歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪耳赤の一局と坂田栄男『囲碁名言集』≫

2021-09-18 18:00:39 | 囲碁の話
≪耳赤の一局と坂田栄男『囲碁名言集』≫


【はじめに】


 前回のブログでは、坂田栄男『囲碁名言集』(有紀書房、1988年[1992年版])の目次を紹介した。
 さて、今回のブログから、その坂田栄男九段の本の内容を紹介してみたい。内容は多岐にわたるので、私の興味をひいた項目を述べることにする。
 今回は、まず、下島陽平八段の著作を参考にして、坂田栄男九段の棋風について記しておく。そして、坂田栄男九段の本の目次にあった、「碁は調和にあり」(呉清源)について紹介しておく。
 また、目次にもあった「碁というものは、妙手を打って勝つことよりも、悪手を打って負けることのほうが多い」の項目で、妙手について記した中で、「耳赤の碁」に関して言及している。
いわゆる「耳赤の一局」は、囲碁史上、誰も興味のある一局である。この点について、次のような執筆項目で、少し詳しく解説してみたい。

・百田尚樹『幻庵(下)』にみえる「耳赤の局」
・石田芳夫『日本囲碁体系第15巻 秀策』にみえる耳赤の一手
・「耳赤の一手」~武宮正樹氏の著作より



【坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房はこちらから】

囲碁名言集




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・坂田栄男九段の棋風~下島陽平八段の著作より~
・「碁は調和にあり」(呉清源)
・妙手と「耳赤の碁」
・悪手が悪手を呼ぶ例
・百田尚樹『幻庵(下)』にみえる「耳赤の局」
・石田芳夫『日本囲碁体系第15巻 秀策』にみえる耳赤の一手
・「耳赤の一手」~武宮正樹氏の著作より






坂田栄男九段の棋風~下島陽平八段の著作より~


坂田栄男九段の著作を紹介する前に、その棋風について、下島陽平八段が、『棋風別! あなたに合った囲碁上達法』(マイナビ出版、2019年、39頁~53頁)の「第3章 坂田栄男九段~実利、スピード~」に述べておられる。

坂田栄男九段は、昭和の時代の絶対王者として君臨し、数々の大記録を打ち立てた大棋士であるといわれる。
趙治勲氏に破られるまで、長きに渡り、最多タイトル数の記録を持っていた。タイトル戦の少なかった時代に、64個を獲得した。数ある記録の中で、年間成績30勝2敗、勝率9割3分8厘が、下島陽平氏はすごいという。坂田九段の打っている相手は、その時代を彩る一流棋士ばかりで、1年間に2局しか負けていないというのは、凄まじい数字であるとする。

他を寄せ付けない絶対王者だった坂田九段の大きな特徴を、「実利」と「スピード」と、下島氏は捉え、それを第3章の見出しとしている。

また、坂田九段を形容するニックネームは多く、「シノギの坂田」「カミソリ坂田」などがある。ニックネームが多いことはすなわち、長所が多いということであるようだ。実利を稼いでシノいで、勝ってしまうイメージが強い。それは、坂田九段が生み出した究極のフォームであった。

下島氏は、もう一つ、坂田九段といえば、「三々」のイメージも強いという。
現在は、三々から打ち出したり、「星にダイレクト三々」のように、いきなり三々に打ち込んだりする手が、AIの影響で多くなっている。
坂田九段は、そういったものが出現する60年も70年も前から三々を多用している。
(今、健在なら、AIの打つ三々に対しての感想を聞いてみたいという)

坂田栄男九段は「勝負師」という言葉が一番似合う棋士だと、下島氏はいう。
(下島陽平『棋風別! あなたに合った囲碁上達法』マイナビ出版、2019年、40頁、52頁~53頁)

さて、「実利」と「スピード」という坂田九段の棋風を如実に示す棋譜を、3局ほど、下島氏はあげている。そのうちの1局は、次のようなものである。
【坂田栄男九段の棋風を示す対局】
≪棋譜≫(41頁のテーマ図1)
棋譜再生
☆先番は坂田栄男名人で、白番は藤沢秀行九段である。
 坂田九段といえば三々。白番の藤沢九段は、厚み派の最右翼といえるライバル棋士であった。
※ここ18手までは、まだ両棋士の特徴が現れている展開ではないという。
 次の坂田九段の一手から大きく特徴が現れる。

【坂田栄男九段の実利とスピード】
≪棋譜≫(43頁の実戦の進行より)
棋譜再生
・坂田九段が選んだのは、黒1の打ち込み。
・白4まではほぼ必然であるが、ここで黒5を一本打ってから、7に戻ったのが緩まない打ち方であるようだ。
・白8の守りを催促し、黒9へ回る。
※ここで、実利を得ながら、スピードで優位に立っていると、下島氏は解説している。
(下島陽平『棋風別! あなたに合った囲碁上達法』マイナビ出版、2019年、39頁~53頁)

【下島陽平『棋風別! あなたに合った囲碁上達法』マイナビ出版はこちらから】

棋風別!あなたに合った囲碁上達法 (囲碁人ブックス)


「碁は調和にあり」(呉清源)


呉清源九段は、いろいろ示唆に富んだことをいわれている。
この「碁は調和にあり」という言葉は、そのうちでももっとも有名なものである。
盤上における実利と厚みとの調和。対局者の技量と人格との調和。それらをみんなひっくるめて、白と黒との調和の上に、碁というものは成りたっている。そういう考え方である。
その調和を破らぬように打って行けば、負けることはない。しかし双方が、終局まで調和を保ち続けるのは至難のわざである。どこかしらで、かならずバランスをくずしてしまう。その結果、勝利と敗北とが生まれるわけである。

理屈では理解できても、人間は欲の深いものだから、実際にはなかなか調和を保つことができない。互角のわかれでは満足できず、優位に立ちたいと考え、できることなら碁全体を自分の地にしたいと思う。

坂田栄男九段自身、「碁はバランスのゲームである」と思いこめるようになったのは、かなり年を重ねてからだという。
七段になりたての30歳くらい頃まで、「しのぎの坂田」というアダ名があったことに、自ら言及している。
どうしてこんな名をつけられたのか。
当時は序盤からいっぱいに石を働かせて、いいところ、大きいところは、みんな自分で打ってしまったそうだ。つまり、はじめにカセげるだけカセいでしまう。
必然的に薄い石、弱い石が各所にできるが、それはそれで、なんとか、しのいで活きてやろう、というわけである。

相手にはなんにも打たせず、自分だけうまいことをしようというのだから、こんな欲ばった話もない。それでも若い血気さかんな頃は、ねばりも闘志も人一倍あり、けっこうそれが通用したと、坂田九段は回顧している。
とうてい活きられそうもない石を、アッというような妙手で活きて見せ、相手にホゾをかませることが多かったようだ。そこで、「しのぎの坂田」といわれた。

こうした「しのぎ勝負」の行き方は、うまく決まると大差になって、段違いの勝利をおさめる。だが、強敵にぶつかって逆を取られたりすると、段違いに負かされる危険もある。
(相撲にたとえると、打っちゃりに似た決め方だという)

みすみす危険をおかすのでは、本物とはいえないと反省したそうだ。相手にも与え、自分も取って、調和を保つ。そして相手がバランスをくずせば、そのスキをついて押切ってしまう。これが本来の行き方、勝ち方だと思うようになったようだ。

それでは、具体的に盤上に現われる形でいえば、定石こそ調和そのものであろうと、坂田九段は解している。
たとえば、参考図として、高目ケイマガケの基本定石をあげている。

【参考図:高目ケイマガケの基本定石】
≪棋譜≫(13頁の参考図)
棋譜再生
・白1、黒2以下、白15までが定石である。
※白の得た外勢と、黒の得た実利と、ちょうどつり合っていると見られる。
むろん好みがあるから、厚みの好きな人は白がいいというだろうし、地の好きな人は黒をとりたいと感じるだろう。しかし、一般的に判断した場合、黒の地と白の厚みは、バランスがとれている。
(この部分だけに限っていえば、白がやや有利だけれど、黒が一手少ないのを忘れてはいけない。次に黒が他の好点に向える権利まで計算に入れて、互角のわかれと見るのである)

ただ、地をとるか、勢力をとるか、これはむずかしい問題であるとも付け加えている。
どれだけの地に対して、どれだけの厚みがつり合うか。べつに特定の物差しがあるわけではなく、すべては経験と、それによって培われたカンとで判断するほかないようだ。
(プロの最高クラスの棋士たちでさえ、好みによって意見はまちまちである)

いずれにしても、極端に走るのは戦法としては疑問で、いっぽうで地をカセいだら他方は手厚く、というふうに、バランスを保つ心がけが大切であると、坂田九段自身も、考えるようになったようだ。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、11頁~14頁)

妙手と「耳赤の碁」


碁というものは、妙手を打って勝つことよりも、悪手を打って負けることの方が多い、と坂田栄男氏はいう。
悪手が悪手を呼ぶ。
碁には、「相場」というものがある。
ある局面に応じた穏当な手、誰もが「まあこんな相場だ」と納得できる、いわば常識的な手である。

相場よりももっと効果のある着点を発見すれば、それは好手と呼ばれる。さらに常識外のすばらしい手が打たれれば、人はこれを妙手と呼んで感嘆する。
一方、相場より劣る手は、ぬるい手、緩手である。間違った手、効果がないどころか、マイナスの作用をするような手が、悪手である。

妙手というものは、めったに打てるものではない。少しくらい儲けになっても、その程度では妙手とはいわない。相手に決定的な打撃を与え、一局の死命を制するのが、妙手の妙手たるゆえんである。
だから、そうたびたび飛び出すわけもない。
古今、妙手と伝えられるものを拾っても、ほんの数えるほどしかないといわれる。
①文化年間、本因坊元丈と安井知得の対戦 
 知得が打った黒69の「ダメの妙手」
②天保年間、本因坊丈和と赤星因徹の碁
 丈和が打った白68・70・80の三妙手
③弘化3年、井上因碩と本因坊跡目秀策の「耳赤の碁」
・18歳で四段に進んだ秀策が、はじめて帰郷を許されて、郷里の広島に向う途中、大阪で幻庵因碩と対戦したときのこと。
・因碩に新手を打たれた秀策は、応手を誤って局勢を損じ、なみいる因碩の弟子たちは、誰ひとりわが師の勝ちを疑わなかった。ところが、あるアマチュアの観戦者が、ひそかに秀策の勝ちを予言したという。
・彼が言うには、
「わたしは碁のわからぬ一介の医師だが、黒の127手目が打たれると、因碩先生の耳が急に赤くなった。これは優勢を信じていた因碩師が動揺し、自信を失った苦悶の現われに違いない」
たしかに黒127の手は八方にらみの妙着で、これによって秀策はよく3目勝ち(ママ)をおさめ、「耳赤の局」として伝えられている。

④近年の妙手とうたわれるのは、昭和8年に本因坊秀哉名人と呉清源五段の対局に打たれた、白160の一手。
・この碁は、黒の呉清源が1の手を右上隅の三々、3を左下隅の星、5を天元に打つという破天荒の布陣。
・「名人に対して失礼ではないか」などの議論も出るなど、天下をわかせた熱戦である。
・形勢まったくの不明の終盤に、白は160の妙手を放ち、難局にケリをつけた。

ともかく妙手を打って勝った例は少ないという。
それに苦境を打開する、不利な碁をひっくり返すといったときに妙手は出るもので、多分に苦しまぎれの産物でもあるようだ。
(いくら時間をかけても、見つかる性質のものではない)
いっぽう悪手となると、これは局面の優劣や時間の有無に関係なく、いつでもいくらでも飛び出してくる。
悪手を打って「しまった」と思い、アセリが加わる。するとまた悪手が出る。「悪手が悪手を呼ぶ」といわれるのは、アセるのが原因である。

(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、16頁~19頁)

悪手が悪手を呼ぶ例


「妙手で勝つより悪手で負ける」、つまり「悪手が悪手を呼ぶ」という例として、坂田栄男九段自身の対局をあげている。
それは、第一期名人戦リーグの最終局で、呉清源九段との黒番である。
これに勝てば名人決定戦に出られるという大事な一番だったそうだ。終盤でモタつきの限りをつくし、ジゴ負けの悲運に泣かされた一局であった。
(当時の名人戦はコミは五目、ただしジゴは黒負けの規定)

【参考譜:坂田栄男VS呉清源】
≪棋譜≫(22頁の参考譜B)  
棋譜再生

≪坂田栄男九段の検討図≫ 黒25は16の右上ツグ
棋譜再生

・黒1から、もう大ヨセはすんで小ヨセの段階なのに、たった30手ほどのあいだに、黒は5回も勝ちきるチャンスを逃しているという。
・まず黒1は4と出て、白イ(14, 九)、黒ロ(14, 十)と一目カンでおけばよかった。また、黒3のアテでも黒4、白イ(14, 九)、黒5、白6、黒7と運べばよかった。
・また、黒11と二目アテた手では、右上を29とオサエるのが大きく、その後13で右下をハ(16, 十九)と打っても、31の抜きで上辺をニ(7, 三)を打っても、黒の勝ちは動かなかったようだ。

※これらのチャンスをことごとく逸し、白に36、38と最後の大場を打たれては、ジゴが避けられなくなった。
※いくら時間がないといっても、こうミスを続けるのは、勝ちたい、勝たねばならないというアセリが原因であったと、坂田栄男九段自身、反省している。
⇒悪手が悪手を呼ぶ。このことは心しなければならない。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、22頁~23頁)


百田尚樹『幻庵(下)』にみえる「耳赤の局」



弘化3年(1846年)7月24日、先番安田秀策と井上因碩の対局は、「耳赤(みみあか)の局」と呼ばれ、囲碁史上でも最も名高い碁のひとつである。

本因坊秀策と言えば、「耳赤の局」と言われるほどの碁である。因碩49歳、秀策18歳である。八段の因碩に対して、秀策は四段であった。
「耳赤の局」という異名の由来について、百田尚樹氏は小説の中で、次のように述べている。

二日目も因碩の打ち回しは冴えわたった。本因坊家の天才少年に、「これが因碩の碁だ」と教えているかのような碁を見せつけた。
碁は序盤から中盤に差し掛かろうとしていたが、白の優勢は誰の目にも明らかだった。控室に集まっていた因碩贔屓の碁好きたちもご機嫌だった。だがこの時、対局室から戻った一人が、「ひょっとすると、因碩先生は負けるかもしれない」と言った。
一同に「どういうことだ」と詰め寄られた男はこう答えた。
「私は医師で、囲碁の手筋のことはよくわからない。ただ、秀策が中央に打った時、因碩先生の耳が真っ赤になった。ただ、秀策が動揺した時に耳が赤くなる。おそらく秀策の打った手は、因碩先生の予想にはない手だったのではないか」
 この医師の言葉が、「耳赤の局」という異名の由来となった。
(百田尚樹『幻庵(下)』文春文庫、2020年、269頁)

つまり、序盤から中盤まで、白番の井上因碩が優勢だった。対局室から戻った一人の医師が、秀策の中央に打った手で、因碩先生が動揺して耳が真っ赤になり、先生の負けを予言したことが、「耳赤の局」と呼ばれる由来というわけである。

その一手とは、黒番秀策の127手目であった。この127手目が「耳赤の手」と呼ばれる史上に名高い妙手である。
百田尚樹氏は、この手について、次のように記す。

 黒百二十七の手は一見茫漠(ぼうばく)たる手に見えるが、そうではない。全局を睥睨(へいげい)する「八方睨(にら)み」の妙手と言えた。
 そして、この一手を境にして因碩の優勢は音を立てて崩れていく。
(百田尚樹『幻庵(下)』文春文庫、2020年、270頁)

百田氏も、弘化3年(1846年)7月24日、先番安田秀策と井上因碩の対局である「耳赤の局」の、127手目(10, 九)までの棋譜を載せている。
ただし、手順までは記していないので、手順も記してある棋譜を載せておく。
【「耳赤の局」の127手目(10, 九)】
≪棋譜≫(百田尚樹『幻庵(下)』文春文庫、2020年、270頁)
棋譜再生

【「耳赤の局」の127手目までの手順】
≪棋譜≫(石田芳夫『日本囲碁体系第15巻 秀策』筑摩書房、1976年[1980年版]、74頁)

棋譜再生
<注意>ブログでは、棋譜の百番台がうまく表示できないが、「棋譜再生」をクリックしてサイトにとんでいただければ、表示されるはずである。

この碁は、7月24日は141手で打ち掛けとなり、打ち継ぎは翌7月25日に打たれたが、325手で終局し、黒番秀策の二目勝ちだった。
(秀策は後に本因坊家の跡目となり、御城碁19連勝(無敗)という空前絶後の大記録を作る。これは棋聖と呼ばれた道策も丈和も成し得なかったものである)

百田尚樹氏も、「耳赤の局」について、この後、コメントを付している。
(この小説の紹介は後日)

【百田尚樹『幻庵(下)』(文春文庫)はこちらから】

幻庵 下 (文春文庫)

石田芳夫『日本囲碁体系第15巻 秀策』にみえる耳赤の一手


【井上因碩と桑原秀策(先番)の対局―第7譜(126-127)】
≪棋譜≫(74頁の第7譜)
※黒127。囲碁史に不滅の名手、<耳赤の一手>である。

【「耳赤の局」の127手目までの手順】
≪棋譜≫
棋譜再生

対局の行われた原才一郎宅の別室では、順節をはじめとする幻庵の門下生や、一門の後継者たちが集まり、あれこれ局面を検討していた。
誰の目にも、形勢は白が有利。
御大幻庵の勝利を疑う者は一人もなかった。

そこへ、観戦していたある医師が戻ってきて、
「不吉な予感がする。幻庵先生が負かされるかも知れぬ」という。
一同が色をなして理由を問うと、
「いま秀策が、石音高く盤の中央へ打った。それを見た先生は居ずまいをただされ、しばらく考え込まれるうち、両の耳が赤くなった。医家の見方からすると、耳が赤くなるのは、なにか不意のことがあって、心が動揺した証拠である。あるいは秀策の一手、先生の意表をついたのではないか」と答えた。
これが<耳赤の一手>と呼ばれるゆえんである。

※ここで、石田氏は、次のようなコメントをしている。
・思い通りに局面が運んで、幻庵には気のゆるみもあったであろう。
・それに、白26はかなりの好点で、省くと黒い(10十六)が好形になり、白は手抜きが可能だが、すると黒ろ(13十九)を利かされる。
・黒27という名手が出たあとで、白26を非難するのは、結果論というものである。

☆黒27の一手をきっかけに、局面の流れが一変する。
(石田芳夫『日本囲碁体系第15巻 秀策』筑摩書房、1976年[1980年版]、74頁)

【石田芳夫『日本囲碁体系第15巻 秀策』筑摩書房はこちらから】

秀策 日本囲碁大系 第15巻

「耳赤の一手」~武宮正樹氏の著作より


武宮正樹氏は、その著作『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]の「第7章 格言と有名局」に、「古今有名局」の11局を載せている。

【もくじ】には、次のようにある。
①本邦最古の碁譜~建長5年(1253) 日蓮上人(32歳)VS吉祥丸
②本能寺の変~天正10年(1582) 日海VS(先)鹿塩利賢
③碁と天文学~寛文10年(1670) 名人四世本因坊道策VS(先)安井算哲
④ダメの妙手~文化9年(1812) 十一世本因坊元丈VS(先番)安井知得
⑤赤星因徹吐血の局~天保6年(1835) 名人十二世本因坊丈和VS(先)赤星因徹
⑥耳赤の一手~弘化3年(1846) 十一世幻庵因碩VS(先)桑原秀策
⑦太閤碁~昭和4年  四段木谷実VS(先番)三段呉清源
⑧三々、星、天元~昭和8年  名人本因坊秀哉VS(先番)五段呉清源
⑨新布石~昭和9年  (先番)五段木谷実VS五段呉清源
⑩秀哉名人引退碁~昭和13年  名人本因坊秀哉VS(先)七段木谷実
⑪原爆下の死闘~昭和20年8月4、5、6日  七段本因坊昭宇VS(先番)七段岩本薫

例えば、「⑩秀哉名人引退碁~昭和13年  名人本因坊秀哉VS(先)七段木谷実」については、次のようなことが述べてある。
「秀哉名人最後の勝負碁」といわれるもので、名人引退碁挑戦者決定リーグ戦を経て、木谷実七段が挑戦者となった。
この碁は、当時としても世間の注目を集めた。新聞観戦記を川端康成が担当したことで、さらに人気を呼んだ。川端の小説「名人」は、この碁を題材にした作品である。
(なお、勝負の結果は黒5目勝。秀哉名人はこの碁の1年後に他界)

そして、「⑥耳赤の一手~弘化3年(1846) 十一世幻庵因碩VS(先)桑原秀策」には、次のようなことが記してある。
囲碁史のエピソードの中では一番有名なもの。
18歳の桑原秀策が幻庵の住む大阪に立ち寄って打ったときのこと。
それまでの形勢は白の幻庵がやや優勢だったが、秀策の打った黒127手目が幻庵の意表を衝き、これを境にして碁の流れが変ってくる。
ところで、「黒127手目が妙手に違いない」と見抜いたのは、碁を知らずに対局室で見ていた医者であった。
その医者が控え室に戻ってきていうには、
「その手が打たれたトタン、幻庵先生の耳がさっと赤くなりました。あれは動揺した証拠ですよ」とのこと。
はたしてこの碁、秀策の追い込みが功を奏し、黒3目勝ち(ママ)を得た。
秀策は十四世本因坊秀策の跡を継ぐべき大才の持ち主だったが、惜しくも34歳で生涯を閉じた。

ところで、金大鈴(1925年生まれ、韓国出身、東京大学文学部卒業)氏は、囲碁教室を開き、碁の指導にあたっている。その際に、秀策の「耳赤の局」にまつわる、面白いエピソードを記している。

金大鈴氏は、上達に必要なのは、碁に親しむことであると考え、プロの碁や自分の打った碁を碁けい紙に書き取らせ、それをソラで並べられるまで何度も並べることを囲碁教室の宿題にしたそうだ。
すると、60歳を過ぎて入門したご婦人が、本因坊秀策の「耳赤の局」325手をほかのお弟子さんが見ている前で、全部並べてみせ、皆さんをアッといわせた。この快挙でご婦人はすっかり自信をつけられ、驚くほど上達されたという。

(武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]、4頁~6頁、162頁~172頁)



≪坂田栄男『囲碁名言集』の目次≫

2021-09-05 17:54:18 | 囲碁の話
≪坂田栄男『囲碁名言集』の目次≫
(2021年9月5日投稿)
 

【はじめに】


 ある本の見取図は、その本の目次にある。目次を見れば、その本の内容はだいたい推測できるはずである。今回のブログも、坂田栄男『囲碁名言集』(有紀書房、1988年[1992年版])の目次を紹介しておく。(具体的な内容は次回以降のブログで)
 まず、坂田栄男(さかた・えいお、1920~2010)氏の経歴を簡単にみておく。
坂田栄男
 大正9年 東京・大森に生まれる
 昭和4年 増淵辰子二段に入門
 昭和10年 入段。昭和30年九段昇進。
 昭和38年 タイトル戦史上初の名人・本因坊となる
 昭和55年 紫綬褒章受章

 このような経歴をみてもわかるように、坂田栄男氏は、「碁の申し子」といってよく、弱い石も巧みに助け、切れ味鋭いシノギを特徴として、“シノギの坂田”“カミソリ坂田”の異名を持っていたことはよく知られている。坂田栄男二十三世本因坊は、呉清源と並び称される昭和最強棋士の一人であった。

 さて、坂田栄男『囲碁名言集』の目次は風変わりである。4編に分かれているが、各編の項目の見出しがやたらに長い。しかし、言いたいことの要約がその見出しにつめこまれている。



【坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房はこちらから】

囲碁名言集






坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]

本書の目次は次のようになっている。
【目次】
はしがき
1 心理編
2 序盤編
3 中盤編
4 終盤編
付 死活格言集
おわりに

さらに、各編の項目も次のように【目次】に列挙してある。

1 心理編


・碁は調和にあり
・碁は上がっていなければ下がっている。止まっていることはない
・碁というものは、妙手を打って勝つことよりも、悪手を打って負けることのほうが多い
・自分の好きな手は大きく見える
・力はかならずしもヨミとはいえないが、ヨミがなければ力があるとはいえない
・相手が打つと、カンパツを入れずに打つ―碁は剣道ではないのだから、こんな早打ちはちっとも自慢にならない
・弱い人は、置碁で自分の兵隊がたくさんいるところでも、戦おうとしない。これでは力がつかない。とにかく戦ってみること、これが上達のコツである
・アマの人にとってもっとも大切なのは、自分の碁を打つ、自分なりの作戦をたてるということだ。借り着もときにはやむを得ないが、自分のからだに合うように着こなさなくてはいけない
・碁風の長所と短所とは、隣り合せである
・ある程度までは本を読んだり教わったりで、自動車に乗ったように早く行ける。だがそれから先は、自動車の通れぬ悪路だから、自分の足で歩くほかない

2 序盤編


・打ち始めはまず空き隅、次にシマリ、またはカカリという順序である。隅が最大。隅から辺へ、辺から中央へと発展せよ
・第三線では、一つの石からは二間にヒラく。石が二つ立つと、三間にヒラける。二立三析(にりつさんせき)がヒラキの原則
・辺から中央へ向っての一間トビは、いい手のことが多い
・星にカカられて一間トビに受けるのは、次に攻めるのが目的。守るつもりなら大ゲイマまたは小ゲイマに受ける
・小目は実質的な着点。目外しは勢力的な着点。目外しからはすぐ辺にヒラけるが、小目からは、いっぺん位を高くしてからでないと、ヒラくわけにいかない
・石の働きが殺された効果の悪い形を、凝り形という。「両ガケ」を食うのは、凝り形になってよくない
・高目や大斜はハメ手の宝庫。間違わぬよう、よく研究しておかないとあぶない
・星打ちは速度において優るが、三々をねらわれる弱点があって地にアマい。星からもう一手打っても、隅は地にならない
・シマリには、小ゲイマジマリ、大ゲイマジマリ、一間ジマリの三つがあり、それぞれに一長一短がある。完全なシマリなどあり得ない
・シマリから両翼を張るのは、布石における理想形
・シチョウはあらゆる場合に、あらゆる形で現われる。用心が肝要
・コミのない碁では、黒はゆっくり、白はいそいで。コミ碁では、白はゆっくり、黒はいそいで
・高目からすぐ辺にヒラいている形には、小目にカカらず三々に入るのがよい
・星にカカってきた石をハサみ、両ガカリされたときは、ハサミのないほうにツケる
・ヒラキは、その先に余裕を持たせるのが原則だが、ねらいがあればいっぱいにツメる。控えるか、いっぱいにいくか、どちらかである
・コウはおそれずに戦うべきだが、とくに序盤で自分が先に取るコウは、おそれてはならない。序盤では、有力なコウダテがないからである
・敵の厚みに近寄るな
・スソあきのところを囲うのは、愚である。相手がスソあきなら、打ち込んでもつまらない
・ハメ手に一度ハマるのはよくない。だが、おなじハメ手に二度ハマってはいけない

3 中盤編


・ボウシされたらケイマに受ける。多くの場合、それが正しい“形”である
・たがいに密接した二子(もく)の頭は、勢力上の必争点
・相手が押してきたら、四線はどんどんノビるのがよい。第二線は、死活に関する場合、ヨセを打つ場合のほかは、ハッてはならない
・相手の石を欠け眼にする点は、形をくずす急所。同様に「三子のまん中」をノゾくのも、急所中の急所である
・石が切りむすんだ形では、どれか一方をノビるのが手筋。単にノビるほか、一つアテてから引くのが筋になることも多い
・ノゾキは相手にツガせるのが目的。その場合、多くは利かしとなるが、アジ消しの悪手になるものもあり得る。またノゾかれたときは、一応はツガぬ手を考えるのがよい。ノゾキにツガぬ例は意外に多いのである
・ポンぬきは石にムダがなく、威力も大きい。よほどのことがないかぎり、ポンぬきをさせてはならない
・攻めようとする相手の石には、ツケてはならない。逆に自分の石をさばくときは、相手の石にツケて打つのがよい
・一つの石だけ専門に攻めても、成果は期待できない。攻めるには、二つ以上の石をカラんで打つのが、成功の秘訣である
・黒が星から一間トビに受け、さらに星下にヒラいている形で、白が一間トビの鼻にツケてきたときは、おだやかに打つには下からハネ、白の二段オサエに切って押し上げる。強く攻めるには中央にノビて打つ
・石には要石と廃石がある。要石はまだ役目を終っていない石だから、絶対に捨ててはいけない。廃石はもう役目のすんだ石だから、逃げてもつまらない
・相手の模様にのぞむのは、深く打込むか浅く消すか、この判断がむずかしい。だが多くの場合、浅く消すのが無難だし、それで十分なものである
・厚みは、それが攻めに役立ってこそ真価を発揮する。厚みを地にするのは愚である
・形をととのえるには、捨て石が有効なことが多い。ことに第三線の石は、一つ第二線にサガって捨てるのがよい
・アタリや切りは、必要があるまで打ってはいけない。必要のないアタリは、百パーセント悪手である
・無用のダメはつめるべからず
・右を打ちたいときは、左を打て
・石を裂かれるのは最悪形。相手の石を裂くのは理想形
・意表の手を打たれたときは、あわてないことが第一。敵の注文がどこにあるのか、じっくり腰を落として対策を立てよう
・あきらめる前に、もう一度考えよう。考えれば手はあるものだ

4 終盤編


・ヨセの順序はまず「両先手」、次に「片先手」、最後に「両後手」。先手後手は形によって決まるのではなく、手の大きさによって決まる
・理由のない損をするな
・つまるところ、ヨセは先手の争いである。いつでも先手をとるくふうをしよう
・逆ヨセのチャンスをねらえ
・小ヨセでは、二線のハネツギ、切り取りをいそげ。最低でも六目の手になる

付 死活格言集


・死はハネにあり
・左右同形、中央に手あり
・2ノ一、2の二に妙手あり
・一合マスはコウと知れ
・ハネ一本が物をいう
・敵の急所はわが急所
・眼あり眼なしはカラの攻合い
・攻合いのコウは最後に取れ
・両バネ利けば一手ノビ
・五ナカは八手
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、目次、3頁~10頁)




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・坂田栄男『囲碁名言集』
・その目次に対する個人的感想






その目次に対する個人的感想


 全体的な章立ては、「心理編」が最初にあり、あとは碁を打つ順序にしたがって、序盤、中盤、終盤と分け、最後に、「付 死活格言集」が付け加えられている。
 「心理編」が本書の独特の章立てである。そこには、各棋士の囲碁観を要約した言葉が並ぶ。例えば、
・「碁は調和にあり」は、昭和の最強棋士とも言われる呉清源の言葉である。
また、
・「碁は上がっていなければ下がっている。止まっていることはない」
・「碁というものは、妙手を打って勝つことよりも、悪手を打って負けることのほうが多い」
・「碁風の長所と短所とは、隣り合せである」
これらは、坂田栄男九段の言葉である。それぞれの棋士の囲碁観、勝負に対する考え方が凝縮されている言葉であろう。

 ところで、囲碁の格言といえば、普通、「付 死活格言集」にみられるように、「左右同形、中央に手あり」「2ノ一、2の二に妙手あり」「敵の急所はわが急所」「眼あり眼なしはカラの攻合い」のようなものである。
 しかし、各編にみられるような目次の見出しには、次のようなもので、見出しが非常に長いが、示唆に富む名言が並ぶ。
・「碁というものは、妙手を打って勝つことよりも、悪手を打って負けることのほうが多い」(1 心理編)
・「星にカカられて一間トビに受けるのは、次に攻めるのが目的。守るつもりなら大ゲイマまたは小ゲイマに受ける」(2 序盤編)
・「ノゾキは相手にツガせるのが目的。その場合、多くは利かしとなるが、アジ消しの悪手になるものもあり得る。またノゾかれたときは、一応はツガぬ手を考えるのがよい。ノゾキにツガぬ例は意外に多いのである」(3 中盤編)
・「ヨセの順序はまず「両先手」、次に「片先手」、最後に「両後手」。先手後手は形によって決まるのではなく、手の大きさによって決まる」(4 終盤編)

読んでわかるように、例えば、「星にカカられて一間トビに受けるのは、次に攻めるのが目的。守るつもりなら大ゲイマまたは小ゲイマに受ける」(2 序盤編)などは、序盤の布石、定石の要諦をうまくまとめたものである。これらの見出しをたよりにして、碁の勉強に役立てることができる。
自分の勉強してみたいところを集中的に読んでもらうために、今回紹介した目次を参照して頂ければ、幸いである。




≪ダメ、手割りに関する囲碁の格言~『新・早わかり格言小事典』より≫

2021-09-04 18:33:15 | 囲碁の話
≪ダメ、手割りに関する囲碁の格言~『新・早わかり格言小事典』より≫
(2021年9月4日)
 



【はじめに】


 今回のブログでは、日本棋院から出版されている工藤紀夫編『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])に見える、ダメ、手割りに関する囲碁の格言について解説してみたい。
 具体的には次の格言である。
〇外ダメからツメよ
〇手割りを考えよ

なお、この二つのテーマについては、他の文献なども参考にしてみた。
例えば、プロ棋士の木部夏生二段が、You Tubeで「囲碁棋士と学ぶ! 今日の格言」と題して、囲碁の格言を解説しておられるが、「攻め合い外ダメから詰めよ」というテーマで(2021年8月24日付け#24)で取り上げておられる。原理的なところを要領よく解説しておられ、内ダメは自分の手数を縮めてしまう悪手になってしまうので、注意を要するという。
また、坂田栄男九段の著作『囲碁名言集』(有紀書房、1988年[1992年版])は、含蓄のある内容で、この二つのテーマについても参考となる(次回のブログで、この坂田栄男九段の著作について紹介してみたい)。
外ダメ、内ダメについていえば、この両方を考えても、うまく解けない問題がある。工藤紀夫『初段合格の手筋150題』(日本棋院、2001年[2008年版])の中から、1問を解説しておく。




【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則

さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・外ダメからツメよ
・「外ダメからツメよ」の別例~坂田栄男『囲碁名言集』より
・外ダメ、内ダメ以外の手筋
・手割りを考えよ
・ポンぬきと手割~坂田栄男『囲碁名言集』より
・捨て石と手割~坂田栄男『囲碁名言集』より



 



外ダメからツメよ


数々ある攻め合いの要諦のなかでも、もっとも基本的なものである。
まず「外ダメ」とは何かを理解しなければならない。
「外ダメ」に対しては、「内ダメ」がある。攻め合うときは外ダメから、というのである。

【テーマ図:1図】
≪棋譜≫(129頁の1図)

棋譜再生

☆黒番としよう。さて、この攻め合いはどうなるか?
六子の外ダメが、a(8, 十六)、a(9, 十七)の2点である。b(5, 十六)、b(5, 十七)の2点が黒五子の外ダメである。
対して、c(7, 十八)、c(7, 十九)の2点を内ダメという。
※外ダメは「一方ダメ」、内ダメは「共通ダメ」という別称もある。

【テーマ図:2図】
≪棋譜≫(129頁の2図)

棋譜再生

☆やはり黒番で考える。
黒からつめようとすると、白のダメは2個所しかない。
前問の要領で「外ダメ」「内ダメ」を見極めれば、あっさりと解決する。



さて、上のテーマ図に対する正解と失敗は、次のようになる。

【1図の失敗:内ダメだから失敗】
≪棋譜≫(130頁の3図)

棋譜再生

・黒1とつめた。たしか、こちらは内ダメだから、失敗である。
・白2とつめられて気付いてもすでに手遅れ。失敗は取り返せない。

【1図の正解:外ダメだから正しい】
≪棋譜≫(130頁の4図)

棋譜再生

・黒1(3でもよい)が正しい。いうまでもなく外ダメだから。
・正しくつめたので白4まで、黒の先手ゼキになった。
※もっとも黒1は手抜きでも、白2のとき黒1でセキである。

【2図の失敗:内ダメだから失敗】
≪棋譜≫(130頁の5図)

棋譜再生

・黒1とツイだのはさらに3とツギ、a(8, 十八)の内ダメをつめようとしたものである。
・その間に白から2、4とつめられ、黒の負けとなってしまった。
※そもそも、内ダメをつめようとしたのがいけない。

【2図の正解:遠回りしても外ダメから】
≪棋譜≫(130頁の6図)

棋譜再生

・黒1と遠回りしても、a(9, 十九)の外ダメをつめることを考えるべきであった。

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、129頁~130頁)


「外ダメからツメよ」の別例~坂田栄男『囲碁名言集』より


「外ダメからツメよ」の別例を、坂田栄男九段の『囲碁名言集』(有紀書房、1988年[1992年版])からあげておこう。つまり、「攻合いのコウは最後に取れ」と題して、外ダメからつめる場合の例を掲げている。(「攻合い」の送り仮名はママ。以下同じ)

攻合いはただでさえややっこしいのに、それにコウがついているとなると、さぞ頭の痛いことである。
しかし、原理さえ知っていれば、さして苦しまずにすむようだ。
コウのついた攻合いの原則は、「攻合いのコウは最後に取れ」ということである。あわててコウを取らず、必要になったら、そのときに取るのである。

次のようなテーマ図で考えてみよう。
【攻合いのテーマ図】(黒の手番)
≪棋譜≫(256頁の1図)

棋譜再生

☆白のダメは四つ、黒は三つだから、黒が不利のように見えるが、そうではない。
「攻合いのコウは最後に取れ」というコツを知っていれば、かえって黒の有利な攻合いだとわかる。

【正解:外ダメからツメよ】
≪棋譜≫(256頁の2図)

棋譜再生

・コウにはかまわずに、黒は1、3と外ダメをつめる。
・白4で黒はアタリになった。
・必要が生じたら、ここで初めて黒5とコウを取る。
※同時に白がアタリとなり、白はコウをタテなくてはならない。

【失敗:黒があわててコウを取った場合】
≪棋譜≫(257頁の3図)

棋譜再生

・これは黒があわててコウを取った図である。
・白はもちろん1とつめて、あとを順々につめ合うと、結果は前図とまったく逆になることがわかるはずである。
⇒白がコウを取って黒がアタリとなり、黒がコウダテを求めるのである。

※このように、コウを先に取るか最後に取るかでは、重大な差が出る。
 攻合いが大きければ大きいほど、コウの取り番は大きな問題で、勝敗に直結する。
 たった一つのコウ材がないばかりに、無念の涙をのんだという例はいくらでもあるようだ。
 「攻合いのコウは最後に取れ」――この原則は、眼のある石の攻合いでもまったく同じである。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、256頁~257頁)

【坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房はこちらから】

囲碁名言集

外ダメ、内ダメ以外の手筋


外ダメからでも、内ダメからでも、うまくいかないことがある。
だから、囲碁はむずかしい。工藤紀夫『初段合格の手筋150題』(日本棋院、2001年[2008年版])の中には、次のような問題がある。

【問題81】(黒番)
≪棋譜≫(177頁の問題図)

棋譜再生

☆攻め合いの考え方は摩訶不思議なところがある。
本題の黒の手数は三手。白は四手であるから、諦めてしまいそう。
 でも逆転の手筋があるかもしれない。頑張って読み切ること。
 
【失敗1:内ダメから詰めた場合】
≪棋譜≫(178頁の失敗1)

棋譜再生

・黒1はいけない。
※攻め合いは多くの場合、「内ダメから詰めるのは間違っている」。
⇒黒1が内ダメから詰めた手で、攻め合いはやはり黒の負け。

【失敗2:外ダメから詰めた場合】
≪棋譜≫(178頁の失敗2)

棋譜再生

・では黒1の外からダメを詰めればよいかというと、これも失敗。
・白2のオキで、ピッタリ黒の一手負けに終わる。

【正解:「眼あり眼なし」の眼持ち】
≪棋譜≫(178頁の正解)

棋譜再生

・急がば回れの黒1が手筋。
⇒黒1によって、白2、4と迂回させられ、白は最後のアタリが打てなくなる。
※この結果を「眼あり眼なし」といい、見事に攻め合いを制した。
(工藤紀夫『初段合格の手筋150題』日本棋院、2001年[2008年版]、177頁~178頁)

【『初段合格の手筋150題』日本棋院はこちらから】

初段合格の手筋150題 (囲碁文庫)

手割りを考えよ


石を捨てた、取られたというとき、その結果を判断する目安になるのが、「手割り」である。

有名なハメ手を紹介している。
【1図】
≪棋譜≫(170頁の1図)

棋譜再生

・黒4でa(6, 十六)、白b(7, 十八)と白をワタらせれば、なんでもなかった。

【2図】
≪棋譜≫(170頁の2図)

棋譜再生

・黒30まで、たいへんなハマリである。

☆この結果の「手割り」を解説している。
【3図】
≪棋譜≫(170頁の3図)

棋譜再生

・白は六子を取られている。
・その六子に見合う黒の六子を取り除くことによって、石の効率が知れる。
⇒黒の六子とは、2図の黒16、10、18、28、30、そして黒(7, 十七)である。

【4図】
≪棋譜≫(170頁の4図)

棋譜再生

・3図の黒六子を取り除いた結果は、こうなる。
 しかし、黒はまだ不要な黒二子、すなわち黒(4, 十六)と黒(5, 十六)がくっついている。
・また、得た20目ちょっとの地と白の外勢をくらべれば、その優劣がはっきりするだろう。
⇒白大優勢である。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、170頁)

ポンぬきと手割~坂田栄男『囲碁名言集』より


☆ポンぬきは石にムダがなく、威力も大きい。
よほどのことがないかぎり、ポンぬきをさせてはならない

よく「ポンぬき三十目」といって、ポンぬきはさせてはならないものとされる。
三十目という数字に根拠なく、「たいへん大きいのだ」ということを表現したもののようだ。
(じっさい三十目、ときにはそれ以上の価値を持つポンぬきもあるという)

ポンぬきは、それ自体がひじょうな好形であるばかりでなく、厚みが四方に働くのが大きな特徴である。
したがって、辺や隅に片寄るよりも、中央のポンぬきほど価値がある。

【中央のポンぬきの模型図】
≪棋譜≫

棋譜再生

・白が四隅の星を占め、黒が中央でポンぬいた形。
・むろん実戦ではできるはずがなく、これは一つの模型図である。
⇒これで両者の力はつり合っている、という定説になっているそうだ。
〇「一に空き隅」といわれる重要な隅の拠点を、白は四つとも占めている。対する黒は、空中になんら実利をともなわないポンぬきがあるだけなのに、これで四隅に対抗できるという。

※坂田栄男氏は、院生(日本棋院で養成するプロ棋士のタマゴ)の時分、実験的にこの配置から打ってみたことがあるらしい。
⇒優劣はつけがたかったそうだ。
黒先なら黒がいいし、白先なら、わずかに白に分がある。
先に打ったほうが有利ということは、この配置が互角という証拠にほかならない。
〇なにしろ黒は中央に堅塁があるから、どんなにせまい白の構えにでも、平気で打ち込んで行ける。
もぐりこんで活き、白の外勢を厚くしても、それは気にかける必要がない。厚みはポンぬきが消してくれるからである。
また根拠がなくて攻め出されても、ポンぬきの声援があるから、トビ出しさえすれば、もう安全である。

隅に一手打つのは、だいたい十目の価値が持つといわれる。
かりにこの説が正しいものとし、上図の形が五分とすれば、四隅に一手ずつ打った白は四十目。それに対抗している黒のポンぬきも、おなじ四十目にあたるといえると、坂田氏は解説している。

このように中央のポンぬきは、大きな威力を持っている。
たとえ辺でも隅でも、ともかくポンぬきをさせるのは感心しない。
一個の石を取るには、タテヨコ四つのダメをつめればよく、その最小限の手数で石を取るのがポンぬきである。

ポンぬきは石にムダがなく、しかも弾力にとんで富んでいる。相手にはポンぬきをさせぬよう、自分からはチャンスがあれば、ためらわずにポンぬいて打つべきであるという。

【悪手の見当】
≪棋譜≫

棋譜再生

・白1と走り、黒2とツケて以下7まで。
☆初心の人の碁を見ていると、こんな変化がよく見られるという。
どの手がおかしいのか?

⇒白1に対する黒2のツケが悪手である。
・それに対する白3も悪手である。
(3は2の非をトガめないだけ、2よりも罪の重い手といえる)
※双方が悪手を打った場合、あとから打ったほうが不利を招くのは理の当然だとする。

・白7までの結果は隅の実利が大きく、それだけ白が不利となっている。
〇黒2は4とコスんで受けるところである。
(それを2とツケてきたのだから、白は気合からいっても、反発しなくてはならない)

【白はハネ出す一手】
≪棋譜≫

棋譜再生

・ここは白1とハネ出す一手である。
・黒2の切りに3とカカエて、必然黒6までとなる。
⇒こんな隅っこでも、ポンぬきはポンぬきなりの威力があって、白はすぐ続いて7、9と黒をゆさぶることができる。
・黒10には11とサガリ。
(黒イ[18の六、黒10の右]のオサエは隅には利かない)

【手割による検討】
≪棋譜≫

棋譜再生

・前図の結果を解剖してみると、このようになる。
・はじめ白1と三々に打ち込んで、黒2に3、5と打った。
・黒はだまって6とツギ、白7から11まで。
⇒この形に黒イ[17の二、白1の上]、白ロ[17の一]を加えたのが前図である。

※この解剖診断によって、悪手は黒の側にばかりあることが明らかになっているという。
・まず黒6は、いつでもハ[16の一、白3の上]とアテて、白イ[17の二、白1の上]とツガせるに決まったところ。
・それから6とツゲば、白11、黒ニ[18の六]、白7、黒10、白8,黒その左オサエ、白1の下ツギ、となるのが、定石であるという。
(白は後手で活きることになる)

・さらに大悪なのは、黒イ[17の二]と放りこんでいることで、もともとハ[16の一]とアテるべきところを、黒イ[17の二]、白ロ[17の一]と取らせたのだから、お話にならないという。
⇒ポンぬかせた罪が、そのまま黒の不利、白の有利につながっている。
〇このように、手順をかえて形を調べ、着手の可否を検討するのを手割(てわり)という。
強くなるにしたがって、興味を持つようになってくるようだ。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、148頁~151頁)

捨て石と手割~坂田栄男『囲碁名言集』より



※形をととのえるには、捨て石が有効なことが多い。
ことに第三線の石は、一つ第二線にサガって捨てるのがよい
格言「二子(もく)にして捨てよ」

坂田氏によれば、「石を捨てる楽しさ」が碁にはあるという。
相手に石を取らせ、それをタネにいろいろと仕事をする。
捨て石がうまくいったときの楽しさは、石を取るのとはまた違った味わいがある。
この捨て石のアジがわかるようになると、もう相当な腕前になっているはずだという。

初心のうちは、相手の石は取りたい、自分の石は取られたくないの一心である。石を捨てる、わざわざ取らせるなどということは、初心者は夢にも考えない。
それがだんだん強くなると、要石と廃石の区別がつくようになる。さらに捨て石を投じて手割をうんぬんするようになると、もうアマチュアとしては、一人前の打ち手に成長している。
よく「アマは石を取ろうとする、プロは捨てようとする」というが、一面の真理であるようだ。

〇石を捨てる目的の第一は、それによって相手をしめつけ、自分の形をととのえることにある。
したがって、アタリにされた石をポンと打ちぬかせてしまっては、うまく目的を果たせない。とくに第三線の石を捨てる場合は、一つノビて取らせるのが原則になる。
⇒ノビることによって手数をふやし、その間にしめつけをはかる。

【白ツケて整形】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆黒の堅陣の中に白三子が孤立しているが、この白はなかなかの好形であるから、すぐにおさまることができる。
というのも、白1とツケるうまい手があるから。
これを捨て石にして黒に取らせ、白はきれいに形をととのえる。

【白の働いた形】
≪棋譜≫

棋譜再生

・続いて黒2のハネ出しに白3と切り、4のアテに5とノビる。
⇒この白5が「一つサガって捨てる」手である。
・黒6のオサエで二子は取られるけれど、これをタネに白は7のアテ、そして9、11まで、ムダなくぴったり利かすことができる。
⇒こうして、白は先手に整備し、もう攻められる心配はなくなった。
※黒2とハネ出して以降、この手順は一本道である。
白の石はどれも効果的に働き、理想的な結果となっている。

【失敗図:白が捨て石を打たない場合】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆前図の結果がいかに白の働いた形であるかを説明してみよう。つまり、白が捨て石を打たないと、どうなるのか?
〇もし白が捨て石を打たず、本図のように、白1と突きあたったとすれば、黒は2とぶつかってくる。
(また1で2と打てば、黒は1とくる)
※この形では、白が形をととのえるには、1と2の両点が急所なので、普通に打ったのでは、二つの急所を二つとも占めることはできない。
※ところが前図では、打てないはずの急所を、二つとも白が打っている。
そこに捨て石の値打ちがある。

【手割:白の働きを確認】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆手割で解剖して、白の働きを確認してみよう。
・はじめに白1と突きあたったとき、黒は2とハネて受けた。
・白3には4とサガり、白は5のマガリを利かして7とオサエる。
・ここで黒は8と手入れをしたのである。
⇒この形に白の捨て石の二子、黒が取るのに打った二子を加えると、2番目の図【白の働いた形】となる。

☆本図の手順を見ていえることは、白の着手には一つのムダもないのに、黒の打った手は不合理だらけ、ということである。
・第一、白1に黒2と打つことはありえない。
黒2は3と打つか、すくなくともイ(17の六、黒2の右)と引くところである。
・黒4もイとツグべきである。
・最後の黒8に至っては、手のないところに手を入れた、不要の一手になっている。
〇捨て石がどんなに効果のあるものか、これでわかる。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、182頁~184頁)



≪ソバコウに関する囲碁の格言~『新・早わかり格言小事典』より≫

2021-09-03 17:19:11 | 囲碁の話
≪ソバコウに関する囲碁の格言~『新・早わかり格言小事典』より≫
(2021年9月3日)
 

【はじめに】


 今回のブログでは、日本棋院から出版されている工藤紀夫編『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])に見える、ソバコウに関する囲碁の格言について解説してみたい。
 具体的には次の格言である。
〇ソバコウあって大威張り
〇ソバコウは立たず




【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則

さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・ソバコウあって大威張り
・ソバコウは立たず



 



ソバコウあって大威張り


「ソバコウ」は「近所コウ」ともいう。
大石はコウになっても、近くにコウ立てがたくさんあるはずだから、なかなか死なないものである。

【テーマ図:ソバコウ】
≪棋譜≫(131頁の1図)
・たとえば、白(4, 十八)に取り込まれ、この黒の生死はコウにゆだねられることになった。
しかし、この黒には「ソバコウ」がたくさんあるから、ご安心なさいというわけである。
棋譜再生
【コウ立ての例】
≪棋譜≫(131頁の2図)
棋譜再生
・黒1がまずひとつめ。

【コウ立ての例】
≪棋譜≫(131頁の3図)
棋譜再生
・つづいて、白がどこかにコウ立てをして、白(4, 十八)に取り返したとしょう。
・あとはいちいちコウのやりとりは示さないが、黒1以下コウ立てである。

【コウ立ての例】
≪棋譜≫(131頁の4図)
棋譜再生
・さらに、眼をつくるゾ、という黒3以下も全部コウ立てになる。
 まだ黒a(8, 十八)もある。
※これでは白はたまらない。黒さんの大威張りもうなずける。
ただし、いずれどこかで二手連打を白に許すことは、覚悟しておくべきである。

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、131頁)

ソバコウは立たず


前項「ソバコウあって大威張り」とは別に、ソバコウが立たないというケースである。
(碁にはこういうこともある)

【テーマ図:前型と少々形がちがう】
≪棋譜≫(132頁の1図)
棋譜再生
☆前型と少々形がちがっている。
 a(3, 十七)に黒石がない。⇒この一事が黒にとって悲劇的である。
 おなじく白(4, 十八)にコウを取られたところ。

【「ソバコウは立たず」の例】
≪棋譜≫(132頁の2図)
棋譜再生
・黒1が「ソバコウは立たず」である。
・白2と解消され、黒3に白4で、先に隅が取られてしまう。
※黒1はコウ材として使えない。

【黒の失敗:ツギで死】
≪棋譜≫(132頁の3図)
棋譜再生
・といって、黒1ツギでは白2、4で、コウに関係なく黒死が確定してしまう。

【黒のソバコウが物を言う場合】
≪棋譜≫(132頁の4図)
棋譜再生
(白4コウ取る、黒7コウ取る)

・結局、この形では、黒は他所にコウ材を求め、黒1のコウに勝つしかない。
・黒1に白2と謝らせれば、黒3、5。
・なお黒7のコウではあるが、今度こそ、a(3, 十四)以下の「ソバコウ」が物を言う。
※ソバコウ、立ったり、立たなかったりである。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、132頁)



≪ケイマ、コスミに関する囲碁の格言~『新・早わかり格言小事典』より≫

2021-09-02 17:22:30 | 囲碁の話
≪ケイマ、コスミに関する囲碁の格言~『新・早わかり格言小事典』より≫
(2021年9月2日)

【はじめに】


 今回のブログでは、日本棋院から出版されている工藤紀夫編『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])に見える、ケイマ、コスミに関する囲碁の格言について解説してみたい。
 具体的には次の格言である。
〇ケイマにツケコシ(あり)
〇ケイマのツキ出し悪手の見本
〇「 コスミに悪手なし」「じょうずまっすぐ、へたコスむ」
〇コスミツケには立つ



【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則

さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・ケイマにツケコシ(あり)
・ケイマのツキ出し悪手の見本
・「 コスミに悪手なし」「じょうずまっすぐ、へたコスむ」
・コスミツケには立つ



 



ケイマにツケコシ(あり)


ケイマの形に打つときや、ケイマの形があるときは、相手から常にツケコシを狙われていますよ、ご注意なさいということである。

【白1のケイマ】
≪棋譜≫(69頁の1図)

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・白1がケイマである。
☆はたして、これでよかったか?

【黒1のツケコシ】
≪棋譜≫(69頁の2図)

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・黒1がツケコシ。
⇒ケイマを越えて1とツケるから、ツケコシである。
※黒1で2、白1、黒a(10, 十四)はツケコシとは呼ばない。
 白2、4なら、黒3、5で戦い。

もう1例、ケイマにツケコシの例を挙げてみよう。
【白1のケイマ】
≪棋譜≫(70頁の4図)

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・白1がケイマ。
☆「ケイマにツケコシ」を知っていれば、見事に決まる。

【黒1のツケコシ】
≪棋譜≫(70頁の5図)

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・黒1、ツケコシである。
・白4と取らせて、黒7までは“技あり”といっていい。
※黒1で2は白1だし、7のカケは5とハワれ、知ると知らぬとでは大ちがい、となる。

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、69頁~70頁)



ケイマのツキ出し悪手の見本


「ケイマのツキ出し悪手の見本」は、「ケイマのツキ出し俗手なり」「ケイマの腹は出るべからず」ともいう。

【俗手:「ケイマのツキ出し」の例】
≪棋譜≫(71頁の1図)

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☆白は本来、a(白4の下)にコスんで守っておかねばならぬ形である。
・なのに黒1が「ケイマのツキ出し」
・白を4と安心させた。

【本筋:「ケイマのツケコシ」の例】
≪棋譜≫(71頁の2図)

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〇「ケイマのツケコシ」で、黒は当然1でなければならぬ。
・白4で5のノビは黒a(16, 十八)に耐えられないから、白は4。
・黒は5とタタいて、気分いいこと、この上ない。
※前図の俗手との差をご覽あれ。
 本筋とは、これほどの開きがでる。

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、71頁)

「 コスミに悪手なし」「じょうずまっすぐ、へたコスむ」


「 コスミに悪手なし」
「悪手なし」の所を「妙手あり」「威力あり」とする格言もある。
いろいろ言ってくれるものだが、一方には、「上手(じょうず)まっすぐ、下手(へた)コスむ」などという背反した言い方もあるから、ややこしい。

「一間トビに悪手なし」という比較的古典的な格言があり、それなら「コスミ」だって捨てたものではないゾ――と、新しく創られたものにちがいないと、みられている。

ただ、いつでもどこでもコスめばいいというものでないことは、注意を要する。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、75頁)

「じょうずまっすぐ、へたコスむ」
これも当然、ケースバイケースである。
「まっすぐ」が万能でもなければ、「コスミ」を悪玉と決めつけることもない。
この格言は、次のようなことを言ったものと心得よとする。

【「へたコスむ」の場合】
≪棋譜≫(104頁の1図)

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☆黒の打ち込みに白1と肩を衝いて来た。
・しかるに黒2のコスミ。これが「へたコスむ」に該当する。
・白から3、5を利かされ、左右の白にゆとりを与えている。
※白1と白(11, 十七、つまり白3の下)が、コスミの急所に来ているからである。

【「じょうずまっすぐ」の場合】
≪棋譜≫(104頁の2図)

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〇「じょうず」は、黒1の「まっすぐ」である。
なんといっても、白(8, 十六、つまり黒1の左)の石に対する当たりが強いのが、「まっすぐ」の長所。
・白2のハネなら黒3から9で、黒の好形、攻勢となった。
※前図、黒2のへっぴり腰との差を、とくとご覧あれ。

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、104頁)

コスミツケには立つ


【コスミツケには立つの例】
≪棋譜≫(75頁の1図)

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・黒1のコスミツケに、白2の「立ち」である。

【コスミツケには立つの別例】
≪棋譜≫(75頁の2図)

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・黒3のコスミツケに、白4も同様である。
※中央なら「ノビ」であるが、三線からノビるケースを「立ち」と呼ぶ。
<注意>
・コスミツケに手を抜くことは、次に、前図は黒2、本図は黒4で、いずれも相手に好形を与えてしまう。
⇒だから、コスミツケには、何も考えずに立つくらいの気持ちがほしいという。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、75頁)