ご隠居さん:自我や世間の枠にとらわれず、社会の潤滑油となりたいものです。 AI時代は 人間らしい自由な発想がカッコいい

年を重ね、経験を積むにつれ、その時々の思いも変わっていく。その足跡を残しておくために

正義の話をしよう

2010年10月23日 | 私生活 雑感
先日のTVで偶然、話題のマイケル・サンデル教授(ハーバード大:政治哲学)の授業を観ることができた。
”ハーバード白熱教室”と銘打って、マスコミで取り上げられ、「これから正義の話をしよう」は30万部を超えベストセラー。
東大:安田講堂に期待して集まった東大生を相手に、命題を投げかける。

「イチロー14億の年収、オバマ大統領数千万円、これは正義か?」
日頃、イチロー、おおすごいなぁ、やっぱり大リーガーの年収はそんなもんなんだな!
オバマがいくらの年収か、だいぶ貰っているんだろうな。
他人事として、その程度しか考えない。
上段に構えて、公開授業の場で指名された東大生は、必死に自論を引き出そうと、
2,3人は英語で、1,2人は日本語で答える。
「イチローは、自分だけの実力で、世界何10億もの人々に感動を与えるから当然。
否、やはり税金で広く還元すべきだ」
「オバマの年収は、核のボタンを手にしている責任の割に少ない。
否、大統領は何万人もの役人の上にいて、決めるだけだからそんなもんだろう」
「稼いだお金は、人間の美意識、良心に従って自ら還元すべきだ」
etc.etc.
単なる細切れの話題としてざぁっ!と考えないで、社会制度、宗教、人生観などに関連付けて、日常の問題を考えてみること。
これこそ、哲学すること、そいうことを実感させてくれる。
自分の中に潜んでいる漠然としたものを掘り起こし、改めて”自分”を確認できる。
それと同時に、普遍的な考えに照らす機会となる。
サンデル教授は、彼らの答えをつなげ、その場で前の回答者に問い返す。
「○○、君は最大多数の人に幸せを与えていると言うんだね。
△△、君は税金ではなく、人間の自由な意思を尊重すると言うんだね」

日本名を覚えていることにも感心するが、当意即妙な質問力と焦点をまとめるダイナミックなやりとり
は芸術的で一流の職人とさえ思える。
思い→言葉→行動というパフォマンスは、少々、訓練してもできることではない。
源は、考え抜かれた思いが、すなわち哲学であり、知性を愛することであろう。
教授は、「哲学は日常生活に存在する」がモットーとか。知を愛すること=哲学。

彼の授業は、ソクラテス型授業:双方向の対話とも言われる。
日本の大学でも、ケータイを活用した授業もあるらしい。

彼は、命題に対する答えとして、次の3つを提示している。
①ベンサム(英:功利主義哲学者)の最大多数の最大幸福
②カント(独:哲学者)の自由な選択の尊重
③アリストテレス(古代ギリシャ)の何が美徳か?それを培うことが正義

学生たちの意見に対して、彼はこのような普遍的学説を結び付けてくれた。
きっと、この後、回答者は他の反対意見や教授の解説を心に刻み、それぞれの意見の未熟さに気付くことだろう。
そして、ずっと未解決の課題として、人生のいろんな場面で思い出し、思いを深めていくに違いない。

日本でも、似たような人材育成を行った人がいる。
吉田松陰:享年30歳で死去したが27歳から開いた松下村塾での討論テーマの一つ。
「清国が欧米列強の植民地になったのか。
日本は、これからどうすべきか。
自分ならどう動くか。
それは、世のため人のためになるのか。」

松陰は、塾生がいろいろと議論を出しつくしたのを見て、今日はこれまで!
門下生が「先生のご意見は如何?」と問いただしても明快には答えず。
結論を出せば、皆が考えなくなる。
そもそも正解なんかあるはずがない、ずっと考え抜き、アタタメ(問題意識と気づき)の期間が必要。
そのプロセスが人を育てる、という方針だったという。
そういった教育が、高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文、山県有朋などそうそうたる明治の改革者を生み出した。

これは心理学で、ゼイガニック効果と言われる。(ソ連の心理学者ゼイガニック)
イギリスのサッチャー教育相(後の首相)が来日の際、
教育とは?に即答「忘れた後に何が残るかです」もこれに通じるように思う。

それにしても、正義と言う硬いテーマを日常の問題として考えさせた意味は大きい。











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