もう終わってしまったが、12月1日まで京都国立博物館で開催されていた特別展、
「法然と極楽浄土」展へ行って来た。
11月に行って来たので遅くなったが、
せっかく行って来たのだから感想を書いておこうと思う。
行こうかどうしようか、と迷っていたのだが、
国宝「早来迎」(阿弥陀二十五菩薩来迎図)が
公開されているというのを新聞だったかテレビで見て、
それなら是非見に行こうというわけで行って来たのだった。
京都国立博物館
https://www.kyohaku.go.jp/jp/
特別展 法然と極楽浄土
https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/special/honen_2024/
2024(令和6)年10月8日(火)~12月1日(日)
展覧会公式サイト
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/honen2024-25/
「早来迎」とは浄土宗の総本山である知恩院が所蔵している国宝で、
今まさに往生しようという人物を、極楽から阿弥陀如来と二十五菩薩が
山上から雲に乗って急降下して迎えに来たさまを描いた有名な図である。
「来迎図」は法然の時代、その後の時代にも、
極楽浄土への往生を願う帰依者の願いによって画家たちが多く描いた、
阿弥陀様が衆生をお浄土へと迎えに来る様を描いた仏画であるのだ。
「早来迎」は、阿弥陀様を始め二十五菩薩が雲に乗って、
その雲が超特急で山から降りてくるさまがすごいスピード感で
リアルに描かれていて、
いかにも素早く迎えに来ましたよ、
あなたは救われるのですよ、
さあお浄土へ行きましょう、という感じで、
ありがたいとともに、何となくユーモアが感じられてとても好きな絵だ。
ユーモアというと失礼なのかも知れないが、
雲に乗った菩薩たちが楽器を奏でつつ、
それぞれが賑やかにポーズを取っているさまが妙に明るくて、
まさに今往生を遂げようとしている人間がいるのにそのギャップがありすぎて、
深刻さがまったくない所がお気に入りな点だ。
おそらく、お浄土へ行くことは怖くない。
菩薩さまたちが音楽を奏でたり踊ったりしながら迎えに来る。
とても楽しそうだ。
浄土へ行くことは楽しい世界が待っているはず。
そういう大衆の思いというか、願い、願望が画になっているのではなかろうか。
それだから画面が死の場面であるにもかかわらず、
ある種の明るさに満ちているのだと思う。
法然上人は南無阿弥陀仏と唱えれば誰でも等しくお浄土へ行けると説いた。
国が荒れていた平安末期、
人々はその教えに救われた気持ちになったのだ。
が、既存宗教の比叡山などから疎まれ配流されるが、
やがて法然の浄土信仰は貴族や権力者にも広く広がって行った。
それだけ誰もが救われるという思想は、
民衆にとっても権力者にとっても魅力的なものだったからだろう。
時の権力者でも当時の流行り病や疫病、災害、内乱などは防ぎようがない。
そんな時に現れた法然の教えは文字通り誰もが救われた気持ちになり
浄土の教えに救いを求めたのだ。
展覧会では他にも永観堂・禅林寺の所蔵する有名な国宝・
「山越阿弥陀図」も展示されていた。
山の向こうから姿を現した阿弥陀様を真正面から描く。
これは臨終に際した人物の枕元に飾り、
死の瞬間、すぐに浄土へ行けるようにと、
描かれている阿弥陀様の両手から糸を引き、
往生しようとする衆生の手に糸の先を結び、
阿弥陀様に確実にお浄土へ連れて行ってもらおうというための絵だ。
飾るための絵というより、実用であった。
そのシンプルな構図と神秘性でとても神聖な作品であった。
さらに驚くべき作品は、奈良・當麻寺所蔵の国宝「綴織當麻曼陀羅」であった。
綴れ織りで織られた阿弥陀様を中心とした曼荼羅図で、
8世紀ころ、奈良時代にさかのぼる作品である。
ほぼ退色していて肉眼では定かに見えないが、
それでも精緻に織られた繊細な綴れ織りは大きさもあって迫力があった。
8世紀に織られたとは驚きでしかなかった。
展示は3階から降りて来る形で見るが、
最後の仏像室には「仏涅槃群像」があり、そこだけ撮影可能だった。
17世紀、江戸時代の作品だが、
仏画でよく見る涅槃図がなんと、立体となって、
多彩な仏像群が涅槃図を形成しているのには度肝を抜かれた。
釈迦の弟子のみでなく、獅子や猿、蛇などの動物さえ彫刻されているのだ。
驚かざるを得ない。
これは香川県の法然寺というお寺の所蔵だという。
かくて浄土宗はその法然の平易な教えによって、
全国津々浦々へと信仰が広まったのだった。
衆生をあまねく救いたいという法然の思いが、
貴賤を問わず日本の民衆に熱狂的に受け入れられたのだと思う。
美術館・ギャラリーランキング
京都府ランキング
フィギュアスケートランキング
↓ブログ村もよろしくお願いします!
にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村
「法然と極楽浄土」展へ行って来た。
11月に行って来たので遅くなったが、
せっかく行って来たのだから感想を書いておこうと思う。
行こうかどうしようか、と迷っていたのだが、
国宝「早来迎」(阿弥陀二十五菩薩来迎図)が
公開されているというのを新聞だったかテレビで見て、
それなら是非見に行こうというわけで行って来たのだった。
京都国立博物館
https://www.kyohaku.go.jp/jp/
特別展 法然と極楽浄土
https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/special/honen_2024/
2024(令和6)年10月8日(火)~12月1日(日)
展覧会公式サイト
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/honen2024-25/
「早来迎」とは浄土宗の総本山である知恩院が所蔵している国宝で、
今まさに往生しようという人物を、極楽から阿弥陀如来と二十五菩薩が
山上から雲に乗って急降下して迎えに来たさまを描いた有名な図である。
「来迎図」は法然の時代、その後の時代にも、
極楽浄土への往生を願う帰依者の願いによって画家たちが多く描いた、
阿弥陀様が衆生をお浄土へと迎えに来る様を描いた仏画であるのだ。
「早来迎」は、阿弥陀様を始め二十五菩薩が雲に乗って、
その雲が超特急で山から降りてくるさまがすごいスピード感で
リアルに描かれていて、
いかにも素早く迎えに来ましたよ、
あなたは救われるのですよ、
さあお浄土へ行きましょう、という感じで、
ありがたいとともに、何となくユーモアが感じられてとても好きな絵だ。
ユーモアというと失礼なのかも知れないが、
雲に乗った菩薩たちが楽器を奏でつつ、
それぞれが賑やかにポーズを取っているさまが妙に明るくて、
まさに今往生を遂げようとしている人間がいるのにそのギャップがありすぎて、
深刻さがまったくない所がお気に入りな点だ。
おそらく、お浄土へ行くことは怖くない。
菩薩さまたちが音楽を奏でたり踊ったりしながら迎えに来る。
とても楽しそうだ。
浄土へ行くことは楽しい世界が待っているはず。
そういう大衆の思いというか、願い、願望が画になっているのではなかろうか。
それだから画面が死の場面であるにもかかわらず、
ある種の明るさに満ちているのだと思う。
法然上人は南無阿弥陀仏と唱えれば誰でも等しくお浄土へ行けると説いた。
国が荒れていた平安末期、
人々はその教えに救われた気持ちになったのだ。
が、既存宗教の比叡山などから疎まれ配流されるが、
やがて法然の浄土信仰は貴族や権力者にも広く広がって行った。
それだけ誰もが救われるという思想は、
民衆にとっても権力者にとっても魅力的なものだったからだろう。
時の権力者でも当時の流行り病や疫病、災害、内乱などは防ぎようがない。
そんな時に現れた法然の教えは文字通り誰もが救われた気持ちになり
浄土の教えに救いを求めたのだ。
展覧会では他にも永観堂・禅林寺の所蔵する有名な国宝・
「山越阿弥陀図」も展示されていた。
山の向こうから姿を現した阿弥陀様を真正面から描く。
これは臨終に際した人物の枕元に飾り、
死の瞬間、すぐに浄土へ行けるようにと、
描かれている阿弥陀様の両手から糸を引き、
往生しようとする衆生の手に糸の先を結び、
阿弥陀様に確実にお浄土へ連れて行ってもらおうというための絵だ。
飾るための絵というより、実用であった。
そのシンプルな構図と神秘性でとても神聖な作品であった。
さらに驚くべき作品は、奈良・當麻寺所蔵の国宝「綴織當麻曼陀羅」であった。
綴れ織りで織られた阿弥陀様を中心とした曼荼羅図で、
8世紀ころ、奈良時代にさかのぼる作品である。
ほぼ退色していて肉眼では定かに見えないが、
それでも精緻に織られた繊細な綴れ織りは大きさもあって迫力があった。
8世紀に織られたとは驚きでしかなかった。
展示は3階から降りて来る形で見るが、
最後の仏像室には「仏涅槃群像」があり、そこだけ撮影可能だった。
17世紀、江戸時代の作品だが、
仏画でよく見る涅槃図がなんと、立体となって、
多彩な仏像群が涅槃図を形成しているのには度肝を抜かれた。
釈迦の弟子のみでなく、獅子や猿、蛇などの動物さえ彫刻されているのだ。
驚かざるを得ない。
これは香川県の法然寺というお寺の所蔵だという。
かくて浄土宗はその法然の平易な教えによって、
全国津々浦々へと信仰が広まったのだった。
衆生をあまねく救いたいという法然の思いが、
貴賤を問わず日本の民衆に熱狂的に受け入れられたのだと思う。
美術館・ギャラリーランキング
京都府ランキング
フィギュアスケートランキング
↓ブログ村もよろしくお願いします!
にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます