未来社会を構想するユメ(1)

以前に何度かとりあげた斎藤幸平氏の「資本論」関連の書があるが、今回もこのテーマ関連のことについて。
今回読んだのは、これまでの論述を踏まえ、コミュニズムがダメだとか不可能だなんて誰が言った? と問いかけ、その答えを提起している。その書は「ゼロからの『資本論』」という新書(NHK出版新書)だ。

カール・マルクスは周知のように「資本主義社会は歴史必然的に次の社会、すなわち共産主義社会に発展する」という思想を、彼の代表的な書である「資本論」で展開した。この第1巻が出版されたのは1867年。日本でいえば江戸時代最後の年だ。20世紀になって、この書の理念に導かれて、ロシア革命が、そして第二次大戦後中国革命、そして多くの社会主義の国が誕生した。そして資本主義国家内でもこの思想を基本にした反体制の運動が展開されてきた。私もまた積極的に関わった60年安保、70年安保の闘争や各種の社会運動も、どこかに日本社会の未来は紆余曲折があっても、資本主義から社会主義に、そしてさらに「共産主義」の社会に発展的に進むだろう。この共産主義は、一部の金持ちが世の中を動かし、大多数がそのもとで搾取され虐げられる仕組みは一掃され真に自由平等が保障されるはずだ、という理念が底流にあった。

しかし20世紀末、そして21世紀になるとそういう動きは逆に小さくなり、また国際的にも先進的だとある時期までは評価されてきたソ連や中国など、ヘタしたら資本主義よりも悪いのでは、とすら思われるようになった。また事実そういう事態が次から次にと眼前に展開されてきた。

「マルクスが称えた歴史の発展は幻想だったのか」という気持ちがかつての良識派に生まれ、現在は知られているように、政治への無関心、あるいは保守回帰現象が見られる。いわゆる革新勢力なるもの(かつて社会党を名乗り、そして今も共産党をすすめている)も、政治的主導権をとるだろう、という予想は誰もができる状況ではない。

しかし環境問題の深刻化、気候変動の進行は、斎藤氏は「いまこそ」『資本論』に立ち返るべきだ」という。そしてこうも言う。
「ソ連や中国の社会主義に対して、人々が否定的なのは、民主主義の欠如。共産党の一党独裁がしかれ、それが深刻な被害をもたらしている」と。ソ連のスターリン時代、中国の文化大革命の時期の悲劇などを見たとき、民主主義なき一党独裁に、目指すべき未来社会の姿はない」と。
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