです。円安が日本を追い詰めているんです。何もかも国外から買わなければいけない国で、売るにも以前ほど魅力のない国になって、市場で日本が買い負けるのを見続けるのってそりゃ怖いですよ」
今回の緊急対策、筆者も「やばい」と思う。安易な政府批判は避けたいが、この事態にこれって、ちょっとなあ……としか言いようがない。
「やはり悪いのは円安なんです。円安が日本を追い詰めているんです。何もかも国外から買わなければいけない国で、売るにも以前ほど魅力のない国になって、市場で日本が買い負けるのを見続けるのってそりゃ怖いですよ」
今回の緊急対策、筆者も「やばい」と思う。安易な政府批判は避けたいが、この事態にこれって、ちょっとなあ……としか言いようがない。
ガソリンの補助金を25円から35円に上げる前にトリガー条項の発動と重複課税の見直しだろう。
低所得の子育て世帯に5万円配るのもわけがわからない。生活困窮者支援と説明するが生活困窮者の中でなぜピンポイントに「低所得」「子育て世帯」だけ5万円なのか、これに小麦の安定供給対策を加えておよそ6兆2000億円の血税をぶっ込むという。
「それで緊急対策があれですからね、ほんとやばいと思います」
国民生活を守り抜く、と岸田首相は説明したが、円は20年ぶりに1ドル130円台をつけた。125円の「黒田ライン」とはなんだったのか。もうすぐ6月の給与明細(自営なら税額通知書)で増税ぶりを目の当たりにすることだろう。
「それで緊急対策があれですからね、ほんとやばいと思います」
国民生活を守り抜く、と岸田首相は説明したが、円は20年ぶりに1ドル130円台をつけた。125円の「黒田ライン」とはなんだったのか。もうすぐ6月の給与明細(自営なら税額通知書)で増税ぶりを目の当たりにすることだろう。
物価は上がり、税金は上がり、円は下がる。今回の緊急対策は「高齢者に5000円プレゼント」に代わる、低所得子育て世帯5万円のばらまきばかりが注目されるが、小麦の高騰対策もまた、ガソリンと同様にその場しのぎの「やばい」代物である。そもそも貧しい子持ちや小麦、ガソリンだけの話ではないはずなのに。
「円安容認だけでもなんとかして欲しいんですけど。そのほうがよほど緊急対策だと思います。本当に何がしたいんでしょう」
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。
「円安容認だけでもなんとかして欲しいんですけど。そのほうがよほど緊急対策だと思います。本当に何がしたいんでしょう」
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。
出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。