ワタシがまだ、小学校6年生だった夏、大分市の外れの、山の斜面に建てられた農家に家族で転居いたしました。転勤の多い父親で、小学校に入る直前、もっと田舎の湯平町から大分市へ引っ越しして以来5年半ぶりでした。
賀来という片田舎で、藁ぶき屋根の古い農家から見下ろす景色は田園風景そのものでした。そこで多感な少年期6年間をすごしたのちに神奈川県の大学に進んで以降、47年間ずっと神奈川県に居住しております。故郷は遠くにあり、旧友たちとも離れ離れで消息さえ知らなかったのですが、10年ほど前から里心が出て、たまに帰省するようになりました。中学校の同級生などとも、40年ぶりの再会を果たし、その頃から大分の友人とは何人も連絡が取れるようになり、こっちにいる高校の同級生とはゴルフコンペもいたしております。
さて、そんな旧知の友人(Sさん)から娘さんが展覧会に出品するから見に行って、と連絡がありました。彼女は中学校の同級生で、lineのグループ仲間です。ワタシが篆刻に夢中になって片端から彫るうちに旧友にも彫って送っていたのですが、Sさんの娘さんが日本画家なので、落款印を彫って差し上げたのでした。かなり前にも一度葉書で個展の案内を頂いたのですが、残念ながら行き損ねていました。
彼女の作品に「Tちゃん(ワタシの名前)が作った印を使った」というのです。ワタシは自治会やらメダカ、篆刻、園芸など猛烈に忙しいのでなかなか時間が取れないのですが、ここのところそのせいか疲れ気味、少し息抜きが必要と感じていました。そして天気予報では昨日(6/4)は一日雨でした。もし天気ならば、草取りや庭木剪定、病害虫の薬剤散布など、外仕事が待っています。雨なのでそれはお休み、平日でコロナ禍のさ中の雨降りならば、人流も少なかろうと思い立ちました。お出かけ日和であったのです。
展覧会会場は花の都、お江戸は御徒町の松坂屋でした。電車に乗るのは昨秋の孫の七五三祝い以来であります。田舎のネズミは、コロナで出かけることも無かったのです。ミッションは3つ、展覧会の絵を見て写真に収める、緊急事態宣言下の首都の状況を視察する、デパ地下でパンと夜の食事用のお弁当を買う、でありました。
人との接触を避けるために千円のグリーン券を奮発して出向きました。会場は松坂屋6階「日本画洋画工芸特選展」と銘打たれ、黒いスーツ姿の案内の男女が大勢待ち構えていました。あぁこれは、展覧会ではなく展示販売会でした。リクシルや大塚家具、レクサスなどと同様黒いスーツを着た販売員が丁寧に接客する高級高額品を売る、というものです。ワタシは、最初から目的は「見るだけ」写真撮影ですから、構うことはありません。場内は広く10位のブースに所狭しと絵画が展示されておりました。
ワタシはてっきり無名の新進画家の作品を廉価で即売しているかと思っていましたが、さにあらず、誰でも知っているような超一流の作品が多数「正札」つきで展示されていました。東京というところは怖いとこだなぁー。高額なものは数千万円、横山大観、河合玉堂、中川一政、山下清、藤田嗣治、前田青邨等々美術館で飾られているような名作が普通に販売されているのに驚きました。ワタシの目当ての日本画作家「岩野雅代」さんの作品が7点ほど展示されていました。大したものです。価格こそ大作家の絵画に比べたら1/10位ですが、それでも数十万円の作品として、肩を並べて売られているのですから。
ワタシはそんなこととはツユしらず、「落款印ね、オッケー」とばかりに気軽に彫っていたのですから、汗顔の至りでありました。彼女とは会ったこともなく画業の変遷も存じませんので安易なコメントは出来ませんが、確かな技巧で非常に丁寧に描かれており、精緻かつ繊細な筆致は好ましいものでありました。日本画としては珍しいタッチやモチーフでもあり、グラフィックアートを思わせる作品でした。ともかくも写真に収め他の展示物も足早に見て回りました。正直、朝から行ってゆっくり眺め、お昼を日本橋あたりで済ますというプランにすればよかったと思いましたな。絵画好きの家内もつれていくべきでした。なにしろ平塚あたりではたまに巡回展で来るくらいのもので、ここでは無料で美術館クラスの芸術品を鑑賞できるのです。
ワタシの彫った落款印はこれです。
自分の作ったものが誰かに大事に使われている、こんなうれしい気持ちは経験しないとわからないものです。日々練習を続けている自分としては、もっと上手にもっといいものが彫れるはずだと信じて、また雅代さんの印を彫ってみようと思いました。
さて、これでミッション1が終わり、デパ地下に向かいました。5年前まで、現役の頃は毎日のように横浜のデパ地下で晩御飯のお惣菜を買っていたのです。ワタシは「銀座鳴門のウナ重」、家内には「浅草今半のすき焼き弁当」(勿論一番高いやつ)を買いました。金谷ホテルのパンとかスイーツ・果物などちょこちょこ買いましたが、近所にお土産を買うほどのこともないので、これにて終了。
帰宅してどっと疲れが出ました。久しぶりの外出、しかも大勢の人が繰り出す東京のど真ん中でしたから。夕ご飯に食べた「うな重」の美味しかったこと、家内も感激したすき焼き弁当に、デザートのフルーツケーキもふわふわ。スシローや餃子の王将をありがたがっている田舎のネズミにとっては大変なご馳走でした。東京の人は毎日こんな美味しいものが食べられるのです。
ただし「お金があるのが前提」ですね。