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短編集『猟銃・闘牛』

2023年05月25日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

井上靖の初期短編3作を収めた文庫本。
72年半前の昭和25年発行、
平成19年2月5日で、81刷というからすごい。

猟銃

井上靖のデビュー作
(それ以前に、戦前の昭和11年、
 「流転」という作品で、
 新聞小説で入選している。) 
猟人クラブの機関誌に発表した一篇の詩。
それは伊豆の山中で出会った猟人を描いたものだが、
読んだ読者の一人が、
これは私のことではないかと、連絡してきた後、
3通の手紙を送って来る。
そこには、三杉という社会的地位のある男の
13年間にわたる不倫の恋が、
彼の妻、愛人、愛人の娘の3人からの
三杉宛の手紙で描かれていた。

書簡形式の恋愛心理小説
今と違い、女性の不倫が大問題だった時代のことで、
少々古めかしいが、
手紙を読み進めるうちに、
三杉という男を巡る三角関係が
孤独の香りと共に立ち上って来る。

闘牛

デビュー2作目。
「文學界」1949年12月号初出。
翌年の第22回芥川賞受賞作
(「猟銃」も候補作だった。)

社運を賭けた新聞社主催事業闘牛大会
(スペインのそれではなく、宇和島の闘牛)


の実現に奔走する
編集局長・津上の情熱と、
知識人の孤独な心模様や
戦後の日本社会に漂っている悲哀を、
敗戦直後の混乱した世相の中に描き出した作品。

先日のブログ「「エンタメ」の夜明け」で紹介した
イベントプロデューサー・小谷正一がモデルで、
井上と小谷は大阪毎日新聞の同期入社で親しい関係にあった。
怪しげな興行師・田代、
戦後の成り上がり者・岡部、
闘牛大会に食い込もうと目論む会社経営者・三浦、
といったイベントに群がる、
戦後日本のある意味では原動力となった男たちの描写が白眉。
津上の恋人のさき子が、津上の孤独を見つめる。

実際の闘牛イベントは、
大雨のために3日の予定のうち1日しか開催されず、
大失敗で、新聞社に多大な負債を残す結果となったが、
小谷はこれにめげず、
次に阪急百貨店で開催された西洋絵画展が大成功を収めて
失敗を帳消しにした。
(そこまでは描いていない)

比良のシャクナゲ

デビュー第4作。
78歳の老学者の人生の述懐を描く。

解剖学と人類学の研究のために
人生をかけてきた三池俊太郎の回想という形で、
次第にその人生が明らかになる。
みずからの信じる研究のために家庭を省みず、
息子には情死され、妻には見放される。
研究に没頭する毎日で、
辿り着くべき場所を求め続けるが、
他人の無理解を罵倒する姿は孤独で、
研究を認められたいと願う気持ちは憐憫の情を催す。
人生のターニングポイントで訪れる琵琶湖湖畔の宿での
比良の山々の風情が老人の心象風景と重なる。

作者43歳の時に、
78歳の偏屈老人の心理を描くというのは挑戦に思えるが、
納得性がある。

3作を共通して流れるのは、
孤独
人生の孤独と井上靖は対峙していたのだろう。

井上は執筆当時、現職の新聞記者だったが、
芥川賞受賞の翌1951年(昭和26年)、
毎日新聞社を退社
以後の活躍は知るとおり。
ノーベル文学賞の候補にも挙がった。

文芸評論家の河盛好蔵の解説がそのまま掲載されており、
当時の文壇で新人・井上靖がどのように受け止められていたかが分かって、
興味深い。

 



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