来し方、行く末に思いを続けて…
日記 … Kametarou Blog
“草食系”で何が悪い?
NHKの「日本の、これから」6日の特集である。新聞の告知欄によると、次のようになっていた。
“草食系”で何が悪い 出世・ブランド・恋愛に興味なし … 急増中!無欲な若者
この国の将来は大丈夫なのか?
都合で後半しか見ることができなかったが、少々考えさせられた。「草食系」というのは女もいるのだろうが、どうも男の若者へのラベリングのようである(これは私の感想)。
「草食系」というのは、この番組を見た限りでいえば、異性(女性)への関心あまりなし、何かに向かって努力する必要性も意欲もなし、将来への夢とか希望とかなし、せいぜい10日先のくらし程度への気持ち、あるのは自分の好みの世界を今日楽しく生きること、というような意味らしい。
どうして将来への希望とか人との交わりとか、外への自分の広がりなどを持とうとしないのか、という問いに対して、そういうことは考えてもしようがない、今は昔のような時代とは違う、人との交わりを求めないといっても毎日ケータイやパソコンでネットの世界を行き来しているのだから人との交わりは非難する大人以上にうやっている、というような反論や気持ちの表明があった。
中国や韓国その他近隣諸国の若者たちはぎらぎらした眼で野心を秘めていると報道されていた。こういう草食系が増えたら将来どうなるのだろう。それは番組制作者だけでなく私たちも気になる。
しかし草食系というのはだいたい親などが自分の当面の暮らしをサポートしてくれている、あるいはまずは食うことはできる収入は今はある、というような人らしい。食えなくなったら「生活保護でも」という気持ちがあるのだろうか(これは放映されてはいなかったようだが)、私たちが若かったころには自分の力で生きる道を見つけなければならない、という切迫してものがあった。大なり小なりそういう「使命感」「責任感」があったのではないか。あるいは、将来今よりもカネもちになる、とかいい女性を妻にする、とか偉くなって威張りたいとか、時には「オレをバカにしたあいつをいつか見返したい」とか、希望とリベンジの思想があった。何よりも食っていかなければならなかった。
草食系で何が悪い?と言われると、若干の草食系男子があっても悪くもないし、それも自由で親のすねかじりができる人は自由だ、と思うのだが(社会的な背景が深くあることはこの際おいておいて)、社会全体(日本全体)の将来には困ったことになる。これを草食系に言っても始まらない。「われわれには関わりがない」と言われるだろう。草食系人間は自分以外の社会や未来に対して無責任だと言ったら言い過ぎなのだろうか。
恋愛(異性)にも関心がないというのは、子どもなど産んで育てる、などということは問題外ということになる。しかし性欲減退なのだからどうにもならない。男が男でなくなりつつあるのか?
若者だけでなく、どこに行っても最近は女性が活躍している。それとこれとは話が別?
教育の面でも、社会的な活動の面でも、政治の面でも考えるべきテーマは大きい。
今日のニュースで「普天間の問題なんて多くの人は雲の上の問題になっている」と発言した与党の幹部がいて、同党の地方議員から厳しく指弾されていた。こういうリーダーや、「私の発言は党の公約ではない」という党首がいたり、「責任」という意識などあるのだろうか、と思わせられる事態があるのだから、一部の若者の草食性を批判するのも一面的なのかも知れない、とも思った。何か気持ちが滅入る事が展開される。
わが学園の若者諸兄姉には草食系はいない(!)
“草食系”で何が悪い 出世・ブランド・恋愛に興味なし … 急増中!無欲な若者
この国の将来は大丈夫なのか?
都合で後半しか見ることができなかったが、少々考えさせられた。「草食系」というのは女もいるのだろうが、どうも男の若者へのラベリングのようである(これは私の感想)。
「草食系」というのは、この番組を見た限りでいえば、異性(女性)への関心あまりなし、何かに向かって努力する必要性も意欲もなし、将来への夢とか希望とかなし、せいぜい10日先のくらし程度への気持ち、あるのは自分の好みの世界を今日楽しく生きること、というような意味らしい。
どうして将来への希望とか人との交わりとか、外への自分の広がりなどを持とうとしないのか、という問いに対して、そういうことは考えてもしようがない、今は昔のような時代とは違う、人との交わりを求めないといっても毎日ケータイやパソコンでネットの世界を行き来しているのだから人との交わりは非難する大人以上にうやっている、というような反論や気持ちの表明があった。
中国や韓国その他近隣諸国の若者たちはぎらぎらした眼で野心を秘めていると報道されていた。こういう草食系が増えたら将来どうなるのだろう。それは番組制作者だけでなく私たちも気になる。
しかし草食系というのはだいたい親などが自分の当面の暮らしをサポートしてくれている、あるいはまずは食うことはできる収入は今はある、というような人らしい。食えなくなったら「生活保護でも」という気持ちがあるのだろうか(これは放映されてはいなかったようだが)、私たちが若かったころには自分の力で生きる道を見つけなければならない、という切迫してものがあった。大なり小なりそういう「使命感」「責任感」があったのではないか。あるいは、将来今よりもカネもちになる、とかいい女性を妻にする、とか偉くなって威張りたいとか、時には「オレをバカにしたあいつをいつか見返したい」とか、希望とリベンジの思想があった。何よりも食っていかなければならなかった。
草食系で何が悪い?と言われると、若干の草食系男子があっても悪くもないし、それも自由で親のすねかじりができる人は自由だ、と思うのだが(社会的な背景が深くあることはこの際おいておいて)、社会全体(日本全体)の将来には困ったことになる。これを草食系に言っても始まらない。「われわれには関わりがない」と言われるだろう。草食系人間は自分以外の社会や未来に対して無責任だと言ったら言い過ぎなのだろうか。
恋愛(異性)にも関心がないというのは、子どもなど産んで育てる、などということは問題外ということになる。しかし性欲減退なのだからどうにもならない。男が男でなくなりつつあるのか?
若者だけでなく、どこに行っても最近は女性が活躍している。それとこれとは話が別?
教育の面でも、社会的な活動の面でも、政治の面でも考えるべきテーマは大きい。
今日のニュースで「普天間の問題なんて多くの人は雲の上の問題になっている」と発言した与党の幹部がいて、同党の地方議員から厳しく指弾されていた。こういうリーダーや、「私の発言は党の公約ではない」という党首がいたり、「責任」という意識などあるのだろうか、と思わせられる事態があるのだから、一部の若者の草食性を批判するのも一面的なのかも知れない、とも思った。何か気持ちが滅入る事が展開される。
わが学園の若者諸兄姉には草食系はいない(!)
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