かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

私の貧乏旅行

2019-08-27 19:02:26 | ブログ記事

今回の私の貧乏旅行を心配するコメントをいただいた。

そうですよね。この歳になって夜行バスを利用して旅行するなんて。

でも、貧乏旅行は楽しいですよ。

この貧乏旅行は、亡くなった私の畏友、村形明子さんを見習っているところもあります。

彼女も好奇心の旺盛な人でしたから、年中あちこち旅行されていました。

が、いくら肩書は京大名誉教授という立派なものであっても、

国家公務員でしたから恩給にも限りがありました。

それで彼女もよく夜行バスとか利用していました。

泊るところも、学生の利用するゲストハウスなども利用していました。

肩書を知れば、人は丁重に扱ってくれますが、

実際は、そんなに豪勢な旅はできません。

自費での旅行は切り詰めたものでした。

その代わり、年中旅行していられたのです。

特に、ご両親の亡くなられた春先になると、

家でじっといられなくなると言われていました。

それは私にもよくわかります。

私も昨年母を亡くしてから、

家にじっとしていられなくて、あちこち行きまくっています。

旅に出ると母に会えるような気がするのです。

長距離バスに乗っているとき、

遠い地のホテルに泊まっているとき、

などに母と一緒にいるような気持ちになれるのです。

飛行機や新幹線を使う旅行より、

貧乏旅行こそ、そういう気持ちに浸れるのです。

そうそう、読者のハイジさんの娘さんが見つけてくれた村形さんのご学友の白象さんも、

そのblogを拝見していると、よくご旅行なさいます。

これは、やはり村形さんと同じく、

人一倍好奇心が旺盛ということであられるのでしょうか。

さすが学者さんであられるから、

そのblogの記事も高尚な視点で書かれたものが多く、

私などは大いに学ばせていただいていますが、

年老いても、学びの心を失わないところなど、

村形さんとそっくりと思いながら読ませていただいています。

村形さん亡きあと、

村形さんを偲べるものは何でもいいから読ませていただきたく思っている私です。

思い出せば、

黒幕子さんのお世話されている会にも村形さんに講演をお願いしたことがありましたね。

しかし、学者然とした村形さんの講演は少し硬すぎましたか?

その節には、黒幕子さんにもお世話になりました。

 

 

★肩書はすごかりけれども贅沢な旅せず質素でありし歌友

★好奇心衰へるなく晩年も愛媛高知と旅して死にき

★入院をして死ぬまでの短さよ二週間前メールをくれて

★教へ子が振り向き見れば死にてゐしほどにその死はあつけなかりし

★来週が三回忌なりまだ暑き九月五日が命日なりき

★旅好きでありし学者の真似をしてよく旅をするわれになりしか

★旅すれば母と村形明子さん思ひ出すなりホテルの部屋で

★旅好きでありし私の母の旅やはり貧乏旅でありしか

★贅沢な旅をするよりたくさんの旅することを母も選びて

★貧乏な旅をしながら供養せむ母と歌友なりし学者を


帰宅しました

2019-08-27 12:01:34 | ブログ記事

昨夜、仙台を7時40分発の高速バスに乗って、

今朝、午前7時頃、大阪に着きました。

京都を出発した24日(土)は、まだまだ暑かったのでしたが、

今朝は暑くなかったです。

帰宅して夫に聞くと、

関西は雨が多かったそうですね。

出発前に屋内に干していった洗濯物がすっきり乾いていませんでした。

帰宅そうそう、また洗濯しました。

今日は外干ししましたが、また夕方から雨が降るそうですね。

梅雨みたいですね。

岩手県では最初の25日(日)のみ夕方すこし降りましたが、

あとは雨知らずで快適な旅でした。

やはり私は晴れ女のようです。

私は今朝8時頃帰宅したのですが、夫は玄関に迎えにも出てきてくれませんでした。

いないのかと思うと、食堂に座っていました。

どうしたのかと聞くと「眠い」と。

私は留守中に夫が食べるものを冷蔵庫に入れていったのですが、

あまり食べていませんでした。

私がいなかったから?

それとも夏バテかしら。

いつも私に「もっと出かけよ」という夫ですが、

やはり私がいないと調子が狂うのでしょうか。

私がいるから安心して、夫は、あちこち出歩けるのかもしれません。

そんなことは本人は言わないのですけどね。

私は強行軍の旅の割には疲れていません。

が、これから疲れが出るかもしれませんね。

それにしても、

私達の年代になったら、やはりツアーに参加したほうが楽でしょうね。

自分で時間を調べながら行くのは旅の大きな楽しみですが、

大変なことも確かです。

下調べはしてあっても、

乗り物も乗り場も、その都度確かめなければいけませんし。

私は、出かける前は歌をいっぱい作ろうと思っていたのでしたが、

道中、いろんな予定外のことが起きたので、それどころじゃありませんでした。

ツアーだったら、ただ従いていくだけなので、歌作りに熱中することもできますが・・・。

でも、いろいろあったから、地元の方々のお世話にもなれたし、

旅で観たこと触れたことが、全て自分の身に付くような気もします。

今回は、リアス鉄道全線乗車のつもりで行ったのでしたが、

昨日も書いたように、北半分しか乗車できなかったから、

またリベンジを果たさなければなりません。

乗り換えのバスの時間を調べてくださった三陸鉄道宮古駅の駅長さんと思しき方にも、

「また来てください」と言われましたから、また行きます。

次回は夫と一緒に行くかな。

夫は前から平泉の金色堂とかを見たいと言っていますから、

次回は三陸鉄道の南半分と平泉などに行く計画を立てようと思います。

そのためには最低2泊はしないといけませんね。

1泊だけでは慌ただしすぎます。

三陸鉄道乗車リベンジは、すぐになるか、またずっと先になるか、乞うご期待。(笑)

 

★歌つくる暇(いとま)もあらず帰宅せりただ乗り物に乗るだけ乗りて

★熟年の夫婦の多き団体に紛れて熟女ひとり旅せり

★まだ夫ゐる身にあれど一人旅ひとりでゐるが好きであるから

★ひとりなら人に気兼ねの要らざれば独りで歩き独りで食べる