男山から下山して八幡市駅から京都方面へ1駅、淀駅で下車しました。競馬の趣味もないので、この駅で降りるのも初めてです。
現在、このあたりが高架工事中で風景もなんとなく落ち着きがありません。
学生の頃、日本史できっと勉強したはずなのですが、ここにお城があったなんてことはとんと忘れておりました(初めから知らなかったのかも)。桂川、宇治川、木津川が合流するのは今はもう少し下流ですが、淀城の頃はちょうどこの淀のあたりが合流地点だったらしい。なるほど、四方に見晴らしがよくて、京、奈良、大坂へも船でラクに行ける。
淀の駅を降りると石垣が見えます。お城っぽいぞと思いながら改札口を出ると、「唐人雁木趾」の碑がありました。京に行く朝鮮通信使がここで船を下りた、その桟橋の階段が唐人雁木なんだそうです。ということは、淀駅のあたりは江戸時代には水際だったということですね。競馬場も川の中だったのかも。面白いものですね。
淀の駅前には与杼神社 (よどじんじゃ)とその隣に稲葉神社がありました。稲葉神社の境内と思われるところは、通勤通学の自転車や単車でいっぱい。昔の桟橋のあとには、陸上交通である自転車、単車が沢山「係留」していると思うと、駐輪場も楽しく思えてきます。
現在、このあたりが高架工事中で風景もなんとなく落ち着きがありません。
学生の頃、日本史できっと勉強したはずなのですが、ここにお城があったなんてことはとんと忘れておりました(初めから知らなかったのかも)。桂川、宇治川、木津川が合流するのは今はもう少し下流ですが、淀城の頃はちょうどこの淀のあたりが合流地点だったらしい。なるほど、四方に見晴らしがよくて、京、奈良、大坂へも船でラクに行ける。
淀の駅を降りると石垣が見えます。お城っぽいぞと思いながら改札口を出ると、「唐人雁木趾」の碑がありました。京に行く朝鮮通信使がここで船を下りた、その桟橋の階段が唐人雁木なんだそうです。ということは、淀駅のあたりは江戸時代には水際だったということですね。競馬場も川の中だったのかも。面白いものですね。
淀の駅前には与杼神社 (よどじんじゃ)とその隣に稲葉神社がありました。稲葉神社の境内と思われるところは、通勤通学の自転車や単車でいっぱい。昔の桟橋のあとには、陸上交通である自転車、単車が沢山「係留」していると思うと、駐輪場も楽しく思えてきます。
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