♪ほのぼの子育て日記♪

★あーちゃん+るっち★
子育てブログ

入・卒園準備 ~衣装編

2011年02月20日 | あーちゃんのコト
2月に入るやいなや、母が 「あーちゃんの卒園式用の服を買わなくちゃ」と息を巻き始めた。
「園服あるんだし、私服じゃないんじゃない?」などと反論すれば、「入学式に必要でしょ」と力む。

2月11日。
その日は私、20日ぶりの休日だった。咳もひどく、巣篭もりしてたかった。         ・・・・が・・
朝から、母からのメールがバンバン届く。「出掛けたくない」と断ると、父からもメールがきた。

仕方なく咳をマスクで覆い、私の運転で(病人なのに)ヨーカドーへ・・・。


--------------- 以上、ヨーカドー・コレクション (笑) ----------

しかし、結局ここでは決まらず・・・。 「また今度ね♪」 と言う母とわかれた。


そして今日、2月20日。
昨夜遅く、父からメールが届く。 「明日、藤枝まで行かないか?」 藤枝アピタへの誘いだ。


--------------- 以上、アピタ・コレクション (笑) ----------

・・・結果。・・・よ、ようやく 1着ゲット致しました。

さぁ、どの衣装になったと思いますか  
                      正解は、3月26日・卒園式or4月6日・入学式で。

途中で寄った 『駿府匠宿』 『雛展』が見事でした。

生活発表会

2011年02月19日 | あーちゃんのコト
今年もやってきました。保育園生活最後の生活発表会 
ホントはこの日もギリギリまで行けるかどうか判らなかったんだけど(・・もちろん仕事で
午前中の授業を 「到達度テスト」に切り替えて(小5生・・、ごめんよ) 見に行くことに。

8時30分開園、9時スタートのはずが。 8時15分に保育園に着いた時点で長蛇の列
さすが、気合入っとります・・・          席についても人・ヒト・ひと。
ひどい~どいてくれぇ~
 あーちゃん、どこよ・・・ お~いぃぃ
DVD撮影は何とかできても写真はムリ・・。泣く泣く、DVDのみに専念しました。

年少さん以下の0歳児~3歳児お遊戯では、舞台の我が子を見て泣きじゃくる方もいて。
「そぉか・・・。我が子の成長に感動すべきなのか・・・」などと思う、発表会経験年目の私は
なんて可愛げのない・・。     撮影のみに没頭しておりました。 (今年は始まりの言葉を言ってたな
2006年(0歳児)   ・2007年(1歳児)  ・2008年(2歳児)   ・2009年(3歳児)
2010年(4歳児)


あーちゃんの出演したモノは一通り撮れて、でも写真が撮れなかった事に落胆していると
同じマンションの保育園ママが、1枚のCDをくれました。
「こないだの総練習、行ったから。撮っといた。」            ・・・

普段から愛想のない保育園ママで。今日もぶっきらぼうにCDをポイッと渡して去ってしまったけど、
これが本当にありがたかった   
家に帰りPCで開いてみたら、きれいな画像でシッカリ あーちゃんだけを撮ってくれている・・・

 睫毛までクッキリ写ってます。すごい・・・
オペレッタ:ピーターパンでの脇役ぶりもばっちり

ありがたいなぁ~。。。 発表会の内容は家でジックリ あーちゃん自身と、DVD鑑賞いたしました。
さすが年長さん。みんな素晴らしかったです 始まりの言葉も上手だったよ

手を替え品を替え

2011年02月18日 | あー・ママのコト

2週間ほど続いている。「ただの風邪」とタカをくくって、放置してました。
さりとて『2週間』。                   ・・・さすがに長くないかい?
夜は自分の咳で目が覚めるし、出始めたら最後 涙が出るまで咳が止まらない。
生徒には、「な~んか、悪い病気なんじゃないの~?」などとからかわれる始末。
インフルエンザも流行ってるし、2月入ってずっとマスクマンで過ごしてます。

・・・で。ようやく今日、病院 行って来ました。
肺活量はかったりレントゲンとったり、いろいろ調べてもらって・・・。
「う~ん・・・、喘息ではないですね。長引いてるし、風邪でもない。アレルギーでしょう。」
と、診断していただきました。

アレルギー?
私は以前 ハウスダストやネコ、イヌ、食べ物のアレルギー検査をして全て大丈夫だったので。
こ、これって・・・。スギの花粉症 !!??

や、やるなぁ・・・花粉。今年はくしゃみ・鼻水以外のテできなさったか・・・
これが「例年の10倍」とかいう威力なのか??  大量のアレルギー薬を処方されたので、様子をみます。


思い出

2011年02月16日 | あー・ママのコト

6年生算数の授業では、『中学準備講座』と題して 中1数学「正負の数」をやっているのですが。
昨日は、問題を解きながら 誰からともなく “思い出話” が始まった。

「〇〇は、よく泣いたよなぁ」 「泣くのは いっつも男子だよね」 「ばぁか、男にはプライドがあんだよ」
「△△は一度も泣かないよな」 「僕、あんまり そういうことに熱くなれなくて・・」
「諦めってダメだぜ。それ以上になんない。だからお前、そこまでなんだ。」 「そっか。お前、いい事言う」

これ、全部 小6生徒の言葉。 どっかの臭いドラマみたい。
週2~3回だったけど(この半年は毎日)、4年生後半からの2年半。一緒に勉強してきた仲間。
すぐヒィヒィ泣いてた子どもたちが、カラダも大きくなって。言う言葉も・・・、成長したなぁ~。

首都圏時代は、毎年100人以上の卒業生を送っていたけど・・。今年は業界最後という事もあり
私も感慨深いです。何度もブログに書いて、ごめんなさい ・・・終わるのがマジ、寂しいんです。
今朝、なんとなく 日能研時代に毎年いただいていた 卒業生からの色紙を眺めました
申し訳ないが ぜんっぜん名前覚えてないけど(本当に毎年100人以上の受験生を抱えていたので
ありがたい言葉がいっぱい並んでて、ジーンとします。2005年卒業の子とか、大学受験してるんだ・・・
記憶は小学生のまま、止まってるんだけどね。


そういえば。 県外の私立高校を受けた中学3年生3人が、またも全員スゴイとこに合格しました。
慶応湘南藤沢 合格    法政第二 合格
洛南Ⅲ類 合格   桐蔭 合格

なんだか、本当に今年はすごいうちの塾からの有名私立中・高校入試、全員志望校に合格
みんなスゴイよ。・・・でも正直、「そんなに勉強デキる子だったか?」という中3生・・・。よく受かった。
(とか、言いつつ。中学3年生には、私は理科しか教えてないんだけどね。)

あぁ・・・
この業界から去るの、本当に不安だな。辛かったけど、生徒との付き合いは本当に楽しかった。
私の選択は、本当に正しいのかな。ここのとこ、ずっと葛藤です。・・・でも・・・
「母」である自分を、改めて全うしなくては・・・       (まとまりない文章でごめんなさい)


温泉♪

2011年02月13日 | Weblog

2月の中学受験が終わって。翌日から風邪をひいた私・・・ (気ぃ抜けすぎ
今回の風邪は咳がヒドくて、夜なんか “自分の咳で目が覚める” 有様・・・    
咳のし過ぎで背中が痛くなっちゃって、木曜に職場を抜け出してマッサージに。

それでも、体中の痛みはとれず・・・

今日は両親が 「日帰り温泉に行くぞ」 と言っていたのに便乗して 芝川町までドライブがてら
行ってきました。
昨日の雨で空気が澄んで、富士山もキレイ  ゆっくりつかって、よい湯治になりました。


さて。仕事ですが。
昨日から、職場に 「DOMO(求人誌)を見て」 をいう電話がチラホラ掛かってきてます。
“この中の誰かと、バトンタッチなんだなぁ・・”などと思いながら、電話応対してます。
いよいよ・・・。 3月上旬で、この職場とお別れだぁ。
「先生」という立場の残りの毎日を、大切に楽しむことにしよう。


さらば!受験業界!!

2011年02月06日 | あー・ママのコト

今年も、2月1日から始まった首都圏入試の結果が出ました。

ラ・サール 1名合格     聖光(横浜の御三家) 1名合格
明大明治 1名合格  明大中野 1名合格  海城 1名合格
愛光 1名合格  土佐塾 1名合格  西部文理(特別選抜クラス) 1名合格

ラ・サール鹿児島(偏差値 75)、聖光(偏差値 71)、海城(偏差値 72)、明大明治(偏差値 69)
明大中野(偏差値 64)、愛光(偏差値 69  愛媛県)、土佐塾(偏差値 64  高知県)・・・
                   ~2011 中学偏差値ランキングより抜粋    ちなみにこれ、たった2人の受験生が得た「合格」です。


閉鎖された土地・静岡中部。わざわざ首都圏への入試を目指す生徒なんて、・・・いない。
私が今の塾へ転職した2年前、県外への入試にチャレンジする生徒は皆無だった。
そんな場所で任された当時・4年生の彼ら。静岡に残しておくのは勿体無い原石を見つけてしまった。

思い起こせば2008年に送った、日能研のクラス。これまた、都内では田舎に位置する八王子校
私の担当した男子16名・女子4名のクラスは、結果的にトップ合格をありえないほど獲得し、日能研関東
で 後日「理事長賞」をいただき表彰された。

塾に勤めるからには、私の手でまた 首都圏入試を成功させたい
・・・でもそれは、白紙からのスタートでした。

まず、当時4年生の彼らから首都圏を目指す生徒を探す事から・・・(あ、ありえない・・・
これには半年~1年以上かかりました。時、すでに5年生の後半。
揃ったのは、転勤族の1名と「試しにやってみようかしら」的な1名・・の、たった2人
しかも、1人は6年生の夏前まで野球チームで投げてるし・・。
もう、都内じゃホントに ありえない・・・ スタートも遅いし、とにかくメチャクチャです。

それでも・・・。日能研&早稲アカ元講師の意地、塾講師人生かけての(大袈裟?)意地。
首都圏受験生名、静岡市内国立受験生名、非受験生名の極小クラスで駆け抜けました


夏休みからずっと、彼らには毎日塾に来てもらって、授業以外も私のそばで勉強してもらいました。
(多分、この半年は あーちゃんと一緒に過ごす時間より長かったと思う。寝てる時間を除けば)
算数・理科以外にも、進路指導や彼等の精神的なサポート。時にはお母さんの精神サポートまで
塾内に首都圏入試のノウハウを知る先生が他にいないため、全て私1人。孤軍奮闘の毎日・・・。

そして、まず。静岡市内国立受験の2人が狭き門をスムーズにくぐりぬけ 合格を勝ち取ってきました。
その後、不敗神話を守るべく。首都圏受験生の2人も勝ち抜けてくれて・・・
12歳の子どもには、どんなに辛い日々だったろう・・・。2月1日から毎日近況を 知らせてくれました。

全員 第一志望合格 なんて、素晴らしい。本当に、やってくれたよ、みんな

そして、私の最も大好きな言葉。
「先生、勉強は辛かったけど塾に来るのは本当に楽しかったよ。」を、
生徒から、生徒のお母さんからも いただきました。
・・・こちらこそ、「ありがとう」だよ。これで、心置きなく塾業界からアシを洗える・・・


もう悔いはないぞ    さらば、受験業界   これからは娘と自分の幸せのために生きます。