メロン味は売り切れでした

2006-05-19 23:40:04 | 日記・エッセイ・コラム

朝から人間ドックへ。

昨晩、食事が取れなかったので体重が激減……してませんでした。

 

妻の死後、『娘を残し、私は死ねない』と思った。それも数年してからだった。

そう気付くまでに時間がかかったのも妙な話だ。

当時はそんなことすら考えられなかった。

まさにボーっと、ただただ茫然と生きていたようだ(正直そんな記憶すら、ない)。

と言う訳で、気休めかもしれないが、年に一度、人間ドックでまだ生きられることを確認している。

 

何がイヤだって、それはバリウム飲むこと。

発泡剤は、私の好みのレモン味だから大丈夫。

だが、バリウムは美味くないのだよ。

何か味つけてくれないかナァ~。メロン味、とかね。

せめて色でもつけたら、どうだ? 青とか紫とか。

味わって飲む物じゃないんだろうけど。

 

バリウム以外は何とか問題なくクリア。

そうだ。ゲップを我慢するのも難儀。

我慢した分、検査終了後の最初のゲップは最高に気分が良い。

まさに、「苦あれば楽あり」。

その後、下剤を2錠をコップ4杯の水で飲み干す。ご馳走様でした。

 

今回気付いたが、私にとって下剤(ピンク色)の2錠は多いんじゃないか?と。

2錠飲んで約1時間後には、『ゴロ。ゴロ。ゴロゴロ』。

それから、30分も経たないうちに、第一弾がドーン。

2時間経過する前に、来た。私は反応良過ぎるのか?

12時間を経過しても下剤の威力は絶大。

食べれば、ギギギッギィーっと痛みがはしり、そのままトイレへ直行。

夕食後も同様の反応あり。

下剤ってこんなに効くものなの????

持続時間が長い。バリウムを出すにはこの位は必要なのか?

来年からは、1錠でも大丈夫な気がする。

検査結果は2週間後、明らかに。


いつもドキドキ、人間ドック

2006-05-18 23:17:10 | 日記・エッセイ・コラム

明日は、毎年恒例の人間ドック。

今回で3年連続受賞! じゃなくて受診

できれば、行きたくはないが仕方あるまい。

 

そんなこんなで、今夜の夕食は午後8時までに取るはずだった。

が、が、が……。

残業で食べられなかったのだよ、夕飯。トホホ……。

 

明日の朝、カラッポの胃に流し込まれるのは例のバリウム。

何度飲んでも、なれるもんじゃないナァ。

気休めに言ってみるか。

『 メロン味、一杯。 お願いしまーす 

 

あぁ~、空腹は今夜、続く。


のーんびりしてぇ~(群馬弁で)

2006-05-17 22:57:07 | 日記・エッセイ・コラム

会社で部署を異動し、二ヵ月半が過ぎた。

がしかし、仕事はまだまだなれないことも多い。

アタフタして一日が終了する日々だ。

周りの皆さんは『もう一人前だろう!』みたいに扱う。

おいおい、ちょっと待てよ(笑)。

 

あぁ、自分の為だけに休日が欲しい。

そう思うのは、贅沢なか?

まだ頑張りが足りないのか?

まぁ、そういう事なんだろう(納得、納得)。

 

釣り、行きたいぞ。


死別シングルパパさんとのやりとり

2006-05-15 22:48:17 | 日記・エッセイ・コラム

先日のオフで知り合ったKさんと連絡を取り合った。

彼もまた私同様、死別シングルファーザー。

つい最近、奥様を事故で亡くされている。

まだ悲しみも癒えていない。

 

Kさんを見ていると、何だか数年前の私と同じだ。

表情が硬い。笑っていても、ぎこちない。

きっと、頻繁に亡くされた奥様が思い出されるのだろう。

まだ時間の経過が少ないので、痛々しさが伝わってくる。

そんな姿を見て「頑張れ」とはまだ声をかけられない。

Kさんにはもの凄ーく元気な子供さんが二人いる。

恐らく、今の彼の生きる支えなのだろう。

 

何故、Kさん(一家)がこの運命なのか?

何故、私(我が家)がこの運命なのか?

この先の人生に何が待っているのか……。

 

月日の経過は、私の感情を麻痺させた。

人間は強く大きな悲しみがあると、自分の感情を鈍感にするらしい。

きっと自己防衛本能なのかもしれない。

そうやって、自分を守っているのか。

最近そんな時期が自分にもあったなぁと、Kさんのことを考えあらためて気付く。


母の日、終了

2006-05-15 00:41:15 | 日記・エッセイ・コラム

年に何日か「過ごし難い」日がある。

「母の日」はその典型。娘だけでなく、私も辛い。

「母のいない母の日」は、これで4回目か……。

最初はキツかった~。「母」とか「おかあさん」なんて言葉を見るだけで泣けてきた。

あれから数年を経て、今は何とか泣かずに済んでいる。

でも我慢に我慢の日々。

いつでも蛇口をひねれば、涙は尽きることなく流れ出る。

この涙は「亡き妻の無念さ」と「娘への思い」なのだろう。

やはりまだ、上を向いて歩かねば♪(笑)。

 

「母の日」について娘に直接聞くことはできない。

どう思っているのか?

 

正直、私は辛い。メディアでは「母の日」連呼の日々が辛い。

どうにもできない自分が悔しいし、他人の家族が羨ましいと思う……。

今夜の夕食は、娘と二人で「かっ○寿司」。二人だからカウンター席へ。

少~しだけ、ボックス席の家族が気になった。

 

妻が亡くなってから、大切な人だったと文字通り痛感させられた。

でも、私も娘も今はもう何もしてあげられない。

この文章を読んでいる、既婚者諸兄よ。奥さんを大切に。

 

こうして、死別シングルパパとその娘にとって辛い「母の日」は過ぎ行くのであった。