無味乾燥な

つまらぬ話でございます

年始にあたり

2018-01-02 17:46:26 | 日記
あけましておめでとうございます。

「年始にあたり」と題したものの、別に何に当選したわけではなく、
逆に、年の初めから謝罪の電話をした。
叔母が亡くなって、喪中ハガキがきていたのもかかわらず、従兄弟に年賀状を出してしまったからである。情けない話である。仕事納めの翌日に、一度にまとめてやるからいけないのだと判っている。電話に出た奥方は、「そのためにわざわざ・・・」と笑ってくれたが、心底トホホである。
『ものの』とか『かかわらず』とか『ながら』を使うときは、ろくでもないことである。今年は、自分のことではあまり使わなくて済むようにしたいものである。

年末、黒澤明の映画が一挙にテレビでやってくれたので、はじめてまともに観た。
ずっとやっていたので、それをずっと観ているわけにもいかないので、『用心棒』と『椿三十郎』、そして『七人の侍』は録画して、昨日観た。
医者の本やんが、三船敏郎に喋り方も外見も似ていることに気づいた。ひょっとすると真似ているのか、とも思ったが、それほど器用な人ではないからそうではないだろう。まして映画の役のような破天荒では全くないから、最終的に吾輩の勘違いということにしておこう。
吾輩としては、映像的に『椿三十郎』が好みである。話としても海音寺潮五郎の話を基にしているからおもしろい。『用心棒』も劣らぬ。亡父がよく観ていたように思うが、一緒に見ることはなかった。今更ながら残念に思う。(使ってしまった。)
『七人の侍』は、志村喬が実に格好いい。厳しい顔と笑った時の顔そして射る姿勢の良さ。名優である。
話としては、一言では申し訳ないが、自分にとって何の得にもならないことでも命を賭して一所懸命にやる、これがいい。打算的な生き方を見聞きすることがやたらと多くなった今、何ともいい話である。

年末年始と随分とテレビにお世話になった。
体が鈍ったように感じたので、今日は青葉城まで散歩した。

北の門付近は、日当たりが悪く、雪が残っていて、スニーカーでは滑って歩きにくかったが何とか辿り着いた。
いつものとおりずんだ団子を一串食いながら、戌年だというのに、巽櫓に興味を持つ。広瀬川が蛇行するのがよく見えて、当時ならば田畑が広がり、太平洋を望めるところであって、風景としてこれを楽しんだのだろうと思う。
仙台は、これからも勝手に大きくなるだろう。吾輩は、暫し別のところで・・・、と考えた。