セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

読書ノート:須藤義雄「わたしは特別なのよ! 田中真紀子の実像」

2007-03-03 22:16:50 | 社会経済
田中真紀子衆議院議員の元公設秘書による記録だ。元公設秘書といってもその肩書きで国会周辺での働いた期間はすごく短い。とはいっても田中真紀子議員の新潟県での実質の選挙事務所となっている越後交通の秘書室社員として田中真紀子議員にかかわって期間は長い。
国会議員の中には秘書が長くいつかないという人が時々週刊誌にでてくる。それはたいてい非難めいたニュアンスで語られる。議員の人格に問題があるのか業務がハードすぎるのかは別として、政治を志して秘書になったがやって行けない思った者は次の勤め先を探して去るのだろう。しかし田中真紀子議員の秘書たちの場合は悲劇的でさえある。多くの場合彼らは議員秘書ましてや田中真紀子議員の秘書になりたくてなったわけではない。越後交通あるいは関連会社の社員で社命によりいやいや田中真紀子議員に仕えることになったのだ。そして逃げ出すにせよ首にされるにせよ生活基盤を失うことを意味する。
企業オーナーである田中議員は越後交通などの支配会社を私物化して選挙活動などを行わせている。田中議員は支配している会社から秘書などを供出させ給料を支払わせて、国からの公設秘書に対する給料等を横領していたのだ。それで一時議員辞職となったわけだ。
田中真紀子議員は自分の意に沿わないとすぐ腹をたてるのだが、直接に文句を言わない。でもその場で言わないという意味ではない。本人の目の前でそばにいるものに、「この人は・・・・なのよ、あなたからよく言い聞かせて」と言い、その人物が代わってしかるのを聞くのである。昔の殿様が直接身分の低いものに声をかけないのに似ている。田中議員は口答えされるのを怖がって他の人間に言わせているようだ。
この本で著者は田中議員を「真紀子は、」と呼び捨てにしている。まあその気持ちはわかる。しかしおもしろいのは、田中議員平身低頭の越後交通の社長なども、議員のいないところでの会話で田中議員を「また真紀子が、・・」などと話していることである。ちなみに越後交通内の公式の呼び方は田中真紀子議員は「代議士」、夫の田中直紀氏は「直紀先生」。