
さて、時代は下り、二十世紀も後半にさしかかろうとする今、シリル・ノールはそのシラテスにいた。シラテスの郊外には、旧知の友人が経営している農場があり、そこでジャガイモを買い付けるためだった。
キール海の決戦で、アマトリアがロメリアに大敗したことを、ジャルベール大統領は何も国民に知らせていなかったが、国民はうすうすと気づいていた。あれから急に、エルヴィジア諸国から輸入していた小麦などが手に入らなくなり、国民の生活に深刻な食糧不足が押し寄せてきたからだ。
おそらくタタロチアの仕業だろう、とシリルは読んでいた。エルヴィジアからの補給は、タタロチア経由でなければ届かない。タタロチアが、何らかのずるをかまして、エルヴィジアからの補給路を断ったのだ。
はさみ打ちか。予想通りの展開になったな。シリルは葉巻を噛みながら、苦い顔をした。ロメリアとタタロチアの静かな反目は、冷たい太陽のようにこの東海世界を照らしていた。タタロチアは統一書記制という、個人支配の国だった。統一人民議会という元老院が選ぶ、ひとりの統一書記が、終生国を支配する。
それは、民主革命によって倒された王制の、亡霊かとも思われる体制だった。
民主制を敷くロメリアにとっては、旧王制の特色を色濃く残すタタロチアは、宿敵に等しかった。その展開を封じるためにも、ロメリアはアマトリアを押さえておかねばならない。
「最前線なのだ、この国は」シリルはシラテスの空を見上げながら、ひとりごとのように言った。アマトリアはロメリアとタタロチアの間のちょうど中間にあった。タタロチアもロメリアも、このアマトリアに拠点が欲しいのだ。
馬鹿なジャルベールは、そんなことを読むことすらできないのだ。
このままいけば、アマトリアはロメリアの属国にされるか、いや最悪の場合、タタロチアが口を出し、国が分断される恐れがある。
どうにかせねばならない。だがどうすればいいのか。今の自分には、何の力もないのだ。
(つづく)