鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
第58話(その1)ふたつのはじまり
| 目次 | これまでのあらすじ | 登場人物 | 鏡海亭について |
|物語の前史 | プロローグ |
歴代の皇帝の治世が続くうち、レマリアの社会は爛熟し、
やがては熟し過ぎた果実が腐ってゆくのと同様、人心は荒廃していった。
レマリアの民は旧世界人の過ちを忘れ、
異民族を支配しながら怠惰と悦楽に浸り続けた。
このミトーニア、当時の言葉でいえばミソネイアに住むレマリア人たちも、
安逸な日々の中で退屈しのぎの娯楽ばかりを求めていたらしい。
そしてレマリア帝国も崩壊し、前新陽暦の時代も終わった。
ここに残る苔むした瓦礫の山から、ミトーニアの人々は何を学んだのか。
そう、何を。
やがては熟し過ぎた果実が腐ってゆくのと同様、人心は荒廃していった。
レマリアの民は旧世界人の過ちを忘れ、
異民族を支配しながら怠惰と悦楽に浸り続けた。
このミトーニア、当時の言葉でいえばミソネイアに住むレマリア人たちも、
安逸な日々の中で退屈しのぎの娯楽ばかりを求めていたらしい。
そしてレマリア帝国も崩壊し、前新陽暦の時代も終わった。
ここに残る苔むした瓦礫の山から、ミトーニアの人々は何を学んだのか。
そう、何を。
シェフィーア・リルガ・デン・フレデリキア
(ミルファーン王国「灰の旅団」機装騎士)
(ミルファーン王国「灰の旅団」機装騎士)
1.ふたつのはじまり
「こうしていると、思った以上に体が冷えていきますね。まだ冬を忘れられないラプルス山脈からの凍てついた風が、遮るものの無い中央平原を吹き抜け……」
その声すらも強風にかき消されそうになりながら、大揺れに揺れる白いフードごと、頭を手で押さえつつ、それでもシャリオ・ディ・メルクールは目を細めて穏やかに笑った。
「あらあら……」
「悪ぃ、シャリオ先生。もうしばらく中で待ってた方がよかったな」
隣に立っていたベルセアが壁役のように前に歩み出て、彼女に戻るよう促す。議会軍の占領下に入ったナッソス城を遠巻きにして、荒野の只中に白き翼と船体を休ませる飛空艦クレドール。その艦底付近に開いた乗降口にて、先ほどから二人はタラップの前で誰かを待っている。
「ありがとう、ベルセアさん。でも大丈夫です。予定の時刻はもうすぐですし、その方、時間には正確な人なのでしょう?」
彼女のまとった、白地に青の文様と金の縁取りの神官服は、そのゆったりとした形状や、通常よりもひらひらと長い、敢えていえば金魚の鰭のような袖や裾のために、この地方名物の強風に好き勝手に弄ばれている。フードを両手で押さえれば袖を巻き上げられ、思わず手を離せばフードは引きちぎられそうな勢いで頭から脱げ、一気に弾けるように黒髪が広がり、飛び去る速さで後方へと引っ張られた。
「嫌ですわ。困ります……」
今度は衣の裾を膝上まで煽られ、シャリオは慌てて前を押さえる。
「お戯れが過ぎますこと、西風の神は」
苦笑いしながら彼女の言葉に頷くと、ベルセアは、風に乱れ輝く金色の長髪を指でかき上げた。そして申し訳なさそうに告げる。
「本当は、俺かメイがミトーニアまで乗せていければよかったんだが、俺らは、もうすぐ作戦の打ち合わせがあって。ルキアンは《家出》中、バーンはアルマ・ヴィオにまだ乗れる状態じゃないし、汎用型の機体もう1体とエクターもう1人、どこかから回してくれないかな。ルティーニが何とか手配してくれるといいんだけど」
彼は、吹きすさぶ風の中でもはっきりと聞こえそうな、深い溜息をついた。
「誰か至急に先生をミトーニアまで送って、なおかつ今回は極秘任務だから、口が堅くて信用のおけるヤツで、こんな混乱した状況、万一の時には用心棒にもなるヤツ。そんな便利な、都合のいい人間って……。いや、いるには、いるんだけど。で、実際、頼んだわけだが、アイツに」
もはや会話というより、愚痴か独り言かよく分からなくなってきたベルセア。そんな彼の目が、不意に平原の彼方を鋭く見つめた。陸戦型のアルマ・ヴィオ乗りに相応しい、地平の向こうまで見通しそうなベルセアに対して、どちらかといえば目の良くないシャリオには、最初は何が起こったのか把握できなかった。
周囲の強風をも抜き去らんばかりの勢いで、何かがクレドールに急接近してくる。はじめは小さな赤い点のようにしか見えなかったが、次第に大きくなり、じきにそれは視界の中で獣の影となり、たちまち、犬のような、いや、もっと猛々しく精悍な狼の姿を取った。オーリウム王国はもちろん、イリュシオーネ各国で正規軍から民間のエクター、果ては野盗に至るまで幅広く使われている陸戦型アルマ・ヴィオ、その名称程度であれば神官のシャリオでも知っている。
「《リュコス》……ピンクの……個性的な色ですね。では、あれが例の人の?」
そう言ってシャリオが眺めている間にも、その機体は、瞬間移動かと唸りたくなるほど直線距離を一気に詰めたかと思えば、まるで弧を描いて雪の上を滑るように、土煙を舞い上げながら急カーブを切り、なおも高速でクレドールに向かってくる。
「そう、色は派手だけど、あれで動きは相当なものだろ? ピンク・赤・白のリュコス。あれに乗っているのが《弾速の運び屋》こと、セレスタ・エクライル」
「セレスタ、さん? 女性のエクターなのですね」
「そうだよ。俺の妹分みたいな、いや、家族、かな。俺が孤児で神殿の施設の出身だって、先生は知ってるだろ。そこの施設で、ガキの頃からずっと一緒だった。だからあいつのことは、良いところも悪いところも何でも知ってる。その上で俺が言うんだから」
ベルセアは目を閉じ、おもむろに頷いた。
「あいつは絶対裏切らない。信用できると」
「素敵ですね。でも、よく分かりますわ。わたくしにも、その、妹分と申しましょうか、神殿で修行中の頃、姉妹のように共に過ごした子がいましたから」
そう言ってシャリオは、遠く北の方角を、王都エルハインに続く空に目をやった。いま都に漂う暗雲を意識しながら。
――ルヴィーナ、元気にしているかしら。最近の王宮をめぐっては、良くない噂を色々と耳にします。
エルハインの王宮でレミア王女の教育係をしている元神官、ルヴィーナ・ディ・ラッソのことを彼女は思い起こすのだった。
二人の間で多少の雑談が交わされている間にも、鮮烈な桃色の鋼の狼は、すでにクレドールの前に到着していた。この戦時にアルマ・ヴィオが全速で接近してきてもクレドールの側からは特に警戒するような行動が見られなかったのは、たとえば付近一帯を監視している《鏡手》のヴェンデイルは勿論、艦のクルーたちが、この機体と乗り手のことをよく知っているからなのだろう。
リュコスが地面に腹ばいに身を伏せると、続いて背中のハッチが開き、中から飛び降りるように、身軽に女性のエクターが降りてくる。愛機と同じピンク色に染めた髪は、頭の左右でそれぞれ1本ずつに結ばれている。そのおかげで、風に吹き散らかされるようなことはあまり無かった。代わりに茶色い革のコートを緩やかにそよがせながら、彼女はタラップを上がってくる。
旧世界の遺品であろうか、何か得体の知れない装置を思わせる大きなゴーグルを被っていた彼女が、それを額にずり上げた。
「ちゃら~っす! ベルセア兄貴、おひさっすね」
少し低めの、いくぶん枯れた声で、気の抜けるような調子で彼女は挨拶する。
ベルセアは慣れた様子で気にも留めず、手を振っている。シャリオは呆気にとられたような顔つきで、ベルセアを真似てひとまず手を振ってみた。
――か、軽い……ですわね。この人が、そんなに凄腕の運び屋さん?
「お手紙1通から飛空艇まで、ご家族へのプレゼントからマル秘の機密文書まで、何でも運びます。確実・迅速。安心のエクター・ギルドとハンター・ギルドの正会員、怪しい者ではございません」
ピンク髪の女は、そう言いながらシャリオたちの前を横切った。そして続ける。
「ノリは軽いが、口は堅い。お客様の秘密は絶対に守ります。しかもお安くなってます」
最後に彼女は、シャリオに向かって仰々しくお辞儀をした。
「今後ともごひいきに。私は運び屋のセレスタっす。あなたがシャリオ様っすね?」
「は、はい……その、わたくしです。神官をしておりますが、今はクレドールの船医、シャリオ・ディ・メルクールです。よろしくお願いします」
何やら調子が狂う感じで、シャリオはセレスタに手を差し伸べ、握手をした。セレスタの方は特に気にするでもなく、お仕事用の笑みを浮かべている。
「よろしくっす。この局面、しかもギルド本部からの特命なので、重大な任務だということは分かるっすよ。シャリオ様、ミト―ニア神殿への往復と現地での護衛、すべて私にお任せを」
そう言われても、まだどことなく不安そうなシャリオに向けて、ベルセアが大丈夫だというふうに何度も頷く。
「シャリオ先生。こう見えてセレスタは頼りになるよ。何でも相談すればいい。こいつは、物分かりは結構いいし、細かいことは気にしないから、気楽に側に置いて問題ない」
「は、はい……。頼もしい、ことですわ」
そしてセレスタに先導されてタラップを降りてゆくシャリオの姿を、彼女が心配そうに度々振り返る様子を、ベルセアは引きつった笑顔で見送るのだった。
◇
シャリオがミトーニアに向かってから1時間ほど後、クレドールに新たな訪問者があった。艦内の薄暗い廊下に、背の高い男性の影がひとつ、それに比べると小柄な女性の影がひとつ、いずれも固い靴音を響かせて、こちらに近づいてくるのが見える。
「これがギルドの飛空艦……。中の雰囲気というのか、基本的な内装の感じが、私の知っている軍のいずれの船とも違いますね」
おそらく三十代くらいの女性であろう。彼女は声を抑えて告げる。それでも、艦内の静粛な空間に、落ち着いた低めの声は思った以上に伝わっていく。
たとえ儀式魔術によって生成された人工物ではあれ、飛空艦というのは、アルマ・ヴィオと同じく《生体》であり、外部の装甲をのぞけば大方は有機物の塊だ。アルマ・ヴィオが主として旧世界の《星の民・イルファー》の魔術の産物であるのに対し、たしかに飛空艦が、イルファーの魔術と《人類(フーモ)》の科学との融合によるものではあれ。それでもやはり、飛空艦の《体内》は、旧世界の時代にフーモが使っていた艦船の内部に比べると、格段に静かだった。動力機関の振動や機械の作動音のようなものは、ほとんど感じられない。
議会軍の制服、それも佐官であると分かる衣装をまとった女性は、一見、淡々と進みながらも、見慣れない内装の数々に興味深げに視線を走らせていた。ごく緩やかに波打った焦げ茶色の髪、体形も背丈も平凡ではあれ、真面目で清潔感があり、一定の信頼を置けそうな人物に思われた。
その隣を歩くのは、肩まで届く銀髪が印象的な四十代くらいの騎士、いや、昔日の騎士の風格を漂わせた軍人、制服の見た目からしてかなり上級の将校のようである。
「私もギルドの飛空艦に立ち入るのは初めてだが、おそらく旧世界の船体を修理、改造して用いているのだろう。現世界の技術と設計思想に基づいて造られた議会軍の艦とは、たしかに勝手が違う」
いわゆる《旧世界風》の様式にあふれた周囲を――たとえば何の装飾もない簡素な壁面や、その上を剥き出しで走る大小様々な管、所々に明かりが見える他にはただ真っ白で平らなだけの天井を――眺めながら、彼は答える。
もし、これが現世界の飛空艦、特に外見的な華美さにこだわる国王軍のそれであれば、艦内の壁は単色ではなく白地に黄金色の厚塗りによる装飾、あるいは絢爛な壁紙、手の込んだ化粧漆喰の意匠などで溢れかえっていることだろう。
「エレイン。旧世界由来の船、戦力も相当なものと思われる。この艦を含め、たった3隻のギルド側が、中小国の軍事力にも匹敵するナッソス公の艦隊を正面から打ち破ったのだから」
エレインと呼ばれた副官は、複雑な面持ちで彼の方を見上げた。
「たしかに。船の性能もさることながら、人の面からみてもギルドの力は恐るべきです。艦長のカルダイン・バーシュは、かつての革命戦争の際に、空の《海賊》……いや、失礼、《私掠船》仕込みの奇襲戦法でタロス共和国の大艦隊を翻弄し、恐れられた男ですが、彼にとってはナッソスとの戦いなど、奇襲を使う必要さえなかったということですね」
彼らが艦内の格納庫から階段を上がり、そこから今の廊下を経て少し進んだ先、薄明りのもと、前方で恭しく一礼する人影が見えた。
「お待ちしておりました。マクスロウ・ジューラ少将」
サンゴ色の鮮やかなヴェストの上に茶色の長いクロークを羽織った声の主は、小さめだが分厚いツーポイントの眼鏡の奥で笑みを浮かべる。
――魔道士? そうすると、彼が……。
銀髪の男は歩みを速め、クロークの男の手を取った。
「貴殿が、クレヴィス・マックスビューラー副長ですね。お会いできて光栄です」
「私も、お噂はかねがね、承っておりました。議会軍少佐、エレイン・コーサイスです」
今回のナッソス家討伐戦にあたってギルドの支援を取り付けた立役者である、議会軍の情報将校マクスロウ・ジューラと、その補佐にあたるエレイン・コーサイスは、次なる作戦に向け、ギルドの遠征部隊の総指揮を取るカルダイン艦長と非公式の会談に訪れたのであった。
【続く】
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