ああ、これで、やっとものを言うことができる。ありがとう。ぼくは長い間、ぼくのネジを巻いてくれる人を待っていたのです。
おや、ずいぶんと驚いていますね? 無理もないかもしれません。あなたのように自由に動く手足を持った人間からすれば、ぼくは単なるオルゴールについたピエロの人形なのですから。
少しは、落ち着きましたか? ふふ、でも、あなたもおかしな人ですね。こんな夜更けに、一人で部屋に閉じこもってお酒を飲みながら、オルゴールのネジを回すなんて。…あなたも寂しいんですね。
ああっ、ごめんなさい。そんな、からかったわけじゃないんです。ただ、ぼくはあなたに話を聞いてもらいたくて。ぼくも、ずっと一人だったものだから。今までだれも、ぼくのいうことなんか聞いてくれなかったから…。
ありがとう。ぼくを買ってくれたのが、あなたのような人で、本当によかった。
じゃあ、少しの間、ぼくの話を聞いてください。ぼくにとって、生涯で一番の友達だった、一匹の魚の話を…。
ぼくは、あなたに買われるまで、ずっと長い間、あの店の棚のすみっこに立っていました。だれも知らないけど、ほんとは、あの店の主人のおじさんが、小さな赤ん坊だったころから、あそこにいたんですよ。だから、ぼくはあの店の長老格でもあるんです。もっとも、だれもそんなふうに思ってはくれませんでした。こんな安っぽいブリキの人形なんて、だれも重くみたりなんかしませんよね。
ぼくのいた店は、小さな古いプレゼント・ショップでした。人形や、置物や、種々のアクセサリーや珍しい外国の民芸品などが、棚や壁やテーブルにぎっしりと並んでいました。黒光りする古い木の天井には、ランプをかたどった暗い明りが下がっていて、見えない布でぼくたちを包むように、静かに店内を照らしていました。それは、ぼくたちが知っている、この世でただ一つの光でした。
あなたも一度見て知っていますよね。でも、あの、もの言わぬ品々が、人間が寝静まった真夜中に、ひそひそと話をしているなんてことは、全然知らないでしょう。
(つづく)