のっぽの男の3月から始まった釣り雑誌の仕事はとても大変です。
その仕事は、いつ原稿が入って来るかわからないのです。
それでもその仕事が入ってくると、すぐに取りかかってしまわなければならいので、
近頃では、小さな教会の日曜日のミサに与ることも、あまり出来ないほどです・・。
それは、ついこの間の週末もそうでした。
のっぽの男は、仕事の予定表を見ながら、
「あ~、今度の日曜も教会へは行けないなあ。」と、
ため息ばかりをついていました。
ところが、土曜日になってからのこと・・。
明日のミサはあきらめようと決めていたのっぽの男は、
どういうわけだか、なんだか落ち着かない気持ちになって来ました。
「明日、教会で何かがある!明日のミサには行かなくちゃならない!」と、
そう思えて仕方がないのです。
それはまるで神様が、のっぽの男の胸の中のどこかで、
「明日は教会へ行きなさい。良い気づきが有りますよ。」と、
そう言っているようにも思えました。
仕事の予定は心配でしたが、もうそんなことはすべて神様にお任せして、
明日は思い切って教会へ行こう!とそう決めると、
外の雨音を聞きながら、のっぽの男は寝床ににつきました。
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日曜日の朝、
一晩中降っていた雨も止み、小さな教会はいつもと変わりなく、
たくさんの人達の笑顔でいっぱいです。
そんな皆の様子を見ながら、ただ、のっぽの男だけは、
今日、いったい何が起きるのだろう?と、少しドキドキした気持ちで
お御堂の中へ入りました。
やがて神父様が現われ、静かにミサは始まります。
ミサはいつもと同じように進められ、そして何も変わったこともなく、
喜びと感謝のうちに、いつもと同じように終わりました。
のっぽの男は、
「おかしいな?結局いつもと同じじゃないか。変わったことと言ったら、
神父様のお説教がいつもより少し長かったくらいのことだ。」と、
そうつぶやきながら教会を出ました。
そして、その時です!
教会の門の前を歩く、二人連れの少年の姿が目に入り、
のっぽの男は、アッ!と声を上げ驚きました!
その二人の少年たちは、去年まで、のっぽの男の家のすぐ近くに住んでいたのに、
ある日突然のように何処かに引っ越して行ってしまってた兄弟たちだったからです!
今では二人とも中学生になったその兄弟は、小学生の頃、
「女の子が一人じゃ危ないから。」と、のっぽの男の娘といつも一緒に
学校へ行ってくれていました。
二人とも小さい頃から魚釣りが大好きで、夏になるとのっぽの男と娘は、この兄弟と
一緒に海へ釣りに行ったり、バーベキューをしたりして、家族のように過ごしました。
のっぽの男は、この兄弟がどこでどうしているのかと、
ずっと気になっていたのです・・。
「やあ!久しぶり!」
のっぽの男は駆け寄り、二人にあいさつをしました。
二人ともびっくりしたような顔をしましたが、すぐに照れ笑いを浮かべ、
「こんにちは!今から部活動の練習に行くところです。」と答えました。
のっぽの男は、せっかくこうして二人に出会えたのに、思ったように言葉が見つからず、
「そうだ!釣りしてる?」とだけ聞きました。
二人は顔を見合わせにっこり笑うと、「ハイ!」と元気に返事をしました。
「よし!じゃあ夏休みになったら、また一緒に行こう!」
のっぽの男は二人の連絡先を聞き、肩を並べて仲良く歩いていく姿を見送ります。
「○○○ちゃんによろしく!」
お兄さんの方が途中で振り返り、のっぽの男の娘によろしくと、
笑顔で手を振ってくれたのでした・・。
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その日の午後。
のっぽの男の携帯電話に、学園寮にいる中学生の娘から電話がありました。
「お父さん、久しぶり~!」
「うん、そうだね。久しぶり!」
「今日は父の日だからね・・父の日、おめでとう!」
「あ~、そうか、今日は父の日か。うんうん、ありがとう!」
のっぽの男は、そのあと教会の前で、あの兄弟に偶然出会えたこと、
そして夏休みが来たら、皆で一緒に釣りに行く約束をしたことなどを娘に話しました。
娘はとても喜び、「楽しみだね!」と、言いました。
電話を切ると、突然のっぽの男は、「あっ!」と声をあげました。
あの兄弟たちの両親のことが急に思い出されたからです。
二人のお父さんとお母さんは、今年になってすぐに離婚してしまってました..。
お母さんが子供たちを連れて、突然、家を出て行ってしまったのは、
そのすぐあとの出来事だったのです・・。
「そうか、今日は父の日だったんだ・・。
あの子たちに釣りを教えてくれたのも、彼らのお父さんだったな・・。」
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6月の雨が、また激しく窓をたたきます。
その雨を窓ガラス越しに睨みながら、
「早く夏休みが来るといいな・・。」と、
のっぽの男は、一人静かに、そうつぶやきました。
~おしまい・・。
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