横浜市長選が終わりました。予想通り菅さんの推す小此木さんは、野党推薦の山中さんに大差の二位に甘んじました。お父さんの小此木彦三郎さんは、国務大臣を歴任した自民党の重鎮で、横浜では圧倒的な支持者と知名度を誇ります。それが、与党自民党で固めた市議と菅さんの応援にもかかわらず落選。4選を目指し、IR(カジノ誘致)による地元経済の浮揚を訴えた現職の林さんは3位に甘んじました。
下馬評、事前の動向調査通りであったのです。横浜市民は馬鹿じゃない、コロナ対策のこともあって、投票率は前回を12%もうわまわる49%でした。これが、単なる市長選挙ではなく、政府自民党・菅政権への答えであり、オリンピックを強行したこと、コロナ対策の不満の表れ、そして公営ギャンブルという安直な経済対策・あぶく銭回収システム(隠れた増税)への拒否、などを示したのです。
自民党が関係する選挙の顔なのに、就任後ずっと負け続けていても「結果を謙虚に受け止める」と言うだけで、自分のせいだと思っていないようです。
衆愚政治という言葉があります。教養の無い貧民が政治を支配すると失政を繰り返すとして、長く近代政治の戒めとされてきました。また大衆迎合政治も人気取りの政策を優先して、本質的な政策をおろそかにすることを指し、いずれもポピュリズムとも呼ばれます。
菅さんの姿勢は、就任早々携帯電話の料金引き下げという大衆に受ける政策を打ち出し、「ガースー」ですと自己紹介したり、パンケーキを好む宰相として、大衆受けを狙っていました。まさにポピュリズムを地で言ったのです。一方で、コロナ対策は、万事が後手に回り中途半端で有効な手立てを講じられずにいました。なんでも国民からの質問や疑問にまともに答えようとせず、口では出来もしないことをさも手柄のように喧伝し、空虚な表情と内容が伴わない会見内容が延々と続いたのです。
この方は、おそらく官房長官の時代に大きく勘違いしたのです。(張子の)虎(安倍前総理)の威を借りて、自分が権力を掌握したのだと。恫喝と情報隠ぺいでどうにでもなると思ったんでしょう。
この市長選の結果は、横浜市民は馬鹿でないことを証明したと同時に、菅政権は実質的な終焉を意味します。このままでは自民党は選挙に勝てないということが与党に身に沁みてきたのです。国民をこ馬鹿にし、嘘と情報操作で政権を維持できるとみくびったつけが回ってこようとしています。
それでも、目の曇った菅さんにはなんで選挙に負けてきたかが理解できていないように見えます。「謙虚に受け止める」というのは、決まり文句でなんの意味もありません。コロナ対策などで山中さんに軍配が上がったと述べていますが、そうではありません。山中さんは感染症の専門家であるのは確かですが行政手腕は未知数なのです。あの自民党のスポークスマン田崎さんは「落ち込んではいない、結構逆境に強い」と評しました。ある評論家は菅さんを「分析が浅い」と言いました。要は鈍いのではないかと思いますね。
自分の配下の小此木さんが選ばれなかった理由は、菅さん(国)が進めたIR政策(誘致)への反対と、菅総理自身に対する反発の表れで、すでに抜き差しならぬ政治不信に陥っていると考えるべきなのです。菅さんは続投が当然として総裁選に出るようです。まだ、官僚を忖度させ、学術会議の一部委員の就任を拒んで人事を握るというような威嚇する政治の威光が通じると思っているんですね。
仮に、危機感をもった自民党が総選挙前に菅さんをおろして、新たな総裁を選んだとすると、主流派安倍さんや麻生さんの息がかかった人になるでしょう。
それは、自民党政治が何も変わらない、選挙対策で首をすげ替えて支持率の回復を図ると意味であります。取りざたされている下村さん、岸田さん、我らがタローさん、誰も大差ないと思います。
横浜市民は馬鹿でなかった、それでは、全国の有権者はどうなのでしょう。コロナで壊滅的ともいえるダメージを負った経済と財政、失われた健康と多くの命、終息の見えない感染拡大防止など、今の自民党に立て直す力と打開する政策が出て来るとは到底思えません。都市部を除いて、ほとんどが自公連立で盤石な選挙地盤であります。地方の選挙民が、「痴呆」でなければいいのですが。