六枚目のコイン

つぶやき、趣味,占星術,

東日本大震災を振り返る!

2020年03月11日 07時52分38秒 | つぶやき

今からちょうど9年前の、平成23年(2011)3月11日のこと。

ある映像が目に飛び込んできた。

巨大な水の流れが、たくさんの自動車を流しながら、

広い川をさかのぼっていく映像。

 

無声映画のように、

ひたすらその映像をテレビは流していた。

9・11の世界貿易センタービル事故の際も同様に、

キャスターはまったく声を出さず、

ひたすらに映像だけを流していたが、

このときも、その映像だけが流れていた。

 

リアルと言えばリアルだった。

時折、その映像を映している当人であろう人の、

「ああーっ!」という声が入っていた。

 

そして二週間後、

私は宮城県仙台市に居た。

そこで二週間ほど滞在し、いろんなところを回って、

その被害の状況を確かめた。

 

ただし、

仙台市における被害状況は無事ということだったので、

そう仙台市の人々は落ちついているようだった。

だけど、コンビニ店に物はほとんどなくなっていたようで、

新入荷のパンなどが届けられる予定の日時を確認した人たちが、

朝早くから店の前で行列をなして、待っている姿があった。

 

私もホテルはもちろん満室というか、

一般人は泊めてくれなくて、

そのため、知り合いの家に泊めてもらった。

そして、

その間、水道もしばらく節水したような記憶がある。

救援物資が早々と届けられて、

なんとか食料については、不足することなく済ますことができた。

 

そして、

地震の状況を調べた。

釜石や仙台空港の海側の方面を走り、その空港の状況を確かめた。

また、他の海辺にも行ってみた。

仙台地方には、海に沿って松林がずーっと生えていて、

海岸はさながら松原だったが、

その松の木が一本の残らず、津波にさらわれて、

その松の木が内陸の2キロまで流されていた。

とても太いりっぱな松だったので、

大変に残念だったというか、

よくそんな松の大木が引っこ抜かれたようにして、

海から二キロの内陸まで流されたもんだと、

感心した。

 

なぜ二キロかというと、

バイパス道路?が南北に走っているのだが、

その道路は盛り土をほどこされていて、

それがちょうど、津波の逆流を止めたというわけだ。

 

また、ここの海辺は何人亡くなったとか、

知り合いに聞きながら見て回ったりした。

 

ただひたすら、被害状況を見てあるき、

知り合いの関係者の家を訪ねたりもした。

訪ねた多くの家では、被害が軽かったということで、

それは本当に良かったね!と慰労して、

また次の家を訪ねて回った。

中には、

海に面した家に住んでいる人から、

とつぜんに津波が襲ってきた話を聞いたりもした。

 

とにかく、

自分自身にやれることはないかと考えたのだが、

具体的なことは思いつかなかった。

あのときすでに、

死者・行方不明者の数は1万5千人を超えていたのではなかろうか。

(ついでながら、

あとで死者の霊を弔う護摩法要を修した。

その中で、

私は多くの霊が、次々と成仏していく観想を施したのである。)

 

幸いに、道路は自衛隊の活躍によって、

早々と押し流されてきた流木や家具等のがらくたは、道路わきに除けられて、

道路の交通状況は、さしあたり問題のない程度には流れていた。

本当にこの件については助かったと思う。

メインの道路(国道)が不通になっていたら、

これはもうどうしようもなく、当面の復興はもっと遅れたと思う。

本当に自衛隊のみなさんには助けられた。

 

もう東日本大災害のことだけを考えた二週間だったが、

一区切りつけて、京都に帰ってきた。

京都というよりも、関西地方では、

まったくあの悲惨な震災のことは、

誰も気にもかけなくて、

全ての人が穏やかで平和な雰囲気に包まれていたのが、

大変なおどろきだった。

なぜみんな、あの大震災に気持ちを向けないのか、

不思議だった。

 

また、桜の木が満開の花を咲かせていたのが、

とても印象に残っている。

それは明日にも散ろうとしているような咲き乱れようだった。

本当に、穏やかな空気に包まれていて、

なんだか、

よその土地に来たような錯覚に似た感覚に陥った。

一瞬、あれは幻覚だったのか、

と思うぐらいに、すべては平和そのものだった。

 

なんだか、東北の地方に起きた災害、

あれはいったい、

何だったのだろうか?と思ってしまったのだ。

 

1995年には阪神・淡路大震災が発生して、

そして、2011年に東日本大震災の発生。

そして、今年はその9年後の年。

また同じ七赤金星の年が回ってきた。

二度はないだろうという気にはなれない。

これらの一連の災害には、共通の問題がある。

 

それは、アクエリアスの時代に入ったということである。

それがすべての災害の原因の元にあるのだ。

ようやくわかったというか、

これだったのかという、今になっての遅い確信。

とにかく、

これがまた大変な時期なのだ。

歳差運動によって、

2万5,800年に一周するという時間を

プラトンは『グレートイヤー』と呼んだが、

その2万5800年振りの帰還が今年に当たるのだ。

その年のグレートイヤー元年を体験したいがために、

生まれてきた魂がたくさんいると、

アカシック・リーダーで有名なゲリーボーネルは言うくらいだから。

その最初の一年からは、

次の2万5800年が始まるということで、

まったく新しい次元の始まりなんだと、

一部のスピリチュアリストたちは言っている。

とにかく、

これまでとは違う、

全く新しい次元と波動の時代に入るというのだ。

 

だから、

これまでの常識はもはや通用しないと考えるべきなのである。

そういう時代に入った私たちは、

本当に無条件で、無垢の赤ちゃんに戻って、

その体験する出来ごとに臨んでいくべきなのだね。

なんとすごい時代に入ったことか!

コメント
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