優しくて、残酷な力です。
でもそれが、恋の力というもの
でしょう。
順ちゃんは、三人のなかでは一番
色が黒くて、手足がすらりと長く、
均整がとれてて、どこもかしこも
引き締まっていて、とっても見目
麗しかった。
もっとシンプルな言葉で言うと、
美しかった。「美しい」なんて言
葉、男の人に対して使うの
は、へんでしょうか?
だけど本当に、あなたのお父さん
は、美しかった。
あなたにとっては、どんな父親で、
どんな男の人だったのか、想像も
つかないけれど、とにかくわたし
のよく知っている順ちゃんは、ま
るで野生の黒豹みたいだったので
す。
人なつこい笑顔と、それでいて、
簡単には人を寄せつけないような
横顔の持ち主。長い手足を持て余
すようにして飄々(ひょうひょう)
と歩く姿をよく覚えています。
だから、何度でも書いています。
あなたのお父さんは、美しかった。
神々しい、と言っても良いほどに。
好きになるのを止めることなど、
到底できないほどに。
それから、順ちゃんとわたしは、
ビルの廊下やエレベーターのなか
などで偶然出会った時には、挨拶
をして、笑顔を交わし合って、
話しをするようになりました。
初めてのデートに誘ってくれた
のは、順ちゃんの方でした。
その前に、ラブレターを出した
のは、わたし。
順ちゃんはオンボロながらも車
を持ってて、マイカーで仕事に
来てたんだけど、ある時わたし
は思いついて、順ちゃんの車の
ワイパーの下に、手紙を挟んで
おいたのです。
「あ!駐禁のカードが引っ掛か
ったままになっとる、と思うて、
反射的にぎゅうっと、握りつぶし
てもうた」
順ちゃんは、くしゃくしゃになっ
た手紙をポケットから取り出して、
わたしに見えながら、笑いました。
わたしだけに向けられた、順ちゃ
んの笑顔です。今、この一瞬、
わたしだけを見ている順ちゃん
の瞳。まなざし。視線。射抜かれ
て、わたしも紙くずみたいに、
くしゃくしゃになってしまいそ
うでした。
「丸めて、そのままゴミ箱に、
捨ててしまうところやった。
クワバラクワバラ。そんなこと
してしもうたら、トキちゃんと
悪いこと、できへんようになる」
「悪いことって、どんなこと?」
「知りたいか?教えて欲しいか?」
「うん、知りたい。教えて」
「ほんまか?悪いことやで。覚悟
はできとんのか」
「できてる」
つかのま、順ちゃんは黙って、わ
たしを見下ろしていました。
悪いことって、どんなこと?
わたしは見上げた目で、ふたた
び順ちゃんに問いかけました。
知っとるくせに、訊くなや。
順ちゃんも目で、答えました。
答えたあと、順ちゃんはわたし
の手を取り、車の陰までぐいぐ
い引っ張っていき、コンクリー
トの壁にわたしの躰を押し付け
て、口づけてくれたのです。
限りなく、優しい唇。そうして
それは限りなく、残酷な唇でも
あったのです。
それが、わたしたちのファース
トキス。
それが、わたしのラブレターへ
の、順ちゃんからの返事でした。
でもそれが、恋の力というもの
でしょう。
順ちゃんは、三人のなかでは一番
色が黒くて、手足がすらりと長く、
均整がとれてて、どこもかしこも
引き締まっていて、とっても見目
麗しかった。
もっとシンプルな言葉で言うと、
美しかった。「美しい」なんて言
葉、男の人に対して使うの
は、へんでしょうか?
だけど本当に、あなたのお父さん
は、美しかった。
あなたにとっては、どんな父親で、
どんな男の人だったのか、想像も
つかないけれど、とにかくわたし
のよく知っている順ちゃんは、ま
るで野生の黒豹みたいだったので
す。
人なつこい笑顔と、それでいて、
簡単には人を寄せつけないような
横顔の持ち主。長い手足を持て余
すようにして飄々(ひょうひょう)
と歩く姿をよく覚えています。
だから、何度でも書いています。
あなたのお父さんは、美しかった。
神々しい、と言っても良いほどに。
好きになるのを止めることなど、
到底できないほどに。
それから、順ちゃんとわたしは、
ビルの廊下やエレベーターのなか
などで偶然出会った時には、挨拶
をして、笑顔を交わし合って、
話しをするようになりました。
初めてのデートに誘ってくれた
のは、順ちゃんの方でした。
その前に、ラブレターを出した
のは、わたし。
順ちゃんはオンボロながらも車
を持ってて、マイカーで仕事に
来てたんだけど、ある時わたし
は思いついて、順ちゃんの車の
ワイパーの下に、手紙を挟んで
おいたのです。
「あ!駐禁のカードが引っ掛か
ったままになっとる、と思うて、
反射的にぎゅうっと、握りつぶし
てもうた」
順ちゃんは、くしゃくしゃになっ
た手紙をポケットから取り出して、
わたしに見えながら、笑いました。
わたしだけに向けられた、順ちゃ
んの笑顔です。今、この一瞬、
わたしだけを見ている順ちゃん
の瞳。まなざし。視線。射抜かれ
て、わたしも紙くずみたいに、
くしゃくしゃになってしまいそ
うでした。
「丸めて、そのままゴミ箱に、
捨ててしまうところやった。
クワバラクワバラ。そんなこと
してしもうたら、トキちゃんと
悪いこと、できへんようになる」
「悪いことって、どんなこと?」
「知りたいか?教えて欲しいか?」
「うん、知りたい。教えて」
「ほんまか?悪いことやで。覚悟
はできとんのか」
「できてる」
つかのま、順ちゃんは黙って、わ
たしを見下ろしていました。
悪いことって、どんなこと?
わたしは見上げた目で、ふたた
び順ちゃんに問いかけました。
知っとるくせに、訊くなや。
順ちゃんも目で、答えました。
答えたあと、順ちゃんはわたし
の手を取り、車の陰までぐいぐ
い引っ張っていき、コンクリー
トの壁にわたしの躰を押し付け
て、口づけてくれたのです。
限りなく、優しい唇。そうして
それは限りなく、残酷な唇でも
あったのです。
それが、わたしたちのファース
トキス。
それが、わたしのラブレターへ
の、順ちゃんからの返事でした。