鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
第58話(その2)湿原に消えた「王の道」
| 目次 | これまでのあらすじ | 登場人物 | 鏡海亭について |
|物語の前史 | プロローグ |
2.湿原に消えた「王の道」
エクター・ギルドとナッソス公爵軍との戦いに決着がつき、ミトーニア市にも一応の平穏が帰ってきた。この間、ギルドのアルマ・ヴィオ部隊による包囲を耐え抜いた、他都市よりも格段に大規模な市壁の中には、レマリア帝国時代以来の精巧な石造りの建造物が立ち並ぶ。この千古の商都ミトーニアの中心部に位置し、市内を縦横に伸びる大路小路が交錯する広場、すなわち同市や周辺地域からの特産品・日用品を扱う「市場(マルクト)」としても賑わっている石畳の四角い「中央広場」に面し、市庁舎とともにミトーニア神殿が建つ。
古くは《前新陽暦時代》、レマリア帝国の治世の頃から《麗しのミソネイア》として名高い、富裕な商業都市ミトーニアには、しばしば王都以上にあらゆる物が揃っており、国内外から商機を求めて様々な人間も集まってくる。そのため、街の人々は大抵の珍しいことには慣れっこである。だが、そんなミトーニア市民たちも、いま広場で起こっている一件に対しては、歩みを止めて何事かと見入っていた。誇り高き自治都市として、しかも政治的立場や民族の違いなどを超えた自由な商取引の場を守るため、議会軍や国王軍も含めて一定以上の重武装をした者の進入を原則禁止としてきたミトーニアだったが、先日の武装解除・開城後、反乱軍やナッソス軍残党からの反撃に備えてギルドのアルマ・ヴィオが市内に出入りするようになり、今もこうして目の前に陸戦型アルマ・ヴィオ、こともあろうに派手なピンク色の《リュコス》が乗り付けてきているのであった。
「悪目立ち、してしまいましたか。秘密の任務ではあるのですけれど……」
リュコスから降りたシャリオは、周囲の市民たちの反応を気にしながら目を配る。ただ、大神官という立場柄、多数の人前に身を置くことには慣れているため、外見的には彼女は平然とした様子であった。
「神官が神殿に来なくて、いったい誰が来るっていうんですか。おかしくもなんともないっすよ、シャリオ様!」
彼女の隣でささやくのは、ショッキングピンクの長髪のセレスタである。その鮮烈な姿は、周囲の視線の多くを否が応にも集めている。
「まぁ、確かにそうですわね。今の状況なら、ギルドのエクターが警護をしてきたというのも、あり得る話ですし。ただ、それにしても、あなたの……」
シャリオは、セレスタの頭頂から足先まで改めて眺め、溜息をついている。例の髪はもちろん、頭に引っ掛けた大きなゴーグルは、この《現世界》では珍しい《旧世界》風のアイテムであり、《ジャンク・ハンター》関係者以外の普通の市民が目にしたら、その見慣れぬ様子に思わず首を傾げるだろう。さらにセレスタは、敢えて胸が強調されるような、わざと窮屈なサイズのシャツを着ているかと思えば、これまた《旧世界風》の見慣れないショートパンツを履いて、まだ寒気も残る春の風に素脚を晒している。
イリュシオーネの女性のファッションとして、丈の長短にかかわらずズボン・パンツの類は基本的に選択肢にはなく(日常の衣装としてではなく、軍人やエクターの女性が仕事上の都合から履くことはあるにしても)、男性の場合も、短いブリーチズなどを履く際、タイツを身につけるのが普通であるから、いずれにしてもセレスタのようにショートパンツに素の脚で歩き回る者は、滅多に居ない。そんな独特の衣装の上に、ポケットの多い軍用のような革コートを羽織ったセレスタの姿は、エクターやハンターなどのいわゆる《冒険者》が好みそうなスタイルである。とにかく、周囲の都市市民たちの出で立ちと対比すると、二重にも三重にも浮いた格好だ。
「私がたくさん目立つ分、シャリオ様が目立たなくなるから、これもなんというか、作戦っすよ!」
そう言いつつ、セレスタは遠巻きに眺める人々に手を振って、愛嬌を振りまいている。いささかアピール過剰ではあれ、溌溂として健康的な彼女の魅力に、街の人々はまんざら嫌でもなさそうだった。そんな彼女の様子を見ているうちに、何となく気恥しくなって歩みを速めたシャリオ。セレスタが小走りで後から着いていく。
その先、優美な尖塔を備えた白い石造りのミトーニア神殿が、二人の前にそびえ立つ。入口のところで三人の神官が待っており、真ん中にいた白髪頭の神官が、シャリオの姿を認めると恭しく一礼して近づいてくる。
「これはこれは、ディ・メルクール大神官。このように大変な折に当神殿にお越しいただきまして、ありがとうございます」
温和な微笑みとともに挨拶をしたのは、ミトーニア神殿の主任神官、リュッツだった。先日、同市が戦火を免れるよう尽くした彼の功績を、シャリオがルキアンから聞くことは残念ながらもはや無かったが。
「こちらこそ、急なお願いでお騒がせして申し訳ありません。あなたが、ベルナール・リュッツ殿ですね。わたくしは、いまは俗世にまみれた気楽な立場ゆえ、巷の流儀のようにシャリオとお呼びください」
「では失礼申し上げて、シャリオ様。さっそく中にご案内いたしましょう。それから、従者の、エクターの方……でしょうか?」
怪訝そうに、あるいは若干迷惑そうな眼差しで見た主任神官に対し、セレスタは頭をかきながら、大口を開けて笑っている。子供のように無邪気な笑顔を見せていたかと思うと、彼女は広場の群衆に背を向け、不意に真顔に変わり、声を抑えてリュッツに告げる。
「初めまして、神官様。エクター・ギルド本部の命により派遣されたセレスタ・エクライルっす。私のことは、シャリオ様を守る剣が一本置いてあるだけだと思って、気にしないでください。で、先に言っておくっすよ。神殿でのこれからのこと、私は何も見なかったし、何も聞かなかったっすから」
一見すると脳天気そうな風貌にもかかわらず、極秘任務を帯びた《運び屋》としてそれなりの振る舞いを取るセレスタに対し、リュッツも幾分は安心したのか、わずかに表情を緩めるのだった。
◇
「いやぁ〜、これはまた、《地下迷宮(ダンジョン)》みたいで面白いっすね。もしかして、以前は本当に地下墓地とか秘密の地下道だったとか?」
ランプを手に案内するリュッツと最後に着いてくるシャリオとの間に立ちながら、セレスタは周囲を忙しそうに見回している。神殿図書館の奥にある文書館、そのまた地下に降りた区画を三人は歩いていた。ここには、レマリア時代からミトーニアに伝わる文書や絵図が保管されている。
「かつての《地下墓地(カタコンベ)》は別なところにありますが、実際、ここも含めて、中央広場一帯に広がる地下施設の多くは秘密の場所だったのですよ、レマリアの時代にはね」
さしたる感慨も伴わず、リュッツは周囲の壁や天井を曖昧に指し示した。
「レマリアの皇帝の中には、宗教一般を弾圧した暴君もいました。この地のミソア教……ミソネイアという街の名前の起源でもあるミソア神への信仰も……激しい迫害を受けました。さらにもう一度、今の《神殿》の教えが国教になった後、異教とされたミソア教が迫害の対象となったこともあります。そういったとき、ミソア神を信仰する人々は、地下に隠れて礼拝を続けました。現在、この神殿や隣の市庁舎はレマリア時代の遺跡の跡に建てられていますが、その遺跡の地下には、こうしてミソア教徒の隠し通路があったのです」
「そんな場所に、レマリア時代の文書が保管されているのですか。何と申しましょうか、皮肉なものですわね」
シャリオはそう言って、続きの言葉は心の中でつぶやいた。
――そういう曰く付きの地下書庫に、ですか。レマリアの文書が《貴重》だからここに秘蔵されているというよりも、むしろ《秘密》にしておきたいからここに隠されているようにも思えてきますね。もっとも、それは当然のことでしょうか。《旧世界》はもちろん、《前新陽暦時代》のレマリアのことも含め、《新陽暦》の時代が始まるよりも以前の歴史は民に知らしめるべきではない、という《神殿》の基本姿勢を考えれば。
ただ、リュッツがどのような思想の持ち主かまだ分からない以上、シャリオはそんな思いを安易に口に出すことはしなかった。下手に《旧世界》や《前新陽暦時代》に関する私見を明らかにすると、融通の効かない堅物の神官が相手だった場合、異端の疑いを持たれることさえあるのだから。何くわぬ顔で最後尾を歩いていくシャリオ。
「レマリア帝政期後半頃の地図、できれば現在の中央平原からガノリスとの国境付近の街道が詳しく記載されているもの、でしたな。あるとしたら、恐らくは……このあたりです」
リュッツがランプを掲げ、左右に連なる書類棚の一角に灯りを向けた。
「では早速、拝見してよろしいでしょうか」
そう尋ねつつ、すでにシャリオはレマリアの貴重な史料を閲覧する気満々で、作業用の白い布手袋に指を通し始めている。
「えぇ。御存分に、シャリオ様。いや、ところで、その……エクターの方」
遅れて返事をしたリュッツは、棚の間を行ったり来たりしているセレスタの振る舞いが気になるようだ。部外者が無造作に文書を手に取ったがために、それが収められるべき所定の位置が分からなくなったり、文書同士の重ねられている順番が無自覚に入れ替えられたりすると、史料の管理上、後で面倒なことになる場合もある。何より、細かいことには適当そうなセレスタは、古びた文書にたちまち折り目をつけてしまったり、破いてしまったりしかねない印象だ。
だが、セレスタ自身には躊躇する様子がない。彼女はわざとらしく微笑んで、リュッツにささやくのだった。
「あは? 私っすか? 心配ご無用、神官様。私、今は《運び屋》稼業ばかりやってますけど、元々は、ハンター・ギルド所属のれっきとした《ジャンク・ハンター》なんで。つまり旧世界やレマリアのお宝を扱うのも私の商売っす。心得てますよ」
いつの間にか、セレスタはシャリオと同じような手袋を自前で用意しており、旧世界の古典語に似たレマリアの言語で書かれた文書を、しかも判読し難い癖のある手書きで記されているそれを、普通に読んでいる――ように見える。
「あなた、セレスタさん……レマリアの言葉が読めるのですか?」
意表を突かれたような面持ちで、シャリオがセレスタの様子に注目した。
「多少。でも、大方は我流っすよ。だからシャリオ様のような専門的な理解は無理だけど、書いてある文面をそのまま読む程度なら……。ま、ハンターは学者じゃないんで、私の仕事にはそんな感じで大体差し支えないかな。それで、街道図、街道図……。これは違うっすね。こっちは、《王の道》の周辺の?」
――ベルセアさんが褒めるのも分かる気がします。今日の調査にも思わぬ助力になってくれそうです。わたくし、彼女を見た目だけで判断してしまっていたようですね。まだまだ修行が足りませんわ。
てきぱきと文書を閲覧していくセレスタに、シャリオは目を閉じ、おもむろに首を振って笑った。
「《王の道》というのは、今では王国中部から王都エルハインにつながる幹線の街道ですから、そこでいう《王》とは、オーリウム国王のことを意味すると誤解されがちです。しかし実際には、エルハインの街が開けるよりも遥か前、レマリアの時代から《王の道》は使われています。つまり《王》というのは本来はレマリア皇帝のことです。《皇帝の道》というわけですね」
シャリオはセレスタの隣に寄り添うと、彼女の手にしている古地図を指して語り続ける。
「それで、レマリアの《王の道》は、現在のガノリス王国からヴェダン川を渡ってオーリウム王国に至り、当時はまだ小さな町に過ぎなかったエルハインの近くを通ってさらに北に抜けます。かつては、ガノリスもオーリウムもレマリアの一部に過ぎませんでしたから、両者の間に国境は無かったのです。いずれもレマリア人の支配下にあった、彼らのいう《蛮族》のガノル族の住むガノリスの地と、同じくオレアム族の住むオーリウムの地と、どちらも帝国の辺境でした」
話に熱の入ってきたシャリオが、無意識にセレスタに体を寄せてくるので、彼女は書棚とシャリオの間に挟まって窮屈そうだ。苦笑いしているセレスタのことなどほとんど顧みず、なおもシャリオは語り続けた。
「ちなみに現在の王都《エルハイン》の語源は、古オーリウム語、つまりはオレアム族の《エルター・ハイム》という言葉だといいます。オレアムの言葉に即していえば、それは《時を経た家》という意味なのだそうです。歴代の族長の館が置かれた場所、と申しましょうか。そしてレマリア帝国の滅亡後、ガノリスとオーリウムは別々の王国として独立し、ガノリスの度重なる侵攻を防ぐためにオーリウムは国境のヴェダン川沿いに防塁を築きました。それが《軍神レンゲイル》の壁の起源。この《壁》は、歴史の経過とともに次第に増強され、遂には要塞線となって、両国を結んでいたかつての《王の道》は完全に分断されました。《王の道》のうち、《壁》の近辺を通っていた部分はいつしか湿地に覆われ、人々の記憶から忘れ去られていきました」
シャリオが小難しい話をさらに続けようとしていたとき、セレスタはお手上げだという様子を身振りで表現し、呑気な声で告げた。
「へぇ〜。よく分かんないっすけど、ちなみに《レンゲイルの壁》って、どんなところにあるか知ってるっすか? あのグチョグチョでドロドロな湿地帯に囲まれてるんすよ。あんなところに、ずっと昔はレマリアの大きな街道が通っていて、ガノリスまで行けた……。なんか、急には信じられないかも」
「えぇ、信じられないかもしれません。それでも、レマリアの時代、戦時には多数のアルマ・ヴィオが行軍できるような、それほどの規模で整備された《王の道》があそこにあったのです。今はもう沼地に埋もれてしまっていますが……。おそらく、《レンゲイルの壁》を取り囲む現在の湿原は、レマリア滅亡後に、大河ヴェダン川の度重なる氾濫によって出来上がったものかと思います」
セレスタは、意味ありげに頷きながら、シャリオの話を聞いている。そして答えた。
「で、沼地に埋もれたその昔の街道を調べろと、そういう任務なわけっすね。《レンゲイルの壁》攻略に必要な作戦だと思うんすけど、これ、クレヴィスさんあたりの発案っすか。それとも、こういうこと詳しい人といえば、ひょっとして、ルティーニさんとか?」
「え、えぇ。クレドールの内情も、よくご存じなのですね。たしかに、まぁ……大筋では、そういう、ことです」
細かい点については言葉を濁したシャリオだったが、ここで彼女たちがレマリア時代の古地図から得た情報が、後々、《レンゲイルの壁》をめぐる攻防において重要な役割を果たすことになる。
【続く】
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