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戦後の教育は、結果としてどうだったのか?
戦後生まれの自分を振り返って見ると、大きな流れに気づく。
1.団塊世代より上の世代は、”戦後の教育”を受けて育ったつもりでも、そのと きの大人(親、先生、戦後の三等重役・経営者、政治家)たちは 戦前の遺伝子を持ち、それぞれ自分の中で新しい教育を試行錯誤で消化していたはずだ、ということ。戦後生まれの自分にも旧制高校への憧れもあった。
2.それは明治以来の伝統の上に、個人の尊厳/自由の尊重という民主主義教育がヒューマニズムを補う意味で、有効なものであったはず。
(伝統と革新、大きな絶対と小さい個人のバランス?)
3.しかし、今や大人たちのほとんどは、戦前を知らず(書物を通じても)、それ を直接伝えてくれる親も持たない世代、借り物の民主的教育(?)のゆがみがいじめ、ニートなどに顕著になってくる。
4.バランスを欠いた戦後の教育理念と体制の中で、たっぷりと個人主義、自由主 義を享受して育った大人たちの時代になっている、という現状をしっかりと認識しなくてはいけない。
その上で、「改正教育基本法」を理解しょうとしたが、大きな欠落部分を感じる。
戦前の伝統:(絶対的なもの)天皇制・・・⇔・・・畏れ(西洋のキリスト教)
(良き文化・伝統)家族主義、公共精神などからの徳目、富国強兵に基づく創業精神・・・⇔・・・人格(西洋の啓蒙思想:ヒューマニズム)
教育勅語には、この「絶対的なもの」⇔「個人的な徳目」が均衡していたように思えるが、どうだろう?(西洋に対応して、天皇制を築いたという説もあるようだ)
個人⇒ 家庭⇒ 地域⇒ 国家(天皇)というつながりで、具体的に、、日常的に、しかも普遍的に表現されている。
「改正教育基本法」の大きな欠落部分:
国民の”心を一にする”思想、国の形、価値観そういったものがないこと。
(グローバリゼーションの波への対応で精一杯)
(参考)
《教育勅語》 M23.10.30制定→教育基本法(1947.3.31制定)の翌年6.19廃止
朕 惟フニ 我カ皇祖皇宗 國ヲ肇ムルコト 宏遠ニ ヲ樹ツルコト 深厚ナリ
我カ 臣民 克ク忠ニ 克ク孝ニ 億兆心ヲ一ニシテ 世世 厥ノ美ヲ 濟セルハ
此レ 我カ國體ノ 精華ニシテ 教育ノ 淵源 亦 實ニ 此ニ 存ス
博愛 衆ニ 及ホシ 學ヲ修メ 業ヲ習ヒ 以テ 智能ヲ啓發シ 器ヲ 成就シ
進テ 公益ヲ廣メ 世務ヲ開キ 常ニ 國憲ヲ重シ 國法ニ遵ヒ
一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ 以テ 天壤無窮ノ 皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ 獨リ 朕カ 忠良ノ臣民タルノミナラス
又 以テ 爾 祖先ノ遺風ヲ 顯彰スルニ 足ラン
斯ノ道ハ 實ニ 我カ 皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ 子孫 臣民ノ 倶ニ 遵守スヘキ所
之ヲ 古今ニ通シテ 謬ラス 之ヲ 中外ニ 施シテ 悖ラス
朕 爾 臣民ト倶ニ 拳々服膺シテ 咸 其ヲ 一ニセンコトヲ 庶 幾フ
明治二十三年十月三十日
御 名 御 璽
ギョメイギョジ
戦後生まれの自分を振り返って見ると、大きな流れに気づく。
1.団塊世代より上の世代は、”戦後の教育”を受けて育ったつもりでも、そのと きの大人(親、先生、戦後の三等重役・経営者、政治家)たちは 戦前の遺伝子を持ち、それぞれ自分の中で新しい教育を試行錯誤で消化していたはずだ、ということ。戦後生まれの自分にも旧制高校への憧れもあった。
2.それは明治以来の伝統の上に、個人の尊厳/自由の尊重という民主主義教育がヒューマニズムを補う意味で、有効なものであったはず。
(伝統と革新、大きな絶対と小さい個人のバランス?)
3.しかし、今や大人たちのほとんどは、戦前を知らず(書物を通じても)、それ を直接伝えてくれる親も持たない世代、借り物の民主的教育(?)のゆがみがいじめ、ニートなどに顕著になってくる。
4.バランスを欠いた戦後の教育理念と体制の中で、たっぷりと個人主義、自由主 義を享受して育った大人たちの時代になっている、という現状をしっかりと認識しなくてはいけない。
その上で、「改正教育基本法」を理解しょうとしたが、大きな欠落部分を感じる。
戦前の伝統:(絶対的なもの)天皇制・・・⇔・・・畏れ(西洋のキリスト教)
(良き文化・伝統)家族主義、公共精神などからの徳目、富国強兵に基づく創業精神・・・⇔・・・人格(西洋の啓蒙思想:ヒューマニズム)
教育勅語には、この「絶対的なもの」⇔「個人的な徳目」が均衡していたように思えるが、どうだろう?(西洋に対応して、天皇制を築いたという説もあるようだ)
個人⇒ 家庭⇒ 地域⇒ 国家(天皇)というつながりで、具体的に、、日常的に、しかも普遍的に表現されている。
「改正教育基本法」の大きな欠落部分:
国民の”心を一にする”思想、国の形、価値観そういったものがないこと。
(グローバリゼーションの波への対応で精一杯)
(参考)
《教育勅語》 M23.10.30制定→教育基本法(1947.3.31制定)の翌年6.19廃止
朕 惟フニ 我カ皇祖皇宗 國ヲ肇ムルコト 宏遠ニ ヲ樹ツルコト 深厚ナリ
我カ 臣民 克ク忠ニ 克ク孝ニ 億兆心ヲ一ニシテ 世世 厥ノ美ヲ 濟セルハ
此レ 我カ國體ノ 精華ニシテ 教育ノ 淵源 亦 實ニ 此ニ 存ス
博愛 衆ニ 及ホシ 學ヲ修メ 業ヲ習ヒ 以テ 智能ヲ啓發シ 器ヲ 成就シ
進テ 公益ヲ廣メ 世務ヲ開キ 常ニ 國憲ヲ重シ 國法ニ遵ヒ
一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ 以テ 天壤無窮ノ 皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ 獨リ 朕カ 忠良ノ臣民タルノミナラス
又 以テ 爾 祖先ノ遺風ヲ 顯彰スルニ 足ラン
斯ノ道ハ 實ニ 我カ 皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ 子孫 臣民ノ 倶ニ 遵守スヘキ所
之ヲ 古今ニ通シテ 謬ラス 之ヲ 中外ニ 施シテ 悖ラス
朕 爾 臣民ト倶ニ 拳々服膺シテ 咸 其ヲ 一ニセンコトヲ 庶 幾フ
明治二十三年十月三十日
御 名 御 璽
ギョメイギョジ
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