世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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雪の女王の物語・5

2014-04-01 04:03:27 | 夢幻詩語
5 盗賊の娘

 それから、ゲルダの乗った馬車は、暗い森の中を走っていきました。王女さまがくれた馬車には、きれいなランプがいくつかついていたので、暗いところでもこまりませんでした。でもその光は、森に潜んでいた盗賊たちの目を集めるのにも、とてもよい仕事をしてくれました。
「おや、いいものを見つけたぞ、馬車だ、馬車だ」
 盗賊たちがぞろぞろ集まってきて、馬車の行く手を遮りました。とたんに、御者はあわてて馬を止め、あっという間もなく、すたこらと馬車を捨てて逃げてしまいました。盗賊たちは、馬車の中からゲルダを引っ張り出しました。
「おや、まるまると太った小娘だ。きっとうまい胡桃の実ばかり食べて来たに違いない。どうれ、今夜のちそうにしてくれようわい」と、盗賊のかしらが言ったときです。
「待って、そいつ、あたいにちょうだい」と、細い女の子の声がきこえて来たのです。ゲルダが何かしらと思う間もなく、盗賊のかしらの後ろから、ゲルダと同じくらいの女の子が出てきて、ふん、と鼻を鳴らしました。女の子はゲルダに近寄ると、しげしげとゲルダの顔を見て、言いました。
「こいつ、目がきれい。とってもいいやつよ。あたい、こいつを友だちにするんだ。ねえ、父ちゃん、これ、あたいにちょうだい。こいつ、あたいにマフくれるの。あたい、こいつにナイフをくれてやる。一緒に寝たり、一緒に遊んだり、一緒に話したりするんだ」
 そうすると、盗賊のかしらは、ふん、まあいいわいと言って、ゲルダを娘にやったのです。
「そらみな、馬車に乗れ、今日の得物はいいものだぞ。上等な馬車だ」とかしらは手下どもをけしかけて、みなを馬車に乗せました。そして盗賊どもは、ゲルダから盗んだ馬車をかって、森をぬけ、山にある盗賊どものねじろに帰って行ったのです。
 盗賊のねじろは、小さな古城で、全体に気味の悪いひびが入っていました。ゲルダは盗賊の娘に連れられて、ねじろの二階にある娘の部屋に連れて行かれました。部屋に入ると、天井の梁に、百羽ほども鳩がいて、ぽぽぃ、ぽうぽうと鳴いていました。
「こいつら、みんなあたいのものよ」と娘は言いました。そして鳩の一羽を抱きしめるようにとってきて、ゲルダの方に押しつけました。
「ほら、キスをしてあげなよ。やさしくしてやると、なれるからさ。あたい、馬鹿みたいだって言われるけど、頭はなかなかいいんだよ。優しくしてやると、好かれるってことくらい、知ってるんだよ。あたい、あんたとひどいケンカなんかできるだけしないでやる。そんで、あんたをみんなから守ってやるよ。いじめさせたりしないから」
 この娘は、ゲルダと比べるとたいそう強情で、自分の思いどおりにしないと気が済まないようなこどものようでした。でもゲルダの心の中には、たんぽぽが強めてくれたやさしい心があったので、この盗賊の娘の心も、わかってあげようと思いました。
「あなた、ともだちがいなかったのね」
「うん、いなかった」
「じゃあ、ともだちになってあげる。ねえ、どんなことして遊びたい?」
「そうだねえ、まずおはなししてよ。なんであんた、あんなところに馬車で走っていたのさ」
 そこでゲルダは、これまであったことの一切を、娘に話しました。カイがいなくなったことから、カイをさがしはじめたこと、不思議な花園の魔女や花の話、王子さまと王女さまから馬車をもらった話などまで、しました。
「ふうん。カイって子をさがしてるんだ。なんであんたがそんなことしなくちゃならないの。いなくなったって別にいいじゃない」
「でも……」
「別に、あんたが探したいんならいいよ。そうだ、あたしのもの、もう一つ教えてやる。ほら、見て、これはトナカイ」
 娘は、壁際に銅の首輪をはめられてつながれているトナカイを指さしました。
「いいでしょう。これ、かわいいやつなのよ。つないでおかないと逃げるから、こうしてあるんだけど、首輪の中をかいてやると、喜ぶんだよ」
 そういうと、娘はトナカイの首輪の中に手を突っ込み、トナカイの首を撫でてやりました。トナカイはくすぐったそうにしながらも、娘を受け入れているようでした。
「あたいは、盗っ人の娘だから、本物が何かくらいわかるのよ。けち臭い偽物をつかまされたら、大損だものね。父ちゃんから、偽物と本物の見分け方は十分に習ったの。いい。人間にも、本物と偽物がいるんだよ。あんたは本物。だって目がきれいだし、強いから。そういう目をしているやつは、本物なんだよ。あたい、本物が好き。だから、いいことはなんでも、あんたには、してあげるよ」
 娘はそう言いました。ゲルダはなんだかくすぐったくなりました。娘とゲルダは、盗賊の仲間からパンと飲み物をもらって、それを仲良く食べました。そして同じ寝床に入って、眠ることにしました。
「おやすみ、あんしんしてお眠りよ。だれかが乱暴しに来たら、あたしがこのナイフでやっつけてあげるから」と言って、娘はすぐにぐうぐう眠ってしまいました。
 でもゲルダは目をつぶることもできませんでした。一体これからどうなるのか、見当もつかなかったからです。耳をすますと、どこからか、盗賊たちが酒を飲んでわいわい騒いでいる声がきこえてきました。
 そのとき、梁の上から、鳩が声をかけてきました。
「ぽぽぃ。ぽぅぽぅ。わたし、カイを見ましたよ」
「え? なあに? それはどういうこと?」とゲルダは思わず跳び起きました。鳩は続けました。
「小さなそりを背負っていましたから、きっとあれはカイでしょう。カイは雪の女王のそりにのって、この森の上を北に向かって飛んでいきましたよ。わたしが見ていたら、雪の女王は、氷のため息をはいて、わたしたちを凍らせようとしてきましたよ。すぐに逃げてしまったので、助かりましたがね」
「それで、雪の女王はどこに行ったの?」
「たぶん、ラップランドの方に行ったんですよ。まあ、トナカイにきいてごらんなさい」
 すると、トナカイが言いました。
「ラップランドは、すてきなところです。あそこには、年中、氷や雪があります。谷間は雪できらきら光っていて、走り回るとそれはもう風が切るように熱くてうれしいんです。雪の女王はそこに夏の家を持っていますよ。けれども、本当のお城はもっと北の方で、スピッツベルゲンというところにあるのです」
「では、カイはそこにいるのね」とゲルダは大きな声で言いました。すると、娘が目を覚まして、「静かにしなよ、ナイフで刺してほしいのかい」と脅しました。
 朝になると、ゲルダは鳩とトナカイに聞いたことを、すっかり娘に話しました。娘は真剣に聞いていました。ゲルダの目から感じる、やさしさと本当の心が、とてもきれいだったので、娘も真剣に聞いていたのです。
「そうか、わかったよ。もっと友達でいたかったけど、あんたはカイを探しに行きたいんだよね。それをあたいのわがままでひきとめたら、友だちじゃないってことだよね。いいよ。なんとかしてあげよう。このトナカイに乗っておいきよ。こいつはラップランドを知っているから、連れて行ってくれるだろう」
 そういうと、娘は、つないでいたトナカイを離してやりました。トナカイは大喜びで、ぴょんぴょんと跳ねました。
「いいかい、わかっているね。おまえはこの子を、雪の女王の城まで運んでやるのだよ」
「わかっていますとも」
 そういうと、トナカイはまたうれしそうにぴょんぴょんと跳ねました。
 娘は台所にいって、パンをふたきれとハムをもってきて袋に入れて、ゲルダに渡しました。
「これを持っておいき。それとマフは記念にわたしにくれない? そのかわり、おっかさんがあたいにくれた手袋をあげるから」
「ええ、いいわ。ありがとう」
 そういうと、娘とゲルダは、マフと手袋を交換しました。すると、本当に、ふたりは仲のいい友達の誓いを交わしたような気がして、うれしくなりました。
 娘はほかの盗賊たちにばれないように、そっとゲルダとトナカイをねじろの外に出してやりました。そして、ゲルダをトナカイの背に乗せると言いました。
「いいかい、おまえ、せっせと走って、この子を助けるんだよ。それじゃあ、さよなら、あんた。カイが早く見つかるといいね」
「ありがとう。さようなら」
 そういうと、トナカイは早速走りだしました。ねじろはすぐに見えなくなりました。大きな森をつっきって、岩だらけの原に出ると、わたりがらすが一声鳴きました。遠くから狼の声も聞こえました。空には女神が絹を翻すような、美しい光が見えました。
「ああ、オーロラだ。なつかしい」
 そういうと、トナカイははやる心にかきたてられるように、ラップランドを目指して、いちもくさんに走って行ったのです。


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