世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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雪の女王の物語・6

2014-04-02 04:14:48 | 夢幻詩語
6 ラップランド、そしてフィンランド

 トナカイはラップランドまでくると、ある、みすぼらしい古い家の前でとまりました。その家には、ひとりの年取った女の人が住んでいて、鯨油ランプのそばで、干した魚を焼いていました。トナカイは、そのおばあさんをあいさつすると、ゲルダを背中からおろし、これまでのことをすっかり、そのおばあさんに話して聞かせました。
「こういうことなので、何か協力してはいただけないでしょうか」とトナカイが言うと、
「おやまあ、それは大変なことだね」と、おばあさんは興味を持ってくれました。トナカイの背から下りたゲルダが、たいそうしっかりした子に見えて、しかもとても寒そうにしていたからです。おばあさんはゲルダを火にあたらせてやりながら、言いました。
「雪の女王の城に行きたいのなら、まだ百マイル以上北に、フィンランドの方まで行かなければならないよ。雪の女王はあそこらへんで、毎日青いオーロラを燃やしているのさ。フィンランドの方に、知り合いがいるから、手紙を書いてあげよう。紙がないから、この干した鱈の上にでも書いてあげようね。知り合いの女なら、もっと詳しいことを教えてくれるだろう」
 そういうと、おばあさんは、干した鱈の上に、何かをすらすらと書いてくれました。そして、ゲルダに食べ物と飲み物をくれました。体も温まり、元気になってきたので、おばあさんにもらった干し鱈を持って、ゲルダはまたトナカイに乗りました。そして、「ありがとう、おばあさん」と、ちゃんとお礼を言って、フィンランドに向かいました。
 トナカイを走らせていると、空が鳴って、青いオーロラが広がりました。だんだんと、雪の女王の城が近くなってきていることを、ゲルダは感じました。そしてトナカイは、フィンランドに来ました。ラップランドのおばあさんの知り合いだという、フィンランドのおばあさんの家の前にきて、その小さなえんとつを、角でこつこつたたきました。
「だれかね?」と言って出てきたおばあさんに、ゲルダはラップランドのおばあさんからもらった干し鱈を渡しました。干し鱈に書いてあった手紙を、フィンランドのおばあさんは、しげしげと三べんも読み直しました。そして合点が言ったようで、ゲルダとトナカイを家の中に入れてくれました。
 ゲルダとトナカイは、これまであったことを、すっかりフィンランドのおばあさんに話して聞かせました。フィンランドのおばあさんは、ふむふむ、とあまり興味もなさそうに言いながら、もらった干し鱈をちぎって、鍋の中に入れてスープの種にし、それをゲルダに飲ませてくれました。
 このおばあさんは、ラップランドのおばあさんほど、熱心にゲルダのために何かをしてくれようとはしませんでした。それでゲルダは何度も、拝むようにして助けてくださいと、言わねばなりませんでした。フィンランドのおばあさんは、心の冷たい人ではありませんでしたが、自分で納得のいかないことには、乗り気になるまで時間がかかる人なのです。やがておばあさんは、家の奥から毛皮の巻物を取り出してきて、しばらくそれを熱心に読みはじめました。そして、言いました。
「カイって子は、たぶん雪の女王の城にいるよ。あの女王はねえ、心の冷たい子をさらっていくんだが、そういう子にはねえ、小さな鏡のかけらが胸に入っているものなんだよ。そのかけらにはいやな因縁があるんだがね、そのかけらを、胸からとりだしてしまわない限りは、カイは決して真人間にはならないし、雪の女王のところから帰って来はしないだろうよ」
「では、どうしたら、そのかけらを胸から取り出すことができるでしょうか」と、トナカイがききました。するとおばあさんは言いました。
「さあねえ。そんなことは何も書いて無いねえ。ただ、自分の力というものを、信じるがいい。カイという子のために、ここまできた自分の優しさというものを信じて、前に進むがいい。いいかね、自分の力と心を信じて、前に進むものほど、強い力を持っているものはいないんだよ。なぜなら、そういうものの真心を、必ず神は見つけるものだからさ。さあ、トナカイのおまえさん、おまえはこの子を、ここから二マイルほど北に行った所にある、小さな赤い実のなる木の茂みのところで下ろしてやるがいい。それ以上のことは何もしてはならんよ」
 そういうと、フィンランドのおばあさんは、ゲルダをトナカイの背に乗せました。トナカイは意を得て、また全速力で走りだしました。
 とたんに、ゲルダは身を切るような寒さを感じました。これまで感じたこともないような寒さです。ゲルダはトナカイの上で身を縮めながら、これから、今までで最も大きな試練が舞い込んでくることを、予感しました。
「自分の力を信じるって、きっと、一人で向かわねばならないということなのだわ。トナカイも、赤い実のなる木の茂みのところまでしか、ついてきてはくれないのだわ」
 やがてトナカイは、二マイルも走ったところで、くだんの赤い実のなる茂みを見つけ、そこでゲルダを下ろしました。
「さあ、ここまでしか、わたしはついていてあげることはできません。ごらんなさい。あれが、雪の女王の本城です」
 見ると、大きな雪原を挟んだ向こうに、尖塔を五つもつけた立派な城の陰が見えました。城の尖塔は、まるで煙突が煙をはくように、青いオーロラを吐いていました。
 トナカイは涙を流し、ゲルダの頬に接吻をしました。ゲルダもトナカイに接吻をしました。
「ありがとう、トナカイさん。わたしはやってくるわ。わたしはカイを愛しているのだもの。それは本当のわたしの心なのだもの。わたしはいくの。決して逃げはしない。おそれはしないの」
「ああ、ゲルダさん、ついていってあげることができたらどんなにいいでしょう。けれどもあなたはひとりでいかねばならないのです。なぜならそのまことこそが、カイの胸を氷にしている、鏡のかけらを溶かすだろうからです」
 そういうと、トナカイは身をちぎるように振り返って、瞬く間に走り去って行ってしまいました。
 ゲルダは、遠くに女王の城が見える、茂みのそばに、しばらく一人で立っていました。涙が止まりませんでした。一人で行くのは、やはり怖かったのです。けれども、胸の中には、カイを思う暖かい金の心がありました。そして、瞳には、そんな自分を信じる強い心が灯っていました。ゲルダはとうとう、走りだしました。遠くに見える、女王の城に、一人で向かっていったのです。
 雪が降っていましたが、ゲルダが走りだすと、その雪はまるで蜂のようにさわぎだし、ゲルダに向かってきました。それは雪の大軍でした。女王の兵隊でした。これ以上ゲルダを城に近づけてはならないと、雪の大軍は光る刀を振るってゲルダを鞭うちました。ゲルダはあまりの痛さに泣きそうになりましたが、負けずに前に進みました。ゲルダの息は白く胸からあふれ出しました。するとその息が一瞬、鬼百合のかたちになったかと思うと、それはすぐに白い天使の形にかわり、雪の大軍に立ち向かいました。ゲルダはびっくりしてまた息を吐きました。するとそれはアサガオとマツユキそうになり、たちまちそれは天使に代わって、雪に立ち向かいました。ゲルダが息をするたびに、それは花園の花たちになり、それがすぐに天使に代わって、雪に立ち向かっていくのです。ヒナギキョウも、ヒメスミレも、レンギョウも、タンポポも、キズイセンも、りんごの花もでてきて、天使になりました。それはいつしか、天使の大軍になりました。そして最後には、薄紅色の大きなばらが出て来たかと思うと、それは暖かな薄紅色の大天使になって、天使の大軍を指揮し始めたのです。そして天使の大軍は、ゲルダを取り囲み、ゲルダを守りながら、雪の大軍を押していって、ゲルダの足が進む道を作ってくれました。
 とうとう、天使の大軍は、女王の雪の大軍を倒してしまいました。そして気づいた時には、ゲルダは雪の女王の城の、真ん前にいたのです。


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