まさおレポート

顧客対応に非難が集中 6856

「なぜ試験の成績が悪いのか理解できない、試験から逆算してやるべきことをすべてやる、それだけのことをやらないから良い成績がとれないのだ」顧客対応の会議で孫さんがよく使ったセリフだ。


2001年9月1日に開業して大変なことに気が付く。コールセンターやテクニカルサポート、顧客受付システムがお粗末極まりないのだ。素人集団が開業したらこうなる見本のような危機にぶつかった。

最初の立ち上げをリードしたスタッフはごくごく少ない顧客をごくごく限定されたエリアで試験的にスタートしようとしていた。

ところが孫さんは200万顧客が採算ラインで、黒字化は300万顧客だと言い出した。このころの孫さんは顧客対応のオペレーションは何とかなるとタカをくくっていた節がある。


亀戸にあったコンピュータセンタに孫さんと向かう。コンピュータセンタはソフトバンクテクノロジーが運営していた。中に入ると数名のCSK出向社員とソフトバンクテクノロジーの部長が一人出迎えてくれた。

ヤフーから来る受注データをNTT申し込みデータに編集してNTTの専用端末で送りだす作業をしていた。

「どのくらいNTTへ出せているの」と孫さんが部長に尋ねる。

「Xくらいです」と部長が答える。

「Xだと。そんな調子でどうするんだ。なにが問題なの」と孫さんは癇癪を起してたたみかける。

「ヤフーからくる受注データが問題が多くてスムースに回っていません。二重の申し込みとか顧客がイラついて複数回申し込んでいても受け付けているので整理作業だけで精一杯です」と部長。

「とにかくNTTに送れ。送ってしまえば何とかなるだろう」と孫さんが言う。

「送るデータが整理されていないと受付システムが止まってしまいます。データを整理してから送りなおしてほしいと電話があり進みません」

データを整理するスタッフも寄せ集めの未経験者だから混乱状態に陥っている。

孫さんはますますイライラして横で見ていても気の毒なくらい部長は叱責されている。

「Mさん かつてNTTデータのシステム開発にいたんだよな。なんでもやってくれていいからうまくデータが流れるようにしてほしい」と孫さんが言う。

「オペレーション部門をもっと充実させないととんでもないことになりますよ」とわたしが答える。

SQLデータベースを使ってデータを整理する専門家にきてもらい、東京めたりっくや名古屋めたりっくの専門家を急遽本社に集めて人海戦術で2重データの洗い出しを3か月続けることでなんとか50万顧客のサービス開始のメドがついてきた。どっと疲れがでて高熱で一週間寝込むことになる。

これが離陸危機の第一弾だった。つまりここでブロードバンド事業がぽしゃっていても誰も不思議がらない状況だった。


当初のビジネスプランではコ-ルセンタ費用を有料として͡コールを抑えることでコスト負担を抑えられると踏んでいた。

実はこれは未経験者の最大の誤算で事業開始当初に混乱を引き起こした。

「このような廉価でコールセンタなど運営したらとんでもない。設置方法やPCの扱いなどは有料でサービスしないと」とヤフー井上社長はコールセンタの設営を説くわたしに凄い剣幕で反対した。

無理もない、当初はだれしも試験サービスレベルのこじんまりした開始を想像していたからだ。ところがいつのまにか累積黒字のためには300万顧客という途方もない目標に置き換わっていることに最高幹部でさえ気がついていない。


2002年になってADSLユ-ザ-に対する「解約縛り」つまりサービスが遅れたために解約しようとするが、その解約処理すら遅れが目立ち、それに対する苦情が総務省の消費者苦情相談室にも増えた。

受付件数が毎日メ-ルでわたしの席に届いていた。放置民などと揶揄されたのもこのころのことだ。

ある日、霞が関の合同庁舎に入る総務省の苦情処理担当の室長に孫さんが呼び出され同行した。

当時の消費者苦情担当の室長は山田真紀子氏で、入り口近くに置かれた殺風景な机で室長の注意を聴いた。

「総務省の苦情センターには10名のスタッフがいるが、今はソフトバンクさんの苦情処理でさばききれない。早急に開通処理をしてください」と消費者苦情担当の室長が上から目線で注意する。

最初はおとなしく話を聴いていた孫さんがいきなり興奮しだした。「私はこの仕事に命を掛けている」と声を荒げた。

だんだん声が大きくなり、しまいには大声になって机まで叩き出した。周りの役人達も仕事の手を止めて何事かと注視している。

「総務省の門前でガソリンかぶりますよ」後に語り継がれるせりふがここで飛び出した。

総務省の女性室長は話の流れの中で、苦情受付スタッフの作業が増えたと軽く言ったのだ。それに対して孫さんは日ごろのストレスや不満が一気に爆発した。

「消費者に迷惑をかけたことは深く反省している。しかし総務省がしっかりNTT局舎工事の進捗に関して遅延を防止するルール作りをやってくれていたらこんなことにはならなかった」と言いたかったのだろう。

「世界最高水準までブロードバンドの普及に貢献しているのに何故もっと協力してくれないのか」と帰途に就いた孫さんはわたしに語りかけたがわたしは総務省の次の手がどうくるかを心配していた。


とうとう恐れていた総務省の業務改善命令が出た。ひと月後が改善の期限とされた。

どこかで解約漏れが発生してもト-タル処理件数のマッチングで漏れが発見ができるようにするなど、事務処理フロ-をすべて洗い出した。それまで収入計画と設置費用とのバランスで躊躇していた本格コ-ルセンタを早急に立ち上げることになった。

孫さんはコールの数を毎日気にしていた。「コール数は下がったのか」と尋ねる。

「コール数はxで処理件数はyです。平均待ち時間はzです」とコール責任者が答える。

「それじゃ話にならない。もっと効率よくコールを裁く方法を考えろ。QアンドAを一万種類作って即答できるようにしろ」と孫さんは叱責する。QアンドAを一万種類作れという言葉は何度聞くことになったか。

この当時孫さんはコールセンターの費用が収支を圧迫することを非常に恐れていた。

コールセンターは外注していたので効率の悪い応対は費用が嵩む。外注先の社長がなにかいい加減な答えをしたのが感にさわった孫さんは猛烈に激怒したことが記憶にある。わたしが見た2回目の激怒だった。(一回目は局舎工事の外注先の進捗について)


顧客対応で困った問題があった。顧客のNTT回線名義の名前と営業マンがとってくる申込者の名前が一致しないのだ。名義人不一致問題と呼んでいた。

名義人不一致問題は非常に根の深いテ-マで、2001年9月の開業以来ADSLがピ-クを終えすでにFTTHに主役の座を譲り始める時期まで容易には解決しなかった。ADSL開業から数年間の経営上最も大事な時期にソフトバンクを含めた各事業者は頭を痛め続けたことになる。

優先接続や携帯電話の番号ポ-タビリティ、FTTHサービスの提供でもこの名義人問題は競合他社を悩まし続けた。優先接続の開始時にやっと総務省は名義人問題に請求書宛先名でもOKとの判断を示す。まさに遅きに失した判断でもあり、NTT東西の競合他社に対する誠意の問題を端的に示す事例であると思う。

優先接続の実施というNTT自らの利益が絡んできたときに初めて名義人問題が解決したという点がいかにも地域電話網独占事業者としてのモラルに欠け、残念な対処法であった。

ADSLサービス申し込みの15%前後が名義人不一致になった時期もある。再度電話などで名前を確認してサービス開始に結びつけるまでが大変な労力で、これにより顧客のサービス開始が遅れ、迷惑をかける。随分と悩まされた問題である。

電話で再確認と言う方法は簡単なようで実は相当困難を伴うことをこの時にいやというほど思い知らされる。2回や3回の電話ではつながらない。最終的にはひと月かかると言った事例もざらにあった。それでも確認ができないと言うケ-スも多い。

さらにこの名義人不一致解消にかかるオペレ-タ費用や顧客を逃がしてしまうことによる逸失利益はADSL事業経営を圧迫するほどの大きな問題であった。

孫さんは

「死んだ爺さんの名前が名義人になっていて孫はそんな名義人など知らない、NTTでは何の問題もなく使えるのに我々だとチェックされる、本当におかしい」

とことあるごとに訴えていた。

名義人がわからなくなる原因は次のケ-スがあった。


両親や祖父などが名義人であった、つまり電電公社への申し込みを行ったが、年月が経ち既にお亡くなりになっており、本来ならば回線名義人の承継届を出さなければならないのだが特に違反罰則もないのでそのまま届けもしないままに置かれる。

同居の家族たとえば大学生の息子が、名義人の意味を理解せずに自分の名前を書いてADSL各社に申し込む。

かつて存在した電話回線販売業者から買い取ったケ-スでは、名義人がその販売会社のままになっている。

名義人不一致のデ-タ不備でNTTから帰ってきた申込みは以下のような流れで処理されることになる。

ADSLプロバイダのデ-タ不備解消の専門チ-ム(ソフトバンクBBでは数十人規模)が電話を掛けて、名義人の確認をお願いする。

勤務にでていたり、買い物であったりで外出しているケ-スが多く通常一回で電話が当事者につながることは稀で平均三回程度の呼び出しでつながる。

 

電話と並行して往復はがきを発送するが、解決率は70%に満たない。

訂正されて、順調に開通するまで平均32日かかり、場合によっては2,3ヵ月後だったりする。

ADSL事業がピ-クを迎えたのちの2006年11月の公聴会において孫さんは

「開業以来約100万の名義人エラ-があった」と述べた。かなりの数がサービスできないままに置かれる。

KDDIの小野寺社長も

「回線名義人の不一致により、番号ポ-タビリティ等のサービス提供までに要する期間が増大し、申込みのキャンセルに至ることもあります。」

と、NTT東西の名義人デ-タベースのメンテナンスの怠慢と、チェックの簡素化に言及している。

株式会社ケイ・オプティコム土森常務取締役も同公聴会で発現する。

「NTTからの番号ポ-タビリティということで固定電話の回線名義人の照会を行っておりますが、1割以上の割合でNTTから不整合、「ノ-」というのが返ってきております。」とこれまた、メンテナンスの怠慢に疑問を投げかけている。

開業前から他社は問題視していた。住所不一致や名義人不一致はADSL各社共通の問題であり、2001年4月2日にはイ-・アクセスがNTT東西との問題点として総務省へ意見申し立てを行った。

まさに名義人不一致題を訴えている。しかしこれも効を奏さなかった。


「NTTでは代理店が獲得した申し込みの名義人はノ-チェックですよ」

NTTでは代理店からの申し込みは申し込み候補者として扱い、すべて、NTT社員が電話し、本人確認するのだと言う。だから、代理店からくる受付の名義人が間違っていても名義人を確認できるので受けつけるのだと言う。

NTT東西にADSLサービスを申し込むと、申し込み本人が名義人を知らなくても上手く誘導してくれる。ソフトバンクへの加入を前提に116に正しい名義人の確認をしても、教えてくれない。さらにこの名義人の確認の際にNTTのADSLへの加入を誘導されるという苦情があがることが度々あった。

一般的に言っても大きな差があることは推測できたが決定的な証拠がないので切歯扼腕するが解決の糸口は見いだせない状態が長い間続いた。


他社も困った問題ではあった。共通問題であることには変わりなく、共同戦線を張って解決を試みたことがあった。

イ-・アクセス、アッカ、ト-カイなどADSL事業者が集まり、NTT東西に顧客デ-タベースのクリ-ンアップを要求したことがある。名義人エラ-が10%以上常にコンスタントに出ると言うことは、NTTの顧客デ-タベースの名義人は10%以上が現状にアップデ-トされていないことを推測させる。これを正しい名義人にする試みが孫さんから提案されいろいろな方法が検討された。

全NTT顧客に照会はがきを送り、現在のNTT登録名義人を顧客にチェックしてもらう。その回答を待ってNTT顧客デ-タベースをアップデ-トするというのがベーストな方法であることは容易にわかる。

この費用を試算してみると大変な金額になった。160円の往復はがきを3500万の個人顧客に送りつける。平均3回繰り返すとして、その処理コストは優に200億円を超す。この先のメンテナンス費用も考えNTTを入れた各社で分担するとしてもとても賄いきれるものではない。

孫さんはこの作戦に大乗り気で自ら会議に出て推進を図ったが流石に200億円の費用の前には沈黙したがその分ストレスを貯め込むことになり試みは頓挫した。


各ADSL事業者はこの名義人不一致問題に頭を悩ましていて単に手をこまねいていたわけではない。各種の対策を必死で講じていた。例えば次のような方法を考えていた。

顧客の申し込み時点でその場で販売代理店員が誘導して本人の携帯電話からNTT116(各種問い合わせ用受付番号)に電話をしてもらい、正しい回線名義を確認する。

問い合わせた名前が正しければ問題なく、正しいとの答えが確認できるが、誤っている場合には「正しくないです」と答えられるだけで、正解は教えてもらえない。結果的にはこれはかなり効果的な対策となった。


この名義人問題は後に請求書送り先名等、名義人同等のものでもNTTが受け入れることで一応実務的な問題は解決した。

NTT東西はあれほど頑強に抵抗した名義人不一致の解決を優先接続の実現が近づくと自らの利益にかかわってくるとみて早急に請求人名義で妥協し名義人不一致問題は過去のものとなった。

総務省が2006年9月に発表した「新競争促進プログラム2010」では「回線名義人情報の取扱いの改善」などが挙げられているが闘いは既に終わっていた。


名義人不一致問題は日本特有の相互接続問題であり米国では理解されづらい。

親子間等での承継そのものがなく、電話回線廃止と新規開設しかないので誤った名義が存続し続ける余地がない。

さらに納税番号制度がいきわたっており、この番号がユニ-クに顧客を特定するので問題が発生しない。米国にこの名義人不一致問題が存在しなかったことも総務省がこの問題に前向きではなかった理由のひとつだろう。


あるとき、 NTT東の幹部から名義人不一致問題の解決策として一本のメタル電話回線を音声とADSLの回線使用権に分離すればどうか。そうすれば名義人が異なっていても利用権が分離されているから問題ないとの提案があった。.

この案は現在のユニバーサルサービス基金制度をより複雑にするだけで、引き延ばしの口実だとみて同意しなかった。

名義人エラ-の後始末だけで月、2億円の金が吹っ飛んでいた。

以上、既に存在しない問題を長々と記したが、こうした具体例のなかに対NTT相互接続問題の本質が宿っている。相互接続の歴史的な問題としてあえて細かく記しておきたかった。

 

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