返事は届かなんだ。
金曜日にも短いメールを送った。
今までなら、最初のメールをあの
ひとが読んだ段階で、すぐに電話
がかかってくるはずだった。
けれども、電話は鳴らなかった。
一週間のあいだに出した四通の
メールに対する、あのひとの返事
は沈黙だった。
もしかしたら、小旅行か何かで、
家を留守にしているのかと思った。
日曜の夜、「戻ったら、メールか電
話を下さい。何度も催促してごめん
なさい」と書いて送り、その週はた
だ、あのひとからの連絡を待った。
その次の週を待った。
連絡が途絶えて一ヶ月後、電話をか
けたことはあった。
あのひとは電話回線をインターネ
ットにつないでいるので、話し中
のことが多かったけれど、そんな
時には、一階に住んでいる大家さ
んの留守番電話に、メッセージを
残しておけばよかった。そうすれ
ば一両日中には必ず、あのひとか
らの電話がかかってきた。
受話器を取り上げて記憶している
番号を押した。今、ニューヨーク
は、朝の六時半。それは、あのひ
とが部屋にいる確率が最も高い時
刻だった。
わたしたちはこれまで、そ
の貴重な僅かな時間帯を使って、
辛うじてつながってきたのだ。
やっぱり旅行中だったのか、少し
だけ、気持ちが落ち着いた。
わたしは留守番電話に向かって、
話し始めた。ふたりのあいだに
横たわっている果てしない距離
と、ふたりを朝と夜に切りわけ
ている時差の壁に向かって。
できるだけ爽やかに、穏やかに、
何気ない風を装って。
「もしもし、快晴。こんにちは、
詩音です。メール、何度か送った
んだけど、ずっとお返事がないの
で・・・・・きっとどこかに、旅
行中なんだよね。実はわたしの方
にも、あれこれいろいろあって、
相談したいこともいろいろあり
ます。とりあえず、このメッセ
ージを聞いたら、お電話かメール、
下さいますか。待ってます」
受話器を置くと同時に、それまで
わたしたちを結びつけていた、細
く透明な蜘蛛の糸が、ぷつん、と
切れてしまったような気がした。
窓の外は、篠突く雨だった。
許すことを知らない、優しくない
雨だ。強風に煽(あお)られ、斜め
に降っている。まるで地上に突き
刺さる、銀色の無数の針のように。
あなたに、尋ねたいことがある。
あなたに、話したいことがある。
もうこれ以上、待てない。
もうこれ以上、わたしを待たせな
いで。
お願い、電話をかけて。
お願い、声を聞かせて。
YouTube
Eva Cassidy - autumn leaves (cover by Angelika Gil) (Studio M Opole)
https://www.youtube.com/watch?v=BhxxvEBYNg0
金曜日にも短いメールを送った。
今までなら、最初のメールをあの
ひとが読んだ段階で、すぐに電話
がかかってくるはずだった。
けれども、電話は鳴らなかった。
一週間のあいだに出した四通の
メールに対する、あのひとの返事
は沈黙だった。
もしかしたら、小旅行か何かで、
家を留守にしているのかと思った。
日曜の夜、「戻ったら、メールか電
話を下さい。何度も催促してごめん
なさい」と書いて送り、その週はた
だ、あのひとからの連絡を待った。
その次の週を待った。
連絡が途絶えて一ヶ月後、電話をか
けたことはあった。
あのひとは電話回線をインターネ
ットにつないでいるので、話し中
のことが多かったけれど、そんな
時には、一階に住んでいる大家さ
んの留守番電話に、メッセージを
残しておけばよかった。そうすれ
ば一両日中には必ず、あのひとか
らの電話がかかってきた。
受話器を取り上げて記憶している
番号を押した。今、ニューヨーク
は、朝の六時半。それは、あのひ
とが部屋にいる確率が最も高い時
刻だった。
わたしたちはこれまで、そ
の貴重な僅かな時間帯を使って、
辛うじてつながってきたのだ。
やっぱり旅行中だったのか、少し
だけ、気持ちが落ち着いた。
わたしは留守番電話に向かって、
話し始めた。ふたりのあいだに
横たわっている果てしない距離
と、ふたりを朝と夜に切りわけ
ている時差の壁に向かって。
できるだけ爽やかに、穏やかに、
何気ない風を装って。
「もしもし、快晴。こんにちは、
詩音です。メール、何度か送った
んだけど、ずっとお返事がないの
で・・・・・きっとどこかに、旅
行中なんだよね。実はわたしの方
にも、あれこれいろいろあって、
相談したいこともいろいろあり
ます。とりあえず、このメッセ
ージを聞いたら、お電話かメール、
下さいますか。待ってます」
受話器を置くと同時に、それまで
わたしたちを結びつけていた、細
く透明な蜘蛛の糸が、ぷつん、と
切れてしまったような気がした。
窓の外は、篠突く雨だった。
許すことを知らない、優しくない
雨だ。強風に煽(あお)られ、斜め
に降っている。まるで地上に突き
刺さる、銀色の無数の針のように。
あなたに、尋ねたいことがある。
あなたに、話したいことがある。
もうこれ以上、待てない。
もうこれ以上、わたしを待たせな
いで。
お願い、電話をかけて。
お願い、声を聞かせて。
YouTube
Eva Cassidy - autumn leaves (cover by Angelika Gil) (Studio M Opole)
https://www.youtube.com/watch?v=BhxxvEBYNg0
叶うことなら、抱きしめて
あげたい、とその時わたし
は思っていた。
あなたの躰を、彷徨える魂を、
抱きしめてあげたい、この両腕
で、叶うことなら、許されるな
らば。あの日、あの時、律が
わたしにしてくれたように。
あなたの求めているものは、何?
YouTube
Keith Jarrett - Danny Boy
https://www.youtube.com/watch?v=C6tIzxmPCQE
あげたい、とその時わたし
は思っていた。
あなたの躰を、彷徨える魂を、
抱きしめてあげたい、この両腕
で、叶うことなら、許されるな
らば。あの日、あの時、律が
わたしにしてくれたように。
あなたの求めているものは、何?
YouTube
Keith Jarrett - Danny Boy
https://www.youtube.com/watch?v=C6tIzxmPCQE
自分からアプローチして、
もし冷たくされたらすごく
嫌だし、傷つくと思う。
でも、このひとというような
出逢いはそうそうあるもの
じゃないのだし、そういう
運命的な出逢いなら傷
ついたってしかたない。
ましてや、恥をかくこと
とか、プライドが傷つくと
かは、
紙くずみたいなもの。
そういう種類の恥なんて、
一夜で忘れましょ。
次の出会いが
あなたを迎えにくるのだから。
YouTube
前略おふくろ様 第01話
https://www.youtube.com/watch?v=_jiZ0tk7Nx8
もし冷たくされたらすごく
嫌だし、傷つくと思う。
でも、このひとというような
出逢いはそうそうあるもの
じゃないのだし、そういう
運命的な出逢いなら傷
ついたってしかたない。
ましてや、恥をかくこと
とか、プライドが傷つくと
かは、
紙くずみたいなもの。
そういう種類の恥なんて、
一夜で忘れましょ。
次の出会いが
あなたを迎えにくるのだから。
YouTube
前略おふくろ様 第01話
https://www.youtube.com/watch?v=_jiZ0tk7Nx8
夜明けは やわからに 残酷
小さな時の積み重ねも
消えていきそうな朝がある
愛して刹那(せつな)
一晩が終わる刹那
そして一日が始まる刹那
悲しみ凝縮して そして拡散する
幸福感は 不幸と不幸のはざまに
一瞬よぎり
瞬間 しっかり握らないと
てのひらから逃げていく
そこはかと ままらない想い
かかえても
愛が そのはざまから 見えたなら
それでいい
クールなのかウエットなのか
わからないままで
夢と区別のつかない恋もあるのだと
短くも はかなくも 美しく
蝶の ひとひらの 羽のように
嫌いになって、別れたわけじゃ
ないんだ。ふたりの見つめる先
にある「理想」が、いつの間に
か大きく、食い違ってしまって
いたんだね。彼女は安定を求め、
俺は飛躍を求めた。
お互いに、相手の変化を受け入れ
られなかったんだと思う。
そんなあのひとの言葉が、今は
まったく違った意味を持って、
迫ってくる。
「嫌いになって別れたわけじゃ
ない」。その言葉がわたしに、
尖ったナイフの切っ先を突きつ
けてくる。
「運命の出会いが」が、昔の彼
女との再会だったとしたら・・・・。
嫉妬、猜疑の心、不信感、自己嫌悪。
打ち消しても打ち消しても、膨らん
でいくばかりの「どろんこいかだ」。
醜い灰色の塊を、わたしは身のうち
に抱え込んでいた。
この「どろんこいかだ」を浮き上が
らせ、澄みきった心を取り戻すため
には、どうしてもあのひとの声が、
必要だと思った。
ぜひ電話で話しを聞かせて、と、
メールに書いて送った。
そばにいて欲しいと願うだけでは
なくて、わたしは、もしもあの
ひとがわたしを必要としている
のでれば、そばにいてあげたいと
思っていた。
父が亡くなった日、あのひとが
わたしにしてくれたことを、わ
たしもしてあげたかった。
メールの最後には、こう書いた。
「わたしにも話したいことがあり
ます」と。
夏以来、会社で、いやな出来事が
積み重なっていた。あのひとには
そのたびに話しを聞いてもらい、
そのたびに慰められ、元気づけら
れてきた。
けれど、つい最近、追い打ちをかけ
るように、理不尽で不条理なことが
起こった。わたしはそれに巻き込ま
れ、もみくちゃにされ、窮地に立た
されていた。問題は悪性腫瘍のよう
に増殖し、もうわたしの手に負えな
い状態になっていた。
会社を辞めようと、考え始めていた。
会社を辞めて、アメリカへ――――。
そのことを、あのひとに相談したか
った。
メールを送って、一週間待った。
返事は届かなかった。
ないんだ。ふたりの見つめる先
にある「理想」が、いつの間に
か大きく、食い違ってしまって
いたんだね。彼女は安定を求め、
俺は飛躍を求めた。
お互いに、相手の変化を受け入れ
られなかったんだと思う。
そんなあのひとの言葉が、今は
まったく違った意味を持って、
迫ってくる。
「嫌いになって別れたわけじゃ
ない」。その言葉がわたしに、
尖ったナイフの切っ先を突きつ
けてくる。
「運命の出会いが」が、昔の彼
女との再会だったとしたら・・・・。
嫉妬、猜疑の心、不信感、自己嫌悪。
打ち消しても打ち消しても、膨らん
でいくばかりの「どろんこいかだ」。
醜い灰色の塊を、わたしは身のうち
に抱え込んでいた。
この「どろんこいかだ」を浮き上が
らせ、澄みきった心を取り戻すため
には、どうしてもあのひとの声が、
必要だと思った。
ぜひ電話で話しを聞かせて、と、
メールに書いて送った。
そばにいて欲しいと願うだけでは
なくて、わたしは、もしもあの
ひとがわたしを必要としている
のでれば、そばにいてあげたいと
思っていた。
父が亡くなった日、あのひとが
わたしにしてくれたことを、わ
たしもしてあげたかった。
メールの最後には、こう書いた。
「わたしにも話したいことがあり
ます」と。
夏以来、会社で、いやな出来事が
積み重なっていた。あのひとには
そのたびに話しを聞いてもらい、
そのたびに慰められ、元気づけら
れてきた。
けれど、つい最近、追い打ちをかけ
るように、理不尽で不条理なことが
起こった。わたしはそれに巻き込ま
れ、もみくちゃにされ、窮地に立た
されていた。問題は悪性腫瘍のよう
に増殖し、もうわたしの手に負えな
い状態になっていた。
会社を辞めようと、考え始めていた。
会社を辞めて、アメリカへ――――。
そのことを、あのひとに相談したか
った。
メールを送って、一週間待った。
返事は届かなかった。
夜明けは やわからに 残酷
小さな時の積み重ねも
消えていきそうな朝がある
愛して刹那(せつな)
一晩が終わる刹那
そして一日が始まる刹那
悲しみ凝縮して そして拡散する
幸福感は 不幸と不幸のはざまに
一瞬よぎり
瞬間 しっかり握らないと
てのひらから逃げていく
そこはかと ままらない想い
かかえても
愛が そのはざまから 見えたなら
それでいい
クールなのかウエットなのか
わからないままで
夢と区別のつかない恋もあるのだと
短くも はかなくも 美しく
蝶の ひとひらの 羽のように
小さな時の積み重ねも
消えていきそうな朝がある
愛して刹那(せつな)
一晩が終わる刹那
そして一日が始まる刹那
悲しみ凝縮して そして拡散する
幸福感は 不幸と不幸のはざまに
一瞬よぎり
瞬間 しっかり握らないと
てのひらから逃げていく
そこはかと ままらない想い
かかえても
愛が そのはざまから 見えたなら
それでいい
クールなのかウエットなのか
わからないままで
夢と区別のつかない恋もあるのだと
短くも はかなくも 美しく
蝶の ひとひらの 羽のように