空飛ぶ自由人・2

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小説『鯨オーケストラ』

2023年07月04日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

曽我哲生(てつお・33歳)は、静かで落ち着いた声、
聞く人に安らぎを与えることのできる声の持ち主で、
声優やローカルFM局深夜番組のディスクジョッキーをしている。
その一方、父がバンドマスターをつとめていたジャズバンドで
クラリネットを演奏していた。
愛犬のベニーが死んで、ベニーの魂が自分の中に入り込んだ、と思っており、
時々ベニーと会話をする。

ある日、番組の中で、
17歳の時、肖像画のモデルをしたことがあるという話をする。
それは、近所の映画館のモギリ嬢の多々さんが描いたもので、
その後多々さんは引っ越してしまったので、
絵の所在は分からないという話だった。
すると、哲生によく似た肖像画を美術館で見たというリスナーからのハガキが届く。
その美術館に行ってみた時、
哲生は17歳の自分の肖像と再会する。
作者不明の絵の一つとして展示されていたのだ。
しかも、その肖像画には更にまつわる話があった。
ミユキという女性が、
その肖像画の青年が誰であるかを知りたがり、
絵の中の人に会ってみたい、と言っているというのだ。
哲生は「キッチンあおい」という食堂を営むミユキさんという女性を訪ねる。
ミユキさんの話では、
哲生の肖像画は、中学時代に水難事故で行方不明になった
同級生・アキヤマ君にそっくりだったのだ。
違う人物だと分かってがっかりするが、
ミユキさんと一緒に店を運営しているサユリさんの案内で、
哲生が工場を改造した場所に行くと、
そこには、昔、町の川を遡上して死んだクジラの骨格標本の再現中で、
同時に、その場所は「鯨オーケストラ」という
クラシックオーケストラの稽古場でもあった。
しかも、今、クラリネット奏者を募集していた・・・

というように、
肖像画の話を番組でしたことがきっかけで、
次々と人の輪が連結していく。
やがて、哲生の番組はアーカイブでネット上に公開され、
町の外の人、中には外国でのリスナーからの手紙も届く。
そして、その中に、あの多々さんからの
便りが含まれていた・・・

ストーリーの中には、
DJで流す音楽やジャズバンドで演奏する音楽、
絵画の話、ハンバーガーの話が盛り込まれ、
丹精こめて作られた食材を
上手に調理した、おいしい料理の味わい
美術館の学芸員の金沢さん、流星新聞の編集者太郎君、
オーボエ奏者のサユリさん、詩集をつくるカナさん、
哲生のバンドでベース奏者の水越さん、等
登場人物がみな魅力的で、
香りを放つ。
読んでいて、心が豊かに色づいていく経験。
読後感はすこぶるよく、
魂が安らぐ、
奇跡の味わい

読了後、「G線上のアリア」を聴きたくなって、
やはり聴いてしまった。

本の書き出し、
「人はみな、未来に旅をする」
という言葉や、
「人と別れるのは自分で決められるけど、
誰かと出会うのは自分で決められない」
「時間は過ぎていくのではなく、その人の中で積み重なっていくんです」
というセリフが心に残る。
登場人物は皆、誰かと出会うための一歩を自分で踏み出しているのだ。

『Webランティエ』に連載したものを単行本化。

前作に「流星シネマ」「屋根裏のチェリー」というのがあり、
登場人物が重なって、三部作となっているらしい。
最後のものから読んでしまったが、
前の2作も読んでみようと思う。
吉田篤弘、良い作家に出会えた予感。

 



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