鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

いったん仮眠に入ります。アルフェリオンまとめ版第26話~27話。

死ぬほど眠いです(><)。三連休最終日も働いていました。
連載小説『アルフェリオン』まとめ版、いったん、第26話と第27話の分を追加しておきますね。今から長いめの仮眠をします。
第28話~第30話分は、可能であれば今晩深夜か明日早朝に追加します☆。

QBと契約して、疲れを知らないであろうソウルジェムになりたいです(^^;)。
でも多分、永遠なんてないんだよね…。

かがみ
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『アルフェリオン』まとめ読み―第27話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


12 魔法が効かない! 旧世界の黒き竜の謎



 先頭を走っていた陸戦型が爆発し、地に伏した。
 敵の魔法弾の直撃を受け、たった一発で大破してしまったのだ。
 ――新手か? 今度の攻撃は段違いだぞ。
 ――長射程MgSだ。注意しろ!!
 シールドを張りつつ、敵の位置を見抜こうとするギルド部隊だが、今度は先ほどのようにはいかなかった。
 そうこうしている間にも、痛烈な威力の雷撃弾が打ち込まれ、次々と味方機が倒されていく。砲撃の破壊力もさることながら、夜間にもかかわらず、恐るべき精度で狙ってくる。
 ギルド側も必死の反撃に出るが、こちらのMgSは一向に命中する気配がない。ベテランのギルド戦士たちが的を外しているわけではなかった。相手の方が、魔法弾を上回る速さで回避しているのだ。
 ――なんてスピードだ!! 着弾するときにはもうその位置にいない。
 ――高速型のリュコスを前に出せ! 汎用型はシールドを張って後退しろ!
 ――散らばれ、このままじゃ次々と狙い撃ちにされるぞ! 聞いてるのか!?
 ギルド部隊から大型の照明弾が発射される。
 はるか遠く、漆黒の野に浮かび上がった2つの黒い影。
 それらはギルドの者たちですら目にしたことのないアルマ・ヴィオであった。
 得体の知れない生き物の――いや、恐竜の声を思わせる甲高い雄叫びが、冷え込んだ深夜の空気を揺るがせ、繰士たちをも震撼させる。
 その姿を確認できた瞬間を逃がさず、2体の敵めがけてMgSが殺到した。
 今度は外れていなかった。一面の魔法弾の雨。どれほどのスピードをもってしようとも、全弾かわすことなど不可能だ。
 だが……。
 手応えはなく、爆炎はあがらなかった。
 ――そんな、馬鹿な。
 ――弾が……弾が、奴らの機体の手前で向きを変えたぞ?
 目を疑うような事態に、ギルドの強者たちも戦慄を隠しきれない。
 命中するはずの魔法弾がすべて軌道を歪められ、寸前のところで脇に外れてしまうのだ。魔法の力が打ち消されているわけではないため、強力なMTシールドや結界によるものではなかろう。砲弾の軌道が最後まで確認できる点からして、次元障壁の作用でもない。
 間違いなく、コルダーユ沖でアルフェリオンが起こしたのと同じ、《霊気濃度差による屈折現象》が起こっている。
 いくら正確に狙おうとも、MgSによる攻撃は意味をなさないことになる。
 打撃を与えられるとすれば、それは爪や牙、あるいはMT兵器などによる直接の打撃だけだ。
 ――何が起こっているのかよく分からないが、こちらの砲撃は全て外され、向こうからは強烈な長射程MgSをくらわされるというわけか。
 ――そんなアルマ・ヴィオ、聞いたこともないぜ……。
 ギルド側の汎用型アルマ・ヴィオは、MgSによる攻撃を中止し、楯を構え、MT兵器を――光の剣や槍を手にした。


13 苦戦するギルドの部隊、ルキアンは…



 ――さすがにギルドの連中だな。魔法弾が当たらないとすぐに気づいたか。
 遠くに群れをなすアルマ・ヴィオを見ながら、パリスが心の中でほくそ笑む。
 レプトリアは、自分の周囲に例の屈折現象を擬似的に発生させることができ、それによって大抵のMgSを弾いてしまうのだ。この種の防御方法は、旧世界の機体の中でも比較的珍しい。
 たった2人でギルドの部隊を相手にしようとしながらも、ナッソス家の精鋭たちには少しも恐れがみえない。
 ザックスは念信の波長を相手方に合わせ、ギルド部隊を挑発する。
 ――無駄なことだ。このレプトリアに追い着くことなど、果たして諸君にできるかな? 恐らく剣で触れることすらかなうまい。
 パリスとザックスは再び動いた。
 レプトリア2体の姿が瞬時に闇の中に消え、それと入れ替わりにMgSがうなり、雷撃弾が発射される。
 次第に傷つき、倒れていくギルドのアルマ・ヴィオ。
 だが今度は、レプトリアの雷撃だけではなく、別の場所からの一斉射撃が出し抜けに行われた。
 ――後ろ? まさか、ミトーニアからだと!?
 ――間違いなく市壁からだ! 馬鹿な、ミトーニア市が勧告を拒否したのか。
 ギルドのエクターたちはさらなる苦境に追い込まれる。
 そう、ミトーニア市からも攻撃が始まったのだ。
 市庁舎を占拠し、和平派のシュリス市長らを拘束した抗戦派は、市民軍をも掌握していたのであろうか……。

 ◇

 ――街の近くで爆発? しかもあんなに次々と。まさか、戦いが始まった?
 今しもミトーニア上空に到着しようとしていたルキアンは、地上で激しい砲火が交えられているのを見た。
 ――何で? 何で、どうして戦うの……。
 野を赤々と染める炎や立ち昇る白煙。
 その背後に広がるミトーニアの街。
 ぼんやりと見つめるルキアンの胸の内は、驚きと同時に悲嘆で一杯になる。
 ――街の人たち、分かってるのか? いま戦ったら、自分たちはもちろん、子供だってみんな死んじゃうかもしれないんだよ! それなのにどうして戦おうとするの? どうして。
 呆然とするルキアンの目に、アルフェリオンの魔法眼を通して地上の光景がさらに細かく映る。闇の向こうから飛んでくる雷撃弾に対し、一方的に苦戦する味方のアルマ・ヴィオたち。熾烈な戦場の有様を見て、彼は我に返った。
 ――大変だ! ギルドの部隊が……。でもどうして圧倒的だったはずのギルドが、何でこんなに追い詰められているの? あのままじゃ、持たないよ。どうする? どうしよう!?


14 悪魔と聖母



 ルキアンは困惑したが、ともかく慌ててクレドールに報告する。
 ――こちらルキアンです。ミトーニアで戦闘が起こっています!! ギルドの部隊が、ミトーニア市からの砲撃と、それから……暗くてよく分からないんですけど、背後からも何者かの攻撃を受け、苦戦しています! 僕は、どうすれば?
 だがクレドールの念信士も予想外の返答をしてきた。
 ――それがこちらも交戦中なんだ、ルキアン君!
 ――え、何です? そっちも交戦中って、一体、何がどうなって……。
 ――詳しいことは後だ。ナッソス家のアルマ・ヴィオの奇襲を受け、レーイたちが応戦している。それで、クレヴィス副長が、ルキアン君は予定通りミトーニアの状況を確かめてくるようにと。聞こえるか!?
 ――そんなこと言ったって。あの、味方がやられそうなんですよ! どうしましょう、僕……あの、ちょっと、あれ。聞こえませんか?
 クレドールからの念信が途絶えた。
 ――ど、ど、ど、どうしよう!! 戻らなきゃ、クレドールが! でも、でも、こっちでも味方がやられてる。何とかしないと……。
 理性が霞み始めたルキアン。どう動くべきか全く分からない。
 ――うわぁっ、何!?
 アルフェリオンの機体が激しく揺れる。ルキアンはますます正気を失い、パニック寸前となる。
 なおも立て続けに、下から突き上げるような衝撃が走った。
 ――地上からの攻撃に対し結界を張ります。
 アルフェリオン・ノヴィーアがルキアンに告げる。
 この緊迫した状況にもかかわらず、滑稽なほど機械的で冷静な口調だった。
 恐慌状態のルキアンをよそに、アルフェリオンは自らの周囲を青白い光で包み、防御体制に入る。
 真っ白になった頭の中に――何でもよい、必死に何か言葉を思い浮かべようとルキアンはあがいた。
 ――お、お、落ち着け。落ち着くんだ、焦っちゃダメだ。落ち着け!
 だがそんな彼の脳裏に、地上のギルド部隊の交わす念信が次々と浮かび上がってくる。その悲壮な声がルキアンをますます狼狽させた。
 ――艦隊からの援護はまだか? このままでは撤退するしかないぞ!!
 ――駄目だ、クレドールも敵と交戦中だと! 万事休すか……。
 ルキアンの虚ろな意識の中を、多数の叫びが駆け巡る。
 彼はつい弱腰になり、あてもなくつぶやいてしまった。
 ――駄目だ、分からないよ、誰か助けて……。

 するとそれに応えるかのように、心の向こうに黒衣の女のイメージが現れる。
 そういえば、今までも時折こうして助けてくれていたのだが。
 ――わが主よ、心を鎮めるのです。大丈夫。私の言う通りに。
 マスターであるはずのルキアンが、《パラディーヴァ》のリューヌに諭されることになった。だが今の状況下では、それを恥ずかしいと思う余裕など彼にありはしない。
 リューヌは静かな表情のまま、翼を閉じて穏やかに立っていた。
 その姿は遠い日にどこかで見た聖母像のようであった。あのときの冷徹な《黒い翼の悪魔》の印象とは全く違う。
 ルキアンの心に少しずつ、少しずつ平静が戻ると同時に、リューヌの伝えたある一節が刻み込まれた。その《言葉》とは……。
 ――分かった。ありがとう、リューヌ。ギルドの人たちも僕らの仲間だ。それを見捨てて逃げるなんてできない。


15 超高速の敵、手も足も出ない主人公 !?



 アルフェリオンが空をすべるように滑空し、夜の荒れ野に舞い降りていこうとする。
 ――見えた! あれが敵なのか?
 電光さながらの速度で駆け回る2体のアルマ・ヴィオを、ルキアンの目がとらえる。
 アルフェリオンは地上に降り、刻々と変わっていく敵の位置を探った。
 ――次は右から来る。
 リューヌがそう告げ、ルキアンの心の中に雷撃弾の閃光のイメージが現れる。
 ――次元障壁!!
 少年の声に答えて、斜め前方に陽炎のごとき光の幕が形成される。
 アルフェリオンの次元障壁は、エクターの意思次第で、機体から離れた場所にも発生できるのだ。
 レプトリアからギルド部隊に向けて雷撃弾が放たれたのは、それとほぼ同じ瞬間だった。
 刹那、あたりが真昼さながらに輝き、宙を走る稲妻。
 だがその電光は、平原のただ中で何処かに吸い込まれるようにして消滅する。
 ――何だと!?
 奇怪な出来事にパリスは思わず口を開いた。
 ――空間兵器か? そうか。ギルド側の、旧世界のアルマ・ヴィオだな。
 ルキアンはレプトリアの攻撃から味方を守ろうとしている。だが今の一撃は防ぐことができたものの、たちまち敵機の位置を見失ってしまう。
 ――分からない! 姿が見えたと思ったら、もうその辺りにはいなくなる。何てスピードなんだ。うわっ!!
 白銀の鎧を雷撃弾が揺るがした。
 幸い命中したのではない。直前のところで、今度はアルフェリオンが自らの意思で次元障壁を張ったのだ。
 ――昨日のティグラーなんかとは全然スピードが違う。せめて姿を追うことだけでもできれば……。今度は反対側からか!?
 レプトリアは、まず邪魔なアルフェリオンに牙をむいた。
 完璧な連携のもと、2体が交互に別の場所からMgSを発射してくるため、ルキアンは防戦一方となってしまう。いや、本当は彼には敵の動きが全くつかめておらず、実際にはアルフェリオン自らが防いでいるのだ。
 しかし相手の方も、今までのギルドの機体を上回る防御力をもつアルフェリオンに、少なからず驚いている。
 ――お嬢様のイーヴァと同じ次元障壁だ。このアルマ・ヴィオ、手ごわいぞ。
 ザックスがパリスにそう告げた。
 ――いや、敵の繰士は俺たちの動きに着いてこれていない。勝てる。
 ――普通にMgSを撃っても防がれるだけだ。俺がまず突っ込む!!
 そう言うが早いか、ザックスは強い思念を機体に送る。
 爆風が草を巻き上げ、荒野を切り裂く。
 ルキアンが叫ぶ。
 体の平衡が失われ、気がついた時にはアルフェリオンが大地に伏していた。
 ――体当たり……されたのか? どうなったんだ。
 それは、瞬時に距離を詰めたレプトリアの一撃だった。
 無様に地面に横たわる銀の天使。
 ルキアンは懸命に機体を起こそうとするが、そうはさせまいと、続いて側面からパリスの魔法弾が直撃する。
 あの速さで2体が連続攻撃をしたために、さすがのアルフェリオンも動きについていけなかったのだ。頑強な装甲はかろうじて損傷を防いだが、本体にさらに何度も直撃を受ければ持ちこたえられないだろう。
 立ち直る余裕を与えず、隙だらけのルキアンをザックスが再び襲う。
 レプトリアの鉤爪がアルフェリオンの背中に突き立てられた。
 引き裂かれた羽根が飛び散る。


16 召喚、融合、そして再生



 ――何て硬い装甲だ!?
 秒間に間合いを詰めたパリスのレプトリアが、直近から弾を打ち込む。
 がら空きどころか姿勢の制御すらままならないアルフェリオンは、銀の甲冑の腹部に被弾し、煙を上げて後ろに倒れた。
 いかに旧世界の魔法合金の鎧といえども、これほどの至近距離からMgSを叩き込まれては無事なはずがない。
 ――このままじゃ本当にやられる!!
 けれどもアルフェリオンは起き上がることさえ困難な状態だ。
 ――動いて! 起きろ、どうして立てないんだ?
 無我夢中で体勢を立て直そうとするルキアンだが、機体は思うように反応しなかった。
 今のアルフェリオンの手足の感覚は――生身の身体で疲労し切ったときと、微妙に似ている。重い。繰士のルキアンが精神力を消耗しすぎたためか、それとも先ほど受けたダメージの影響なのだろうか。
 細長い首をもたげ、獲物を狙う低いうなり声を上げて、威圧的な姿で歩み寄る2体のレプトリア。
 とどめの一撃とばかりに、アルフェリオンの首筋に牙を立てようとする。
 だが、ほんのわずかに攻撃の手が緩められたことが、ルキアンに起死回生のチャンスを与えた。
 ――今だ!!
 彼はとっさに、先ほどリューヌから教えられた《言葉》を念じる。

  我は汝の名を呼ぶ。
  いにしえの契約に従い、冥王の門より我がもとに出でよ。
  闇を司りしパラディーヴァ、漆黒の翼……。

 最後に、ルキアンはリューヌの名を力の限り叫んだ。

 彼の意識の中で、無数の黒い羽根が舞い散る。
 それらが視界を覆い尽くすと同時に、羽ばたきの音と気配がした。

 外部でも急激な変化が起こっている。
 閃光とともに、何か得体の知れない力が天空から降臨し、傷だらけの銀の装甲を包み込む。
 大気が揺らぐ。
 冷たく重々しい妖気の渦――異様な力場のごときものが付近一帯を飲み込む。
 夜の荒野がいっそう闇の色を濃くしたような気がする。

 異変が起こったのはそのときだった。
 アルフェリオンが物凄い速さで再生していく!
 内部に仕込まれた旧世界のナノマシンが活動を始めたのだ。装甲に空いた穴がみるみるうちに塞がるとともに、機体の表面がうっすらと光を帯び、開放された《ステリア》の力が満ち溢れる。
 ――すごい、これが……。あの極微粒子機械《マキーナ・パルティクス》の力なんだ!? それにこの暖かく抱かれるような感じは。
 ルキアンの心の中で、彼の声にリューヌの言葉が重なり、共鳴する。
 ――これがパラディーヴァとの融合? いや、そんな場合じゃない。立てるか? 立てる……。まだ僕は、僕は負けたわけじゃないぞ!!


【第28話に続く】



 ※2002年1月~2月に鏡海庵にて初公開
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『アルフェリオン』まとめ読み―第27話・中編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


7 闇の月の名を持つもの



 思わぬ珍騒動を起こしてしまったルキアンは、迷惑をかけたと感じているのか、恥ずかしそうに肩をすくめている。
 そんな彼ににこやかな眼差しを向けると、クレヴィスは話をあっさり打ち切り、クルーたちに持ち場に戻るよう促した。
「どうしました、皆さん、そんなに青い顔をして。ふふ、心配しなくても――別に天変地異が起こるなどということは、学者たちの通説による限り、まずあり得ないそうですよ。さぁ、夜明けまでもう少し時間があります。警戒を続けてください」
「そんなこと言ったってねぇ……。なんてったって、お月様が2つだよ?」
 ヴェンデイルもすっかりお手上げの様子で、再びスコープ・ギアを装着する。
 ルキアンだけが艦橋の真ん中に取り残された。何度かまばたきした後、彼はこそこそと窓際に移動する。
 改めて月を眺めながらルキアンは考える。
 ――歓迎されないもうひとつの月、薄暗い闇の月《ルーノ》。昔は《ルーヌ》と呼ばれていたらしい。そして《ルーヌ》は、同じように《月》を意味する古典語に、つまり旧世界の言葉に由来する。先生がそう話してくれたっけ。
 この程度の古典語の知識は、ルキアンもかろうじて持ち合わせていた。仮にも魔道士の卵である。
 ――その旧世界の言葉というのが、《リューヌ》……。彼女の名前。闇の月の名を持つパラディーヴァ。ずっと気になってたんだけど、偶然かな?
 だが勿論、ここでリューヌ自身を呼び出し、尋ねてみるわけにもいかない。艦内は大混乱になるだろう。
 ――当分、みんなには言わない方がいいかな。時機を見てクレヴィスさんから話してもらう方がいいかもしれない。僕だけが知ってる、僕だけの《剣》になるよう、大昔に定められたパラディーヴァ……か。
 何か自分が普通ではないものになってしまったような、人々から遠く分かたれてしまったような気分に襲われ、ルキアンは黙って艦橋を見渡した。

 そのとき、張り詰めた様子で1人の若者が叫んだ。
「副長!!」
 言葉の雰囲気や物腰がどことなく軍人あがりを思わせる、二十代半ばの男。
 その声にはルキアンも聞き覚えがあった。
 何時間か前――仮眠中のセシエルの代わりに、ルキアンからの《念信》に応対したあのクルーのものだ。
 別段取り乱すこともなく、クレヴィスは悠々と頷いた。
 対照的に、若い念信士は傍目にも分かるほど武者震いしている。
「ただ今、ミトーニアから念信が送られて参りました! 市当局の返答は……」


8 奇襲、ナッソスの精鋭が空と陸に迫る!



 ◇ ◇

 夜更けの空を駆けめぐる心の声は、それだけではなかった。
 ――皆の者! 段取りはよく分かっていますね?
 カセリナの声が――否、念信を通じた言葉が――彼女の声質にふさわしい気高く毅然としたイメージとなって、家臣たちの脳裏に浮かび上がる。
 彼らの汎用型アルマ・ヴィオの多くは、バーンの《アトレイオス》同様、議会軍から流出した機体を改造したタイプらしい。陸軍の主力の《ペゾン》を母体とするものが多いようだが、中には《ブラック・レクサー》に改良を施したとみられる強力なタイプも混じっている。さすがにナッソス家だ。
 城を飛び立った《空中竜機兵団》は、奇妙なことにギルドの艦隊とおよそかけ離れた方角に飛び去り、そればかりか敵艦隊と東西方向の座標が一致したにもかかわらず、いったん南へと通り過ぎていた。
 一般には速度が遅めだといわれる重アルマ・ヴィオだが、飛竜《ディノプトラス》は並々ならぬ速さで飛んでいた。その上に乗ったカセリナの《イーヴァ》は、風圧で飛ばされぬよう脚部を《竜》の背に固定し、姿勢をかがめ、さらにMTシールドを風防代わりにしている。
 目にも留まらぬ速度で闇を切り裂き、地表すれすれを飛行するディノプトラスとイーヴァ。
 その後に2騎が並んで続き、さらに後ろに3騎が一列の横隊で続く。
 イーヴァを先頭とし、1-2-3のピラミッド型に並んだ楔形隊形だ。カセリナたちの覚悟を象徴するかのごとき、強行突破を目論む陣形である。
 低空飛行しているのは、できる限り複眼鏡の死角にあたる位置を飛ぶためだ。
 しかも敵から敢えて距離を取ることにより、複眼鏡の探索可能範囲外を進んでいる。夜間であるため複眼鏡の視界が相当に制限されることも、カセリナたちにとって有利だろう。
 ――お嬢様! 別働隊が城を出たと連絡が入りました。
 家臣の一人が告げる。
 ――分かりました。手はず通り、こちらの別働隊にギルド艦隊が近づいたところを攻撃します。チャンスは一瞬です。私が指示したら方向を転換し、敵艦隊に背後から接近……遅れないよう、続け!!
 カセリナはエクターとしても一流だが、利発でカリスマのある彼女は、年若くして将の器をも兼ね備えていた。もしカセリナが男であったなら、将来は王国の将軍にすら相応しいものをと、公爵がどれほど嘆いたことか……。

 ◇

 ナッソス家の作戦はそれだけではなかった。
 ミトーニアを包囲するギルドの陸戦隊めがけて、同家の部隊が今まさに出撃したのである。昼間の戦いに敗れたとはいえ、城を守る主力部隊は健在だ。むしろその《敗北》は、戦略的な撤退であったとさえ考えられなくもない。
 ナッソス軍は地の利を生かしてゲリラ的な揺さ振りをかけるつもりだろう。地形の把握し難い夜戦であることも、付近一帯を知り尽くしたナッソス側にとってプラスに働く。

 本隊よりも一足先にナッソス城を発ち、大地を飛ぶような速さで駆ける2つの陸戦型があった。轟音と共に現れ、瞬時に視界から遠ざかるその速度、もはやアルマ・ヴィオとは思えない。
 いにしえの黒き光弾の竜、レプトリアだ。
 ――凄い。これならたとえ複眼鏡に発見されても、相手の鏡手はたちまち見失うだろう。
 自らの速さに酔いしれるかのように語ったのは、ナッソス家四人衆の一人、パリスだ。
 ――まったくだな。それでいて機体の《ぶれ》がここまで抑えられているのも驚くべきことだ。これほどの安定性があれば、今の速度を落とさずに戦うことも十分可能だぞ。
 そう答えたのは、ザックス。引退後はシャノンの父として農園を経営していたが、かつては四人衆を束ねるリーダーであった。不意に搭乗することになったレプトリアを完璧に操っている点からも理解される通り、彼の腕前は今も鈍っていない。
 まさに飛ぶがごとく。
 実際、並みの飛行型を上回る速度が出ている可能性もある。
 レプトリアの2つの翼は、このような超高速での移動の際に、機体を安定させる役割を果たす。このまま本当に空高く舞い上がろうと、何の違和感もない。
 だが旧世界のアルマ・ヴィオの常として、レプトリアはさらに恐るべき能力を備えていたのだった……。


9 偵察に向かうルキアンだが…



 ◇ ◇

「王国の未来のため、自由都市ミトーニアはナッソス家と共に断固戦う。だがエクター・ギルドが予告通りに当市を攻撃するならば、一般市民まで戦闘に巻き込まれることになるだろう。我々はギルドの暴虐な作戦に強く抗議する――そう返答がありました」
 抑揚を落とし、念信士の緊張した声が告げる。
 ほとんど角刈りに近い短い金髪の下、彼は額にうっすらと汗を浮かべた。
 その報告を静かに聴いていたクレヴィス。
「そうですか。あり得ない答えではないと思ってはいましたが、しかし……」
 何故か時計を睨みながら、彼は訝しげな顔をする。
「それにしても、かなり早い返事でしたね」
「……と、言いますと?」
「情報によれば、ミトーニア市は降伏に傾きかけていたはずです。それが急に態度を一変させたにしては――つまり、それほど重大な決断を市当局が行ったにしては、妙にあっさりと結論が出すぎていませんか? 期限の夜明けまで、時間はまだ十分にあるというのに」
 不思議がる念信士にクレヴィスが言った。その穏やかな語りは、どこか独りごとのように聞こえなくもなかったが。
 若干の間をおいてヴェンデイルも同意する。
「そう言えば変だよ。どうせ降伏しないと決めているにしても、夜明けぎりぎりまで態度を保留しておく方が、あちらさんにとっては得なはずじゃない? 少しでも時間稼ぎできるんだから」
「えぇ。私の杞憂に過ぎないかもしれませんが、あの街で何か起こった可能性があります。至急、バーンとベルセアをブリッジに呼び出してください。それから、私が指示したら直ちにカルを起こせるよう、準備を」
 クルーたちに手際よく命じたクレヴィスは、ルキアンにも何やら目配せする。
 結局、皆の邪魔にならぬよう、艦橋の隅で遠慮がちに月を見ていた少年。彼は自分を指差して首をかしげた。
「ルキアン君、実はあなたにもお願いができてしまいました……。突然で申しわけありませんが、急を要しますので単刀直入に言いましょう。今からアルフェリオンを出していただけませんか? 現状では、他のアルマ・ヴィオを行かせることができないのです。特に空を飛べる機体となると」
「……出撃、ですか?」
 《戦い》という文字が反射的に頭に浮かび、ルキアンの表情が曇る。
 だがクレヴィスは首を左右に振った。不安を隠し切れない少年に視線を合わせ、彼は優しげに目を細める。
「いや、戦ってもらおうというわけではありませんよ。今からミトーニアまで偵察に飛んでほしいのです。街の様子が気にかかるものですから。アルフェリオンの魔法眼なら、上空から市内の様子を事細かに把握することもできますね」
「は、はい。それはまぁ、見えると思います、けど……」
 敵と遭遇すれば戦闘になる可能性もあろうが、少なくとも名目上は《偵察》が自分の任務だと知り、ルキアンはひとまず胸を撫で下ろす。
「《客》であるはずのあなたに、突拍子もないことを頼んでしまって。非礼をお詫びします。しかし明日のことを考えると、メイとサモンを少しでも休ませておく必要があるのですよ。ですから今晩中は、《ラピオ・アヴィス》も《ファノミウル》もできるだけ出動させたくないのです」
 事情を説明し始めた副長に、ヴェンデイルが口を挟んだ。
「クレヴィー、だったらラプサーに頼んで、あっちの船からアルマ・ヴィオを出してもらえば? 《カヴァリアン》も《フルファー》も飛べるのに」
「いや。万一の敵襲に備えて、レーイには待機しておいてもらわねばなりません。それからプレアーも――彼女の腕は普通の大人以上に頼りになりますが、独りで出動させるのはどうかと思います。まだ若すぎますよ」
 そう言って穏やかに打ち消したクレヴィス。
 さりとてクレドールの《複眼鏡》を使うにしても、もう少し接近しなければミトーニア市内の様子までは視認できない。だが船を不用意に近づけるのは危険なばかりでなく、相手を必要以上に刺激することにもなりかねないだろう。


10 風の力を宿した飛燕の騎士?



 深く息を吸い込んだ後、ルキアンはいつもより大きめの声を出した。
「分かりました。僕が行ってきます。僕はギルドのエクターではありませんけど、自分の意思でこの船に乗っている人間です。お役に立てるのなら喜んで。それに、メイもゆっくり眠らせてあげたいですし」
「ありがとうございます……。万一、敵方と戦闘になりそうな場合には、あなた自身の判断で、戦っても退いても構いませんから。ルキアン君はギルドの人間でも軍の人間でもなく、1人の独立したエクターです。だから自分の信じるところに従って行動すればよいのです。やや荷が重いかもしれませんが、今のあなたにならできると私は信じています」
「え、えっと。正直な話、大変です。でも僕もやれるだけやってみます」
 クレヴィスと目礼を交わし、やにわにブリッジの外へと走り出すルキアン。
 深夜の廊下に足音が響く。
 気のせいか昼間よりも冷たく乾いた音がする。
 彼はわずかに躊躇したが、駆け足で格納庫へと急いだ。

 ◇

 格納庫のある下層部へと続く階段の手前で、ルキアンは思わず立ち止まる。
 背筋を震えが走った。その異様な感触が薄れぬまま、廊下の冷たさが徐々につま先から体に染み込んでくるような気がする。
 目の前に現れた白いもの。ルキアンは本能的に幽霊を連想する。
 それは人だ。
 しかし他の人間にはない、刺すようなあやかしの気をまとっている。
「き、君だったのか……。びっくりするじゃないか!」
 彼女にこうして驚かされるのは何度目だろう。呆れているのか、恐れているのか、ルキアンは複雑な視線をエルヴィンに向ける。
 あるいは興味――かたちの見えない感情。この不思議な美少女に、彼は無意識のうちに関心を持ち始めていた。
 階下から吹き上げる生暖かい風。
 スカートの裾がふわりと揺れ、限りなく黒に近い繊細な青の髪がそよぐ。
 長い髪を頬に張りつかせたまま、エルヴィンは夜の猫さながらに目を大きく見開き、顎を上の方に向けた。
 中空に漂う何かの香りを嗅いでいるようにもみえる。
 2人の頭上に輝く旧世界の照明灯。
 その青みを帯びた光を受け、いっそう白く透き通る彼女の首筋に、ルキアンの鼓動がわけもなく早まった。
 戸惑い。さらにそれ以外の何か?
 ――困ったな。行こう、急がなきゃ。
 無視して階段を下りようとする彼に、すれ違いざま、神託の娘はささやく。
「大地を走る疾風(はやて)が扉を開く」
「えっ?」
「あなたには見えないの? とらえることのできないものを狩る者の姿が。風の力を宿した、飛燕の騎士の姿が」
 一瞬、歩みを止めたものの、ルキアンはいつものことだと思って通り過ぎた。
 それでも構わずエルヴィンは語り続ける。
「強く願えば必ず応えてくれる。あれは、そういうものだから……」


11 襲撃、夜の荒野から飛来する火炎弾!



 ◇ ◇

 ミトーニアを取り巻く分厚い防壁の背後で、市民軍のアルマ・ヴィオが警戒体制をとり続けている。
 現在の位置から見えるのは10体弱の汎用型である。市の紋章の描かれた楯を持ち、高価なため軍のエリート部隊以外では滅多に使われていないMgS・ドラグーンまでも装備している。
 武器商人はもとより、アルマ・ヴィオの工廠すら存在するミトーニア市のこと、市民軍の機体もおそらく自前で開発したものだろう。オーリウムで最も富裕な街のひとつである同市は、その潤沢な資金にものを言わせ、質・量ともに並みの領主など足元にも及ばぬほどのアルマ・ヴィオを有していた。
 上空から見たミトーニア市は、外壁沿いに多くの稜堡や砲台を有し、複雑な多角形が組み合わさった星のような形をしている。オーリウムの有力な自由都市は、多かれ少なかれこの手の縄張りを採用しているのだが。
 特にミトーニアの場合、中央平原が古くからたびたび戦場となってきたため、市民たちは過去に幾度となく市壁を拡張し、周囲に堀まで造るという念の入れようだ。

 深く水を湛える堀をやや遠巻きにして、ミトーニアの厳重な防衛陣と対峙するのは、エクター・ギルドのアルマ・ヴィオ部隊である。
 陸戦型と汎用型が半々程度、合計6、70体が街を包囲している。議会軍でいえば2個大隊前後の軍勢にすぎないが、何しろ繰士の一人一人が手練の傭兵や賞金稼ぎであるため、実質的には数倍の戦力にも匹敵するだろう。
 そのうちの1体、鋼色の狼リュコスが、にわかにうなり声をあげた。
 それを皮切りにして他のアルマ・ヴィオも異変に気づき始める。とりわけ陸戦型は、野獣を模しているだけあってか、汎用型よりも感覚が鋭敏なのだ。
 背後の闇の彼方に向かい、威嚇するように吠えたてる巨大な猛獣たち。
 ミトーニアの街は轟音のごとき咆哮に揺さぶられ、緊張に包まれる。
 突然、暗い平原から尾を引いて焔の玉が飛来する。
 ギルド部隊の頭上に降り注ぐ炎は、地面に落ちた瞬間に辺りに燃え広がり、付近は火の海と化した。
 ――爆裂弾か!?
 ――甘い甘い。ギルドのエクターを議会軍と一緒にしてもらっちゃ困るぜ!
 すかさず反撃に出る繰士たち。
 百戦錬磨の戦士たちだけあって、今の不意打ちにも落ち着いて対処している。ほとんどの機体はMTシールドを張って爆風や炎をかわした。
 なおも次々と襲来する炎。
 その威力自体はさほどではないが、相手が暗闇の中に潜んでいるのに対し、猛火に照らされて丸見えのギルド部隊は不利だ。
 ――魔法弾の軌道からして、敵はあのあたりだな!
 相手側の位置を巧みに判断し、正確に狙い打つギルドのアルマ・ヴィオ。
 荒野の中で爆発が起こり、火の手が上がる。
 さらに上空に向けて発射された魔法弾。それは目映い閃光を放ち、敵が隠れていると思われる場所を照らし出す。光の呪文を封じた照明弾だ。
 リュコスやティグラーその他、高機動タイプの陸戦型が駆け出す。
 同時に汎用型が援護射撃を行い、その進撃を支援する。
 ギルド側の見事な反撃が成功するかに見えたそのとき……。


【続く】



 ※2002年1月~2月に鏡海庵にて初公開
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『アルフェリオン』まとめ読み―第27話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  地上に降りた天の騎士は
   ゼフィロスの姿を得て、
    大地を駆ける疾風(はやて)とならん。

◇ 第27話 ◇


1 「風のゼフィロス (一)」開始!



 日付が変わり、その後さらに時計の針が朝に近づきつつある今も、ミトーニアの市庁舎では街の命運をかけた議論が交わされていた。
 ただし出席者の大方は既にギルドとの和睦に傾いており、それに対して抗戦派が頑強な反論を続けているというのが実情であったが。
「目先のことばかりにとらわれていては、将来取り返しの付かぬ結果を招くということが、まだ分かっておらぬようですな! 冷静に考えてみられよ。仮にナッソス家がギルドに敗れたとしても――その後、反乱軍が議会軍に勝利したらどうなる? いや、反乱軍に勝ったところで、あのガノリス連合軍ですら敵わなかった帝国軍に、オーリウムが勝てると思うのか?」
 徹底抗戦を主張するアール副市長は、もはや苛立ちを隠そうとはしなかった。長い顎と、その先で細く刈り込まれた髭。鷲鼻。白目の部分が大きく、鋭い目。日頃から厳格そのもののアールが、いつにも増して表情を険しくする。
 彼の発言が終わったとき、出席者の間に微妙な空気が流れ、低いざわめきが生じた。あからさまな批判はすぐには飛び出さず、そのくせ皆が、承服しかねるといった顔で口を濁しているのだ。
 というのも、アール副市長の意見自体は正しいからだった。ナッソス家が倒れても反乱軍が議会軍に立ちはだかり、さらに反乱軍が敗れてもいずれ帝国軍が議会軍を破る――それが自明のことだからこそ、ミトーニアはナッソス家に味方したのだ。いや、味方せざるを得なかったのである。
 しかしエクター・ギルドがナッソス家を攻めることや、その攻撃をあれほど迅速かつ整然と行う能力がギルド側にあったということ、ましてギルドが勝利する可能性もあることなど、ミトーニア市にとっては計算外であったろう。
 所詮ギルドも、議会軍と共にいずれ帝国軍に敗れる公算が大きい。しかし問題はもっと間近な状況のことなのだ。夜明けまでに《降伏》しなければ、街に対して攻撃が加えられることになる。そしてギルドの《無頼の漢》たちとの戦いになったとすれば、容赦ない殺戮や略奪が行われるであろうと、市民たちは本気で信じている。いくら帝国軍の未来の勝利が確実でも、明日に自分たちの命を奪われてしまっては意味が無い。
 苦渋する市の有力者たちに、アール副市長は追い討ちをかける。
「いずれにせよ議会軍に最終的な勝利はあり得ない。そのとき議会軍に《寝返った》ミトーニア市はどうなる。それこそ何もかも終わりではないか?」
 
 言われずとも分かっていることを、歯に衣着せぬ言葉で突きつけられるのは、決して心地良いものではない。不機嫌そうに腕組みしたり、溜息を付いたりして、その場をやり過ごす面々。
 息苦しい沈黙を破り、開き直った――あるいは現実的な――発言を始めたのはもう1人の副市長ロランであった。
「ですからアール殿。貴殿のおっしゃることはもっともだが、ここで街が壊滅しては、それこそ全てが終わってしまいます。我々とて耐え難きを耐えているのです。たとえ節操無く強い者に従うようであっても、この戦乱の時代、そういう立ち回り方も必要なのだとお解かりでしょうに……」
 ふっくらした顔に落ち着いた気色を浮かべ、彼はアールをなだめる。
 温厚で柔軟な発想をもつロランと情熱的で毅然とした行動力をもつアールという2人の副市長が、それぞれの個性を生かして市長を助け、ミトーニアを支えてきたのだ。
 アールは謹厳実直な法律家として知られていたせいか、商人のロランのごとき処世術的な態度を毛嫌いし、理屈の上で筋を通すことに重きを置く傾向をもっていた。それにもかかわらず2人が衝突しなかったのは、ひとえに温和かつ世渡りにも長けたロランの妥協のおかげであった。


2 抗戦派の反逆! 内紛が新たな内紛を…



 そのとき、これまで議論にじっと耳を傾けていたシュリス市長が、強引とも思われるかたちで口を開いた。
「時に諸君、ほぼ全体の意見も固まってきているとみえる……。このままでは埒が明かない。もう半時ほどしたら採決を行うべきだと私は考えるが」
「何を無茶な? 市長、まだ時間はありますぞ!」
 露骨に顔をしかめたアールが、机を叩いて立ち上がった。
「いや、そうとは言い切れまい……」
 重々しい声で市長が答える。
 他の者たちも、多くは賛同を示すような目線で市長を見ている。
 日が昇るまでにまだ時間はあるはずなのだが、冷静な市長がこれほど結論を急ぐことには理由があった。彼を含め、市の要人たちの大半は、ギルド側が攻撃開始の時刻を守ると必ずしも信じていないためだ。
「残念だが戦争というのは、建て前通りに行われるとは限らない。結局のところ勝つか負けるかの殺し合いなのだからな。しかも相手は――カルダイン自らが言ったように、仕来たりや秩序に縛られた正規の軍隊ではない」
 市長は切々と述べながら、皆の表情を見渡した。
 実際、この手の攻囲戦は攻守両方の化かし合いでもある。かつての騎士同士の戦いならともかく、嘘の停戦期限を設けて相手を油断させ、その隙に奇襲をかけることも最近ではあり得るという。さすがに正規軍がそんなことをするはずはなかろうが、ミトーニアを包囲するエクター・ギルドは、言ってみれば金で雇われ、勝つことを商売として追求する私的な傭兵集団なのだ。
「やむを得ませんな」
 ロランも市長の言葉にうなずく。それどころか、今すぐ採決をという声が出席者の間で飛び交い始めた。
 高々と《講和》の声が上がる中、市長がその場を鎮めようとしたとき……。
 隣に居たアール副市長がシュリスの背後に回り、懐から何かを取り出した。
「やむを得ない? それはこちらの台詞だ、ロラン」
 それを合図にしたかのごとく、議場の扉が押し開かれ、十数名の兵士たちがなだれ込んでくる。彼らは小銃を構えて市の要人たちを取り囲んだ。
「諸君、お静かに願おう! 一歩でも動くと怪我をすることになるぞ」
 市長に拳銃を突きつけ、アールが叫んだ。
「アール君、何の真似だ? 君は自分のしていることが分かっているのか!」
 身動きを封じられたシュリスは、首だけを動かし、痛恨の眼差しで副市長を見据える。
「えぇ。全てはミトーニアのためです。あなた方の日和見主義にはうんざりしました。我々はギルドと最後まで戦います」
 勝ち誇ったように、あるいは半ば投げやりにも聞こえるアールの返事。
 何人かの出席者も彼と通じていたようだ。その1人、市民軍の指揮官も銃を抜き、周囲を威嚇しつつ市長に告げる。
「こちらの徹底抗戦の姿勢を知れば、ナッソス軍も我々に同調するはずです。油断しているギルドの飛空艦に夜襲をかけ、混乱に乗じて地上の敵も一気に叩く……。市長、どうか考え直してください。帝国軍も数日中には到着するでしょう。その間だけでも持ちこたえられれば、我々の勝利です」
 だがシュリス市長は、普段は表に出さぬ怒りもあらわに言った。
  
「神帝ゼノフォスの侵略にさらされ、力を合わせねばならぬときに、王国では内乱――そして今度はミトーニアの中でも、暴力で自分たちの言い分を押し通そうとする者たちがいたとはな。全く愚かな……」


3 ナッソス家の秘密兵器? 黒き光弾の竜



 ◇ ◇

 ナッソス城の地下――カンテラの明かりに照らされ、奇妙な姿のアルマ・ヴィオが浮かび上がる。
 闇に溶け込む漆黒の機体……。さらに同型のものが1体。
 すらりと流れるような、それでいて圧倒的な強靭さを見せつける4本の脚から察するに、恐らく高機動タイプの陸戦型には違いない。
 だが、その種のアルマ・ヴィオの大半が獣の姿(狼や獅子、あるいは鹿や馬など)を模しているのに対し、目の前にそびえる2体の外貌は爬虫類を連想させる。強いて言えば、首の長い肉食恐竜という印象だ。
 体側には翼らしきものまで生えている。ただ、空を飛ぶには小さすぎる感があった。だとすれば、一体何のための器官なのだろうか。
 背中に装備されたMgSが鈍い光を放っている。通常の倍近くある長大な砲身からして、対地用の長射程タイプであろう。これほどの代物ならば、当たりどころによっては重アルマ・ヴィオを一撃で仕留めることさえあり得る。
 この不思議な機体に向かって灯火をかざす、2人の中年紳士がいた。
 両名とも暗色系のフロックの上にエクターケープを羽織っている。片やナッソス家の精鋭《四人衆》の一人、シャノンの父・ザックス。他方は同じく四人衆のパリスである。
「旧世界のアルマ・ヴィオ、《レプトリア》……。こいつの活躍にうってつけの場面が与えられたというわけか。しかも思ったより早い段階で」
 ザックスの言葉、特に《旧世界の》という部分には、ある種の感慨が込められていた。エクターなら誰しも、いにしえの世の優れたアルマ・ヴィオで一度は戦ってみたいと思うものだ。
 鋭い切れ長の目でレプトリアを見上げながら、パリスもつぶやく。
「そうだな。タロス共和国で発掘されたこの機体を、わざわざ裏のルートを使って持ち込ませたかいがあった。その点ではミトーニアの商人たちの口利きに感謝せねばならん。だが彼らは、今頃になってギルドに降伏しようなどと。市長のシュリスを筆頭に――臆病風にでも吹かれたか」
「仕方あるまい。アルマ・ヴィオといえども、商人たちにとっては単なる商品だ。肉や酒と同じようにな……。兵器の調達までは手を貸してくれるだろうが、そこから先は彼らの領分ではない。戦うのは俺たちの仕事だ。それにしても、アール副市長のような男がいて我々には幸いだった。これでギルドの裏をかくことができるというものだ」
 苦笑いするザックス。
 彼の言葉に頷きながら、パリスはアルマ・ヴィオの外装を軽く叩いた。
「それで乗り心地は――感触は上々だったろう、ザックス兄貴? 最高速度においては《レオネス》に一歩譲るものの、敏捷性や瞬発力ではこの機体の方が明らかに上回っている」
「その話、あながち間違いでもなさそうだな。実際、以前にレオネスに乗ったこともあるが、こいつほど機敏な反応速度は感じなかった。このスピードなら、普通の陸戦型などは追い着くことすらできんだろう」
「いや、速さだけではなく、さらに凄い装備もある。旧世界の技術というのはまったく我々の常識を超えるものだ。ギルドの奴ら、きっと震え上がるぞ」
 パリスは意味ありげに笑った。


4 闇夜に舞う竜騎士、空中竜機兵団



「そうだな。この難局をうまく乗り切り、《帝国軍》の到着まで持ちこたえられればよいのだが。ではそろそろ俺たちも出るか、パリス。しかし……」
「しかし、何だ?」
 そう尋ねるパリスは、ザックスの思いを既に理解しているようだったが。
 ザックスもそれを知りつつ敢えて答えた。
「そう。カセリナお嬢様のことだ。このような危険な作戦にお嬢様を関わらせるとは――誰もお引止めすることができなかったのか?」
「そいつは無理な相談だ。殿のおっしゃることにさえカセリナ様は従おうとしないのだから。それにカセリナ様は、この数年の間に恐ろしいほど上達された。正直な話、もう俺もお嬢様には勝てない。しかもお嬢様の機体は《イーヴァ》だからな。旧世界のアルマ・ヴィオの中でもあれは別格だ。皮肉なことだが、カセリナお嬢様とイーヴァは今やナッソス家で最強の戦力なのだ」
 最初は半信半疑で聞いていたザックスも、パリスがあまりに真顔なので最後には納得したらしい。溜息まじりにザックスは頷く。
「そうか。お前の腕は俺が一番良く知っている。それ以上とは――まるで戦いの女神のようだな。まったく、困ったお嬢様だよ。俺たちはせいぜいカセリナ様の楯となって、力の限りお守りするしかあるまい。しかし殿も複雑なお気持ちでいらっしゃることだろう。娘を持つ親として、俺にも少しは分かる……」
 カセリナの姿に己の娘を重ねあわせ、彼の気持ちは家族のもとへと向かっていた。
 ――シャノン、待っていろよ。この戦いさえ終われば、俺も本当にエクター引退だ。今度こそお前たちとずっと一緒にいられるからな。
 最愛の娘の顔を思い浮かべて、彼は心の中でつぶやく。
 自分の家族に降りかかった惨劇のことを、ザックスがまだ知る由もなかった。

 ◇ ◇

 同じ頃、真っ暗な夜空を流星のように横切る一群があった。
 巨大な鳥のごとき、翼を持った何かが整然と隊列を組んで飛行する。
 否、《鳥》ではない。《飛竜》だ。
 その上には、鎧に身を固めた《騎士》が――アルマ・ヴィオが乗っていた。魔法金属の甲冑をまとい、MTシールドを張り、MTランスを構えて。その勇壮たる光景は、伝説の竜騎士(ドラゴン・ライダー)たちを髣髴とさせる。
 火を吐く大空の竜は、飛行型重アルマ・ヴィオ《ディノプトラス》。

 そして《竜騎士》たちの中でも、ひときわ凛々しい機体は……。
 戦乙女を思わせる、美しくも勇ましい聖戦士。
 その姿を体現した伝説のアルマ・ヴィオ――カセリナの《イーヴァ》だ。

 ミトーニアにおける抗戦派の蜂起。その好機を得て、ナッソス軍はギルド側の隙を突く大規模な奇襲作戦に出た。
 夜の闇の中、ナッソス家の切り札《空中竜機兵団》がギルド飛空艦隊に迫る。
 そして時を同じくして、超高速陸戦型アルマ・ヴィオ《レプトリア》の恐るべき牙が、ギルドの地上部隊の背後に忍び寄っていた。

 だがルキアンたちは、まだその事実を知らない。


5 飛空艦の「目」、鏡手・ヴェンデイル



 ◇ ◇

 まもなく午前3時になろうとしていた。窓の外では、やがて日が昇るであろう地平の彼方までも、まだ全てを闇が包んでいる。
 対照的に煌々と明るい灯火の下。
 懐中時計の蓋を開け閉めする音が、おもむろに二、三回。
 それに続いて品の良いささやき声が聞こえた。
「おや、まだ起きていたのですか……。今日は本当に疲れたでしょうに」
 艦橋の隅にルキアンの姿を見て取り、クレヴィスは仕方なさそうに微笑んだ。
「あ、いえ、その」
 向こうの方から少年の言葉が途切れ途切れに伝わってくる。
 深夜の静寂に戦場の緊張感が加わり、いつになく静まり返ったブリッジだが、それでもルキアンのか細い声は必ずしも聞き取りやすくはなかった。
「ぼ、僕のことは。それよりクレヴィスさん――それに皆さんも、全然お休みになってないんじゃないですか? 僕は昨日もおとといも沢山寝ていますから、徹夜しても平気です。だから何かお手伝いできないかと、その――思って」
 呆れたような笑顔のまま、クレヴィスはルキアンを眺めている。
 副長の代わりにヴェンデイルが応えた。
「大丈夫。そんなに気を使わなくていいよ。戦いに夜も昼もないし、夜更かしなんか慣れっこさ。俺たち、一応、これでメシ食ってるわけだから」
 だが威勢良くそう言った途端、ヴェンデイルは生あくびしそうになり、慌てて眠気を噛み殺す。
 その様子に見て見ぬふりをしようにも、すでに口元を緩めてしまっているルキアン。彼とヴェンデイルの視線がぶつかる。お互いに苦笑いしているのが分かった。さらに吹き出す2人。
 クレヴィスがルキアンに歩み寄り、彼の華奢な肩に手を置いた。
「いくら《戦士》であろうと、眠気にはなかなか勝てないものですよ。特にネレイの本部を発ってからというもの、ヴェンはろくに眠っていないのです。私たちの場合とは違って、特殊な技能を要する《鏡手》には代役が立て難いですからね。昼間ならともかく夜間の暗視は素人には無理です。まぁ、玄人でも――彼の代理を務められるほど腕の良い鏡手など、議会軍や国王軍にも滅多にいないでしょうが」
「でもって、今晩も徹夜だよ。戦いが終わったら一週間ぐらいゴロ寝してやるからな」
 愚痴を言いながらもヴェンデイルは機嫌が良さそうであった。あのクレヴィスに当てにされているということが、彼なりに少し嬉しかったのかもしれない。
 ヴェンデイルは複眼鏡の《スコープ・ギア》――ヘルメットのように頭から被って装着するモニタ機材――を脱ぐと、ほっと溜息を付いた。
 鉄兜のごとき、旧世界の不可思議な装備がサイドテーブルに転がされる。沢山のケーブルがそこから床に向けて垂れ下がっている。
「ここ数日ずっと《普通の月》のままだし、しかも今晩は満月だから見張りもいくらか楽なんだけどさ。でも少し疲れたよ。一瞬、休んでいいかい?」
 ヴェンデイルは後ろで束ねた髪をいったん解き、黒い細帯で小器用に結え直した。こうしてみると、小柄だがなかなか垢抜けた雰囲気のある優男だ。


6 凶兆?――二つの月が輝く伝説の日



「あの。やっぱり《青い月》の晩は、暗いから視界が狭くなるんですか?」
 興味深げに尋ねるルキアンに、ヴェンディルはさも当然だと言わんばかりの表情で、何度も大げさに頷いた。
「そりゃそうさ。この前にコルダーユからネレイに飛んだときは、もう最悪。よりによって真っ暗な青い月の夜にさぁ、難所のパルジナス山脈を越えようだなんて、誰かさんが言い出すもんだから」
 その強引な航路を選ばせた張本人・クレヴィスは、申し訳なさそうに笑っている。
「まぁ、私は何とかなると思っていましたよ。あなたの《目》とカムレスの舵捌きを信じていましたからね。もしあのとき無難にパルジナスを迂回していたなら、今頃になってやっとネレイに着いていたと思います。あるいは道すがら、そこかしこの反乱軍に邪魔されて、まだ到着できてさえいなかったかもしれません。それでは遅すぎたでしょう」
「分かってる、分かってる。だけどあのときは生きた心地がしなかった。クレヴィーってさ、慎重そうな顔してときどき大博打を打つから怖いよ。今度はもう、俺は絶対お断り!」
 ヴェンデイルとクレヴィスのやり取りに、クルーたちの笑い声が漂う。
 ――月か……。
 ルキアンはあることを思い出した。
 分厚い防弾硝子の向こうに浮かぶ、いつもの黄色い月。
 それを独りで見つめていた少年は、振り返ってクレヴィスに言う。
「そういえば、占星術の講義のときに先生から習ったんですけど――今年はあれですよね、その、2つの月が一緒に出る日」
「その通り。よく知っていますね、ルキアン君。さすがはラシィエン導師のお弟子さんです。まだ厳密な日時は分からないのですが、天文学者たちの計算によれば、今年中に起こるのは間違いありません。現し世の月《セレス》と、青い月――この世ならぬ世界を象徴する月《ルーノ》とが同時に空に浮かぶ……」
「え? ちょっと待って。冗談だろ!? 月が2つも出るなんてバカな話が」
 占星術師や天文学者の間では比較的知られていることだが、門外漢のヴェンデイルにとっては、いわばそれは太陽が西から昇るようなものだ。
 勿論、驚いたのは彼だけではない。艦橋の至る所からざわめきが生じる。
「おや、どなたもご存じないとは意外ですね」
 クレヴィスは皆をなだめるように説明し始める。彼は上着の内ポケットから分厚い手帳を取り出し、革表紙の留め金を外した。
 大呪文を使うときには、自然の精霊の力だけではなく天体の位置の影響も考慮に入れなければならない。そのため魔道士の中には、クレヴィスの手帳に書き込まれているような――精密な星の運行表を持ち歩いている者もみられる。もっとも、それほど高度な呪文を操ることのできる魔道士に限られるが……。
「まぁ、無理もありませんか。過去に一度だけ起こったことがあるらしいのですが、何ぶんにも《前新陽暦時代》のことだったようですからね。正確な記録が残っていないのです。少なくともこの百年ほどの間は起こっていない現象ですよ」
 呆気にとられた乗組員たちは、外の月を恐る恐る見つめていたかと思うと、今度は仲間と顔をつき合わせて首を傾げたりしている。
 イリュシオーネの人々にとって、月や星などの天体は畏怖すべき神秘的存在である。したがって天体の異常な動きというのも――例えば月食や彗星の出現などがそうだが――世間ではただらぬ凶兆として受け止められることが少なくない。


【続く】



 ※2002年1月~2月に鏡海庵にて初公開
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『アルフェリオン』まとめ読み―第26話・後編


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10 旧世界人たちが救いを求めたものは…



「己のいたらない点を厳しく見つめ直し、素直に自分を変えていくことができるというのは、ルキアン君のとても優れた資質です。ただ、あなたはとても若いのですから、そんなに自分の過ちを責め過ぎるのもどうかと思いますよ。失敗するからこそ、人はそこから学ぶことができるのです。どうか、気づくのが遅すぎたなどとは考えないでくださいね」
 シャリオは不意に笑ってみせた。
「ルキアン君にそんなことを言われては、わたくしなど立つ瀬がないですわ。偉そうに大神官の位をかかげていながらも、この歳になってやっと、自分を変えられることに気づき始めた程度なのですから」
 こうしてシャリオが冗談混じりに微笑むたびに――そんなときの彼女の表情に、ルキアンはいつにも増して好感を覚える。謹厳な神官と落ち着いた大人の女性の雰囲気に混じって、どこか少女のような純朴さと可憐さが漂うのだ。崇高で、それでいて親しみやすい、アンバランスな表情……。
 慈母のような暖かさでシャリオは告げる。
「少し文脈は違いますが、ネレイの街でも似たようなことをあなたと話しましたね。ルキアン君は、こう言いました――本当は《答え》など最初からどこにも《ない》かもしれないのに、自分たちはそれを認めるのが怖いのではないか、と。覚えていますね?」
 あの晩、ネレイの街でシャリオと語り合ったのは、ほんの数日前のことだ。
 にもかかわらず、毎日があまりに目まぐるしく移ろいすぎて……。ルキアンにとっては、遠い過去の出来事のように感じられた。
「そうです。シャリオさんのあのときの言葉、もっとちゃんと心に刻んでおくべきでした。《答え》が《ない》とは言い切れないけれど、《ある》とも言い切れない。というか、人生の真理みたいなものを明らかにすることは、それ自体、僕らの力を越えた行いなんだと……。だから結局は答えを《見つける》のではなく、自分で《考え出す》しかない。そして、ただ主観で思いついただけのものを信じるなんて難しいから、人はそれに自分なりの《意味》を与えることによって、信じ抜こうと試みるのだと。でも、それは旧世界人のような振る舞いだと、シャリオさんはおっしゃいましたね。僕にはその意味が分かりませんでした。ですが……」
「そう。私のちょっとした謎かけの答えが、あなたには分かってきたようですね。正しい《答え》が分からないということは、私たちの行動に付きまとう大前提なのです。そして、この不条理な前提にもかかわらず、人は生きるために決断していかなければなりません。それは、明かりも持たずに暗い道を行くがごときものです。だからこそ――この世の理を完全には見極められないからこそ、人は信仰に救いを求めるのです。これはあくまで、神に仕える者としての見解ですが。しかし旧世界人の多くは、本心では神を信じていなかったといいます。それゆえ《信仰》の対象を何か別のものに求めるしかなかったのです。ある人にとってそれは愛であり、また違う人にとっては思想であり、あるいは富であり、力でした。しかし、果たして彼らは救われたのでしょうか?」

 《救われたのだろうか?》

 ルキアンの脳裏をよぎったのは、あの破滅的な戦争の幻だった。
  大地に降り注ぐいかずちの雨。
    ――天空人による衛星軌道上からの無差別攻撃は、地上界を死の世界
   に変え、数え切れないほどの地上人を殺戮した。
  輝く炎の翼を持った真紅の巨人。
    ――地上人の反撃、エインザールの赤いアルマ・ヴィオは、天空植民
   市を次々と破壊し、無数の天空人たちを果てしない闇の空間に葬った。

 ルキアン自身は、あれが天空人と地上人の最終戦争、後に地上人たちの言う《解放戦争》であることを知らない。そしてあの無限に続く、星をちりばめた《闇の空》と、そこに浮かぶ巨大な《青い球体》が何なのかも、彼の理解を超えている。
 ――救われてなんかない! もし救われたというのなら、ただひとつ、旧世界は自分たちの歴史を終わらせることでしか、苦しみから解放されなかったのかもしれない。でも、そんなの悲しすぎるよ……。


11 主観的な「正義」が争い合う世界…



 シャリオの声がルキアンを現実に連れ戻した。
「地を這う虫の見ている世界は、私たち人間の見ている世界よりもずっと単純で狭い。しかしそのことが分かるのは、私たちが虫ではなく人間だからです。きっと虫たちには分からないでしょう。彼らにとっては自分たちの見ている世界が全てなのですから。それと同じです。人間のすることなど、人間の尺度では完全に測れるものではありません。私たちの行いが本当に正しいか否かは、さらなる高みから世界を見ることのできる存在のみが、ただ神のみがご存知なのです」
 神――ルキアンが当然のように思い浮かべたのはあの女神だった。
 翼を持った魔法神、そして月の女神、闇の中の光、セラス。
 イリュシオーネの神々のうち、どのような神をどの程度まで信じるかは人それぞれだが、ルキアンも常人並みの信仰は持っていた。
 信じている。しかし神は答えないようにみえる。
 あの記憶。
 夜の暗闇の中でセラスの石像にすがりついたとき、ルキアンの現実の中にあったのは、象牙色をした石の肌の、酷薄なまでの冷たさだけだった。
「それでも僕たちは生きるために、正しいと思うことを選び取っていかなきゃならないですよね。辛いです。自分が正しいと確信できないのに、それでも疑心暗鬼のまま、少しでも間違っていなさそうな方へと進んでいかなければならない。でもわかんないんですよね、分かれ道に立っている時には、まだ。その先が行き止まりかもしれないし、迷路かもしれないのに。それでも道を信じるしかないなんて。でも自分が正しいって信じなきゃ、やりきれないかも」
「そう。やりきれない。人はそんなに強くはありませんから。そんなやりきれなさ、不安定で寄る辺のない生の苦痛を少しでも和らげるためには、ただ、自分のした選択が正しいのだと信じるしかありません……。しかし往々にして人は、己の心の苦痛を少しでも軽くしようとするあまり、自分の選んだ答えが絶対に正しいのだと盲信し、極端な自己正当化を行いがちになるものです。その結果は、どうでしょうか?」
 突然、ルキアンの顔から血の気が引いた。
 それを前にしてシャリオはうなずく。
「例えば、いかに正しい動機から出た行動であろうとも、自らの正義が絶対だと盲信してしまったとき、それは歯止めを失って暴走する危険があります。そのとき人は、自らの正義の名の下に別の正義を否定するため、あらゆる手段を用いることを正当化して疑わないようになってしまいます。善対悪の戦場であるというよりは、むしろ無数の主観的な《善》が――それぞれの信じるものがぶつかり合うのがこの世界だから、それゆえ人間の争いはいっそう激しく、残酷で、終わりがない……」


12 紅蓮の闇の翼とエインザールの願い?



 シャリオの言葉はルキアンの心を貫き、その奥底にまで響き渡った。
 ――僕はあのならず者たちと戦ったとき、たとえ一瞬であろうと、彼らを全て殺すべきなのは当然だと思ってしまった。優しい人が優しいままでいられる世界のためなら、それを妨げる悪い奴らをすべてこの世から消してしまうことも許される、と恐ろしいことを考えてしまった。でもおかしいよ。シャリオさんの言う通りだ……。
 赤いアルマ・ヴィオの幻夢が鮮明に蘇る。
 鳳凰の翼のごとく空に広がる、あの鮮血のような毒々しい炎を背負い、真紅の甲冑をまとった巨人が――クレヴィスの話によって知ることになった、恐らくは《紅蓮の闇の翼》、エインザールの赤いアルマ・ヴィオの姿が。
 理由も分からず、虚無のこもった涙が目に溜まる。
 ルキアンは呆然と言う。
「何となく、でも確かに感じたんです。古の時代にアルフェリオンで戦った人だって――多分それがエインザールという人なのだとは、後でクレヴィスさんに聞いて知ったのですが――そのエインザール博士だって、本当は優しい人が優しいままでいられる世界を作りたかっただけなんだと思います。小さな安らぎを守りたかっただけなんだ、って。でも憎しみに心を奪われて……」
 今までの苦悩の表情を必死に拭い去ろうとするように、ルキアンは顔を歪め、引きつらせ、それでも渾身の笑みを浮かべた。
「だけど僕は信じることにしました。僕は最初、あの赤いアルマ・ヴィオの幻から、単に凄まじい憎悪しか感じませんでした。でも次第に、戦いが終わってから気づき始めたんです。憎しみ以上に深い哀しみに。あの獰猛さと残酷さの背後に隠れた、痛々しいほどの諦めの気持ちに……。そして《願い》にも」
「願い――ですか?」
「えぇ。ただ、僕お得意の思い込みかもしれませんが。でも思い込みでもいい、信じたいんです。エインザールは、自分の犯してしまった過ちが二度と繰り返されることがないようにと、最後に祈ったんじゃないかって。そして今度こそ、自分が真に望んでいたようなかたちで、アルフェリオンの力を役立てて欲しいと――その思いを僕たちの時代に託したんじゃないかと思うんです。もしかしたらアルフェリオンは、旧世界を滅ぼした邪悪なアルマ・ヴィオかもしれません。だけど世界を終わらせたいなんて、本当は誰も望んではいなかったはずです!」
 長い沈黙の後、シャリオはポットを手に取り、おもむろに立ち上がった。
「よろしかったらもう一杯いかがですか? それにしても、あなたは不思議なことを言いますね。まるでエインザールという人のことをよく知っているみたいに」
 ルキアンは顎を押さえ、具合が悪そうにうつむく。そして苦笑した。
「変――ですよね。でも直感というか、どう説明したらいいのかよく分からないんですけど、確かに感じることがあるんです。何ていうのかな、僕と似たような《におい》がするというか……」
「そうですか。エインザール博士がどんな思いで天空人と戦ったのか、私には分からないにせよ、あなたの信じていることが本当であるよう願いたいものですね。いいえ、結局のところ全てはあなた次第かもしれません、ルキアン君」
 大切なものを慈しむように、シャリオは少年の肩に優しく手を置いた。
「たとえどれほど邪悪なものと戦うためであろうと、憎しみの心で剣を振るえば、その刃は沢山の罪無き人々を巻き込み、最後には自分自身をも傷つけるでしょう。だからルキアン君、決して憎悪に負けないで――そう、自分に負けないでください……」


13 戦いの果て―予言詩の暗示する結末?



 ◇ ◇

 昼なお暗い底無しの樹海。
 目の前を霧が流れていくたびに、妙な震えを感じる。
 異様なまでの静寂の中、霊的な力を帯びた森の気が、ひんやりと肌に絡み付いてくる。
 この世であってこの世でないような、外界全てから隔絶された世界。
 一面に漂う濃い緑の匂いは、肺臓にまで染み渡るかのようだ。

 かき分けるのも困難なほど繁茂した木々の間、忽然と開けた空間があった。
 下草と落葉に埋もれた地面の至るところに、微かな水流が走っている。地表の所々に濡れて光るものも見える。明らかに人の手によって磨かれたであろう、平らな大理石の床面が露出していた。
 虫食い状に並ぶ石碑の群のごときものは、すでに崩壊して久しい壁の跡だ。場所によっては相当な高さでそびえている。
 折り重なって倒れている巨大な石柱。おびただしいツタがその上を覆う。
 散らばる白い石の破片。

 時の止まったような空間の奥に、いくぶん倒壊を免れた壁がぽつんと残っていた。長い年月を経て色褪せた壁画が見える。そこに表現されているのは、意味不明であると同時に、いかにも何かを暗示するかのような様相だ。
 よく似た2人の若い女性が描かれている。
 どちらも真っ直ぐに立ち、胸元で両手を重ね、天上を仰ぎ見ていた。全く同じ格好だが、鏡に写った像のごとく左右反対だった。一方は純白の長衣を身に着けており、太陽を模した紋章を頭上に従える。他方は三日月の紋章を伴い、漆黒の長衣をまとう。
 他にも4人の人物の姿があった。色落ちが激しく、皆、顔つきはおろか性別すら判別し難いが。彼らもまた、それぞれ不可思議な紋章と共に描かれている――燃え盛る炎、サラサラと流れ落ちる砂、水滴、そして竜巻のような渦。
 以上の6人は規則的に並んでいた。よく見ると、消えかかった線で六角形が印されており、その6つの頂点に各人が位置する構図である。
 最初の2人の女が見上げている先には、雲間に漂う人のようなものが居る。その数は4人。翼を持っているわけではないにせよ、どことなく天使を思わせる一群だった。
 さらに上の方にも何か描かれていたようだが、壁面が剥げ落ちているため、もはや確かめることはできない。
 壁画の下に古典語で次のように書かれている。神官か魔道士の手によるものか、あるいは旧世界の人間によるものだろうか。

   最も恐るべき真の敵が、
   我らの手の及ばぬところに居るかもしれぬ。
   それゆえ、恐らく我々の勝利は虚しく、
   むしろ破滅を意味するであろう。

 続きの文章は消えてしまっている。数行下に至って、再び読むことのできる文章が現れた。

   光の……をもつ御子が戒めを解き放つとき、
   御使いたちは星を一所に導き始めるであろう。
   だが人馬は目覚め……たとえ業火がその身を焼き尽くそうとも、
   勝利は一時のものでしかない。
   やがて日は落ち、力を欠いた御使いたちの苦しみが続く。
   痛ましき戦いの果てに、彼らは真の敵の姿に恐怖するであろう。
   そのとき世界は無に帰し、新たな偽りの時代が幕を開ける。
   心せよ。我々の最後の救いは、閉ざされた……の並びにある。
   すなわち……。


14 遠き過去に届け、風の少年の思い



 それ以降の部分、最後の一行は、壁面の風化によって全く判読できない。
 歴史に忘れ去られ、時の止まったような場所。
 この建物がこうしてうち捨てられてから、どれほどの時間が流れたのであろうか。そもそも何のために建てられたのだろうか。

 不意に木々の間を風が吹き抜けた。
 降ってわいたかのごとく、廃墟の中央に何者かが姿を現す。
 淡い空色の髪をもつ、神々しいまでに美しい少年。
 あのテュフォンだ。
 彼が優雅に歩むと、後に続いてそよ風が巻き起こり、周囲の草花を揺らす。その様子は、植物までもが彼の秀麗な姿を讃えているように見える。
「久しぶりだね。また来たよ」
 話す相手など居ないはずなのに、彼は穏やかにつぶやいた。
 声は幼げだが、話し方は落ち着き払っており、ある種の威厳すら感じさせる。
 次の瞬間、テュフォンは奥の壁の手前に立っていた。
 彼は例の壁画に手を触れ、撫でるように指を動かす。
「信じられなかったけれど、本当だった……」
 今まで微かな笑みを浮かべていたテュフォンが、表情を曇らせた。
「あのとき僕たちは負けたんだね。負けたということさえ、僕には分からなかった。目が覚めたら誰も居ないし――地上の何もかもが全く違うものに変わっていて、状況を把握するのにずいぶん時間がかかった」
 彼は壁に頬を寄せ、目を閉じる。
「みんな待っていたんだよ。あなたが絶対に勝つと信じて。いや、確かに勝ったはずだよね。それなのに、どうして?」
 しばし静寂の時が流れた。
 壁に溜まった埃を静かに払い落とすと、テュフォンは元のように柔和な笑みをたたえた。
「悪いことばかりでもないよ。カリオスは前と比べ物にならないくらい、強くなってきたし。今も過去の中で生きているようだけど、そのうち元気になってくれると信じている。もう少し、気が済むまで好きなようにやらせてみるよ。それで、実は僕、楽しみにしているんだ。カリオスがいつ笑顔を取り戻してくれるか……。結構近い将来かもしれないね。僕が手を貸すのは、それからでも十分かな」
 テュフォンは一輪の花を壁に添える。鬱蒼とした森に違和感なく溶け込みそうな、神秘的な青の花だ。
「問題は他のマスターのことだね。特にリューヌの――早く《あなたの代わりのマスター》が見つかればいいのに。でもあなたの代わりになれる人間なんて、どこにも居ないと思う……。じゃあ、また来るから。さよなら、《博士》」
 一陣の風と共に落ち葉が舞い散った。
 気が付いたときには、テュフォンの姿はもうどこにも見当たらない。
 いにしえの遺跡は再び静寂に包まれる。


【第27話に続く】



 ※2001年12月~2002年1月に鏡海庵にて初公開
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『アルフェリオン』まとめ読み―第26話・中編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


5 心の奥で光と同居する、行き場のない闇



 ◇ ◆ ◇

 腹の底まで響く遠吠えとともに、切り裂かれる焔。
 あたかも火炎をまとっているかのごとく、角を持った獅子が姿を現す。爆炎をものともせず、凄まじい形相で猛り狂うキマイロスだ。
 魔法合金の装甲をも噛み砕くその顎には、首だけになったアラノスがくわえられている。牙の間から、鋼の潰れる音がなおも生々しく聞こえてくる。
 一般に魔獣型のアルマ・ヴィオは気が荒いと言われるが、キマイロスは群を抜いて獰猛なのだ。戦いの中でも恐れなど微塵も表さず、むしろ狩りを楽しんでいるようにすらみえる。
 それに比べてカリオス自身は平静だった。
 一流のエクターは、ほとんど無我の境地でアルマ・ヴィオを操る。わずかな空気の動きすら逃さずに映し出す、澄み切った湖面のような心で……。
 が、そんなカリオスの心の鏡に映ったものは、遠くて近い過去の光景だった。
 彼の手の中に残っていた最後の安らぎが、消え去った日のこと。
 その絶望が呼び起した哀しい奇跡――あの少年と出会った日のこと。
 ――償い切れないのは解っている。そんな俺が永久に癒されないことも承知している。しかし、俺がこうして生きている限り……生きて戦い、この世界を少しでも変えていくことができる限り……それは俺たちの勝利だ。そうだろう、キマイロス?
 彼の思いを感じ取り、キマイロスも答えた。
 夜の天上を揺るがし、大地の果てにまで届くような遠吠えで。

 ◇ ◆ ◇

「僕を憎まないの? 僕がもっと早く姿を現していたら、あなたは大切なものを失わずに済んだはずだから」
 穏やかな口調で少年は言った。
 しばらく押し黙った後、カリオスは忌々しげに首を振る。
「気休めなんていらない。何者かは知らないが、神でもあるまいし、思い上がるんじゃない。それに俺が君を恨むのは筋違いだろう。関係ない、君には関係ない。これは俺の問題、いや、戦いなんだ」
「関係、なくはないよ……。いつか分かる」
 少年はいつの間にかカリオスの目の前にいた。時間を飛び越えたかのごとく。あるいはふわりと風に舞うように。
 彼はカリオスの瞳を正面から見据えた。
 全身を何か霊的なものが通り抜けていったような、異様な感覚がカリオスを襲う。
「本当は、あなたの心は闇に満たされている。でもあなたは優しいから、口では何と言おうと、現実には憎しみを誰かにぶつけたりはしない。だから行き場のない闇が、心の中で光と同居している……。その闇を僕にくれればいい。僕はずっと待っていたんだ。あなたのような人を。このアルマ・ヴィオにふさわしい人をね」
 少年はにっこり笑って右手を高々と掲げた。
「戦うんでしょ? だったら、剣をあげる。全てを貫く天の獅子の牙を」
 大気が揺らぎ、にわかに吹き始めた風に木々がざわめく。
 いまだかつて感じたことの無い巨大な魔力のエネルギーに、カリオスは本能的に寒気を覚えた。
 少年の周囲は白熱する光に包まれ、彼の姿はもはや見えない。
 声だけが聞こえた。
「そして鎧をあげる。あなたの心は傷つき、血に染まっているから……。だけど誰もその声に答えてくれないから、苦しいけれど、自分で守るしかないものね。だから鎧をあげる……誰にも傷つけることのできない、あなたにふさわしい無敵の鎧をあげる」
 閃光の渦の中で少年はささやいた。
「目覚めよ、キマイロス。そしてわが主のために戦え。僕はもう少し《外》から眺めていることにする」

 少年の背後で得体の知れない獣の声が轟きわたった。
 突然、大地が裂け、翼を持った巨獣が堂々とした威容を現す。


6 哀しみすら追いつけないほど、高く…



 ◇ ◆ ◇

 無謀な抜け駆けを行ったアラノスを撃墜し、キマイロスは次の獲物に狙いを定めている。操るカリオスとも完全に同調しており、もはやどこにも隙がない。
 残った2機のアラノスは思うように手出しすることができず、遠巻きに周囲を旋回しはじめる。
 ――君たちの動きなど、手に取るように分かる。キマイロスの耳が、目が……風の囁きさえも逃さない。俺自身の感覚として。
 カリオスはキマイロスとの融合に心地良さすら覚えている。
 己の体の一部のように……。
 まるでカリオスのために作られたのではないかと思わせるほどに、完璧という言葉すら超えた一体感。
 あの日の少年の言葉が、さらにカリオスの心に浮かんだ。

   ――翼が欲しいんだね。だったら、大空を鳥よりも速く飛ぶことのでき
  る翼をあげる。哀しみすら追いつけないほど、高く高く飛べる翼をあなた
  にあげる……。

 アラノスの前からキマイロスが《消えた》。いや、そのように見えたのだ。
 ――何!?
 瞬時にして敵の姿が視界から失せ、アラノスの操士は目を疑う。
 一瞬、遥か頭上に影がちらつく。
 さすがに最新鋭機アラノスのエクターだけあって、彼も少なくとも並大抵の腕前ではないのだ。
 キマイロスの機影を察知して鋭くかわす。
 間一髪のところで、アラノスの鼻先をキマイロスが突っ切る。
 しかし、それはカリオスも読んでいた。わざと回避させたのだ。
 地表に激突しそうな速度で降下したキマイロスが、鋭角的に反転して翼を広げた。強靭な山羊の脚があたかも空を蹴るように動く。重々しい機体が意外なほど素早く一回転し、急上昇する。宙を駆け登るかのように。
 さきほどのアラノスを襲うかと見せて、カリオスはもう1機の背後を取った。
 が、アラノスも驚異的な旋回性能を生かし、即座にキマイロスに向き直ると、至近距離からMgSを叩き込む。
 風の精霊界の力によって、大気の渦がキマイロスを取り巻いた。目に見えない刃が無数に襲い掛かる。

   ――鎧をあげる。何者にも傷つけることのできない鎧をあげる……。

 ――無駄だ!!
 カリオスの叫びに呼応して、キマイロスが鋭く吠えた。その声に吹き飛ばされるように、機体を取り巻いていた竜巻は一瞬でかき消される。
 瞬間、付近一帯を膨大な魔力が走る。
 まばゆい光が夜空に満ち、その輝きを宿らせたキマイロスの翼がアラノスを両断する。
 ――強すぎる。こんな恐ろしい奴が本当にいるとは!
 最後の1機が不利を悟って逃げ出したとき、キマイロスの背中のMgSが火を噴いた。
 勿論カリオスが狙いを外すはずはない。敵機は炎の尾を引いて落ちていく。


7 勇者三人! 主人公の出番がピンチ !?



 ――負けられないんだ。俺は常に勝たねばならない。そうすることでしか、俺は、俺は……。

 カリオスは心の中でそう繰り返した後、いつもの平凡な声で念信を送った。
 眼下で戦っているもうひとつの獅子、レオネスに向けて。
 ――久しぶりだな、クロワ。上の敵は私が片付けた。君の腕なら後は簡単だろう。
 反乱軍の部隊と交戦を続けるクロワたち。彼ら皇獅子機装騎士団の活躍により、さしもの強力な重アルマ・ヴィオ《スクラベス》もひとまず撤退を始めている。
 思わぬ相手からの念信に、クロワは声を弾ませた。
 ――カ、カリオス? 久しぶり、もうこっちに着いてたのか!! それより恩にきるぜ。アラノスは速いからな。下から落とすのはまず無理だ。
 ――やはり気づいていたか。さすがだな、クロワ。
 カリオスとクロワ、そしてレーイ・ヴァルハートの3人は、実力を認め合う友であると同時に、競い合うライバルでもあるのだった。
 ――いや、なぁに、上から焼き鳥が落ちてきたから。それで分かったというワケさ。お前じゃあるまいし、背中や頭の上にまで目は付いてねぇよ。
 ――ご謙遜を。じゃあ、またな。どうせすぐ会えるだろう。
 カリオスは静かに応えると、キマイロスの翼を羽ばたかせ、母艦ミンストラへと帰還していく。

 ◇ ◇

 トビーの容体が気がかりで、ルキアンは夜半前に医務室を見舞った。
 困難な手術を――正確には神聖魔法の儀式を――終えたばかりのシャリオが、部屋の隅の机で書類に目を通している。恐らくカルテのようなものだろうか。紙面に並ぶ丁寧で柔らかな文字に、彼女の人柄がよく現れている。
 傍らの書棚には旧世界の書物が詰め込まれていた。古典語で書かれたそれらの文献は、つい先日までシャリオの机の上を埋め尽くしていたのだが、今は彼女も船医としての役目を果たさねばならない。古文書の解読はひとまず後回しというわけだ。
「あ、あの。もう、いいですか?」
 邪魔をしないようにと遠慮しながら、ルキアンは小声で尋ねた。
 彼に手を引かれ、メルカも一緒に入っていく。眠気も手伝ってか、むすっとした顔で彼女は熊のぬいぐるみを抱いていた。
 ――そうだね、いつもはもう寝てる時間だもんね。でも……。
 メルカがこうして不機嫌な顔を見せているのは、ルキアンにとって、ある意味で嬉しいことだった。ネレイの街を発って以来、メルカは虚ろな目でふさぎこんだまま、喜怒哀楽の表情らしきものを持たなかったのだから。
 ――怒ってても泣いててもいい、感情が戻っているのなら。笑顔だって、いつかきっと。
 反応が無いのを知りつつ、ルキアンはメルカの髪を撫でる。夜気を吸い込んだかのように、少しひんやりと冷たい感触だった。
 白衣のフィスカがそっと駆け寄ってくる。本当は彼女も疲れているのだろうが、そんな様子は微塵も見せず、いつもの呑気な口調で言う。
「メールーカーちゃーん、今日はこっちの部屋で一緒に寝ましょうねぇ」
 少しずつではあれ、フィスカには心を許しているのだろう――メルカは黙ってうなずいた。
「ほぉら、お人形がいっぱい。わたしの部屋ですぅ!」
 向こうの方で調子外れなフィスカの声がする。それを耳にしながら、ルキアンはシャリオに一礼した。
「大丈夫。2人とも奥の病室で眠っていますわ。いま、お茶を入れますからね」
「あ、そんな、お構いなく」
「遠慮しないで。ささやかなお礼です。眠気が覚めるものと、眠気を妨げないものと、どちらがいいかしら」
 そう言いながらもハーブの入った小瓶をいくつか開けて、シャリオは手早くポットに湯を注いでいた。


8 理想と犠牲―戦わないこと、戦うこと



 ルキアンは、どちらかと言えば居心地の悪そうな様子で椅子に掛けている。
 彼の気持ちを察してシャリオが告げた。
「あなたも、さぞや辛いことでしょう。でもルキアン君が手早い対応をしてくれたおかげで、トビー君の身体は元通りに回復しそうです。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。いい、香りですね……」
 茶を一口含んだ後、ルキアンは答え難そうに応じる。
 普段よりも妙にがらんとした雰囲気の医務室。
 淡々としたシャリオの声だけが、部屋の空気を静かに揺るがせた。
「自分がギルドの船に乗っている人間だということが――つまりシャノンさんたちの敵だということが明らかになってしまうのも構わず、もしかしたら、ずっと憎まれることになるかもしれないのに、あなたは彼女たちをここに連れて来てくれましたね。誠実で堂々とした振る舞いだと、わたくしは思います」
「いえ、そんな。その……」
 沈鬱な表情のまま、頬を朱に染めるルキアン。
 何とも複雑な顔つきだ。彼は二の句が継げずに口ごもっている。
 ルキアンを褒めるかのようにシャリオは優しくうなずく。だがその微笑みも長くは続かず、彼女は悲しげに目を伏せた。
「ただ、残念ですが――今のシャノンさんたちには、ルキアン君のことを冷静に受け入れるのは難しいと思います。それは分かってあげてください」
「そうですね。僕のことはいいんです。シャノンとトビーが早く元気になってくれさえすれば、僕はそれだけで……」
 以前に朝食を取ったことのある簡素なテーブルに、ルキアンはティーカップを置いた。しばらく黙っていた後、空になった手を握り締める。
 拳が震えた。いかなる心持ちによるものだろうか。
「仕方がなかったなんて、言いたくないのですが――あのとき僕は戦うしかありませんでした。でもどうせ戦うより他になかったのなら、なぜもっと早く戦わなかったのかと後悔しています。そうすればシャノンたちはあんな目に遭わずにすんだかもしれません。なのに、僕の決断が遅かったために……」
「そんなに自分を責めないで。ルキアン君は、最後まで暴力や流血を避けたかったのでしょう? 無闇に力に訴えることは、必ずしも勇敢な行為や正しい行為ではありません」
 大げさに首を振って、ルキアンはシャリオの言葉を遮った。
「でも……。僕、今までの自分の考え方に疑問を感じています。分からなくなってきました。暴力によって争い、血を流し合うことは勿論いけないことです。だけど、どんなときにも最後まで戦いを拒否し続けるとしたら、誰かが犠牲になるのを黙って見過ごさなきゃいけない場合もあるんじゃないかって。ちょうど、僕がシャノンとトビーを守れなかったように」
 ルキアンは自分が声のトーンを上げすぎたことに気づき、慌てて声をひそめる。そしてまた続けた。
「誰かの犠牲に見て見ぬふりをしてでも、それでも戦いは避けられれば避けた方が良いものでしょうか? さらなる争いを招かないために……。理不尽な暴力を野放しにしておくことになっても、それでも非暴力を貫いて穏便に済ます方が正しいんでしょうか? 多少の道理を曲げてでも。だけど、それが本当の《平和》だと言えるのかって、僕には――僕には分からなくなってきたんです。戦うのも戦わないのも、どっちも正しくて、どっちも正しくないような。どうなんでしょう?」


9 紋切り型の善悪観の限界と思考停止?



 カップを手に、しばらく宙の一点を見つめていたシャリオ。
「そうですね、私自身の答えにはならないかもしれませんが……。イリュシオーネの神々は、人間たちが争うことを決して望んではおられません。しかし何の罪もない人が傷つけられ、不当に暴力によって虐げられているにもかかわらず、その横暴を行っている者たちが話し合いには全く耳を貸そうとしないとき、それを放置しておくことが神の御意志にかなうのか? これもまた私には肯定できません。それでは一体どうすれば、どちらを選べば……」
 シャリオは襟を正して言った。
「ルキアン君。この世の中には、単純に是非や善悪の区別が付く選択など、私たちが思っているよりもずっと少ないのではないでしょうか。実際には、《どれも正しいとは言えない選択肢》の中から《よりわずかにしか誤っていない答え》を選ばねばならなかったり、逆に《どれも間違ってはいない選択肢》の中から《より正しそうな答え》を探さなければならない――そのような、判断に困る場面の方がむしろ多いのではないでしょうか」
「そうですね。たぶん僕はそのことを理解していなかったんです。今まで僕の目に映っていた現実は、何て言うのか、もっと紋切り型で、何でも白黒はっきりしているはずの世界だったんです。だから、単純に善悪の区別の付かない選択を迫られたとき、僕の思考はいつもそこで停止してしまっていたんです。もしも自分が間違った答えを選んでしまったら、それが途方もない過ちになるような気がして」
 ルキアンの話しぶりが以前よりも力強くなったことに、シャリオは複雑な思いを感じた。
 声を落としつつも、しっかりとした調子でルキアンは語る。
「でも、さっきクレヴィスさんに言われて目が覚めました。正しい答えを選ぶことができないからといって、それは決断しなくてよい理由にはならないと。無責任だ、って……。そうですよね、僕らが生きていく毎日の中では、正しい答えが分かる場合の方がずっと少ないかも。それなのに、正しい答えが選べない限りは決断しなくて構わないとしたら、僕らはほとんどの場合に自分自身の判断を下すことなく、あやふやな態度でその場をやり過ごしていればよいことになってしまいます。確かに、無責任――いや、僕の今までの生き方は、まさにそうでした。本当のところは、ただ流されてただけ。そのくせ自分が流されているということを認めたくないから、色々と言い訳を考えて、さも慎重に答えを《探している》ような顔をしていました。他人に対しても、自分自身に対しても、ごまかすっていうか、面目をとりつくろうことに躍起になっていました。あんなに弱い心なのに、自意識だけは過剰だというのか」
 赤裸々に己の本心をえぐり出すような独白。
 それが終わって急に恥ずかしくなったのか、ルキアンは頬を紅潮させ、シャリオに背を向ける。そして長いため息の後、振り向いて言った。背筋を伸ばし、懸命に顔を上げて。
「こういう言い方ってイヤですけど、はっきり言えば、要するに甘えてたんですよね……」
 シャリオは敢えて言葉を差しはさまず、少年の語るに任せた。
「平穏な毎日の中では、それでもどうにかやってこれました。だけど、その甘えが極限状態で通用するはずなんてなく、僕の甘えのせいでシャノンたちが犠牲になってしまったんです」
 ルキアンは語り続けた。
 痛々しいほどに、容赦なく、今までの自分にメスを入れていく。
 それでもこうして話を聞いてくれる人間の存在が、ルキアンにとっていかに尊かったか。もちろん、苦しみ迷う者の声に耳を傾けることは、神官としてのシャリオの仕事でもあるのだが。


【続く】



 ※2001年12月~2002年1月に鏡海庵にて初公開
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『アルフェリオン』まとめ読み―第26話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  過ぎ去った日々を――過去を変えることは不可能である。
  だが未来を変えることによって、
  失ったものを取り戻すことはできる。
  人という非力な存在も、
  そうすることで運命という化け物に立ち向かえる。

◇ 第26話 ◇


1 第26話「孤軍」スタートです!



 夜の闇に濛々と立ち込める土煙。
 風に煽られて燃え広がる野火。赤々と空を染めて。
 炎と煙の間から、節くれ立った脚のようなものが伸びてくる。
 途方もない大きさだ。さらにもう1本、また1本……。
 その様子を遠巻きに睨みつつ、じわじわと後退するアルマ・ヴィオの列。議会軍の火力支援型ティグラーの群れである。通常のティグラーとは異なり、沢山の砲身を備えた多連式MgSを背負っている点が特徴的だ。
 ――駄目です、びくともしません!!
 エクターの一人が声を震わせる。
 彼らが強力な魔法弾の雨を降らせたにもかかわらず、爆煙の向こうにいる敵は何のダメージも受けていない。
 鋼の虎たちの警戒するような唸り声。
 突如、巨大な3本角が突き出され、数体のティグラーをひと振りでなぎ払う。凄まじい力で跳ね上げられ、弾き飛ばされ、議会軍の部隊はたちまち総崩れとなる。
 その角に続いて、視界を遮る山のごとき物体が現れた。
 金属的な光沢を放つ赤黒い表面。動く要塞とでも言うべき巨体だが、紛れもなくアルマ・ヴィオに相違ない。
 《スクラベス》――議会陸軍の誇る強力な陸戦型重アルマ・ヴィオだ。カブトムシを模した昆虫型の機体である。
 この特殊なアルマ・ヴィオが配備されている数少ない場所のひとつ、それが《レンゲイルの壁》だった。スクラベスの背後に遠く点々と連なって見える光が、まさにその要塞線である。
 レンゲイル軍団の切り札として、スクラベスはこれまでガノリス軍の侵攻を幾度となく食い止めてきた。だがギヨットが反乱を起こして以来、その力は皮肉にも議会軍に向けられることになってしまった。
 激しい砲火を物ともせず、スクラべスは敵陣地に平然と突き進んでいく。
 重々しい地響き、魔法金属の分厚い外骨格が軋む音。
 ――これ以上戦線を押し戻されてはならん! 第2中隊、前へ!!
 指揮官の命を受けて、白とブルーの汎用型アルマ・ヴィオ、ペゾンが横隊を組む。すらりとしたボディに胸当てを付け、背丈の倍近い長さのMTランスを装備している。軽装で機動性に富む槍兵というところだろうか。
 ――横列密集隊形、敵の進撃に対して構え!!
 方陣から横隊へと移行する各機の動きは、整然としてしかも素早い。
 槍の石突きの部分を地面に突き立て、そのまま腰を落とし、斜めに構えて槍ぶすまを作る。騎馬隊の突撃に対して歩兵が取る構えのひとつである。アルマ・ヴィオによる戦闘も、そのスタイルにおいては人間同士の戦いとさほど変わらない。
 だがスクラべスはペゾンの槍先など恐れることなく、悠々と前進してくる。
 ――駄目です。隊長、支え切れません!!
 ――何て馬力だ。こちらは10機以上なのに押し戻されているぞ!
 必死に立ち向かおうとすればするほど、繰士たちは力の違いを思い知らされるだけだった。


2 皇獅子機装騎士団、決戦の場に到着



 スクラべスが敵の前衛を突破したのを見て取り、背後から反乱軍の部隊が突撃してくる。
 そこにも多数のペゾンの姿があった。同じ機体同士、以前の仲間同士が刃を交えねばならぬという現状を、その光景は露骨なまでに示している。
 反乱軍の機体には敵味方の識別のための旗印が描かれていた。黄色い下地に、オーリウム王国の紋章である孔雀。正規軍・反乱軍ともに祖国の旗を掲げて殺し合うという、悲惨な戦場……。
 敵部隊の激しい攻撃を受け、議会軍はあっけなく敗走し始めた。
 昨晩以来、レンゲイルの壁一帯で同様の事態が繰り返されている。これまで要塞線に立てこもっていた反乱軍だが――《黒いアルマ・ヴィオ》の攻撃により、正規軍の増援部隊が壊滅的な被害を受けたのをきっかけに、にわかに攻勢に転じたのだ。
 知将ギヨットの用兵は巧みであり、配下の部隊も付近の地理を知り尽くしている。反乱軍の神出鬼没の戦法に、《壁》を包囲する議会軍は右往左往し、次第に数を削られていくばかりであった。

 ――もはや引くしかないのか……。
 スクラベスの圧倒的なパワーと敵軍の猛攻の前に、議会軍側の指揮官が断念しかけたそのとき。
 突如として、反乱軍の側面に魔法弾が次々と炸裂した。
 夜気を揺るがすような猛々しい雄叫びが聞こえる。暗闇の向こうから、陸戦型アルマ・ヴィオの群れが物凄い速さで近づいてくる。
 その間、まさに一瞬だった。
 不意を付かれた反乱軍。新手のアルマ・ヴィオが野獣のごとく襲いかかる。
 ――レオネスだ。助かった、皇獅子機装騎士団が来てくれたぞ!!
 ライオンの姿をしたアルマ・ヴィオを見て、議会軍の繰士が歓声を上げた。
 王都近郊を守護する皇獅子機装騎士団は、レンゲイル軍団と並んで議会陸軍最強の部隊だ。名にし負う獅子の軍勢は怒涛のごとく敵方を打ち倒していく。
 中でも見事な活躍を見せるレオネスが1体。
 疾風さながらの速さで敵陣に突入し、その鋭い爪を振るい、輝く光の牙――MTファングを突き立てる。獅子というよりはむしろ豹を思わせる俊敏な動き。敵のMgSをひらりと回避し、寸分たがわぬ反撃によって瞬時に仕留めてしまう。
 だがそのレオネスは決して敵にとどめを刺さなかった。神業ともいえる腕前で相手の脚や武器のみを破壊し、戦闘不能に陥れている。
 ――お前ら、いい加減に目を覚ませ! どうして同じオーリウム人のオレたちが、争い合わなきゃいけないんだ!?
 反乱軍の繰士たちに向かって、レオネスのエクターは熱く叫んだ。
 ――オレたちの本当の敵は帝国軍だろ? なぜ分かろうとしない!?
 そう。あの噂のレオネス使い、クロワ・ギャリオンの声だった。
 ――勝手なことを! わが王国を連合軍と心中させるつもりか? オーリウムは帝国と共に生き残るのだ!!
 クロワの言葉に耳を傾けることなく、敵方のペゾンが突きかかる。
 レオネスは背中のMgSを素早く放つと、ペゾンの槍を弾き飛ばす。
 自らの槍が宙を舞うのを敵エクターが目にしたとき、すでにレオネスの牙は彼の機体に喰らい付いていた。
 ――ば、馬鹿な!?
 一瞬にして崩れ落ちるペゾン。


3 緑翠の孤剣



 クロワのレオネスの姿を、はるか上空から捉えている者があった。
 反乱軍の飛行型アルマ・ヴィオが彼を狙っていたのだ。鷲をモデルにした最新鋭の機体、アラノスである。元々は対飛行型用の要撃タイプだが、その鋭い鉤爪は陸戦型アルマ・ヴィオにとっても脅威となる。
 ――まんまと誘き出されたな。しかもレオネスの群れとは大した獲物じゃないか。
 アラノスのエクターがほくそ笑む。
 他にも同じくアラノスが2機。ちなみに飛行型の場合、基本的に3機で一個小隊となる。
 地上では向かうところ敵無しのレオネスだが、陸戦型アルマ・ヴィオの常として、空からの攻撃には苦戦を強いられる。クロワたちを狙って猛禽たちが今まさに急降下しようとする。
 が……。降ってわいたかのごとく、アラノスの行く手を黒い影が遮った。
 アラノスは並みの飛行型など足元にも及ばぬ速さを誇る。にもかかわらず、黒い影は軽々と追いつき、抜き去ったのである。
 レオネスと同様、それは獅子の咆哮を轟かせた。
 《鳥》ではない。《獣》だ。
 大空を舞うための翼。それと併せて、空に生きる物には無いはずの4本の脚。
 しかし獅子でもない。頭部には鋭い2本の角。
 長い尾は蛇のごとく鎌首をもたげ――否、舌をちらつかせるそれは、本物の蛇だ。
 その異様な姿を目の当たりにして、アラノスの繰士たちは背筋を凍らせた。
 イリュシオーネの人々にとって、夜というのは《人の時間》ではなく《魔が支配する時間》に他ならない。漆黒の夜空に浮かんだ異形の影は、パラミシオンからさ迷い出た妖魔であろうか。
 いや、アラノスの乗り手が震え上がったのは、もっと別の理由による。目の前の相手が仮に異界の妖魔ならば、まだましだったろう。
 エクターにとって遥かに恐ろしい存在。
 反乱軍の繰士たちは戦慄した。
 ――まさかあれが、魔獣キマイロスなのか?
 ――ギルド最強の繰士。《緑翠の孤剣》カリオス……。
 3機のアラノスが威嚇するように鳴く。明らかに怯えていた。アルマ・ヴィオも生き物である。キマイロスの放つ凄まじい重圧感に、アラノスの群れは本能的に生命の危険を感じているのだ。
 ――分かっているのなら、話は早い。貴君たちの相手はこの私です。
 そう伝えたのは意外なほどに平凡な声だった。
 最強のエクター、カリオス。果たしてどんな荒々しい声が聞こえてくるのか、あるいはどれほど不気味な声なのかと恐れていた敵は、思わず耳を疑っている。
 拍子抜けしたのか、相手のエクターたちはわずかに勇気を取り戻した。
 ――いくらヤツが強いといっても、ここは空の上だ。飛行型でもないアルマ・ヴィオがアラノスに勝てるわけがない。
 ――そ、そうだ。こっちは3機だ。一斉にかかれば。
 アラノスが1機、突然、抜け駆けしてキマイロスに襲い掛かった。
 ――こいつを倒せば昇進も褒賞も……。もしかしたら勲章モノだぜ!!

 刹那、夜空を染めてかき消える炎。爆発。そして飛び散る破片。


4 風の記憶―悲劇とパラディーヴァ



 ◇ ◆ ◇

「もう、失うものが無くなってしまったね……」
 《彼》は哀しい夢を見るような目でつぶやいた。
 金の縁取りをあしらった純白の長衣と、その上に羽織った淡い水色のクロークが、そよそよと風に揺れている。
 涙……。霞の向こうに立つ不思議な少年を、カリオスは呆然と見つめた。
「僕を呼んだね? はじめまして、僕の名は《テュフォン》」
 見知らぬ少年。そして不可解な言葉。
 だがカリオスは地面に両膝を付き、絶望に身を震わせるのみ。
 彼に同情するように、少年は恭しく一礼する。その恐ろしいほどの崇高さたるや、神の御前に立つ天の使徒を思わせる。
「あなたは僕を見ても驚かないんだ。それとも驚く気力すらない、ということなのか……」
 少年からは、奇妙なことに人間の匂いが全く感じられない。一種の不気味さすら覚えるほど、超然として神々しかった。
 彼の周りには微かな風が渦を巻いている。風の精――だろうか? 中性的な外見は、どことなく精霊の類を髣髴とさせる。
 その揺れる髪は、宵はじめの空のごとき、どこまでも透き通った淡い空の色。
「どうする? あとひとつだけ残っているものも捨ててしまえば、いますぐ苦しみから解放されるよ」
 桜色の唇は、少年の外貌よりもずっと幼い声をもらす。そんな罪の無い声とは裏腹に、彼は冷酷な台詞を平気で口にした。
「そうすれば、悲しみのない国で家族が暖かく迎えてくれるのに。もう、十分頑張ったじゃない。誰も責めたりなんかしないさ」
 カリオスは拳を大地に叩き付ける。血のにじむ手を握り締め、彼は独り言のように吐き捨てた。
「馬鹿なことを。俺はあきらめない。生き続ける、たとえ憎しみを糧にしてでも……。そうしなければ、みんなの気持ちが全て無駄になる!!」
「聞こえてるんだね。だったら、ちゃんと返事をしてほしいな……。最初から分かってる。もし自分の生や未来への執着を捨て去っていたなら、あなたの声は僕に届かなかっただろうから」
 物憂げに目を細める少年。
 カリオスは徐々に我に返っていく。だが、表情を失ったままの彼の顔には、なおも涙が伝う。
「君は……何者だ?」
 黒目がちの少年は、不意に無邪気に微笑む。
「変わった人だね、今頃驚くなんて。さぁ、何だと思う? 案外、天使かもしれないよ。考えようによっては悪魔かな……。でも、どちらでも構わないよね? あなたの力になれるのなら」
 すべてを超越したような落ち着きの中に、どこかあどけなさの抜けきらぬ、子供じみた気色が時おり見え隠れする。
 それでいて永劫の時を生きた仙人を思わせる、深い理知に溢れた漆黒の瞳。

 《古の契約》――そんな言葉が聞こえたような気がした。


【続く】



 ※2001年12月~2002年1月に鏡海庵にて初公開
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