[書籍紹介]
「暗殺の年輪」(1973)、「又蔵の火」(1974)に続く、
藤沢周平3冊目の短編集。(1974)
1971年に「溟い海」で、オール讀物新人賞受賞、
1973年に「暗殺の年輪」で、直木三十五賞を受賞
した頃だから、本当に本当の初期作品集。
それだけに、暗い雰囲気が漂う。
「父と呼べ」
大工の徳五郎は物盗りの現場を目撃する。
相手が強く、逆に物盗りの方が捕まって連れていかれるが、
残されたのは5歳くらいの子供だった。
物盗りの子供を連れて帰った徳五郎。
寅太という子供の親は島送りになるらしい。
徳五郎夫婦は寅太を自分の子供として育てることにした。
それまで喧嘩の絶えない夫婦だったが、
寅太の存在が新しい家庭の誕生を告げた。
しかし・・・
短い疑似家族のもたらす哀歓を綴った、
涙の市井もの。
「闇の梯子」
彫師の清次は女房のおたみと慎ましい二人暮らしをしていたが、
ある日、昔の仲間である酉蔵の訪問を受ける。
酉蔵は清次に金の無心をし、貸すと、
酉蔵は度々清次に金を無心するようになった。
女房のおたみがたちの悪い病で倒れた。
清次は版木の納め先の浅倉屋から頼まれごとをされる。
その仕事で、やくざになった兄の弥之助と再会し、
そこで得た金を高い薬代に使ってしまう。
おたみの病状は悪化し、
その薬代のために、御法度の彫仕事をするようになった清次は、
自分が闇の梯子を降りていることを感じるのだった。
この作品には、
藤沢周平の兄と亡くなった妻との実体験のようなものが現れる。
「入墨」
お島とおりつの姉妹で切り盛りする一膳飯屋の前に、老人がたたずむ。
家族を捨ててどこかに行っていた父親だった。
父に売られた恨みのある姉のお島は父を毛嫌いするが、
妹のおりつは密かに老父の世話をする。
そんな折、お島のかつての情夫である乙次郎が島送りから帰ってきた。
乙次郎は店でお島に金を要求するが、
その時、老父のとった行動は・・・
父の過去を彷彿とさせるラストの切れ味が見事。
「相模守は無害」
明楽箭八郎は十四年に及ぶ隠密探索が終わって江戸に戻ってきた。
海坂藩の政争の元凶である家老神山相模守の失脚、蟄居を確認して報告した。
一人暮らしの箭八郎の面倒を見るのは、
父の友の娘の勢津だった。
二人の間に特別な情が流れる。
ある時、箭八郎は海坂藩上屋敷である男の姿を見かける。
そのことは、海坂藩での相模守の復権を意味する。
箭八郎は再び海坂藩へと向かう。
その心の中に、必ず勢津の元に戻るという決意をこめて・・・
「紅の記憶」
麓綱四郎は殿岡甚兵衛の所に婿入りすることになった。
娘の加津は容貌は人並みだが、
剣術の腕はかなりのものであるという。
その噂が婚期を遅らせたのだ。
その加津から呼び出しを受け、
加津の求めで体を重ねる。
加津が父・殿岡甚兵衛とともに、
奸臣の香崎左門を襲って返り討ちにあった。
香崎左門の雇った腕の立つ剣士に一刀両断のもとに斬られていた。
寵愛した家臣を襲ったとして、君主の勘気に触れ、
遺骸は寺にも葬られていない。
その後、網四郎は、ある行動に出る・・・
3つの市井ものと、
2つの武家もの。
その後の藤沢周平の作品群を彷彿とさせる、
初期短編集。
今度も一篇を読むたびに
本を閉じて感慨にふける、
至福の読書体験を堪能した。
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