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小説『黛家の兄弟』

2022年10月12日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

著者の砂原浩太郎は、
前作「高瀬庄左衛門御留書」は高く評価されたが、
同じ架空の藩・神山藩を舞台にした第2弾。
ただ、登場人物も時代も異なる。

黛家は、神山藩の筆頭家老の家柄で3千石の大身。
当主の清左衛門のもとに、栄之丞、壮十郎、新三郎の三人の兄弟がいる。
黛家は、次席家老の漆原内記との間に確執がある。
冒頭の「花の堤」の花見の席で、
後に新三郎の妻となる黒沢りく、
新三郎の道場仲間・由利圭蔵を含め、
主な登場人物が全員顔を揃える。
この「花の堤」の章は小説現代に掲載されたが、
あとは書き下ろし。

新三郎は、大目付(監察)の黒沢織部正(おりべのしょう)に見込まれ、婿に入る。
その際、幼なじみの由利圭蔵を召し抱え、身近に置く。
目付の仕事を学ぶ中、
次兄の壮十郎が刃傷沙汰に巻き込まれ、
次席家老の策略で、裁きの場に立たされ、
成り行きで新三郎の口から次兄に対して切腹の沙汰が下される。
壮十郎の罪は、次席家老の跡取りを殺したことで、
正当性は壮十郎の方にあったのだが、
あくまで壮十郎は単純な喧嘩と主張し、
喧嘩両成敗が適用される。
次兄は黛家の繁栄のために自らの命を捧げたのだ。
娘を側室にあげた次席家老の
孫・又次郎を藩主に置こうという策謀に
父が加担したのも、黛家の存続のためであった。
当時は、家の存続が至上命令だったのだ。
新三郎の中には、次兄の命に対する後悔の念が深いところに根ざす。

以上が第1部「少年」で、
この時、新三郎は17歳。
第2部「十三年後」では、30歳になっている。

新三郎は黒沢家の当主を継ぎ、織部正を名乗っている。
兄も黛家を継ぎ、清左衛門を名乗っている。
筆頭家老の地位は一代限りとの条件で漆原内記に奪われている。
そして、新三郎の名は、
実の兄を死に追いやった者として知れ渡っていた。

そんな時、又次郎の世子継承により廃嫡となった
藩主の長男で蟄居生活をしていた右京正就が亡くなる。
その検死のために訪れた織部正は、その死因に不審なものを感ずるが、
漆原の手前、不問に付す。
その結果、織部正は正式に大目付に就任する。
漆原内記の信任が篤くなったのだ。

兄の清左衛門は、治水のために堤の造成をしている最中、
台風の来週の中、水に飲まれる。
又次郎に本藩の姫を輿入れさせる祝いの席の場で、
一気に事態が明らかになり、
綾部正は、漆原内記と対決をする。
様々な隠された真実が明らかになる過程は、
意外に継ぐ意外、
また、これも意外な裏切り者も出て来る。
そして、三兄弟の長い計画が明かされる。

「されば、なにゆえ」
と問う漆原内記に、織部正は、こう答える。

「それはわれらが、黛家の兄弟だからでござる」

小藩での権力争いと、
家=血のつながり。

「未熟は罪だ」

という新三郎の述懐が胸に染みる。
17歳だった若者は、30歳になって成熟し、
政争に翻弄されながらも、勝利する。
この物語は、
一人の人物の成長と成熟の物語である。

物語を彩る女性たちが生き生きとしている。
新三郎と結婚する、美しいりく、
新三郎の世話役女中で、後に胡弓弾きとして再登場する、みや、
壮十郎の種を宿し、居酒屋で暮らす、おとき、
など、黛家の周辺を飾る。

自然描写や情景描写、人物の内面描写は、
前作に引き続き、素晴らしい。
中には藤沢周平の後継者と呼ぶ人もいる。

ただ、壮十郎の裁きの場に筆頭家老、次席家老が同席したり、
又次郎の嫁の姫の輿入れの祝いの宴の場で、
捕り物が行われたり、
少々不自然な作為も目立つ。
何だかテレビドラマを観ているかのよう。

第35回山本周五郎賞受賞作

 



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