うめちゃんのグダグダな日

希望はないけど、不安がある。
面倒くさいで、自己完結。
眠ったままで、目覚めないことを希望する。

悩める葦

2015-08-30 12:03:23 | 日記

前回の投稿では「気の抜けたような」話でしたが…

今日は、シャッキリカッキリ背筋伸びた話であります。

というか、今後の生き方変えねばならぬ、重大課題が起きました。

 

前置きが思わせぶりで済みませんね.


今回の台風15号のせいで、ベランダの屋根の一部が飛んでしまい

さっそく建築屋さんに屋根に上って、調べて貰いました。

ところが、悲しむべき事態が発覚。

我が家は築40年を越えた古い家です。

2度ほど、内部も改装したりして、

夫婦二人が死ぬまでこれで行こう~と決めていました。

オットは亡くなり、あとは私一人…

 

しかし…しかし、ですよ、こう言われたら悩みますよね。

 

「瓦が劣化して、これをどう塗装しても、

近いうちには雨漏りが始まり家全体に影響が出ます」

って言われたら…

 

「瓦を取り換えることをお勧めします」

「今は、焼き付け瓦の価格も下がっていますし、

これなら塗装などの心配やメンテナンスが要りません」

 

「はっ!」言葉が出て来ませぬ~

百万円ぐらいの出費らしいです~が、それでは済まないでしょう。

キリキリの年金、私が元気なままでコロッと逝けばいいですが

誰も保証はないし。

虎の子を出して、後々が心配でなりませぬ。

 

家を、そのままで朽ちるに任せるという手もアリですが、

娘も孫もいる…誰かが住み続けることも、当然あることなので

現状、あるいはそれ以上を保つためには、瓦交換…

考えねばなりません。

そして何よりも、現在私が元気で過ごさねばならない我が家です。

 

リッチな人には関係ない話でありますが、

老いて、いや老親を抱えた人にも無関係だとは言えないので

正直に書いています。

 

しかし、ここに吐露したことで、気持ちの整理が付きつつあります。

何とか、頑張ってみましょう。

 

今の私には、病気の兆候は感じられないし、

もしがんだったとしたら、もう有難く自然死に任せます。

オットのように(1年間でしたが)鼻径栄養を受けながら、

数年間も生きるだけ~の老人さんをいっぱい病院で見させて貰いました。

寝たきりはきっぱりお断りします。


なんて、明日の事は分からないのが人間の運命。


人間死ぬまで悩める葦だなぁ~

 

  

 

 


気の抜けたような話で…

2015-08-27 17:51:12 | 日記

午前中の昼寝で、夢を見ていました。

昔のオンボロ家に住んでいまして、

入口の脇に、タヌキとキツネの子、2匹がじゃれあいながらおりました。

邪魔だと思い、シッシッと追いやりましたら、

タヌキは逃げていきましたが、キツネの子は平気の平左。

どうしようかと思っていましたら、来客!

実はピンポーンと鳴って、現実のお客さんでした。

芯から寝入っていたとみえて、起き上がってもフーラフラ。

こんな時、下手したら転んで骨折したりするのよね、年寄りは…

そう思ったので、手すりはしっかりと。

はい、お客さんは配置薬のセールスさんでした。

その話は、展開もなくそれでオワリ。

 

朝っぱらから眠かったのは、昨日の名残。

午前中、月イチのジジババの会へ、身体測定などがあり

いつもより体動かしました。

差し歯が抜けたので予定外の歯科へ。

倒れた木の始末を、散らかった木の葉などの始末を

のろのろとまるで年寄りの仕事のようにやりました(笑)

夕方孫息子が来てくれて、わたしの手に負えない木の始末をしてくれました。

で、ステーキなど焼いて、料理の腕を振るいましたっ!(つもり)

 

なんだかんだで疲れていたようです。

建築屋さんや、保険屋さんへも連絡済ませました。

被害を受けた方が多いので、すぐは出来ませんとのことです。

ベランダの屋根なので、差し当たりの困ったことは

あるのか、ないのかはっきりしませんが、

待つしかありません。

 

若い時ならイライラするかも知れませんが、

明日は明日の風が吹いて吹くのでしょう。

強い風はイヤ~よ!

 

 

 


風なき明日を…

2015-08-24 10:19:03 | 日記

今はまだ、嵐の前の静けさでしょうか。

明日は九州直撃の予報です

以前は、すぐ東にくっついたお隣の家があって、風よけになっていましたが、

今は解かれて、東風はまともに吹き付けます。

 

いつぞやの直撃台風を思い出します。

雨戸のないガラス戸が、弓なりになるのを、

テーブルを押し当てて、抵抗しました。

本当はそういう行為は危険らしいけど、

何かせずにおれない気分でした。

オットは、軒瓦がバラバラと外れて落ちるのを

外に出て立って見ているので、「危ないから家に入って~!」と

叫んだことなど思い出しています。

 

今はもう、何があってもジッとして、自分がケガしないように

身を守りたいと思っております。

 

ところで我が家の扇風機。

かなり長い間使用して、エアコン使用の今も毎日活躍をお願いしています。

埃っぽいなと思って掃除のつもりで羽根を外したら、

おやまあ~危機一髪でした。

ねじが数か所ゆるくなていて、そのまま使っていたら

ガリガリ!って、ねじははずれ、飛び、空中分解するところでした。

古いものは、こまめな点検を~

ハイ、これは老婆心です。


何はともあれ、水曜以降に無事な知らせをUPしょうと思っています。

 

 

 

 

 


お盆終わる

2015-08-21 15:16:45 | 日記

 

行事と言うほどの事もないながら、

お盆の行事が終わり気持ち安心しています。

また、台風の話ぞろ。

どこをさまようのか15号。


 まだ、ほんとの涼しさは来ないですね。

 ケド、日の光はオレンジ色が増して来ましたよ。


 

掃除を億劫がってなかなか進まない

2度に分けることにしました。

冷房が利いてる2部屋と、暑い2部屋とその周辺。

全部を1度に済ませようとするから、キツイし、それを思って踏み出せない。

なに、自分ひとりの家だもの、オッケーとおもえばOKなの!

 

 

 

先日の夜は、娘一家と焼き肉を食べました。

日頃の、草食と違って、翌日はエネルギーがあるように思いました。

何よりも楽しい時間でした。

孫たちの話を拝聴するだけで、気分が高まります。

まだまだ変化途中の孫たち、良きに悪しきにじっと見守りたいと思いました。

 

私もまだビールをおいしく頂くことが出来ます。お代わりもしました。

ほとんど酔いません。

酔うほど飲まなくていいですが、限度はもうちょっと先のようでした。

あ、ハイ。限度とみて自重します。


その時の写真など…

大きすぎるので、小さくしたいけど、いつもの手順では動きません。

悪しからず…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


終戦の日に思うこと

2015-08-16 11:19:28 | 日記

昨年、まだオットが生きている頃、大胆にも今日この頃のことを

憶測していました。これがまたマッポシであり笑えます。 

http://blog.goo.ne.jp/mainitigannbaruyo/e/c31d9b663abaf8d43abd01c67919cb6d

 

昨日のお盆にお参りくださった方々に感謝します。

そして昔話で、故人および亡くなった方々を偲び、いい供養になりました。

 

終戦の日でもあり、テレビも多くの戦争時代のことを取り上げています。

そういう古い映像を見た後、現在に戻ると、どっちが現在なのか

一瞬分からなくなるのは、私だけでしょうか~

あの時10歳だった私。で70年経って…80歳??

それこそウッソーと言いたいですが、鏡を見て納得します。

 

個人的にも波瀾万丈…時代も波瀾万丈。

昭和初期に生まれ、昭和を味わった私の年齢前後の者が

一番色濃く昭和を感じ、波瀾万丈をモロに受けてきたように思います。

戦争も知っています。戦場には行かなかったけれど

兵隊さんに感謝し、兵隊さんのおかげです…を叩き込まれました。

 

父は出征し、戦場で肺結核を病み、幸運にも病院船で帰還しました。

が、伝染病ゆえに(あの頃の肺病といえば、悪魔の病気のように恐れられていました)

そのまま、入院しそして昭和22年の秋半ば、9月17日に亡くなりました。

フィリッピンが任地でしたから、帰還できて親兄弟、妻子とも会い

手を取られて亡くなりましたから、遺骨も戻らぬ方々と比べれば

幸運と言うべきでしょうか。行年39歳でした。

いや、父にすれば39歳で3人の子を残し、死んでゆかねばならない運命を

きっと「悔しい」と思ったに違いありません。

 

戦後の飢えも体験しました。

ほんと現在のおいしい唐芋とは別物の芋を腹満たしのために食べました。

農家だったので、買わねばならない人に比べれば、すこしはマシだったかも。

グリンピースが取れる時期は、ピースばっかり…

そら豆の時期はそら豆攻め、大豆攻め、トイモ攻め…

とくに料理法などない頃ゆえに、正攻法の真向攻めでしたから。

それでも食べられたのは、良かったと思われます。

 

父が生きていて守られていたら…

もっといい感じの生き方が出来たろう思います。

母が精いっぱい頑張ってくれました。

でも、母一人の手には負えないことが多かったです。

世の荒波は…

母はちょうど70歳で生涯を終えました。

今ほど健康に気を払う時代ではなく、いっぱい飲みいっぱい食べました。

脳梗塞で、入院して一週間で亡くなりました。

早かったです。

駆け抜けた人生…という気がします。

特に親孝行もせず、親不孝な娘でした。もっと優しくしてやればよかった。

    

 

思い出すことは供養になると言いますから、

オットだけでなく、ちちははのことにも思いを馳せて行きたいと思いました。