新しく韓国の諺を知ると、最初意味がわからなかったりする。
最近、日本でもよく言われるようになってきている「溺れる犬は棒で叩け」とかを、例にとればわかるだろうか。
初めてこの韓国の諺を聞いた時、俺は「え?溺れる犬を叩いてどうすんの?犬死ぬやん。殺すのが目的なん?」と、本気で意味がわからなかった。
もちろん今は知ってるよ。
相手が弱っているうちに追い打ちをかけろって意味なんだよね。
日本にも、モチロン追い打ちをかける意味合いの諺は存在するのだけど。どっちかと言えば、追い打ちをかけられて可哀想だとか、追い打ちをかけるやつを批判するようなものになるんだ。
例えば、泣きっ面に蜂とか、傷口に塩を塗るとかは、ひどい目にあって可哀想だと表現する為にある諺だよね。
あの韓国の諺には、そういうニュアンスが感じられず、俺は意味がわからなかったのだ。諺というものは国民性を表すものだと、心底思う。
日本で「溺れる犬は棒で叩け」という諺が流行の兆しを見せているのは、溺れる犬を棒で叩いているヤツを批判するような使い方になっている。「死人にムチ打つなよ」的な使い方である。
個人的には「韓国人みたいな事をするなよ」的な、人種差別風味を感じ、俺は使いたくはないのだけど。
今回紹介する韓国の諺は、今日のシンシアリさんとこのエントリで紹介されていたものなんだけど…。
俺が今日、初めて知った、やっぱり初見では意味がわからなかった諺である。
【シンシアリ】秋葉原に行った人と行ってない人と喧嘩をすると
https://ameblo.jp/sincerelee/entry-12312659375.html
…元記事を読む前に!
意味、わかる?マジで。
意味としては。
実際にソウルに行ってきた人が「ソウルはこんなとこだったよ」って体験談を語ると、ソウルを見たことがない人が、「デタラメだ!ソウルはそんな場所ではない!そもそも行ってきた方角すら違うぞ!騙されるな!」と激しく口撃してきたような状況なのだそうで、この場合、ソウルを見たことがない人の方が、勝利するものなのだそうだ。
いやはや。「溺れる犬は棒で叩け」に続けとばかりに、またも、「朝鮮人気質」を知らしめる事ができるような諺ではないかと思う。俺は、これも広く、日本人が認知してほしいと感じる諺だと思ったのであった。
さて。「溺れる犬は棒で叩け」の方は、日本でも意味がローカライズされて使われ始めているのだけど。この「ソウルに行った事がある人とない人が喧嘩をすると、行ったことがない人が勝つ」は、日本人はどんな風にローカライズするのだろう。
もし本当に流行ったらの話だけど。大方、またも朝鮮人を微妙に見下すかのような使われ方になるのではなかろうかと思うのだけど…致し方ないのかなぁ。
だって。朝鮮人たちが、どんな気質の持ち主なのかという事は、安全認識上、現時点では日本国民の多くに全然足りていないのだもの。
日本人の多くは、もっと朝鮮人というものの生態を、理解しなければ危険だと思うのだ。
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池上彰の選挙と政治がゼロからわかる本 (河出文庫)
最近、日本でもよく言われるようになってきている「溺れる犬は棒で叩け」とかを、例にとればわかるだろうか。
初めてこの韓国の諺を聞いた時、俺は「え?溺れる犬を叩いてどうすんの?犬死ぬやん。殺すのが目的なん?」と、本気で意味がわからなかった。
もちろん今は知ってるよ。
相手が弱っているうちに追い打ちをかけろって意味なんだよね。
日本にも、モチロン追い打ちをかける意味合いの諺は存在するのだけど。どっちかと言えば、追い打ちをかけられて可哀想だとか、追い打ちをかけるやつを批判するようなものになるんだ。
例えば、泣きっ面に蜂とか、傷口に塩を塗るとかは、ひどい目にあって可哀想だと表現する為にある諺だよね。
あの韓国の諺には、そういうニュアンスが感じられず、俺は意味がわからなかったのだ。諺というものは国民性を表すものだと、心底思う。
日本で「溺れる犬は棒で叩け」という諺が流行の兆しを見せているのは、溺れる犬を棒で叩いているヤツを批判するような使い方になっている。「死人にムチ打つなよ」的な使い方である。
個人的には「韓国人みたいな事をするなよ」的な、人種差別風味を感じ、俺は使いたくはないのだけど。
今回紹介する韓国の諺は、今日のシンシアリさんとこのエントリで紹介されていたものなんだけど…。
俺が今日、初めて知った、やっぱり初見では意味がわからなかった諺である。
【シンシアリ】秋葉原に行った人と行ってない人と喧嘩をすると
https://ameblo.jp/sincerelee/entry-12312659375.html
今日は、ちょっとマイナーですが、韓国の諺を一つ紹介しましょう。
「ソウルに行ったことある人と行ったことない人が喧嘩をすると、行ったことない人が勝つ」です。
「ソウルに行ったことある人と行ったことない人が喧嘩をすると、行ったことない人が勝つ」です。
…元記事を読む前に!
意味、わかる?マジで。
意味としては。
実際にソウルに行ってきた人が「ソウルはこんなとこだったよ」って体験談を語ると、ソウルを見たことがない人が、「デタラメだ!ソウルはそんな場所ではない!そもそも行ってきた方角すら違うぞ!騙されるな!」と激しく口撃してきたような状況なのだそうで、この場合、ソウルを見たことがない人の方が、勝利するものなのだそうだ。
いやはや。「溺れる犬は棒で叩け」に続けとばかりに、またも、「朝鮮人気質」を知らしめる事ができるような諺ではないかと思う。俺は、これも広く、日本人が認知してほしいと感じる諺だと思ったのであった。
さて。「溺れる犬は棒で叩け」の方は、日本でも意味がローカライズされて使われ始めているのだけど。この「ソウルに行った事がある人とない人が喧嘩をすると、行ったことがない人が勝つ」は、日本人はどんな風にローカライズするのだろう。
もし本当に流行ったらの話だけど。大方、またも朝鮮人を微妙に見下すかのような使われ方になるのではなかろうかと思うのだけど…致し方ないのかなぁ。
だって。朝鮮人たちが、どんな気質の持ち主なのかという事は、安全認識上、現時点では日本国民の多くに全然足りていないのだもの。
日本人の多くは、もっと朝鮮人というものの生態を、理解しなければ危険だと思うのだ。
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