ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

『心に咲き続ける薔薇』

2019年12月20日 19時26分44秒 | owarai
咲けば必ず散るのが花の
運命だ。

美しければ美しいいほど、
散るのはさぞ辛いことだろ
う、と思うのが人の心だが、
花の心は、どうやらそうで
もないらしい。

堂々と花ひらく薔薇。散る
ことを前提としていながら、
こんなにもいさぎよく、明
るく、美しい。

これまでの自分の生き方は
散ることを怖れて、咲くこと
をためらっていなかっただろう
か?

散ると決まったわけでは
ないときにも、一歩が踏み
出せないことがあったので
はないだろうか?

花は生きている、これからは
違う生き方を選んでいきたい。

『ためらひもなく花季(はなど
き)となる黄薔薇

何を怖れつつ吾は生き来し』

不死鳥の願いは、ただひとつ。恋の炎に焼き尽くされて、安らかに死にたい。

2019年12月20日 13時03分30秒 | owarai
他人と比較することによって、
恋を浮かびあがらせることも
できる

ラブレターで大切なことは、人
真似をしないことだ。

下手でもいいから、自分だけの
オリジナル作品を作るよにしな
ければならない。

けれども、恋する人に自分を
見てしまうことはある。

『友達のサチコに好きな人が
できました。彼の話ばかりして
います。興奮して話す彼女を見て

いるとき、「だれかに似ている」と、
思いました。

だれかなと考えているうちに、
あなたの話をしているときの
自分だと気がつきました』。

『間違った結婚』

2019年12月20日 12時56分20秒 | owarai
【女性の視線】
女性のほうが話し相手と
視線を合わせることが多い
のは、女性は他の人を求め、

いっしょにいたいと思う欲求
(親和欲求)が高く、支配欲求
が高く、支配欲求が低いためだ
といわれている。

『間違った結婚』
現代の結婚には二つの重大な誤り
がある。一つは似た者どうしの
結婚であり、

そして他方は、自分のパーソナリ
ティを埋め合わせる配偶者との
結婚である』。

―イギリスの心理学者 ―
アイゼンク

「愛は永遠不変なものである、 裏切るのは人間のほうである」

2019年12月20日 11時54分30秒 | owarai
酒は「人間というものは元々
だめな 
もんだと教えている」んだよ

医者に酒をダラダラと飲みつづ
けないでくださいと言われた
ことに対する談志さんの反論。

酒と落語は通じている。
落語のようなものを聞いていれば
人間がダメになるという意見が

もしあるとすれば、

落語を聞くから駄目になる
のではなくて、落語は人間がダメに
なることを教えてくれるものだ
ということになる。

立川談志さんは、
「落語とは人間の業の肯定だ」
と言い切り、
  ↓
世の中の大体のことは人間は
どうしたらよりよくなれるか
をテーマにじているが・・・・。
  ↓
落語は人間はどうしようもない
ものだということを肯定している
とこいこと。

最後に、
フランスの随筆家を思いだした。

「愛は永遠不変なものである、
裏切るのは人間のほうである」

シャルダンヌ
「愛をめぐる随想」より

「遠 恋」好きでいさせて ―Ⅳ―

2019年12月20日 11時50分08秒 | owarai

「何か、飲み物が欲しい?」
彼女はわたしにソファーを
すすめたあと、リビングルーム
の続きにあるキッチンに立って、
にこにこ尋ねた。

「コーヒー、紅茶、ジャスミン
ティ、グリーンティもあるのよ。
それともあなた、ワインを飲み
ますか」
喉がからからに渇いていた。

「ありがとうございます。じゃあ、
ジャスミンティをいただきます。
その前に、お水を一杯もらえま
すか」
「はい、わかりました」

彼女がお湯を沸かして、お茶の
準備をしているあいだに、わた
しはさり気なくあたりを見回し
た。いや、見回さなくとも、
次々にわたしの目に飛び込ん
できた。

テーブルの上に置かれている
雑誌、英語の新聞、そして日
本語の辞書。ボールペンとメモ
用紙。女物の腕時計。長椅子の
上にはクッションのほかに、
明らかにあのひとのものだと
わかるセーターとシャツ・・・。

それらは「あのひと」であり、
同時に「あのひとの不在」でも
あった。

飾り棚の上には、ファックス用
紙の差し込まれた電話機と、写
真立てがいくつか。大きく引き
伸ばされた彼女の写真。彼女が
両親と三人で写っているものと、
彼女の子ども時代の写真。

その隣に、コックの制服を着て、
クラスメイトと一緒に写って
いる、あのひとの写真。

それは、わたしのよく知ってい
るあのひとのようにも見えたが、
同時に、まったく見知らぬ他人
のようにも見えた。

この部屋で、あのひとは、この
人と暮らしていた。いいえ今も、
暮らしている。

ここには、わたしの知らない
あのひとの生活があり、それは
これからも続いていく。



こころの財産

2019年12月20日 04時39分01秒 | owarai


芹沢光治朗の自伝的大作
『人間の運命』
の中で、主人公の次郎は
こう語っている。

「子ども心に、財産とは
何であろうか、
その財産を神に捧げたい
ということはどういうことか、
貧乏になって不幸だ
と大人の言うのはどういう
意味か、

必死に考えた。自分は
貧乏であると知っているが、
そのために裸足で
学校に行き、一片のさつま
いもを弁当にしても、
教室で学んだり、

運動場で騒いだり、下校の
途上喧嘩をしたりして、幸せ
である。

貧乏のために、学校から
帰っても、
海辺へ打ち上げられる
木片を拾いに行き、林や
山へ落ち葉をかきに行か
なければならないが、

未開人のように自然の中に、
自由に生きていて、幸せである。

それなのに、大人はなぜ不幸
であろうかと、真剣に考えた・・・・」

今私たちは、確かに物質的には豊に
なりました。食べ物は、世界中のもの
が季節に関係なく食べられます。

寒さ暑さも、エアコンのお蔭で快適
にしのげるようになりました。
移動も、車や電車、飛行機で世界中
を簡単にできます。

でも、豊かな自然は消え、人間関係は
ギスギスしています。それが本当の
幸せなのでしょうか?