熊野古道「横垣峠」にある水壺地蔵(横垣地蔵)。
地蔵の横には、弘法大師がここを通り喉が渇いたので杖をつついて水を沸かしたという湧水が出ています。
日照り続きの今日も水が湧き出ていました。
水壺地蔵は新旧2躰建てられ、新しい地蔵と石灯籠には、嘉永三十二(1850)年、大阪佐藤屋宗七が建立したと刻されています。
大阪の大工宗七は職を求めて熊野に来ましたが仕事が見つからず、横垣地蔵で疲れはてて寝込んでしまいました。その夢枕に地蔵様が現れ、「この下の集落へ行くと仕事がある」と告げられたそうです。さっそく神木集落へ下りてみると仕事があり、その後大繁盛したので、そのお礼に地蔵と石灯籠を献納したという言い伝えが残っています。
上の写真は、阪本地区の「山の神」。
祭りは今でもおこなわれているのでしょうか?
お参りした形跡はありましたが、祀っている男根の木はかなり朽ちて来ていました。
石積みは信仰の重みを感じるように見事に積まれています。
ここは久しぶりに訪れました。
この上のため池も今は石積みがのこるだけですが、見事な石積みです。