旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

ドッガーランド

2017年01月10日 18時34分28秒 | エッセイ
ドッガーランド

 ナショナルジオグラフィック・チャンネルで面白い番組を見た。「ドッガーランド 消えた大地の謎」ドッガーランドって知ってる?自分は聞いた事が無かった。知らなかった知識を新しく得るのは実に楽しい。紀元前1万年~8千年前、中石器時代、日本では縄文早期、イギリスは島ではなかった。イングランド東部と現在のベルギー、オランダ、デンマークは地続きで、日本列島に匹敵する規模の広大な土地が広がっていた。その失われた大地をドッガーランドと呼ぶ。
 しからば今は100mの海底となり、北海に繋がっているのは何故か。最期の氷河期が終わり、海面が上昇したのだ。それに加えて地盤が沈下した。数千mもの氷河に押しつけられていた土地は、徐々に氷河が溶け重しが減って隆起し始めた。相対的にドッガーランドは沈下した。とはいえ最初の千年、海面の上昇は1年で1cm程度だった。10年で10cm、百年で1mは少なくはないが、人口は少なく住居は簡単な作りのドッガーランド人にとってはたいしたものではない。ちょっとづつ下がればよい。
 ちなみに最近の地球温暖化での海面上昇は、1年で1mm程度だそうだ。それでも大変で、1m上昇すればバングラデシュの国土の20%近くは水没するという。セーシェル、モルディブ、オランダ、ヴェネチア、日本でも東京都のゼロm地帯は海の底だ。シベリアの万年凍土が溶けだして、氷漬けのマンモスが現れている。北極海はもうずいぶん溶けてしまった。
 現在は北海南部となったドッガーランドだが、遺物は相当量上がっている。主にオランダ沖でのトロール船による底引き網に、実に多彩な石器や動物・人間の骨が掛かって来るのだ。またイギリス東部の海岸、ドッガーランドのあった所に今も残る島での発掘、透明度が高く浅いバルト海沿岸での海中調査などにより、様々な事が分かってきた。またノルウェーの企業が北海油田の探査のために行った、大量のスキャンデータを研究用に気前よく提供してくれたために、かつて陸地だったドッガーランドの地形を探勝することが可能になった。
 普通旧石器時代といったら、始め人間ギャートルズ。毛皮を身につけ、ナウマンゾウや大鹿を追い回し、骨付き肉を焚火で炙る。少人数で野山を駆け巡り、獲物を追って放浪する。こんなイメージか。学者がもったいつけて言ったところで、少人数での移動する狩猟採集民、たいして変わらない。ところがドッガーランド人はギャートルズでは無かった。大量に出土、もしくは海底から回収した遺物から分かってきた人々の生活は、狩猟採集民とは全く違っていたのだ。
 彼らは想像より遥かに高度な文明を持つ漁労民族であった。海岸、湖岸に定住し遠い地方と交易を行っていた。古代人の骨を分析すると、何を主食にしていたのかが分かるそうだ。ドッガーランドに住む人々の食事の60%は魚だった。もちろん貝や海藻も大量に食していた。現在鮭を主食とし、精巧なトーテムを作るカナダの先住民とよく似た生活を送っていたらしい。野山で狩りをする人達ではなかったのね。
 海の中や海岸の泥炭地では、泥によって酸素が阻まれるために、実に古い時代の木材が残る場合がある。ヨーロッパ最古の織り物や漁具、特に木の皮などを編んで作ったワナ(入口から餌につられて入った魚は出られなくなって溜まる)、作りかけの丸太舟、そんな物の残骸が1万年の時を越えて現れた。貝塚が残っていた地域もある。厚く堆積した貝塚の中からは、大量の人骨が出てきた。人骨はバラバラになっていたり、きちんと埋葬されたように出土した。何故ゴミの山に死者を葬る?
 バラバラの人骨は貝塚の上に木製の台を築き、死者を横たえて風葬にしたものと想像される。年月によって台が腐って崩れ、遺骨が貝塚にバラまかれた。でも何故そんな所に埋葬したのだろう。ここから先は我々のテリトリーだ、侵入するな!という警告だったのかもしれない。
 実はドッガーランドは楽園ではなかった。額に矢じりを食いこませた頭骨が発見されている。この男性はもう一つ矢による顔面の損傷が見られる。同時に2本の矢を顔面に受け、それが致命傷になった。集団戦闘が行われた形跡だ。魚がよく獲れる砂浜を巡って戦が行われたのか。また頭蓋に鈍器による損傷を受けたが、治癒している頭骨がいくつも発見された。このことはアマゾンに住む原住民が、模擬戦争によって憎悪と暴力を発散させる、儀式のような祭りを行う様子とよく似ている。
 さてドッガーランドはどのようにして海に沈んだのか。8千年前、北米の氷河が急速に溶け、現代の五大湖よりも大量の水を湛えた内陸湖に発展していた。その内陸湖は巨大な氷のふたによって堰き止められていたが、ふたである氷が溶けて大量の淡水が大西洋に流れ込んだ。これがドッガーランドに到達して、1年で1mもの海面上昇をもたらした。これは堪らない。
 ドッガーランドにあった大きな湖が、海に繋がって魚が死滅した。海岸にはどんどん海水が押し寄せ、陸の面積はみるみる内に狭まる。とどめはノルウェーで起きた巨大地震だった。大津波が何波も押し寄せ、ドッガーランドの住民の多くが死んだ。ここら辺は世界の各地に残るノアの箱舟伝説によく似ている。生き残った少数のドッガーランド人は、イングランドやヨーロッパに渡り一部は島に残った。
 そして農耕が伝わる。メソポタミアで始められた農耕と牧畜の技術がヨーロッパに伝わってきた。農耕が始まると、狩猟採集の世界へは戻れない。養える人口が飛躍的に違うから、この道は一方通行だ。ドッガーランドの人々は移り住んだヨーロッパの海岸線から、やがて農耕民族によって駆逐されていった。彼らに海岸に居座られては目ざわりだ。しかし北欧では、時間をかけて農耕民と漁労民が混血して独自の文化を育てた痕跡がある。
 なお摩耗した鋭利な石斧を持つ新石器時代になると、ドッガーランドはすっかり海の底に沈んでいた。ところが底引き網に時々新石器がかかる。明らかに海になっていた時代なのに何故?これは儀式として捧げられたものではないか。ドッガーランドは海に沈んでも、自分達の祖先がそこで長い間豊かな生活を送った記憶が受け継がれているのではあるまいか。
 ああ、すっかりネタバレになってしまったが、ドラマじゃないから良しとするか。内容が分かったところで、映像を見れば感動するよ。流石ナスジオ、良い番組を作るものだ。NHKも見習いなさいよ。変な演出や主観はいらんよ。淡々と作ってこんな見ごたえのあるものが出来るんだからね。

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